第08話 孤児院
その夜俺は衛星に頼んで鏡を作ってもらった。
大きな姿見の鏡だ。
今まで、どこを探しても無かったんだよ。この世界の人達って自分の姿って興味無いのかな。
部屋で見た俺の顔。
黒髪・黒目。うん、俺の記憶通りの日本人の俺の顔だ。
この世界の住人の顔は#皆__みんな__#洋風だから俺ってちょっと浮いてると思うんだけど、誰も何も言わないよね。
ベンさんには集落に入る時、ちょっと驚かれた気がするんだけど、その後は誰も何も言わないんだよな。あ、一人だけいたか。マスターだ。特殊な力を隠してると疑ってるよね。
でも、他の人は普通に接してくれるから、自分でも普通なんだと思ってたけど、この世界だと普通とは言えないと思うんだけどな。完全な和風な顔立ちだもん。
ま、獣人もいることだし、黒目・黒髪ぐらいでウダウダ言われる事も無いよね。
装備してる自分を見ると、意外と格好いいもんだね。コスプレイヤーの気持ちが分かるね。ちょっと剣を装備して……ん、行けてるね~。次は弓を構えて……結構俺って格好いいかも。
ガチャ
「イージ、ちょっと話があるんだけど」
「えっ……」
「えっ……」
「……」たら~
「……また後で来るわね」
バタンッ!
「……」
くぅ~恥ずかしー……めっちゃポーズ取ってたし。
鏡に映る顔が真っ赤っかになってる。
コンコン
「はい」
今度はノックをして、そーっと中を確認して入ってくるキッカ。
「さっきはゴメンねー」
妙に明るくキッカが入ってきた。
「……」
顔がまだ赤いのかな、汗が止まらないよ。鏡はさっきしっかりと封印したからね。
そんな俺を見てキッカが慰めてくれる。
「私も小さい頃はよくやったし、誰でもしてる事だから気にしないでいいと思うよ」
「…そ、そう?」
「もちろん! でも鏡の前でやってる人は見た事ないかなぁ」
「……」
全然フォローになってないよ。でも、鏡ってやっぱりあるんみたいだな。
宿の窓もガラスは入ってないし、自分を見るにはどうしてるのかと思ってたんだよ。
「それよりさ、明日の事なんだけど」
「…う、うん」
その切り替えの早さが羨ましい。
「イージのお陰で装備は整えたのはいいんだけど、回復薬や食料はどうするの?」
あ、そういうのもいるよね。いつも衛星任せだったから思いつかなかったよ。
「じゃあ、町を出る前に買って行こう」
「わかったわ。目的地は冒険者ギルドのお勧めの所でいいのね」
俺が一番目に行って、全く魔物に出会わなかった所だね。
「そうだね、そこに行って、やっぱり魔物が出なかったら薬草採取に変更して、薬草も無ければ、食事でもして帰ってこよう」
「あの場所で魔物が出なかったって聞いた事は無いけど……まぁいいわ。朝食を摂ってすぐに出発でいいわね」
「うん、その予定でお願いするよ」
「…イージ……やっぱり何でもない」
じゃ、明日食堂でね。と言ってキッカは出て行った。
それぐらいだったら明日でいいじゃん! 鍵を掛けなかった俺が悪かったのかもしれないけど、俺の黒歴史を増やしてくれてんじゃねーよ。
翌朝は予定通り、朝食後に道具やへ行き#回復薬__ポーション__#(中)と(強)を一人五本ずつ購入。俺達のHPなら#回復薬__ポーション__#(弱)でもよさそうだけど、見栄を張って(中)と(強)を購入した。もちろん俺持ちで全員分買ったよ。依頼主だからね。キッカ達がなぜか店に入って来なかったってのもあるんだけどね。
町の門は出る時は冒険者カードを見せるだけで出られるみたいだけど、今日は呼び止められた。盗賊の件だ。
報酬は既にもらってるし、尋問にも俺はノータッチ。キッカ達の事もバレて無いみたいだし、何の事かと聞いてみたら、馬の事だった。
もう少し預かってもらえるという事だったけど、連れて行くなら構わないという事だった。
これは早めに何か考えないとな。
待っていたキッカ達はドキドキだったみたいで、俺が戻ってくると「何だったの何だったの」と何度も聞いてきた。
馬の事だと伝えると安心したようだ。「今、捕まる訳にはいかないんだ」って言ったのがちょっと気になったけど。
昨夜は俺も恥ずかしい思いをして、気を使うどころじゃなかったけど、最後の別れ際に何か言いたそうにしてたよね。何か心配事でもあるんだろうか。
目的地には歩いて行ったから一時間ぐらい掛かった。昨日、キッカが時刻が分かる魔道具を買ってきたから、俺も今朝道具屋で買ったので時間がわかるんだ。
腕輪タイプで、逆の手で翳すと時刻が分かるようになっている。その時に腕輪に魔力を勝手に吸い取られる。
よく考えてみるとこの魔時計、消費魔力が2。俺の最大MPが16。
ふふふふ、マジか! 八回時刻を確認したら、俺のMPが枯渇するのか。
戦闘しなくても、MP切れでダルくなるとか気絶するとかしてしまうの? それも時刻を確認するだけで? まだなった事無いけどね、魔法が使えないんだもん。でも、この時計は自動で魔力を吸い取られるから、魔力切れになる可能性はあるよね。
いよいよもって、レベル上げをしないといけなくなってきたな。
目的地に着くが、案の定魔物はいない。
取り敢えず、前回同様一通り回って確認。もちろん戦闘は無し、薬草関係も生えてない。
でも、三人共あまり気が入って無いように見えるね。新しい装備だからもっとやる気が出ても良さそうなんだけどな。これだけ魔物に会わないんだし、やる気も失せるか。
食事の用意を周囲の確認中に、衛星に頼んでいたので、戻ってくると皆で昼食を摂る事にした。
「イージ、これって……」
「あ、俺の隠し技。気にしないで食べればいいよ。口に合うはずだから」
「ええ! この食事の用意ってイージさんがしたんですか?」
「マジっすか! いつの間にやったんすか!」
「まぁ、いいじゃん。干し肉とか食材は買ってきたけど、今日魔物に出会えなかったのは俺のせいだと思うし、お詫びも兼ねてるから皆食べてよ。後でケーキも用意してあるからさ」
もちろん食事の用意の時に、ケーキも頼んである。冒険者ギルドの受付にもお願いされてたからイチゴケーキを五ホール作ってもらってる。
「なーんすか! この美味さは! イージさんって料理人だったっすか!」
「ホント美味い! 最高に美味いぜ、イージさん!」
「イージってこんな事までできたの!? あんた何でもできんのね」
大絶賛してくれる三人。
今日は焼く料理がいいと思ったんで、唐揚げとニラ肉炒めに餃子。中華料理屋さんの定番メニューだ。パンがいいと思ったからチャーハンは作ってもらってないけど、今度チャーハンもご馳走してあげようかな。
因みにパンはバタートースト。一番無難だと思ったけど、これも絶賛された。
この世界にあるパンは全部固いパンで、ここまで柔らかいパンも無いそうだ。
俺も美味しいとは思うけど、涙を流すほどじゃない。でも、三人とも涙を流してるよ。
普通、美味しい物を食べたら笑顔になるもんだろ? 何泣いてんだよ。なんか三人共暗いよ?
「そんな泣くほどのもんじゃ無いと思うんだけど」
「い、いや違うんでさ。あっしらは同じ孤児院で育ったんですが、昨日も行って来まして」
「ケン! 黙りな」
「へ、へい」
「姐さんだって泣いてたじゃないっすか!」
「ヤス、お前ぇは黙ってろ!」
「いいや、おいら黙らないっす! イージさんにも知っててもらった方がいいっす!」
「ヤス! お前ぇは、あっしの言う事が聞けねえのか!」
「まぁまぁ、喧嘩は辞めようよ。美味しかったんじゃないの? 次はケーキを食べてみてよ。冒険者ギルドの受付さん達には好評だったんだよ。これでも食べて仲直りしてよ」
そう言ってイチゴケーキのホールを出し、切り分けていく。
皆それぞれ事情があるんだし、言いたくない事だってあるさ。言われれば俺だって、できる事は協力するし、できない事はできないって言うよ。
まだ雇って二日目だ。頼られるのは嬉しいけど、焦る事は無いよ。
ケーキを渡すと、三人共「美味い!」と言って一心不乱に一気食い。
食べ終えると、また三人共泣いている。食う事は食うんだね。
仕方が無い、よっぽどの事みたいだね。聞くだけ聞いてあげようか。
「キッカ? さっきヤスが言いかけてた事だけど、聞かせてもらってもいい?」
「……」
「姐さん……じゃあ、おいらが言うっす!」
「ヤス、お前ぇは黙ってろって…」
俺が手で制し、ケンとヤスを黙らせた。
「キッカ。俺にもできない事はたくさんあるけど、できる事なら協力するよ。でも、言ってくれなきゃ協力もできないし、言いたくない事を無理やり聞く事もしたくない。俺は雇い主ではあるけど、パーティメンバーでもあるんだ。ここは遠慮せずに言ってほしいと思ってるよ」
「でも……」
「姐さん、イージさんもこう言ってくださってるんだ。聞いてもらうだけでもいいじゃありませんか」
キッカは俺とケンを交互に見た後、踏ん切りがついたのか、俺に向かって話し始めた。
キッカ達が育った孤児院は貧乏で、毎日の食事にも困っている程苦しい生活をしている。
今までは苦しいながらも何とかやって来れたのだが、戦争が始まってから領主からの援助も無くなり、物価も上がり、食事も毎日一食食べられれば御の字だそうだ。
家も古く継ぎはぎだらけで雨漏りや隙間風も入り放題。病気になっても薬も買えず、服もボロボロ布団もボロボロ。もういつ誰が死んでもおかしくない所まで来ているそうだ。
それで、昨日は俺からもらった白金貨で、最低限の装備を整え、残りのお金で多くは買えなかったが食料や衣服に替え、残りの金貨もほとんど孤児院に寄付して来たそうだ。でも、孤児院に対して物を売ってくれる店も減ってきていて、お金は十分渡したが多分明日からは飯が食えないんじゃないかという事だった。
「イージ……もうお金があってもダメだったんだ。町の連中は孤児院に…私のうちに何も売ってくれないんだよ。家の補修工事も断られた。八百屋のおっちゃんにも断られた。飯屋のおばちゃんにも断られた。薬屋のオヤジも断られた。この町じゃどこに行っても孤児院の者だというだけで断られるんだ。お金を倍払うって言ったのに……これじゃ奴隷の方がマシだよ。」
「今はどうしてるの?」
「昨日、孤児院から一番遠い店で買った材料で今日は食べられてるはずだよ。あいつら毎日飯も食えないんだ。孤児院の横にある小さな畑で取れた物を食ったり、残飯漁りまでして命を繋いでるよ。ちょっと前まではもうちょっとマシだったんだ。この町の領主様が戦争に関わってから急に変わってしまって」
「領主の何が変わったの?」
「今までの領主様は本当にお優しい方だった。孤児院にも何度か来てくれた事を私も覚えてるよ。でも、戦争の視察に行かれて帰って来てから急に人が変わってしまって、孤児院の援助を打ち切ったり、奴隷商を連れて来たり、なんか領主様がおかしくなってまったんだ。それで娘のアイリス様が戦地へ行ってる兄のアンソニー様を迎えに行ったみたいだけど、連れては戻れなかったみたいだね」
娘も領主がおかしいと思ってる? 兄はなぜ戻って来なかったんだ? 領主の急変か、何か裏がありそうだよな。
でも、先に孤児院を何とかしないとな。
まぁ食糧問題は衛星がいれば、当面は大丈夫だろう。
お金もキッカが渡したって言うから大丈夫…でもないか。お金があっても売ってくれないんだったな。
「イージ……お願いだよ。あの子達を助けてやってくれないか。もう私にできる事が無いんだよ。今日でも、ビッグラットやホーンラビットがいれば捕まえて、あいつらに食わしてやろうと思ってたんだけど……私達はすべてに見放されてしまったのかな」ううう…
キッカが涙ながらに俺に助けを求めた。
ケンとヤスも泣いて聞いている。
魔物に出会わなかったのは運じゃないよ、衛星のせいだから。
でも、この涙に答えなきゃ男じゃないよな。
俺は転生者、チートな奴のはずだ! キッカ、任せとけ。
俺はこれぐらいの事なんて簡単に解決できる奴のはずなんだ。
ここはキッカ達が安心して冒険者ができるように俺がやってやるか。
この世界に来て、俺にどんな使命があるのか知らないけど、今は目の前の事を片付けていこう。
領主が別人のように変わったのは後で暴くとして、今は孤児院の子供達だ。
一度、衛星でどこまで『無双』できるかも知っておきたかったんだ。
出し惜しみしてる場合じゃないね、やってやろうじゃないか。
「よし、その孤児院は俺が面倒を見る。でも、ただじゃないぞ。孤児院の子にも手伝ってもらう。何人ぐらいいるんだ?」
「イージ! いいの?」
遠慮気味に尋ねるキッカ。
「イージさん! ありがとうございます。子供は男女合わせて二十二人です。でも、働けそうな年の子は半分もいません」
お礼と孤児院の説明をしてくれるケン。
「イージさん、さすがっす! ね? 姐さん。やっぱ言って正解だっだすよね」
「ヤス、やっぱりお前は黙ってろ」
「なんでっすかー」
あははははははははは……
三人とも泣き笑いだ。俺も泣いて無いけど一緒に大笑いだ。
ボケ担当でオチ役のヤスか。ま、必要なキャラだろうね。こういう奴がいると場も和んだりするもんだよ。
よーし、見てろよ。俺には力は無いけど衛星はチートなんだ。
お願いしますよ、衛星さん! 俺は口だけ頑張るからねー
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