第10話 レッテ山の主
町から出ると街道を横切り、少しある草原を過ぎるとすぐに森が始まる。
森の中だし、徒歩でも一時間程度と聞いていたので、馬は置いてきた。
森の中ではいつも通り道案内の衛星が道を作ってくれる。俺はただ歩くだけ。
周りの衛星の数も減ってるので、いつも通り周囲の魔物を倒して回っているんだろう。俺の視界には魔物を確認する事はできない。
本当にいつも通りだ。
一時間後、何事も無くレッテ山の麓に着いた。
どこからどこまでが、購入した土地かどうか分からない。この辺って聞いてるだけだから。
レッテ山の麓付近だと、取りようによっては広大すぎるんだけど、また秘書のランレイさんに聞かないと分からないね。杭を打つとか、何か印でも付けてくれてればいいのにね。
あと、主がいるとか言ってたよね。もう衛星に倒されてるとか言わないよね。一度見れないものかな? ダメ元で衛星にお願いしてみようかな。
「ねえ、衛星さん。ここに#主__ぬし__#がいるらしいんだけど、俺が会う事ってできない? もし話せる奴だったら、ここに家を建ててもいいかも聞いてみたいしさ」
『Sir, yes, sir』
お! 久し振りに魔物が見れるかもしれないぞ。初めに襲われた以降は、魔物の死骸の山を見せられたぐらいで、最近では魔物を見る事もないからね。
冒険者ギルドで見たのも、解体済みの素材だったしね。
ほとんど待つ事も無く、怒声が頭の中に響いた。
『何をするのじゃ! 尻尾を引っ張るでないわ! なぜ自由が利かんのじゃ! 誰じゃ、誰の仕業じゃ!』
声じゃないみたいだ、直接頭に言葉が響いて来るぞ。
目の前に現れたのは、デッカイ……狐? 尻尾が多いけど、見た目は狐だね。あっ! こういう時は鑑定だった。
鑑定。
――九尾狐(妖狐族):LV263 ♀ 931歳
HP:2322 MP:3883 ATC:2431 DFC:2106 SPD:3310
スキル:【変身】【結界】【分身】【念話】【狐火】
武技:【薙刀】Max
魔法:【火】Max【雷】Max
称号:レッテ山の#主__ぬし__#
強ぇー!
レベルが263? ステータスが四桁? スキルも沢山あって、武技と魔法で持ってるのはMaxだよ。
レッテ山の主の称号もあるし、強すぎだろ!
こんな奴をどうしろって言うんだよ。冒険者だったら、見たことは無いけどAランクだって太刀打ちできないんじゃないの?
あ、見たいって言ったのは俺か。
でも、#主__ぬし__#がこんなに強い奴だなんて思わないじゃないか! 規格外すぎるよ。
それを連れて来る衛星ってどんだけ強いの?
『い~た~ぞ~、見つけたぞ~。#妾__わらわ__#に喧嘩を売るとはいい度胸じゃ! 覚悟いたせい!』
また頭の中に響くような声が聞こえた。
まーったく喧嘩なんて売ってませんから! 怖ぇーって。
『【狐火】!』
ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ ボッ
人魂のような火が俺の周りを取り囲んでいく。
ジュッ ジュッ ジュッ ジュッ ジュッ ジュッ ジュッ ジュッ ジュッ
衛星がその火を順番に消していく。
『ほほ~、中々やるではないか。久し振りに歯応えのありそうな奴が現れたようじゃのぅ。これならどうじゃ! 【変身】!』
九尾狐が和服姿の女性に変身した。
「【分身】!」
今度はその女性が二人に分かれた。
「【#炎渦__えんか__#】!」「【#雷轟__らいごう__#】!」
向かって左の女性が炎の渦の魔法を、右の女性が雷を降り注ぐ魔法を放ってきた。
終わった……短い転生者人生だったよ。
なんで#主__ぬし__#なんて見たいって言っちゃったのかな。
せめてレベル2になってから死にたかったよ。
さすがにレベル1って無いよな。俺を転生させた奴って何考えてんだろね。
それとも、そんな奴なんていなくて、たまたま転生してきただけなのかな。
でも、それももう終わりさ。こんな魔法を受けてレベル1の俺が生きてられるわけ無いっつーの。ちょっと九尾狐もオーバーキル過ぎるよね。レベル1の奴に放つ魔法じゃないって。
でも、結構な時間が経ってると思うんだけど、中々死なないもんだね。これが走馬灯ってやつ?
走馬灯って、一瞬のうちに人生を振り返れるって聞いた事があるけど、こんなに長いもんなんだね。でも、そろそろかな。俺の周りには前も見えない程の炎が渦巻いてるし、ピカゴロと有り得ない数の雷が降り注いでるし……
……
……
長げーよ!
もういいよ! もう走馬灯はいいって! フリが長過ぎるよ! 全然死ぬ気配が無いじゃないか。
あ、それでいいのか。死にたい訳じゃないからね。
でも、なんで? ん? 衛星の所で炎が止まってるね。
衛星が防いでくれてるのか。でも、全部はいないね。ここにいるのはいつのも四つだけだよ。
残りはどこに行ったの?
雷が治まり、炎の渦が消えていく。
ようやく視界が開けると、目の前では九尾狐が変身した女性が倒れていた。
分身は解けてるようで、見る限り一人しか確認できない。
あっ! 倒しちゃった? もしかして死んじゃった?
恐る恐る倒れている女性に近寄る。地面は水蒸気が上がっていて、まだ熱を持っているだろうと伺える。周囲の木々も焦げたり倒れているものも多数確認できる。
さっき放たれた魔法が凄い威力である事を思い出させる光景だ。
全く熱が足元から伝わってこないのは俺の装備がいいからなのかもしれない。靴まで全部、衛生に作ってもらったやつだからね。もしかしたら、この周りにいてくれている衛星が何かしてるのかもしれないけどね。
和服の女性に近づいて確認すると息はあるように見えた。
額にはたんこぶが出来ていて、喉も赤くなっている。
これって、いつも人間を迎撃する時のやつじゃない? 人型だから人間と勘違いした?
逆に良かったかもしれないね、#主__ぬし__#って殺すと祟りがあるとか言うもんね。
魔物だからどうか分からないけど、#主__ぬし__#って呼ばれるぐらいの存在だから殺さなくて良かったと思うよ。
さて、それじゃ孤児院のための家を作りたいんだけど、俺の所有地になったとはいえ、やっぱり#主__ぬし__#の許可をもらった方がいいと思うんだよな。いつ目を覚ますのかな。
「衛星、この女性の目を覚まして」
『Sir, yes, sir』
衛星が女性の上から何かした。
すると女性が目を覚ました。
「ん、んんー」
衛星、何したの? 回復魔法? 目を覚ます魔法? 何も言わないから、何をしたのか分かんないんだよ。
目を覚ました和服の女性と目が合った。
「…お主はさっきの……#妾__わらわ__#のあの攻撃を受けて無傷じゃと!? この感じじゃと#妾__わらわ__#は負けたようじゃの。しかも情けを掛けられたか……#其方__そなた__#、なぜ#妾__わらわ__#を殺さぬ。情けを掛けたつもりか!」
よかった、目が覚めたみたいだ。気絶から覚めて、すぐに状況を判断できるって凄いね。でも、最後に怒られたよ。どう答えればいいんだ?
「目が覚めたようで良かったね。そのタンコブは攻撃されたから反撃したみたいなんだ。死ななくて良かったよ」
「なんじゃ、その腑抜けた答えは。なぜ#妾__わらわ__#を殺さなかったのかと聞いておる」
「えっ? 殺されたかったの?」
「そんなわけがあるまい! #妾__わらわ__#とて死にとうはない。じゃが、今は殺されたとて致し方ない状況であった。だから聞いておるのじゃ」
「殺されなかったのは偶然だと思うけど、生きててくれて良かったと思ってる。ここに家を建てたいんだけど、その許可が欲しくてね」
「それだけか。#其方__そなた__#はそれだけの事で#妾__わらわ__#を生かしたのか。呆れてものも言えぬわ。家など勝手に作ればよいではないか。#妾__わらわ__#を倒せば、ここは#其方__そなた__#の縄張りになるのじゃからの」
「お、いいんだね。じゃあ、作らせてもらうよ」
「好きにするがよい」
よし、#主__ぬし__#の許可も貰ったし、これで邪魔される事はないよね。祟られる事も無さそうだし、後は家を建てて孤児院の子達を連れて来るだけだな。
「衛星達、ここを更地にして二階建ての家を建ててほしい。もちろん基礎からしっかり作って頑丈なものにしてね。玄関はもちろん鍵付きで、部屋の数は六畳の部屋が三十部屋。各部屋の窓はガラスの窓にして、カーテンも付けて、ベッドとタンスは完備。勉強机と椅子もいるな。トイレは共同でいいけど水洗ね。共同だから大きめでね。風呂は大きいのがいいな、外でもいいから大きい風呂を作って。ずっとお湯がぬるくならなくて綺麗に循環する仕組みのものがいいな。食堂も五十人が纏めて座れる大きさで机と椅子もね。もちろん厨房もそれに合った大きさで調理道具も揃えてね。あと、応接室と院長室もほしいな。水道と夜の灯りも完備だよ。できる?」
『Sir, yes, sir』
流石だね。オッケーの返事が出たよ。
これだけ細かく言ったんだ。いい物ができるんじゃないの?
俺の傍に二つ衛星が残ってる、ガード役なんだろうね。残りの衛星達は散って行った。
衛星二つが更地&基礎工事。残り八つは材料探しだろうな。
もう帰って来た。
……何をどうやってるのか分からないけど、家作りの早回しを見てるみたいだ。
基礎は分かった。柱が立つ所も分かった。あとは……一時間も掛からなかったね。あんなのどうやっても説明できないよ。
一応、中も確認したけど、注文通りだね。完璧だよ。
あとは住んでみて、不足があれば補っていけばいいね。
じゃあ、町に戻って呼んで来ようかな。
でも、この時間からだったら、町の門が閉まってるかもしれないよな。明日の朝一番の方がいいかな?
住み心地も確かめてみたいし、今日はここで一泊しよう。
そう決めて、時間があるから少し周囲を確認しようと家から出ると、さっきの和服の女性がまださっきの所から動いてない。
口がずっと開きっぱなしになってるよ。
「君、えーと九尾狐さん。どうしたの? まだどっか痛むの?」
「……」
「九尾狐さん?」
ハッ「なななななななんなのじゃ!」
俺の声に気付いた和服女性が家から目を離さずに叫んだ。
「#其方__そなた__#は何者なのじゃ! これは何じゃ! 何をしたのじゃ!」
何って家を建てただけですが。
「えーと、見て分かると思いますが、家を建てました」
「それは分かっておるわ! どうやって建てたのかと言っておるのじゃ!」
「どうやってって……」
この人(?)も衛星が見えないんだろうから信じてくれないだろうね。
「魔法? かな?」
「誰に聞いておるのじゃ」
だって知らないんだもん。衛星ってしゃべれないから魔法なのか衛星独自の力なのか知らないし。さっき見てたけど、俺にだって分からないんだよ。
「人間は秘密主義が多くて困る。これだから人間は信用がおけぬのじゃ」
ムカッ! じゃあ言ってやろうじゃないか。
「そこまで言うなら、教えてあげるよ。でも、信じられなくても本当の事だからな。俺には衛星の加護があって、俺の周りを飛んでる衛星に守られてるんだ。衛星達は有能で、いつも助けてもらってるんだけど、その能力で家を建ててもらったんだよ。どうだ! どうせお前も信用しないんだろ! 本当の事を言ったんだからさっさと家に帰っちまえよ」
「……#妾__わらわ__#は信じるぞよ。何も見えはせぬが、嘘とは思えぬ。して、#其方__そなた__#の名を教えてはもらえぬか」
「名前? 別にいいけどなんで?」
「#妾__わらわ__#の#主__あるじ__#となる者の名前は知っておかねばならぬだろう」
「ん? 誰が誰の#主__あるじ__#だって?」
何言ってんの? どうしてそんな話になるの? 何かの罠か? あっ、名前を教えたら操られるってやつじゃない?
「ふっふっふっふ、そんな手には乗らないよ。俺はそこまでバカじゃないんだよ。じゃあね、元気みたいだし、早く家に帰るんだよ」
これ以上関わると、もっと罠を掛けられそうだと思ったから、さっさと家に入った。
明日は早いんだし、さっさと寝て明日に備えよう。