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第06話 街道

 
 街道を歩く男二人、俺とベンさんだ。

 街道に出てから三日経つが、まだ誰ともすれ違っていない。
 こっち側方面は、今戦争の波が押し寄せて来ているから商人達もこっち側には来ないだろうとベンさんが教えてくれた。
 そうだろうね、誰も好き好んで戦地には行きたくないだろうからね。

 それなら軍の関係者ぐらいは通るかと思ってたが、それも無かった。この辺りは戦地からはズレてて、今の所戦争の影響も無いそうだが、戦火はこちら側にもどんどん拡大を見せているらしく、そのせいでベンさん達の集落からは逃げ出す人が後を絶たなくなって来たとは聞いていた。

 衛星達も街道に入ってからは、ほとんど俺の周りを回っている。
 森の中では十二個の衛星のうち、四個は必ず俺の周りにいて、残りはいなかったから周辺の警戒をしてくれてたんじゃないかと思う。
 見て無いから分かんないんだよ。魔物を排除する所が見えるぐらいなら俺だって弓の一つや二つを放って経験値を稼ぎたいんだよ。
 標的となる魔物を見ないから、ずっと練習に木や土手に向かって矢を射るだけだったよ。

 偶に遠くに向かって矢を射ったりもしたんだ。もしかして偶然魔物に当たってくれるかもしれないと思って適当にね。
 そしたら一度『キンッ!』と矢を弾く音が聞こえたんだ。あれは聞き間違いじゃないと思う。
 見て無いから俺の予想になるけど、たぶん魔物に俺の矢が当たりそうだったんだと思う。それを衛星が弾いて魔物に当たらないようにしたんじゃないかと思うんだ。なぜ衛星がそんな事をするのかって? 知らねーよ、どうしても俺をレベル1のままにしておきたいんじゃないの? 理由も分からないけどさ。


 そんな事を考えてたら、後ろから猛スピードで馬車が駆けて来る。

 一頭立ての馬車が街道を砂煙を上げて疾走して来る。黒塗りの格好良い馬車で、乗っているのは一般市民では無い事が分かる。

 ヤバいね、このままじゃ俺達轢かれちゃうよ。
 ベンさんと二人、大急ぎで街道脇の森の中へと入った。

 馬車は俺達の前を猛スピードで駆け抜けて行き、その後ろから馬に乗った奴らが追いかけていた。
 馬は五頭で、二人乗りが三頭、一人乗りが二頭。一人乗りの二頭にはそれぞれ#体躯__からだ__#の大きな凶悪そうな男が乗っていた。
 ヒャッハー! って言いながら追っていたから、あれがファンタジー小説の定番の野盗か盗賊なのかもしれない。

「ベン、あれって盗賊?」
「そうだな、あれは盗賊団だろう。豪華な馬車だったが、護衛はやられたか」
 そうだよな、あんな豪華な馬車だったら護衛を付けないはずがないもんね。

「あれって逃げ切れると思う?」
「ま、無理だろうな」
「どうするの?」
「どうにもできねぇさ。儂らが出て行っても殺されるだけだ」

 盗賊団に捕まっちゃうのか。でも、これってテンプレじゃないの? 盗賊団にやられそうな所を助けて「あなたは命の恩人です」って感じになっちゃうやつ。しかも馬車に乗ってるのが領主のご令嬢だったり、大商人とかその子供だったりみたいな。

「ちょっと見に行ってみない?」
「ああ? イージ、お前何か変な事を考えて無いか? 見に行くのだって命懸けだぞ?」
「見れなかったら追いつかれなかったって事だろ? 見れるって事は馬車の方に集中してて俺達の事なんて気づかないよ。それから俺はエイジだから、イージじゃないからね」

 どうもエイジって言いにくいらしくて、エイージって言うんだ。
 
 英語か!
 
 で、それも言いにくいからって、勝手にイージってあだ名を付けてくれちゃったよ。
 この世界ではファミリーネームを持つ者って貴族階級しかいないらしくて、一般庶民はファーストネームしか持って無い。だから俺もどっちがファーストネームかと聞かれたからエイジだと教えたんだけど、今はイージって呼ばれるようになってしまった。

 馬車を追いかける事にしたが、普通はあの早さで走っているのに追い付くはずがない。
 こっちは走るといっても荷物もあるし駆け足程度。自転車でゆっくり走ってるぐらいの速さ。裏ワザなんかも無い、だって俺は今のところチートじゃないし。

 向こうは馬車は全開、それを追ってる馬も中々に速かった。普通で考えたら絶対に追いつかない。でも、テンプレだろ? 間に合うと思うんだよね。

 二十分程走っただろうか、馬車は止まっていて盗賊団の五人が馬車を取り囲んでいる。
 やっぱり追いついた。これって俺たちがどうにかしないといけないやつだよね。

 馬車が止まっているのには理由が合った。馬が倒れているのだ。もう馬の方が限界だったのだろう。倒れている馬は泡を吹いてヒューヒューと大きな音で激しく息をしている。もう限界だったんだろう。

「追いつきましたね」
「うむ、だが儂は何もせんぞ。命が惜しいからな」
 ベンさんは何もしてくれないのか、でも衛星達だけで大丈夫だと思うけどね。

 俺達は馬車を見つけてからは街道脇の森の中を移動して気づかれないようにしている。
 今は森の木の陰から様子を伺っている状態だ。

 馬車の中から人は出て来ない。乗ってるようには見えるけど、どんな人なのか何人乗っているのかまでは分からない。
 盗賊団は警戒をしつつ馬車の包囲を狭めていく。

《衛星達ー、あの五人の盗賊達を捕らえてほしいんだけど》

『Sir, yes, sir.』

 日本語でお願いすると、衛星が五つ出て行った。
 盗賊一人に一つの衛星が行った。衛星は盗賊の頭上に静止すると盗賊はストンといきなり座り込んだ。座り込んだ盗賊達をどこから出したのか縄でグルグル巻きにしている。

 さすが衛星、一瞬だね。どこをツッコめばいいの? ツッコみどころ満載だよ。縄はもういいよ、作ったか出したかしたんだろ。
 どうしていきなり座り込んだかだよ。衛星は説明してくれないからね、想像するしかないか。

 ここは魔法がある世界のようだから眠りの魔法でも使ったんじゃないだろうか、盗賊達には傷が無いし、目を瞑っているから寝てるんじゃないかと思うんだよね。でも、それだと倒れてしまうから衛星が何かして座ったままの状態を保ったんだね。何かしてってなんだろ? うん、わかんないね。

「イージ、今のはお前の魔法か。いや、そうだろうな、それしか考えられんからな」
 ベンさんは難しい顔をして一人納得している。
 ベンさんを促し、森から出て馬車の方へ歩み寄る。

 俺の予想通り、盗賊達は縄でグルグル巻きにされて眠っていた。ご丁寧に口まで塞がれていた。

 盗賊達は放っておいてもいいだろうから馬車の方へと足を向けた。

 馬車は黒塗りの豪華な馬車だった。その馬車の扉をノックする。
 窓にはガラスが入ってるように見えるけど、中に人の姿は確認できない。
 ガラスってあるんだね、ベンさんたちの集落では、窓は木の開閉式になってたからガラスが無いのかもって思ってたから少し意外だった。

 コンコン

 返事が無い。

「すみませーん、中にいる人ー。もう盗賊達は捕まえたんで安心して出てきてくださーい」
 馬車の中でゴソゴソしているのが分かるが、何をしているのか何を話しているのかまでは分からない。でも、中に人はいるようだ。

 馬を操縦していた人はいるはずだよな。
 御者を探すが、どこにも見当たらない。逃げてしまったか、馬車の中に一緒に隠れているのか。

「ベン、どうしたらいい?」
「放っておけ。もう危険は無いんだ、自分達でなんとかするだろ。それとも礼でも欲しいのか、確かにイージにはその資格はあるが、出て来ないもんはどうしようもない。馬車を壊すか?」
 俺は首をブンブン振って否定した。

「そんな事するわけないでしょ。なんで馬車を壊さないといけないんですか。冗談は顔だけにしてください」
 ベンさんとは何日か共に行動しているから、これぐらいの冗談は言い合えるようになっていた。
 俺の事を、訂正してもイージって言い続けているのもベンさんなりの友情表現なのだろう。俺は迷惑だけどね。

 ベンさんには盗賊団を一箇所に纏めてもらって、俺は馬車にもう一度声をかけた。このまま中に居させるってのも可哀想だしね。まだビビッて中で警戒してるんだろ? ビビリの俺には共感できる部分でもあるし、早く安心したいと思うよね。

 コンコン

 ガチャ

 お、今度はドアを開けてくれたぞ!

 シュッ! ガキンッ! ゴンゴンゴン!

 馬車の中からいきなり剣先が俺に向かって突き出され、衛星達によって俺への攻撃が迎撃された。
 突き出された剣は折れ、剣を突き出した奴は衛星からの頭・喉・鳩尾の三連突きに合い、伸びてしまった。うん、今度は殺してない。大丈夫だ。衛星も理解してくれたんだね。

 馬車の中を覗いてみると、伸びた奴の他に二人いて、一人は座ったまま短剣を持って身構えている。
 女の子だった。歳は、見た目だけど十六・七? 後ろの女の子を庇うように俺に短剣を向けている。だが、その手は震えていて涙目になっている、顔も真っ青だ。

 来たー! ネコ耳だー! 完全にテンプレ展開だよ。ここで、俺が助けてあげた事を説明すれば、思ってた通りの展開になるんじゃないの? ネコ耳の友達ができるの!? 俺に!? 最高だー!

 後ろの女の子を庇って短剣を向けている女の子はファンタジーでお馴染みのネコ耳を持った獣人だろうね。尻尾も見えてるし。尻尾がめっちゃ膨らんでるって事は戦闘体勢って事だろうね。
 いつまでも警戒させてるわけにもいかないから説明を始めた。このままじゃ友達になってくれないからね、絶対ゲットするぞ、ネコ耳の友達

「盗賊達はもう捕らえたよ。もう安心していいから、一度馬車から降りない?」
「……」
 ネコ耳の女の子はまだ警戒を解かない。時折チラッと倒れている奴に目を向けている。

「あっ、この人ね。急に剣を突き出されたから迎撃しただけで、気絶してるだけだよ。死んでないから安心して」
「……でも……」

 ようやくネコ耳娘が声を出してくれた。
 ただ、まだ警戒は解いてくれないようだ。

「じゃあ、そこで立って外を見てよ。いかついおっさんが一人いるけど仲間だから。盗賊達を縛り上げてるのが見えるんじゃない?」

 その言葉でネコ耳娘は、そーっと立ち上がり窓から外を見た。短剣は俺に向けたままだから警戒は解いてないけどね。

「!」

 今、何に驚いたんだろ。盗賊が縛り上げられてるから? ベンさんの顔? 確かにベンさんはちょっとイカツイおっさんだけど、そんなに驚くほどじゃ無いと思うよ。

「わかってくれた?」
 ネコ耳娘は頷いてくれた。まだ半信半疑のようだが、短剣は下ろしてくれたから警戒は解いてくれたんだろう。

 俺に倒された剣士? も、よく見てみると女剣士だった。おでこにデッカイたんこぶができてしまってるね。俺がやったんだけど、俺のせいじゃないからね。俺を剣で突いて殺そうとした人に対して衛星が守ってくれただけなんだからね。うん、俺は悪くない。

 ネコ耳娘がこの気絶してる女剣士が起きるまで馬車から降りないって言うもんだから、衛星にお願いして女剣士を回復してもらったよ。回復された女剣士は程なく目を覚ました。
 気が付くと、俺に向かってまた抜刀しようとして剣が無い事に気づくとネコ耳娘とその後ろの少女を庇うような位置取りをして俺の事を警戒した。

 今更? だいたいお前はまず俺にお礼を言わないといけない立場だよ? まずはその辺を話し合おうじゃないか。

「ちょっとそこのネコ耳さん? この女に状況を説明してやってくれない? その上で、敵対するなら俺にも考えがあるから」
 うん、考えって言っても逃げるだけだけどね。

「は、はい!」
 俺の問いにネコ耳娘が慌てて、女剣士の後ろから説明をしている。
 俺が助けたと言っていた事、外を見たら怖い顔のおじさんがいた事、盗賊達が全員縛られていた事、女剣士を回復魔法で俺が回復させた事。ま、衛星がやったんだけどね、あれだけ大きなタンコブがみるみるへこんでいくんだから魔法だろうね。
 一つ余分なものが入ってたけどね。やっぱりさっき驚いたのはベンさんの顔だったか。

 話を聞いた女剣士は立ち上がり外を確認。ネコ耳娘の話が合ってると確認できると、女剣士は俺に向かって土下座した。

「勘違いとはいえ大変失礼致した。恩人に向かって剣を向けた事、お許し願いたい」
 格好いい、土下座って綺麗にやると格好いいもんなんだね。俺がやってもこうはならないだろうね。姿勢も良かったし言葉使いもこうだから、やっぱりこの女は剣士なんだろうな。
 でも、女ばっかり三人なんだね。ベンさんが言った通り、護衛はやられちゃったのかな?

 俺が許すと言うと、ようやく顔を上げてくれて、馬車から降りてきた。

「おう、長かったな。なんか褒美でも貰ってたのかい」
 やっと馬車から降りてきた俺達を確認したベンさんが俺の後ろの女剣士に目をやりながら声をかけてきた。

 ベンさん、ちょっとお下品ですよ。そういう願望はアリアリですが、こんな所でそんな感じになる訳無いじゃないですか。
 ネコ耳娘はベンさんを確認するとビクっとして女剣士の後ろに隠れる。少女もビクっとしてネコ耳娘の後ろに隠れた。

「大人気だね、ベンさん」
 って皮肉を言ってやると「うるせぇ」って返ってきた。


 盗賊団を女剣士に確認してもらうと、馬で来た奴らはこれで全部だという事だった。
 後から走って来る奴がいるかもしれないから安心できないと女剣士は言っていた。
 なぜ追われてるかだけど、俺達は聞かなかった。俺もベンさんも詮索されたくないから、こっちも詮索しなかった。ベンさんとの間でもそうだしね。

 馬車の馬はもう使い物にならなかった、走りすぎで死んでしまっていたのだ。だけど、盗賊達が乗ってきた馬が繋がれていたので、馬車を二頭立てにして、二頭は俺とベンさんが乗って行く事にした。まだ一頭残っているが、ベンさんが「いらねぇなら俺がもらうぜ」と言って盗賊から剥ぎ取った武器や装備を纏めてその馬に積んでいた。あんたが盗賊みたいだよ。
 ぐるぐる巻きにされてた盗賊達の拘束を一旦解いて、ベンさんが解きにくい結び方に結びなおした時に剥ぎ取ったようだ。俺が説明に苦労してた時に、あんたそんな事をしてたんだね。

 俺は馬に乗ったことが無いので断ったんだけど、簡単だからと無理やり馬に乗らされるはめになってしまった。落馬したら大怪我するんだろうな、こういうのは衛星でも守れないんじゃないだろうか。

 盗賊団は拘束したままその場で放置、魔物に襲われて死んでも構わないのだそうだ。町まで連れて行けば報酬も出るだろうという事だけど、運ぶ手段も無いし諦めよう。
 ベンさんの話では、後から来てる仲間が助けるんじゃないかという事だった。

 それからの道程は順調で、馬に乗ってから一泊だけ街道脇でしたが、二日で町まで到着した。
 休憩と野営以外は馬車に乗ってるから女剣士達とあまり話せなかったけど、まぁまぁ仲良くなれたと思う。名前も教えてもらったしね、もう剣を向けられることは無いはずだ。一応、恩人である事は分かってくれたみたいだけどね。
 意外だったのが、御者はネコ耳娘がやっていた事だ。女剣士は馬車の中で少女の護衛なのだそうだ。ややこしそうだね、今はいいけどこれ以上関わらない方が良さそうだね。ネコ耳は残念だけど、他を探す事にしよう。

 初めての町だし、何かいい出会いがあればいいんだけどね。

しおり