西の森8
そんな対策の施しようがない相手。それも、たとえ倒した相手がボクより格下であったとしてもそれを無効化する事が出来ないのが、悩みの種だ。まぁ、その根源が死の支配者なのだからそれも道理なのだが。
もっとも、今後を思えばそれの対策も必要になってくるだろう。
それほどの相手だ。世界の敵ではあるが、仮に世界の皆が力を合わせても、勝てるとは思えない。
「接触しましたね」
ノーブルの声に意識をエルフ達の方に向けると、そこでは湖にほど近い森の中でリャナンシー達が異形の存在に攻撃を仕掛けたところであった。
「本当に学習能力がありませんね」
今までと変わらず包囲してから攻撃するリャナンシー達に、ノーブルはやや呆れたような口調で呟く。
しかし、相手は単独で森の中なのだ。囲んで攻撃する事が出来るのであれば、それは問題ないような気もする。もっとも、今回は突破力が足りていないので、全方位からの攻撃よりも、協力して一点突破を図った方がよかったかもしれないが。
まぁ、相手の護りがそこまで硬くないというのも考えものか。そこに惑わされて、深い傷を負わせるという事が重要なのに気がついていない。それに、相手の魔力が膨大なのにも気がついていない様な気がする。
しかし、エルフは精霊魔法を行使出来るぐらいだから魔力には敏感だと思うのだが? 確かに相手は魔力を隠してはいる様子はあるものの、そこまで高度な隠蔽は施していないし・・・何故だろう?
「プラタ。何でエルフ達はあの膨大な魔力量に気がついていないの?」
「あれはエルフ達とは波長が違うからです」
「どういう事?」
「要するに、視えていないという事ですよ」
プラタの返答に、意外にもノーブルが補足する。
「視えていない?」
しかし、それでも理解出来なかった。何か申し訳ない。
「魔力には様々な波長があるのを覚えていらっしゃいますか?」
「うん。それは覚えている」
「魔力視にも可視出来る波長帯というモノが存在します」
「そうなの!?」
「はい。これは魔力視に使用した魔力で決まります」
「ふむ」
「エルフの場合ですと、精霊魔法を行使する関係で、その波長帯が狭いという弊害があるようです」
「・・・それは危ういのでは?」
「はい。ですが、それに気がついている者も少ないという現状でして・・・」
「何で?」
そんなもの、魔力視を使用していたら気がつきそうなものだが。
「事足りますから。この辺りに棲んでいる生き物の魔力の波長は、その狭い波長帯に全て入っていますので」
「なるほど。それで・・・」
「でも、その危うさを理解している者ならちゃんと居るのですがね」
「そうなの?」
付け加えるように発せられたノーブルの言葉を受けて、プラタに問い掛ける。
「はい。ナイアードはそれを理解しています。昔それを直そうとした事がありましたが、エルフ達が精霊魔法に慣れ過ぎてしまっていて、中々矯正出来なかったようです。それに、精霊による警告などもありましたから、エルフ側も必要を感じなかったのでしょう」
「そうなんだ。それで、今回は精霊が警告しなかったの?」
「この辺りを纏めている精霊であるナイアードを怒らせたのです。ナイアードが一応協力しているので精霊達も力を貸してはいますが、現在は魔法の構築の手助けぐらいしか行っていないはずです」
「そうなんだ。それをエルフ達は?」
「気づいてはいないかと」
「・・・それもどうなんだろう?」
それだけ信頼しているという事なのかな? それにしてもお粗末な気がするが。
「ナイアードを怒らせた事は理解しているようですが、それでも協力しているというのと、精霊達が変わらず協力して精霊魔法を構築している事。なにより、どうも精霊は個々で独立した存在だと勘違いしている節が在るようです」
「なるほどね。ボクもプラタが居なければそう思っていたかもね」
妖精であるプラタと一緒に居ると、精霊と妖精の世界が縦社会であるのが何となくだが分かってくる。というよりも、それ以外の種族というのは珍しい気もするが、やはり超常の存在である精霊は自由といった印象があるのだろう。その気持ちは分かるが、現実はしっかりと見た方がいい。
「それで妙にずれた対処をしていたのか。あの魔力が認識出来ないのであれば、包囲殲滅したいのも頷ける」
とはいえ、何度も失敗しているのだが・・・中途半端に上手くいってはいたが。
「もっとも、たとえ視えなくともあの魔力を感じられないというのは、十分問題だと思うのですけれど」
ボクの言葉に、ノーブルが呆れたようにそう告げる。
まあ確かに、たとえ視えなくともあの膨大な魔力量を前にして何も感じないのであれば、それは色々と鈍いというか、機能していない可能性が出てくる。それぐらいあの異形の存在は魔力量が多いうえに、ほとんど魔力を垂れ流しにしていた。
魔力操作が苦手という事だろうが、それにしても酷い。以前に視た変異種ほどではないが、それでもあれが移動した辺りは、暫くの間は魔力濃度が高い。
しかし、意外とノーブルは会話に参加してくるのだな。その事に内心で驚いた。
「まぁ、確かに。あれを感じ取れないというのは、色々と不味いな。長年精霊に頼り過ぎたツケという訳か」
「強者の余裕、というやつだったのかもしれませんよ?」
嗤うような声音でノーブルがそう口にする
確かにエルフはこの森の覇者だったし、敵もほとんど居なかった。警戒は常にしていたようだが、それでも戦いは稚拙だったように思える。
魔族との戦いに始まった一連の戦いの結果は、その稚拙さが原因でもあるのだろう。何せ稀にとはいえ、森の中で人間如きに捕まる程度の存在なのだから。
「もしもそうならば、しょうがない部分もあれども自業自得でしょう」
「ふふ。そうですね。自力で気づけなかった訳ではないのですから、それに気がつかない方が悪いでしょう」
「しかし、精霊達も世代が変わったら教えてもよかったとも思いますが」
「ふふふ。その身勝手さは少し好感が持てますよ」
「・・・それはどうも」
声音だけは楽しそうに語るノーブルに、少々苦々しく返す。ノーブルがどう思ってそんな発言をしたのかは知らないが、何となく諭されたような気分になってしまった。
そんな思いを察してか、ノーブルが僅かに口の端を持ち上げたような気がする。まあ実際はどうかしらないが、そう感じた。
「さて、無駄に犠牲を払っていたようですが、やっと無駄だと気がついた様ですね」
ノーブルの声にエルフ達の方に意識を向ければ、数を減らしたリャナンシー達が湖の方へと下がっていくところだった。
魔力量の減りも大きい。流石に数が減ったので、撤退まで早かったな。
湖へと下がるリャナンシー達と、それを追う異形の存在。
移動速度の差はあるが、湖まであまり距離が無いので、直ぐに到着するだろう。
「この劇もそろそろ幕引きですね」
そう思っていると、ノーブルはそう言ってこちらに目を向ける。
「それでは、中々愉快な時間をありがとうございました。ではまたいずれ」
そんな言葉と共に浮かべられた微笑みは、一見とても慈悲深そうに見えるが、やはり恐ろしい。
恐ろしいのは、そのこちらの命などどうとでもなるという、何の価値を見出していない冷たい光を宿す瞳もだが、確実にわざとだろう魔力の漏洩も。
笑みを浮かべたと同時にノーブルから漏れ出した魔力は僅かではあるが、その魔力がまた凶悪であった。
何というか、飲まれそうな異質な魔力なのだ。触れればたちどころに腐蝕でもしてしまいそうなほどの危機感も覚える。
「ええ。それで、一体何の真似ですか?」
そんなノーブルへと、プラタが冷めた声音で問い掛けた。
「ただの悪戯ですよ。情報は欲しいでしょう?」
プラタの問いにノーブルは挑発するようにそう返すと、漏出させていた魔力を引っ込める。
「そうですか。わざわざ情報提供をして下さり感謝いたします」
何処までも平坦な声音で感謝を告げるプラタに、ノーブルはただ笑みを少し深くするだけ。
しかし、直ぐにお道化るように肩を竦めると、ノーブルは雰囲気を和らげる。
「向こうはもうすぐ終わりそうですし、私もそろそろお暇させて頂きましょうか」
その言葉にエルフ達の方を確認すると、湖に到着した異形の存在をナイアードが攻撃しているところであった。
確かにもうすぐ終わるだろう。ナイアードの攻撃に晒されて、異形の存在の魔力がガリガリと削られていっている。
ナイアードはしっかりと貫通力を重視しているようで、一点へと威力が集中するように、穂先の様に先の尖った攻撃で異形の存在の身体に穴を開けていっている。
その傍らで、相手の攻撃の隙を衝くように手足を切り飛ばして自己治癒を促しているが、異形の存在の治癒は追い付いていない。
流石にそんな状況では、何も考えずに魔力をそのままドバドバと垂れ流しているのと同義なまでに消耗しているので、保有魔力量が目に見えて減っていっている。
湖の直前でリャナンシー達と戦ったとはいえ、異形の存在が湖に到着直後は七割近くあった魔力量が、今では二割を切っているまでに減っていた。
このままいけば後数分で、一割どころかその半分まで減るだろう。そこまでいけば、もう抗う事は不可能だろう。
それを確認したところで、ノーブルがその場で一瞬で消える。それを間近で眼にしたが、相変わらず何も掴めなかった。
プラタの方はどうかと隣に目を向けると、こちらの方に目を向けていたプラタは、ボクに向かって小さく首を振って結果を教えてくれる。
「そうか。あの魔力については何か分かった?」
「申し訳ありません。しかし、あれは通常の魔力ではありません」
「そうだね。何か殺伐とした感じの魔力だったね」
「はい。あれは性質としましては、魔力と申しますより魔法に近いかと」
「魔法、か。じゃあ、あれは魔力ではない?」
「いえ、部類としましては魔力で間違いないと存じます」
「ふむ」
ナイアードに異形の存在がやられたのを視ながら、プラタと共に首を捻る。死の支配者達が行使する魔法や転移もだが、相変わらずあちらは分からない事だらけだな。それ故に対策が難しいのだが。
それから直ぐにナイアードに倒された異形の存在は消滅したが、やはり純粋な消滅とは違うようで、魂とでも呼ぶべき根幹を成している魔力が体内から抜けて霧散する様な動きを見せた後、そのまま周囲の魔力へと溶けていかずに、直ぐに体内へ戻っていってしまった。しかも、体内に魔力が戻った瞬間、異形の存在の身体が消える。
「消滅・・・ではないよね?」
「はい。転移と呼ぶべき何かです」
「なるほど」
その一瞬の出来事についてプラタに問い掛ければ、そう答えが返ってくる。これが死の支配者達の転移の一つという訳か。
「今までも死の支配者側の手勢は、死後はああいう風にして消えてしまっています」
「ふむ。死の支配者の下に飛ばされたという事か」
「はい。おそらくは」
そう思っていると、湖の方にノーブルが現れる。
その瞬間、ノーブルの周囲の魔力が変質したのが視えた。とはいえ、それは害が在る訳ではないようで、エルフやナイアードに異変は無い。威圧みたいなものなのだろうか? それとも先程と同じ悪戯か・・・多分悪戯だな。ノーブルがエルフやナイアード程度を威圧する必要はないだろうから。
「それにしても、こう離れて視ると余計に差というモノが解るね。ノーブルは圧倒的過ぎる」
秘匿されているのでノーブルの正確な魔力量は不明だが、それだけでも、秘匿されるぐらいに彼我の差がある事は窺えるというもの。
「・・・そうで御座いますね。今はまだ届きそうもありません」
「遠いね。更に先に死の支配者が居る訳だし」
「はい」
未だ何の糸口も見えない相手。その魔力も魔法も何も判らないというのは中々に辛い。
「しかし、ノーブルは一体何の用なんだ?」
「特に用は無いようです」
「そうなの?」
「はい。ただナイアードを直接見に行っただけのようです」
「ふむ? なんでナイアードを?」
「不明です。が、どうも何かを調べているようです」
「調べるねぇ」
外の世界について詳しくは知らないが、この辺りで精霊は珍しくない。精霊が視えない人間にとっては御伽噺の住人だが、視える者にとっては、人間界も含めてそこら中に精霊は居るのだから。
とはいえ、ナイアードの様な確固たる意志を持った上位精霊は珍しい。
数は少ないとはいえ、意志を持った精霊はたまに森の中で見かけるも、ナイアードほど確固たる意志と膨大な魔力を有した精霊は、ボクの知る限りナイアードの他に南の森に住まうというアルセイドのみだ。
なので、珍しいといえば確かにそうだが、珍しさで言えばボクの隣に居る妖精のプラタの方が珍しいはずだ。何せ、プラタを含め妖精は世界に三人しか居ないと聞いているのだから。
それに、精霊は妖精が生み出した存在とも聞いているので、精霊よりも妖精の方が調べる価値は高いと思うのだが・・・精霊特有の何かでもあるのだろうか?
「精霊って、何か固有の能力でもあるの?」
「いえ。精霊固有というものは御座いませんが、我ら同様に精霊は特殊な存在ではあります」
「ああ、そういえば」
妖精は魔力を生み出し循環させる存在だが、精霊はその補助のような役割を担っているという。他には同じような存在は居ないので、妖精と精霊は他とは違う特殊な存在という訳だ。
「でも、その為にわざわざノーブルが赴くとも思えないけれど・・・」
ノーブルであれば、それぐらい遠くからでも十分観察出来ると思うのだが。
「はい。確かにわざわざ直接赴かなくとも、それを調べるのは容易でしょう。それこそ、私でも抵抗は難しいかと」
「うーん、そうか。なら、何でだろう?」
ノーブルの謎の行動に首を捻っていると、ノーブルの姿を見失う。どうやら移動したようだ。エルフやナイアードに被害が無いので、本当に見に来ただけだったようだ。
「何処かへ行ったけれど、相変わらず所在も魔法の兆候も掴めないな」
「はい。森の内外を調べておりますが、何処に移動したかは不明です」
「そっか」
少し前と同じ結果に、しょうがないと息を吐く。
まあそれはそれとして、エルフ達の騒動はこれで幕を閉じた訳だ。
ナイアードは無傷のようだし、エルフ達は数こそ減ったが、全滅はしていない。たとえ未来は暗かろうとも、これから次第ではまだ可能性が在るやもしれない。
いや、もしかしたらやり方次第ではまだなんとかなるかも。要は出生率を上げれば何とかなる話なのだから。
「さて、見るものも視たし、そろそろ探索を再開させようかね!」
立ち上がってグッと背筋を伸ばす。
ノーブルとの会話のせいで少し忘れかけていたが、別にエルフ達の行く末を見守る為にここに来たわけではない。ここに来たのは森の様子を見て回る為なのだから、エルフの行く末など考えるだけ無駄な事。
「はい」
プラタも音もたてずに立ち上がる。まるで上から引っ張り上げられたような不思議な立ち上がり方だった。
二人共立ち上がったところで、敷いていた風の層を消して、忘れ物が無いかを確かめる。
視界の中ではリャナンシーがナイアードと何か話している様な感じだが、その辺りはどうでもいい。エルフの今後に興味など無い。
魔法を使って木の上から跳び降りると、森の散策を再開させる。数日ぶりに身体を動かすような気がするが、身体は鈍っていないだろうな?
そう思いながら、その場で身体を解すように動かしていく。
「うーん・・・少し固いか? まぁ、動いていたら直に何とかなるかな」
問題はなさそうなので、気にせず西に向けて足を踏み出す。さて、次は何処を目指そうかな。
◆
「おや? どうかしたかい?」
光が全く無い世界に、少年の静かな声が響く。
その少年の声に応えるように、真っ暗な世界に小さな光が灯る。
淡く優しいその光球は、ふわふわと揺蕩うように少年に近づいていく。
「――――――」
「ふむ。なるほど。それは構わないさ」
何かを訴えかけるように明滅する光球に、少年は目を向けて言葉を掛ける。
「――――――」
「ああ、勿論。その願いは今叶えておいた。後は君次第だよ、ソシオ」
「――――――」
少年が名を口にすると、光球は激しく明滅する。それでいながら優しげな光なので、怒りではなく歓喜の明滅なのだろう。
「それじゃあね。君にも期待はしておこう」
「――――――」
最後にもう一度明滅した光球は、そのまま何処かへと飛んでいった。
「・・・可能性は多いに越した事はないからな。願わくば、どれかが実ってくれればいいのだが」
何処か他人事の様に少年は呟くと、少し思案するような間を置く。
「ふむ・・・という事は、これから世界は面白い事になるかもしれないな。そうなれば肥料は必要だろうから、あれをもう少し見直して上方修正しておこうか。でなければ、新たな世界でなにも成せないで終わりかねないからな」
少年はそう言葉にした後、動きを止めて、今し方考えた事を脳内で組み立て始める。
「そうだな。全体的に性能を向上させつつ、能力も少し足しておくか。良い肥料になってもらわなければならないから、もう少し強めに調整しておいた方がいいだろうか?」
遠くに目を向けながら、少年は思案する。調整するのは問題ないが、やりすぎてしまっては意味が無い。目的を達成するには、目的に沿った調整にしなければならないのだから。
「現在の成長状態があれならば・・・新しい存在も増えているし、今後の予測と交代時期の予想もしなければならないから・・・問題は壊れてしまった場合か。その場合は、別の肥料を用意する必要があるが、まあそれは大丈夫か」
何かを思い出した少年は、むしろその方が都合がいいだろうかと思案するも、直ぐにどちらでもいいかと首を振った。
「別の肥料か、新しい種を補充してもいいか。あれを加えてしまってはあっさりと殲滅されそうだから投入は無理だが、そろそろ遊ばせているのも勿体ない。かといって先に向かわせると僕の出番が無くなる可能性も在るからな・・・まぁ、そこは問題ないか。なにせ世界は無数にある訳だしな。この世界を創った者達に、その者達を創った者達。そして更にそれを創った者達と、無限に広がっている訳だし」
どうしたものかと考えながら少年は闇の中に目を向けると、何かを追いかけるように視線を動かす。
「ふむ。流石にあれはこの世界には無理だから、もう少し待つとしよう。もっとも、頑張っているようだが、そろそろ時間も尽きそうだな」
肩を竦めるような仕草を見せた少年は、小さく息を吐く。
「さて、やる事は決まっているが急ぎではないし、まずは何をしようかな」
少し楽しそうな響きでそう呟いた少年は、再度遠くへと目を向けた。
◆
森の中というのは、似たような風景が続いている。しかしよく見れば違っているのだが、そんな事ははじめて来た場所では関係ない。
「うーむ。道が判らないな」
迷子という訳ではない。魔力視のおかげで大まかながら自分の居る場所は掴めているのだが、今どこに居るのか細かな座標までは把握していないというだけで。
まあもっとも、そもそも明確な目的が無いので、たとえ大まかな現在地が判らなかったとしても、迷子ではないのだろうが。
「まぁ、西に進んでいればいつか森を出るだろう」
西と言っても、真っすぐ進んでいるのではない。木を避けたりしている内に少しずつ逸れていたようで、気がつけばエルフの集落の在った地点から北寄りに西へ進んでいた。
それでも西に進んでいるのは変わらないので、森の外縁部は順調に近づいている。
「しかし、敵も変わり映えしないな」
北寄りに進もうとも、遭遇する敵性生物は蟲ばかり。苦戦する敵ではないので問題ないが、似たような蟲が多い。
それにしても、ここまで来るのに結構時間が掛かってしまったな。帰りは転移で人間界近くまで移動するとしようかな。
前回森に来た時は魔族軍との戦いもあったとはいえ、途中を急ぎで移動したので、それを含めて人間界から森の外縁部への往復で任務期間の半分ぐらいは必要だった。それを踏まえると、今回の様にゆっくりだと任務期間一杯で片道と少しぐらいだろうか。何にせよ往復は難しいから、帰りは転移予定。
まぁ、今までの駐屯地での任務を思えば、今回はとても楽なので、このままのんびり行こう。変に早く帰って余計なモノに巻き込まれても困る。
森の中からクリスタロスさんのところに行ける事は確認済みだから、帰る理由もないし。
「現在西の森と北の森は蟲系統が幅を利かせておりますので、そのせいかと」
「北は前からだけれど、このままいけば西も蟲が覇者で決まりかねぇ」
「おそらくは」
「そっか。南はエルフ。東は魔物。北と西は蟲・・・東の魔物は動く気配が在りって、現在東の魔物達はどんな感じ?」
「現在は東の森は落ち着き、侵攻の準備が行われているようです」
「ふむ。攻める先は?」
「まずは未だ弱っている北の森を目指すようです」
「なるほど。北から西へ逃げた蟲はそれを察したのかな? それともエルフの影響がなくなったのを察したからか」
「両方かと」
「なるほど」
「北と東の境界付近では小競り合いが多発しておりますので」
「ふーむ。このままいけば、南以外は魔物の森になるか」
「はい。そして、その場合は人間界にも矛先が向くでしょう」
「だろうね。面倒なモノだ」
北と西の森は今は密度が薄い。なので攻めやすい状況という事で、おそらく人間界より先にまずはそちらを済ませる事だろう。その後は平原まで支配下に収めてから人間界へと攻めると思うので・・・さて、人間にはあとどれぐらいの猶予があるのやら。
その猶予期間は北と西の森の抵抗次第だが、現状では戦力差が酷い。
例えば、北の森は未だに戦力が戻っていない。あれから結構な勢いで数は増えているのだが、それでも追いついていないのだ。
そんな状況でも西のエルフよりはかなりマシで、一応西の森に逃げていく蟲が出ても、まだ東の魔物に抗っているぐらい。
北の森の中でもっとも増えているのが蟲系統なので、必然的に北と西の覇者が蟲系統になっているようだが。
それに比べて東の森の魔物だが、数は死の支配者が襲撃をかける前よりむしろ増えている。それに加えて強い個体も増えているので、東の魔物達が本腰入れて攻めてきたら、北の森は直ぐに落ちるだろう。
北の森が落ちた後は、そのままの勢いで西の森に攻め入るとして・・・ナイアードの存在が難しいところだが、東の魔物の支配層が出てくれば意外と直ぐに落ちる可能性も在るな。
ナイアードは強いようなので、東の森の支配層相手でも一対一ならば負けないだろう。しかし、そんなのを複数体相手するとなると話は変わってくる。
それに東の森には、死の支配者が何かしらの細工を施した魔物が存在する。どれぐらい育っているのかまでは知らないが、あれから結構な時間が経ったので、それなりに強くなっているはずだ。
「そういえば、東の森の魔物で死の支配者が何かした魔物は、今どれぐらい強くなっているの?」
気になったので、プラタに問い掛けてみる。
「あれから強くはなりましたが、まだ馴染まないのか急激な成長はなく、二人で一緒に戦って下位のドラゴンといい勝負ぐらいではないでしょうか」
「ふむ。じゃあ、ナイアードが相手だったら?」
「一体では難しいでしょうが、やり方や条件次第では、二体でしたらナイアードは倒せるでしょう」
「そっか。しかし、支配層の魔物がそう簡単には戦場には出てこないよね?」
「そうで御座いますね。苦戦するようでしたら可能性はありますが」
「ふーむ。そっか。じゃあ、西の森も時間の問題か」
「はい。しかし、時間は掛かるかと」
「そこまで落とせるようなら、人間界は直ぐに落ちそうだね」
「・・・・・・」
「まぁ、あの大結界を破るのに中級以上の魔物が必要な時点で、大結界が破られたら終わりな部分があるけれど」
そう思えば、大結界を強化していた方がいいのだろうか? しかし、現状でも過剰な防御力だからな。侵攻が予想されるからといって強化するのもな。
「現在の人間の強さ的に考えて、中級程度の強さの魔物数体で一国は確実に落とせそうだよな」
「・・・それはどうで御座いましょうか」
「ん?」
今まで各駐屯地を見てきて思った事を口にすると、プラタが疑問を呈する。
「現在人間界には色々と成長している人間が数名居りますので、そう簡単には落ちないかと」
「成長している人間?」
「はい。ご主人様の妹君の御二人に、共に居た女性を加えた三人。それにご主人様の御学友の方です」
「オクトとノヴェルにクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエ様? それに学友って・・・誰?」
「初めにご主人様と御会いした時にいらした方を造られた方です」
「・・・えっと、あの時に居たのはティファレトさんだから、それを造ったって事はセフィラ?」
「はい」
「強くなっているの?」
「あの頃よりは強くなっていますが、それでも他の人間とそう変わりません」
「では?」
「その技術が進歩しているのです」
「あ、ああ。なるほどね」
確かにティファレトさんのような存在を造れるのだ。その技術が更に発展しているとなれば、それはさぞ凄い事なのだろう。よく分からないけれど。
「しかし、セフィラがねぇ」
プラタにこうも言わせるほどに技術を発展させているとは。好きこそ物の上手なれというやつなのだろうか?
「それにオクト達も?」
「はい」
「どれぐらい強くなっているの?」
「おそらくですが、単独で下位のドラゴンと戦えるほどに」
「そんなに!?」
告げられた現在のオクト達の強さにボクが驚いていると、続けてプラタが口にした事に絶句してしまった。
「こちらも予測でしかありませんが・・・おそらく三人が連携した場合は、ご主人様でも苦戦するかもしれません」
「・・・へ?」
そんな予想外の言葉に、ボクは咄嗟にどう返していいのか分からずに、固まってしまう。
以前視た三人は確かに強いとは思ったのだが、それはあくまでも人間界の中ではという冠が付く言葉。少なくとも、ボクが苦戦するほどではなかったはずだ。だというのに、あれから何があったのだろうか? ボクもボクで成長しているはずなんだがな。
「既に魔物創造も行ったようで、フェンやセルパンに迫りそうな強さの魔物を各々一体ずつ創造したようです」
「それはまた・・・何があったの?」
「特訓をしたようです」
「特訓?」
それは大事なことだと思うが、それだけで急に強くなれるものだろうか? 何かしらの法則でも見つけたのかな?
「はい。主に魔力操作に重点を置いた訓練でした」
「ふむ?」
魔力操作の訓練は重要だが、それだけで短期間でドラゴンと戦えるまでに強くなれるものではない。それに、ボクでもそれぐらいはやっている。だというのに、苦戦しかねないほどに差が縮まっているとは・・・ううむ。謎だ。