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結人の誕生日とクリアリーブル事件2㊾




結人が笑顔を夜月に向けた後、少し二人の間には沈黙が訪れる。 何も言い返してこないということは、少しでも彼の心は動き出しているのだろうか。
結人は自分の思いを全て伝え切ったため、満足そうな表情をしながら夜月からの次の言葉を待つ。 そして沈黙を守り続けた数十秒後、彼はそっと口を開いた。
「・・・ユイ」
「ん?」
今の結人の表情からは、先刻までの真剣さは感じられない。 
これから言われる夜月の言葉が結人にとって嬉しいものだろうが、嫌なものだろうが、どちらにしても何でも受け入れることができる状態だった。
ここまで言っても彼の気持ちは変わらないというのなら、それは仕方ないと思っている。 
今の勝負は結人の勝ちでほとんど確定なのだが、どうしても夜月が『結黄賊には戻りたくない』と言うのなら、それはそれで構わなかった。 
チームを辞めるのは個人の自由で、強制残り続けるというルールはない。 
先刻までは“夜月を取り戻したい”という気持ちの方が強かったのだが、自分の言いたいことを全て言い終わった今もう思い残すことがなかった。
だから最後まで彼のやりたいこと、彼の思いを第一に考えようと思ったのだ。 そして夜月は、結人の名を呼んだ後の言葉を続けようとする。
「ユイ。 俺・・・は」

―ドスッ。

「!」
彼が何かを言いかけた瞬間、結人の視界には突然サビた鉄パイプが入ってきた。 それは夜月の肩に直撃し、彼はバランスを崩してそのまま地面に倒れ込む。
これはクリアリーブルのものだと分かった瞬間、結人は夜月に攻撃した男に向かって自分の持っている鉄パイプを大きく振り回した。 だが、ギリギリのところで避けられてしまう。
この出来事を機に――――結人の心は変化する。 
先刻までは“夜月の思うままにしてやろう”という気持ちに変わったのだが、今の攻撃を見て結人の気持ちは一瞬にして切り替わった。
そしてその感情を持ち合わせたまま、今もなお夜月の隣にいる男に向かって言葉を放つ。
「おい、お前何をしてんだよ!」
「夜月、早く立て。 今お前の目の前にいるコイツは敵なんだ。 油断すんなよ」
結人の言葉を無視して、夜月に向かってそう口にする彼。 その言葉からは人を思うような優しい感情なんてこもっておらず、本当にこれが仲間同士なのか疑う程の冷たさだった。
それを聞いた刹那――――結人の怒りが、ついに爆発する。
「おいお前、ふざけんな!」
「あ?」
結人はその場に立ち上がり、男の方へ身体を向け険しい表情を見せ付けた。
「今夜月はお前らと同じ仲間じゃねぇかよ! なのにどうして、簡単に手が出せるんだ!」
「うるせぇよ」
感情的になっている結人とは反対に、冷静さを保ったまま返事をする相手。 男の背後からは、結黄賊の仲間たちがクリアリーブルを相手に喧嘩をしている光景が視界に入る。
「俺は、お前らがしていることは最低だと思う」
「は?」
そして、クリアリーブルである目の前の男に向かって自分の気持ちを吐き出した。
「夜月をクリーブルに入れて俺たちと戦わせると、俺らは夜月に手を出せないとでも思ったんだろ」
「・・・」
見事にその考えが的中したのか、彼は急に黙り込む。
「それで俺たちが降参したところで、許す代わりに俺ら結黄賊全員をクリーブルに入れさせようとしたのか? そんな甘い考え、通用するとでも思ったのかよ!」
そして結人は、身体は男へ向けたままだが夜月と男に向かって、先刻決断したことをハッキリと口にした。

「気が変わった。 さっきまでは夜月の好きにさせようと思っていたけど、夜月は俺たちのもとへ返してもらう」

「お前、さっきから何を言ってんだよ。 夜月は今クリーブルなんだぞ?」
「夜月をお前らみてぇな酷いチームなんかには、絶対に入れさせねぇ! ・・・それに、仲間に手を出すなんてマジありえねぇ」
これは今、結人は夜月を敵だと思って攻撃したから言えるものだった。 だがそれを聞いて、男は他の結黄賊の名を口にする。
「じゃあ真宮はどうなるんだよ。 アイツは同じ仲間であるお前らに、手を出したじゃねぇか」
「そうさせたのはお前らだろうが!」
更に結人は、彼に向かって言葉を紡ぎ出した。
「それに、真宮は俺たち結黄賊を守るためにしただけだ。 それに比べてお前は、今何も守るものがないのに仲間に手を出したんだぞ! ・・・普通なら考えらんねぇ」
そして相手のことを睨むようにして、ある一言を放つ。

「お前らは俺みたいな偽善者を通り越して・・・ただの悪人さ」

その言葉を聞いて、一瞬反応を見せる男。
「だから夜月は、今から結黄賊に返してもらう」
「おい、勝手に決めんなよ」
いつの間にか、この公園内には静かな空気が漂っていた。 
結人はその変化に気付き視線だけで周囲を見渡すと、結黄賊の仲間がクリアリーブル全員を無力化し終えた光景が目に入る。
そんな彼らを誇りに思いながら、身体の向きを変え夜月に優しく尋ねかけた。
「夜月。 夜月は・・・俺たちのところへ、戻ってくるだろ?」
「・・・」
彼は何も言えなくなったのか、上半身を起こして先刻攻撃された肩をさすりながら、結人から目線をそらし続けた。 だがその行為を、ほぼ肯定のものだと確信する。
夜月は思ったことを素直に言う人間だと知っていたため“結黄賊には戻りたくない”という気持ちがなおも持ち合わせているのなら、既に断っているだろう。
だがその答えが言えないということは、今彼の心には迷いが生じ始めているということだ。 
または夜月には既に心に決めていることがあるが、結人がいるからなのかクリアリーブルがいるからなのか、互いのことを思って何も答えられずにいる。 このどちらかだった。
夜月を取り戻すにはあと一歩だと思った結人は、再び男に向き直り意見をまとめ始める。
「お前らが今までしてきたことは、警察には言わないでおいてやる。 でもその代わり、俺たちとは二度と関わるな」
「・・・」
そして更に、語り続けた。
「俺たち結黄賊は永久不滅。 だから解散なんて絶対にしない。 それに、今を見ていて思っただろ? お前らは、俺たち結黄賊には絶対に勝てない。
 人数がどんなに多かろうが、俺たちの仲間をどんなに敵に回そうが、絶対に勝てないんだ」
ここで少しだけニヤリと笑い、男に向かってこう口にする。

「俺たちはただの高校生だ。 でもお前らは大人だろ? だから、警察にもし見つかったとしたら・・・ヤバいんじゃねぇか」

「ッ・・・」

当然高校生でも喧嘩に関わったら警察署行なのは分かっているが、ここはまだ未成年だということを利用して上手く言葉を操った結人。
「だからもう、俺たちとは二度と関わんなよ」
最後の一言を鋭い目付きをしてそう放った後、再び夜月の方へ身体を向ける。 そして、彼の目線に合うようその場に座り込んだ。
「夜月は、こんな最低なチームなんかに行く必要はねぇ。 てより、夜月には似合わない」
「・・・」
夜月はまともに結人のことを見ることができず、今もなお俯いたまま。 
「別に俺のことは、恨んでも構わねぇよ。 それに俺のことがどうしても気に食わなかったら、俺以外の奴と仲よくしていればいいさ」
それを聞いて、やっとの思いで夜月は言葉を返す。
「でも・・・俺は、みんなを裏切って最低なことをしちまったんだ。 だから・・・今更結黄賊に戻っても、俺はどうせ」
「大丈夫」
夜月の言葉を遮って、小さな微笑みを結人は見せた。
「夜月がどんなことをしても、みんなは真宮の時と同じように許してくれるさ」
「・・・」
最後に――――また一言、付け足す。
「当然、俺もな」
「・・・ユイ」
その言葉が安心したのか、夜月の表情が少しだけ柔らいだ。 その様子を見た結人はその場に立ち上がり、彼に向かって片手を差し出す。 そして夜月のことを、優しい目で見据えた。
「だから、一緒に帰ろう? 夜月は俺に、負けたんだろ」
なおも――――優しい目をしているが、結人は夜月に向かってハッキリとした口調で言い渡す。 

「・・・命令だ」

それを聞いた彼は小さく頷き、結人の手を取ってゆっくりとその場に立ち上がった。 そして夜月と結黄賊の仲間を連れて、ここから去ろうとする。
公園の入り口まで歩いていきながら、結人は後ろにいるクリアリーブルの連中に向かって振り向かずに大きな声で言葉を放った。
「次、もしまた俺たちに関わってみろ! 俺はお前の顔をちゃんと憶えた。 だからもしまた悪さをしたら、すぐ警察に通報してやる」
そして少しの間を置いて、結人は前を向いたまま小さく笑う。
「まぁ・・・真宮と夜月のメールのやり取りを警察に見せたら、お前らは即牢屋行だろうけどな」


公園から立ち去り、結人は後ろに仲間を連れて今は道を歩いている。 もちろん隣には、夜月がいた。
「・・・ユイ」
「ん?」
小さな声で、夜月は名を呼ぶ。 優しい表情で次の言葉を待っていると、彼は複雑そうな表情を浮かべ始めた。
「えっと、その・・・」
「言わなくていいよ」
夜月から出るこの先の発言を遮るよう、自ら断りを入れた。 そして不思議そうな表情を返してくる彼に、結人は苦笑する。
「どうせ、謝る言葉なんだろ」
「違う」
「?」
てっきり謝罪の言葉を述べられると思っていたため、自分の予測していたことを否定され少し驚いた表情を見せた。 
そんな結人に、夜月は結人のことを優しい表情で見据え感謝の言葉を口にする。
「ありがとな」
「ッ・・・」
夜月からの礼を言われ慣れていない結人は、思わず言葉に詰まってしまった。 だが、慌てて笑顔を作る。
「いいよ」
そして結人は一歩を大きく斜め前へ出し、夜月の目の前に立ち塞がった。 突然の行動に、彼はその場に立ち止まる。 
結人はこの時、夜月だけでなく彼の後ろにいる仲間のことも見渡していた。 今は真宮と優、悠斗はいないが、大切な仲間を心から思うような気持で。
そこでもう一度、彼の方へ視線を戻す。 そして――――大事な仲間である夜月に向かって、結人は笑顔を見せながらある一言を口にした。

「おかえり、夜月」


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