結人の誕生日とクリアリーブル事件2㊽
結人は相手の動きを予測し、軽々とその攻撃を避けた。 そして夜月の方へ向き直りもう一度戦闘態勢をとるが、一瞬の間もなく彼は再び結人に向かって飛びかかる。
「ッ・・・!」
攻撃は全て相手からで、こちらからは何も手を出せずにいた。 その理由は、二つあるのだが――――
―――夜月、そんなに力任せで振っていても俺には勝てないぞ!
心の中ではそう思っているものの、結人の表情からは余裕さが感じられない。
夜月よりも鉄パイプをはるかに使いこなせている結人の方がこの勝負には当然有利なのだが、思っていた以上に彼は適当に振り回してくるため避けるだけで精一杯だった。
だが“このままだとマズい”と思い、自分からも攻撃を仕掛ける。 彼に向かって何度も鉄パイプを振り下ろし振り回すが、それらは全て弱く遅い攻撃だった。
「おいユイ! 本気で来いっつったのはそっちだろ! 本気で来いよ!」
夜月も“ユイは今本当の力を出していない”と感じ取ったのか、身を構えながら大きな声でそう口にする。
―――くそ、分かってんのに・・・ッ!
―――さっきまであんなに強気でいたのに、どうしていざ戦いとなるとこう怖くなっちまうんだ・・・!
今の結人からは、先刻までの強気の姿勢は感じられなかった。 そして、彼に何も手を出せずにいるもう一つの理由は――――相手が夜月だから、ということだ。
仲間と敵同士になって喧嘩をするということは覚悟していたが、目の前にするとどうしても怖気付いてしまう。
この気持ちが今の夜月にとっては申し訳ないと思っていながらも、結人は彼に対して本気を出せずにいた。
「ユイ! 夜月! 頼むから止めてくれ!」
今もなお、後ろからは伊達の叫び声が聞こえてくる。
―――ったく、だから『ここから離れていろ』って言ったのに・・・!
伊達の声が耳に届くのと同時に、結人も覚悟を決めた。
―――このままぐだぐだやっていても意味がねぇ。
―――だったら一瞬で、終わらせちまうか!
結人は戦闘態勢をとり直し、夜月と向き合う形になる。
―――夜月・・・ごめんな。
―――我慢、しろよ・・・ッ!
意を決した結人は勢いよくその場から駆け出し、鉄パイプを持っている相手の腕に向かって思い切り腕を振り下ろした。
「うッ・・・」
夜月はそれを避けようとするが、あまりにも早い動きに付いていけず食らってしまい、容赦ない結人の攻撃に思わず小さな呻き声を上げる。
そして結人は休む間もなく、夜月が攻撃を食らった腕に気を取られているうちに、腹に向かって膝で蹴りを入れ、前かがみになったところで後ろへ押し倒した。
起き上がらないうちに彼の上にまたがり、持っている鉄パイプを首元に突き付け動くことができないようにする。
「くッ・・・!」
肘を支えにして起き上がろうと上半身を上げるが、結人が上に乗っかっているためできない。 そして何もできなくなった夜月は、結人をキツく睨み付けた。
だが結人の視線の先は――――夜月ではない。 結人は俯いたまま顔を上げようとはせず、その態勢のまま固まっていた。
その様子の違和感に夜月は気付くが、そのことには触れずに起き上がろうと無理に上半身を起こしていく。 そんな時、結人は俯いたまま彼の名を呼んだ。
「・・・夜月」
「・・・?」
突然呼ばれた夜月は、上半身を起こそうとした態勢のまま思わず静止する。 そして少しの間を置いた後、結人は自分の気持ちを彼に向かって伝えていった。
「夜月・・・。 今更、俺が偽善者って何だよ。 それが・・・どうしたって言うんだ」
「・・・」
夜月は結人のことを見るのが苦しくなり、視線を横へずらす。
「今まで俺は、自分が偽善者だなんてあまり考えたことはなかったけど・・・。 ッ、夜月にそう言われて、本当に俺は偽善者かもしれないって思っちまっただろ!」
「ッ・・・」
いきなり顔を上げ突然大きな声を出してきた結人に、彼は驚いて視線を戻してしまった。 そして結人は今にでも泣きそうになるのを堪えて、震えた声で言葉を続けていく。
「・・・そんなに、偽善者な俺が嫌いか? 俺がお前らのために今までたくさん行動してきたこと、それらは全部偽りだというのかよ!」
「・・・」
夜月は何も言わないまま再び視線をそらし、耳だけを結人の発言に傾けた。
「そう思うのなら、構わねぇよ・・・。 夜月から見た俺の第一印象はそれだったし、今更『俺は偽善者じゃない』ってことを言って、信じてもらうのにも無理がある。
・・・だから、そのことに関しては否定しねぇ。 夜月が言っていることは、本当かもしれないから」
そして更に、気持ちを伝え続ける。
「でもな。 俺がお前らのことを大切に思っているのは本当だ。 もしこれが偽りだったとしても、俺はこれが偽りじゃないっていつまでも信じ続ける」
「・・・」
結人はそう口にした後、表情が真剣なものから寂しそうなものへと切り替えた。
「・・・俺だって、怖いんだよ。 みんなが、俺からどんどん離れていくことがさ。
そうなると、みんなが俺から離れていかないために・・・俺は、いい人のフリをしていたのかもしれない。 でも俺はそれでいいと思っている。
こうすることで、みんなが俺から離れていかないなら。 つーか・・・こんなことを言っていたら、俺は夜月の言った通り本当に偽善者かもしれねぇな。 認めるよ」
自分を嘲笑うようにして苦笑をこぼす結人に、夜月は何も言えなくなる。 そして続けて、4月に起きた出来事のことを語り出した。
「でもさ。 夜月は前・・・俺に言ってくれたじゃんか。 『ユイは偽善者っていうより、ただのお人好しだ』って」
それは――――御子紫が、日向によっていじめられていた時のこと。 その原因は結人にあるのだが、日向も夜月と同じで結人のことを“偽善者”だと言っていた。
だけどその言葉に対して、夜月はそう言ってくれたのだ。
「でも俺は『お人好しは嫌だから直した方がいいか?』って聞いたら、夜月は『直さなくてもいい』って言ってくれた。
『ユイからお人好しを取ると、お前はただの馬鹿になるじゃんか』ってのも・・・言ってくれたな」
そう言って、過去を懐かしむように少し微笑む。
「そう言われた時、俺は嬉しかったんだよ。 『お人好しを取るな』っていうことじゃなくて・・・。 夜月が、俺は偽善者だっていうことを・・・否定しなかったのがさ」
更に結人は、思いを伝え続ける。 これらの言葉が夜月の心にきちんと届いているのかは分からなかったが、それでも彼に言葉を投げかけた。
「偽善者って言われた時、最初は嫌だったけど・・・逆に俺が、夜月に偽善者だと認められてよかった。 もし否定されると、自分が自分じゃなくなる気がしたから。
だから・・・ありがとな?」
夜月のことを見ながら礼の言葉を述べると、彼もこちらを見てくれた。 そんな些細なことでも嬉しく思った結人は、思わず小さな笑みがこぼれる。
「俺と長く一緒にいてくれた夜月だからこそ、言えること。 そして、そう言ってくれたのは夜月だからこそ、俺はその言葉を受け入れることができた。
だから、こんな偽善者な俺と今まで一緒にいてくれてありがとう。 俺の欠点を知っているからこそ、俺は夜月の前では素直になることができたんだ。 だから・・・」
「・・・?」
少しの間を置いて、結人は今日一日で一番最高な笑顔を夜月に届けると共に、感謝の言葉を再び送る。
「夜月。 俺と出会ってくれて、ありがとな」
結人自身も自覚していた。 自分が、もしかしたら本当に偽善者なのかもしれないということを。 そして今もなお、過去みたいに夜月に嫌われ、彼を失うことが怖かった。
だからそうならないために、今まで結人はいい人のフリをしていたのかもしれない。 そのことももちろん――――自覚していた。
だけど今、その本当の気持ちを全て夜月に伝えることができた。 これで本当に、彼は結人のことを“偽善者”だと確信したことだろう。 だけど結人は、それでも構わなかった。
何より、夜月に偽善者だと認められたことが本当に嬉しかったのだ。 偽善者だと気付かせてくれたのも彼だった。
だけど『お前は偽善者だ』という言葉をもし椎野や御子紫に言われたとしたら、その発言に対して反抗していただろう。
それ程結人にとって、夜月という少年はは大きくて大切な存在だったのだから。 だから彼の言葉は、素直に受け入れることができた。
そんな夜月に、結人は心から感謝をしている。 これもいい人ぶって、そう思っているわけではない。
だって今、結人が夜月に見せた笑顔は――――本当に、心の底から見せている本物の笑顔だったのだから。