ミスリルの村ラクスィへようこそ
「……ニナリス様、あの丘の下に見えるのがラクスィの村ですか?」
「その筈なんだけど、様子が変ね。 村全体が光り輝いているわ」
「神々しい光に包まれて、真の聖地みたいです」
「でもどう見ても何かの金属が反射している光にしか見えないのよね」
寒空の下、ラクスィの村を眼下に見下ろしながらニナリス一行は言葉を失っていた。 ここまで運んでくれた女商人のサリエも目を白黒させている。
「何だいアリャ? あたしも長年色んな場所を見てきたが初めて見るよ、村全体が白く光り輝くなんて一体どれだけ大量の金属を使えばああなるんだ?」
サリエの言葉から導き出される答えは1つしかない、慌てて馬車に戻ると村へ急行した。
【ミスリルの村ラクスィへようこそ】・【ミスリル毎日特売中】・【お土産にミスリルの布と塊はいかが?】・【ラクスィ名物の大神像、千手女神像はこの先です】
村の入り口から大量ののぼりが出迎えてくれた、村の全ての建物の屋根にミスリルの幕が張られておりこれが反射していたらしい。
だがよく見ると屋根だけではなくドアや窓枠に至るまであらゆる場所でミスリルが使用されている。 拳2つ分も有れば1~2年は遊んで暮らせるとまで言われたミスリルが惜しげも無く使われている光景は、この場所だけミスリルの価値が石ころ同然としか思えなかった。
「ニナリス様! あれ、あれをご覧下さい」
「あれ?」
同行しているシスターの指差した先では、ある女性が家の外に置かれていた漬物樽から漬けておいた野菜を取り出していたのだが、漬物石代わりに使われていたのがミスリルの塊達だった。
「ミスリルが漬物石に…!?」
希少鉱石で有る筈のミスリルが存外な扱いを受けているのを見て、ニナリスは動揺のあまり足元がふらついてしまった。
「ニナリス様、お気を確かに!」
「教会へ急ぎましょう、トマス主教から事の経緯を聞くのです」
シスターの1人が近くにいた村人に教会の場所を尋ねる。
「すいません、この村の教会はどちらに在りますか?」
「お~あんたらも大神像を見に来たのかい?」
(大神像?)
聞きなれない言葉を聞いて、ニナリスは不安を隠しきれない。
「教会なら、ほれ! あそこにデッカイ目印が建っておるよ」
「あ、ああ、あああああ!?」
村人の視線の先には、高さ20m近い巨大なミスリルの神像がそびえ立っていたのだった!
「これが……これが全ての神への感謝の気持ちと、苦難の道から救われる為の導きとなる全神教の教会!?」
建物全体が総ミスリル箔張りで白銀にピカピカ光る成金趣味としか思えない怪しい物と化していた。 教会の裏手には大神像、両側を腕がたくさん生えた女神像が多数置かれておりこの女神像も全てミスリルの塊で出来ていた。
「聖地というよりも最早観光地ですね、先程食したクズ野菜のジャガイモから作られた【じゃがバター】なる食べ物はとても美味でしたが」
どこをどうすれば、ここまで変わるのだろうか? これが全て報告書に記されていたセラ・ミズキなる少女の発案だとすれば、尋常ではない知識を持っている事になる。 はやる気持ちを抑えながらニナリスは教会の中へ入った。
「トマス主教、居りますか?」
「ニナリス!どうしてここに?」
「あなたの報告書が届いてすぐに緊急会議が行われ、総大主教様の指示で私もここラクスィに派遣される事になったのです」
「っで? その後ろに付いてきているシスター達は?」
「私の身の回りの世話をしていた娘達です、数人連れて行って構わないと言ったので全員連れてきました」
おおよその予想が付いたので、トマスは嘆息しながら受け入れる事にした。
「そうか、この娘達だけは何とか救い出せたという訳か。 辛い決断だったな」
「せめてこの娘達だけでも、幸せにしてあげたいです。 ところで、リリアはどちらに居りますか? 産まれてすぐに別れてしまったので、成長したあの娘の顔を早く見たいのです」
「あ、ああリリアね。 あの娘なら……」
なんとなくトマスの歯切れが悪い、理由を聞こうとした時教会の外から女の子達の声が聞こえてきた。
「リリア、明日も今日と同じ位の時間に来るね」
「うん、分かった! 明日も楽しみに待ってるねセラ」
「ちょうど今帰ってきたみたいだね、左に居るのがセラ様で右に居るのがリリアだよ」
大きく成長した娘の姿を見て、感動の涙を流そうとした矢先、信じられない光景を目にする事となった。
「それじゃあ、またねリリア」
「うん、また明日ねセラ。 今日もお別れのチュウしよう」
ちゅ~っ♪
「なっ!?」
2人は人目をはばからず、堂々とキスをし始めたのだ。
「あ、あなた! これは一体全体どういう事!?」
「いや、これはその……。 2人は元々仲が良かったのだが、収穫祭以降から更に仲良くなってしまってな。 今では別れ際にああしてキスする様にまでなってしまった」
「何ですぐに止めなかったのですか!?」
「最初は2人に『そういう事をしてはいけません』と引き離して注意したさ。 だけどその次の日からリリアの奴は2人の邪魔をされない様に、魔法障壁を張って間に入れなくしてしまったんだ」
キスの邪魔をされたくないから、魔法障壁を張る。 折角得たスキルをそんな事の為に使ってしまう娘にニナリスは唖然とするしかなかった。
「でも10歳の女の子程度の魔力じゃ大した障壁も張れない筈だし、あなたの力なら破る位簡単だと思えるのだけど?」
トマスもニナリスほどではないにせよ、優れた魔力を保有している。 そのトマスの口から出た言葉にニナリスや同行しているシスター達は驚愕した。
「あの2人は我々の立ち入る事の出来ない場所で、秘密の特訓をしているらしい。 お前に報告書を送ってこうして来るまでの間も目覚しい進歩を遂げ、リリアの魔力は現在推定でも350は堅いだろう」
「350ですって!?」
聖女と称されるニナリスの魔力が420、対するトマスの魔力は300しかない。 約2ヶ月でここまで上がっているので、ニナリスの魔力を抜くのも時間の問題だ。
「ねえセラ、折角だしもう1度お別れのキスしない?」
「良いね、しようしよう♪」
「良い訳無いでしょうが!!」
駆け寄るニナリスに気付いたリリアは、キスの邪魔をされない様に障壁を張った。 しかしその障壁をニナリスは力任せに破るとセラとリリアの2人を引き離す。
「や~ん! 私の障壁を破っちゃうだなんて、おばさん一体誰?」
「おばっ!?」
おばさん呼ばわりされて軽いショックを受けたが、何とか持ち直して娘に自己紹介を始めた。
「私の名前はニナリス・スチュワート、リリアあなたのお母さんよ」
魔力を娘に抜かれるその日まで2人のキスを阻止する意思を固めたニナリス、だがセラは動じていない。
(お別れのキスが出来なくなったのは残念だけど、その分秘密基地の中で一杯するから良いもん)
翌日からお別れのキスが出来ない分をしておこうと、セラとリリアは秘密基地の中で特訓そっちのけで2人でお風呂に入り、ベッドでキスをしまくった。 お陰で魔力の上限の日が来るのは遅れてしまったが、結果的にリリアはセラにべた惚れし百合の道へ一直線に進む事となった・・・。