総大主教の選択
「……っという様にトマス主教からの報告によれば、セラ・ミズキという名の少女は【怪物創造】と残り2つの判別不明のスキルに目覚めているとの事です。 あっ! ちなみに私の娘リリアも【万能回復】・【魔法障壁】・【浄化】の3つのスキルに目覚めた模様です」
ニナリスの報告を聞いた教会幹部の面々は神妙な面持ちとなっている。 さらっと受け流されているが、普段であればリリアの目覚めたスキルも『ニナリスの再来』と大騒ぎになっていても不思議ではない。 セラのやらかしたミスリル大量生産のお陰で、聖女に祭り上げられて総本部に連れて来られずに済んだとも言えた。
(リリアには本部内の汚い世界を知らずにいて欲しかったから、結果的に助かったわね)
心の中では安堵しているニナリス。 しかし産んですぐに愛する夫トマスや娘リリアと離れて暮らす事となり、身が引き裂かれる思いで見送ったあの日を思い出すと己の不甲斐無さを情けなく思えてきた。
大主教の地位に落ち着いた今も夫と娘を呼び戻して再び共に暮らしたいという気持ちは有るが、属する派閥などのゴタゴタに巻き込みたくは無い。 かといってラクスィの村に行けば独立を疑われる恐れも有り、宗教世界も貴族社会と同様に薄汚く決して綺麗で美しいものでは無かったと痛感していた。
「それでニナリス大主教殿、その少女が得たという称号をもう1度教えてくれぬか?」
会議に出席している主教の1人が信じられないらしく、聞き直してきた。
「はい、セラ・ミズキが得た称号の名は【大賢神の唯1人の友】です」
「大賢神とは初めて聞く存在ですな、だが神の友人に迂闊に手を出せば我らも無事では済むまい。 ニナリス大主教殿の提案通り、ラクスィの村を聖地と定め国の思惑が入り込めなくするのが良いかと存じます」
皆の視線が1人の人物に集中する、全神教の最高位であり最高指導者でもあるヴィクトル総大主教である。
齢70に近く引退の心配もされるが、温厚な人柄で男女を問わず信者からの信頼も厚い。
「ニナリスや」
「はい」
「そなたをラクスィの村へ余の代理として派遣する。 トマス主教と共に聖地の守護者となるのだ」
「この私が総本部から離れてしまっても良いのですか?」
ニナリスを総本部から離してしまう事は、行動の自由を与えてしまうのと同じだ。 汚い部分を山の様に見てきた彼女が廃教をもし宣言でもすれば、教会の威信が低下する恐れだって有る。
だからこそリリアが産まれた時に彼女だけ総本部に残され、夫と娘が地方に飛ばされる結果を招いていた。
「構わぬ、そなたの献身はこの場に居る誰もが知っている。 務めは十分果たした、これからは家族と共に暮らし正しい神の教えを広めてゆくのだ」
「有難う御座います総大主教様、ニナリス直ちにラクスィへ向かいます!」
「そなたの身の回りの世話をしていた者達も、何名か連れて行くと良かろう。 今後の活躍に期待している」
丁寧に頭を下げながら会議室からニナリスが退出した後、会議室の中は数刻沈黙に包まれた。
やがて主教の1人が沈黙を破り総大主教に真意を尋ねた。
「ニナリスをあのままにして良いのですか?」
「別に構わん、あやつを外に出す事でこの中の秩序と法は我らそのものとなる」
ヴィクトルの口元が歪む。
「これまではあやつの目が光っていた所為で手を出す事が出来なかったが、居なくなってしまえば好きに振る舞える。 無垢な蕾達を秘儀の修行と称して寝室へと招く手筈を整える事にしよう」
その後ニナリスが出立して1ヶ月もしない内に、総本部は堕落した聖職者達の女犯の園へと姿を変えた。
しかし後年好みの女の子達を先に食われていた事に腹を立てたセラの逆恨みによって、総本部は湖に水没する事となる。
自室に戻ったニナリスは世話役のシスター達を全員集めた。 娘と同い年の10歳から16歳までの孤児や熱心な信者の子供達8人である。
「さてと、こんな陰気な場所からは早く去る事にしましょう。 皆もすぐに支度をする様に」
「でも総大主教様からは数人だけだと言われたのでは?」
「何名かとは言われたけど、数を指定された訳では無いわ。 だけど連れて行けるのは、私の身の回りの世話をしてくれたあなた達8人が限度ね。 それ以上は許されないでしょう、残された娘達の理性と常識に期待するしかないわ」
今、救い出せるのは自分の傍に居た8人だけ。 それがニナリスの総本部内に置ける実際の力を示している。 彼女はその無力にも等しい力で、懸命に何も知らない無垢なシスター達を1人で守ってきていたのだ。
「本部を出たら、まずはすぐ近くのフェイエの町へ向かいます。 そこに信頼の置ける商人がおりますので、その方にラクスィまで運んで頂きましょう」
ニナリス一行はラクスィの村が聖地に認定されたとのお触れを途中で立ち寄る村や町で広めた、その結果セラの創り出した爆撃鳥と切り裂き鳥が悪しき者達から聖地を守る守護獣の扱いへと変わっていく。 だがこの認識はあくまでも村の外の住人のものであり、ラクスィの住人にその事を話すと大抵の人間に呆れられたそうである。
こうしてラクスィの村を目指していたニナリス一行がようやく村に到着したのは総本部を出てからおよそ1ヵ月後、季節も変わり雪が舞い始めた初冬の頃だった。