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結人の誕生日とクリアリーブル事件2㊻




数分前 伊達の家


―――早く夜月のところへ行って、クリーブルから連れ戻さなきゃ。
―――夜月はクリーブルなんかに、入っては駄目だ!
強くそう思った伊達は、自分の部屋を飛び出し玄関へと向かった。 そして外靴を履き、ドアを開けて家から出ようとした瞬間――――後ろから、誰かに手首を掴まれる。
「ッ、おい、放せよ!」
突然の行為に反射的に手を振り払い、その勢いで後ろへ振り返った。
「そんなに怪我をしてどこへ行くの!」
手首を掴んできたのはお母さんであり、普段はあまり見せない少し怒ったような表情をしながらそう尋ねてくる。 それもそうだ。 
伊達の顔、身体には、今いくつもの傷が残っているのだから。 その負った理由は、昨日クリアリーブルを相手に喧嘩をしたからなのだが――――
「友達のところへ行くんだよ!」
「怪我を負ってまで会わなくてもいいじゃない!」
「ッ・・・」
言葉に詰まった伊達は一度お母さんを睨み付け、静かな口調で一言を放つ。

「・・・俺の友達に関しては、口出しすんな」

「・・・!」

それだけを言い捨て、家から飛び出した。 過去に母と友達のことで色々あったため、そのことが互いに強制的に思い返される。
だが今はそんな過去に囚われている時間もなく、伊達は家を出てすぐに携帯を取り出し夜月に繋いだ。 
昨日、本当は倉庫へ行って結黄賊の話し合いに自分も参加したかったのだが、北野に無理矢理説得させられ嫌々ながらも素直に帰ることになった。 
だが家へ帰っても夜月に対する怒りは治まらず、今日直接彼と会って話がしたかったのだ。 伊達がどうしてここまで、夜月に対して怒っているのかというと――――
「ッ、夜月か?」
突如コール音が止まり、伊達は出るとは思わなかったため思わず慌てた声を出す。
『あぁ、そうだよ』
「夜月、今どこにいる」
『家だけど』
電話越しから聞こえるのは、普段と変わらない夜月の声。 そんな異常のない彼に少し安堵するも、もう一度気を引き締め直す。
「直接会って話がしたい」
『電話じゃ駄目か』
「直接がいい」
『・・・』
あまりにも即答する伊達に夜月は一瞬言いよどむが、少しの間を置いてこう口にした。
『・・・分かった。 じゃあ12時半に、正彩公園で待ち合わせだ』
「分かった」
そう約束をした後一度夜月とは電話を切り、携帯で時刻を確認する。 今は12時20分。 今から公園へ向かって、丁度いい時間帯だった。
そこで伊達は一度足を止め、方向を変えて公園を目指し歩き出す。 

そして数分後、公園へ到着すると――――そこには既に、夜月の姿があった。
園内の真ん中で一人たたずんでいる夜月を見て一瞬強張った表情を見せるが、意を決して彼のもとへ足を進めていく。
「ッ・・・! お前、その顔・・・」
夜月は伊達の姿を見て早々、小さな声でそう呟いた。 そして伊達の顔にある傷について、聞き出してくる。
「その顔の傷はどうした」
「クリーブルにやられた」
「は?」
“お前もクリーブルだろ”と思っているのか、不思議そうな表情を返す夜月。 だがこれ以上尋ねても無駄だと思ったのか、早速本題を切り出してくる。
「で、直接話したいって何の用だよ」
その問いに対し、伊達は真剣な表情で単刀直入に答えた。
「ユイは偽善者なんかじゃない」
「・・・またその話か」
そう――――伊達は夜月の“ユイは偽善者だ”という発言に対して怒っていたのだ。 その他にも理由はいくつかあるのだが、これが一番の理由だ。
大事な仲間をけなした夜月を、ただ怒って許したくないだけだった。 友達思いな、伊達にとっては。
「俺はユイのこと、今まで偽善者だと思ったことは一度もないぞ!」
力強く発せられたその言葉を聞いて、夜月は溜め息をつく。 
「どうしてユイは偽善者だと思うんだ」
「別に、伊達には関係ないだろ」
「じゃあどうして今更そう思った! 夜月は今まで、ユイと仲よくしていたじゃないか!」
「別に今更じゃない。 そう思っていたのは、小学生の頃からだ」

―――・・・小学生?

突然過去のことを持ちかけられ、伊達は少し困惑する。
「・・・二人の間に、何があったんだよ」
「俺たちの過去に、勝手に首を突っ込むなよ」
互いに放たれる冷たい言葉たち。 それを聞いて、伊達は先日のことを思い出した。

―――ユイが俺の家に泊まりに来た時、もっと夜月との話を聞いておくべきだった・・・!

だが今更そんなことを悔やんでも仕方なく、違う話題を彼に口にする。
「夜月は、今結黄賊を敵として見ているのか」
「さぁ・・・。 どうかな」
「じゃあ結黄賊に対しての怒りは全て俺が受け入れる。 だから俺を殴れ!」
覚悟を決めてそう発した言葉に、夜月はあっさりと返事をした。
「嫌だよ」
「どうして!」
「伊達は関係ないだろ。 関係のない奴に、手を出せるわけがない。 つーかそんなことより、その怪我は顔だけじゃねぇよな。 身体にもいくつかできてんだろ」
先刻出た話題を、夜月はもう一度引っ張り出す。 これ以上、夜月と結人の過去には触れてほしくないという意味なのだろうか。
「まぁ・・・。 確かに、他にも怪我はしているけど」
「クリーブルにやられたんだって? お前はクリーブルだろ。 名乗ったら逃がしてくれたはずなのに『自分もクリーブルだ』って言わなかったのか」
先程気になっていたことを彼は素直に口にする。
「それは言ったよ」
「ならどうしてやられたんだよ」
「・・・」
何も言わない伊達を静かに見つめていると、夜月はあることが頭に思い浮かんだのか少し表情を変えた。 その思ったことを、静かな口調で直接尋ねてくる。
「・・・まさか、ユイを助けるためにクリーブルを裏切って反抗したのか?」
「・・・」
「どうしてそこまでしたんだ!」
「ユイをどうしても助けたかったからだよ」
「ッ・・・。 ・・・馬鹿な奴も、いるんだな」
これ以上言い返すことに諦めたのか、視線をそらし小さな声でそう呟いた。 そんな彼を見ながら、今度は伊達が問いかける。
「夜月は、これから先クリーブルとしてやっていくのか?」
「まぁ、そうかもな」
「でも俺は夜月と同じチームになっても嬉しくない」
「は?」

「俺は、夜月には結黄賊にいてほしいから」

そんな強い意志を見せつけるが、それでも彼の心は変わらなかった。
「悪いけど、俺の意志は何を言われても変わらない。 クリーブルに入るか聞かれた時は確かに迷ったけど、この判断でよかったと今は思っている。
 ユイは今まで間違ったことをしてきたんだ。 自分がよかれと思ってやっていたけど、知らないうちに立川の人々を敵に回していたんだぜ」
「ッ・・・」
結人のことを悪く言われ、あまりの悔しさに拳を強く握り締める。 そんな様子を見下ろしながら、夜月はある一言を放った。
「ユイは、そんなことを自覚していない・・・ただの偽善者さ」
「ッ、夜月!」
我慢の限界が来てしまった伊達は、足を一歩踏み出し拳を前へ向かって突き出してしまう。 だが――――その勢いのあった行為は、夜月の顔の目の前で止まることになった。
「・・・俺のこと、お前は殴れないだろ」
そんな突然の行為でも少しも驚かなかった夜月は、目を細くして伊達のことを見ながらそう呟く。
「というより、お前は俺に勝てるわけがない」
「なッ・・・」
当然のことを言われた瞬間全身の力が抜け、彼に向かって突き出している手を力なく下した。 
そんな伊達に向かって、夜月は慰めようとしてくれているのか――――小さな声で、こう言葉を付け足した。

「・・・それ以前に、伊達は喧嘩なんて似合わねぇよ」


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