隠れ人ナイヴス⑦
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騎士との契約に基づき、僕はリカルットまで身辺警護をしてもらった。道中、リーダーの女性がこちらを何度もチラチラと伺っていたが、そんなに僕が心配なのだろうか。
見た目は確かに子どもで、それもか弱そうに見えるのだろうが……。
関門の手前で別れた騎士たちは、街の中心部へと颯爽と向かっていった。
一方、僕はメインストリートから外れ、路地へと迷い込んだ。自然と迷ったのではなく、自ら迷い込んだのだ。
どの街でも同じことが言えるが、路地というのは不思議だ。
その街とは全く違う雰囲気を漂わせながらも、目立たないようにひっそりと存在している。調和を崩さぬよう、人々にバレぬよう、大人しくそこにある。
しかし、一歩踏み入れれば、そこは新たな冒険が待っているのだ。発見の連続で、ここだけは運命の歯車がせわしなく動いているような感じがする。
人の活気ではない。雰囲気が活気づいている……いや、背景が躍動しているような……。言葉では表せない空気の動き方をしている。
例えは悪いが、盗人が近い。
自らの存在を周りに顕示することなく、ひっそりと過ごす。しかしチャンスが訪れれば、人一倍活動する。それも場の雰囲気に紛れながら。
路地と盗人というのは、本当に共通している。なるほど、類は友を呼ぶというわけだ。
「僕にスリが通用すると思ってるの?」
すぐ横を通り過ぎた老婆を張り倒す。老人には優しくしろと人々は言うが、仮面をかぶった老婆……もとい若者を少し痛めつけるくらいは問題ないだろう。
背負ったバッグから盗まれたのは、少しばかりの金の入った袋だ。
「盗人にしては、レベルが低いよ」
奪い返した袋をバッグへとしまい、場を立ち去る。
倒れこんだままの若者は、こちらへ視線を向けながら、ただ茫然としている。
そして、また空気に溶けた。
しばらく歩くと、カンカンと力強く甲高い音を響かせている建物と出会った。
中をのぞくと、一人の少女が必死に鉄を打っていた。
少し打っては、鉄をかざし。
また打って、そして宙にかざす。
熱気の中で、打ち師の荒い息遣いとともに、鉄は成長を遂げていく。
変貌する姿は、秒単位で進化を経ている。
ギラリと光る刃先が、その作業の末に、段々と鋭くなっていく。
力強い音から生み出されるは、頑強で繊細な、一見相反する特性を持った武器。剣の中でも、トップクラスに磨きのかかった先人の賜物。
いや……、彼女自身の作り上げたオリジナルの武器といっても相違ない。
一心な鍛冶師を目の前に、僕は心を奪われていた。
どこにでもある光景のはずなのに。
他と変わらぬ、熱心な鍛冶師のように見えているのに。
心が騒ぐのは、偶然なのだろうか。
腰に携えたナイフが、新たな仲間を歓迎している。
彼女の個性と僕の要望が、一つにまとまり練り上げられた作品。
初めて手にしたのは、紛れもない「オリジナル」なのだ。
ルロ肉は綺麗な切り口を露にする。
鮮やかな赤は、汎用オリジナルの僕のナイフとは違った風味を出している気がする。
経験の詰まった僕のナイフと、個性の詰まった鍛冶師のナイフ。
同じように見られるそれらは、確実に、全くもって、他の誰にも分からない、繊細な違いを持っているはずだ。
如何せん、未熟な僕は分からない。
彼女の言った言葉を確認できるのは、もっと先の話になるだろう。
「これらはナイヴス。だけど、1つ1つはナイフなんだ」