バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

隠れ人ナイヴス⑥

私の剣はしっかりとナギ様の首を捕らえていたはずだった。私の予測が、ナギ様を超えていたのだとすれば。
実際に見れば、首筋に向かっていったはずの剣は、少女の人差し指と中指の間にすっぽりと収まっていた。たった2つの指で掴まれた剣は、すでに勢いを失くし、後退を指示している。

一息、遅れた。
剣のスピードもさることながら、後退スピードも重要だ。そのスピードには自信が合った。
しかし目の前で起こった瞬間の予想外は、私の判断能力を狂わせた。それにより、私の首筋には、蒼髪の少女、ナギ様の持つ模造刀がキラリと。
確実に相手を殺す刃を、当てられていた。

「早いなぁ」

「……負け、ました」

降参の声で、ナギ様の模造刀が外れた。腰の鞘に戻され、その剣は近くの騎士へと預けられた。
ジャッジが示す勝者の導は、もちろんナギ様であり、周りの騎士からは感嘆の声が漏れている。

「やっぱり剣がぶれてるよ」

「ナギ、様……右へ動くのではなかったのですか」

「アリス。もう一つ面白い事教えてあげるよ。アリスは行動のコンマゼロ1秒前に、視線が動作先に移るんだ」

「えっ? それは、どういう……?」

「つまりアリスの行きたい方向は目を見れば分かるってことさ」

「は、はは……そんな冗談、動体視力が……ねぇ」

「なんならもう一回やる?」

「……いえ、降参後の再試合はルール違反ですので」

「そうだったね」

自分でも気づかなかった癖を見抜かれていた。
しかし気づけたとしても、コンマゼロ単位の動作を見破り、そこから思考し、実際に行為に移すのは無理に近い。
どれだけ反復練習を重ねようと、それは不可能だ。この世界でそんな技を使えるのは、ナギ様くらいなのだろう。
不思議に包まれた御方だ。

騎士の勝負は平等なるもの。
契約は騎士の守るべきもの。

負けたら私は、不調の原因を包み隠さず話さなければならない。
それは契約の内容だ。

でも、その負けは、なんだか嬉しく感じられた。
連勝記録はストップしたが、記録以上に話せる機会に、私は何度感謝したことだろう。

□■□■□■□

ナギ様と、私たち街組合総司令官親衛隊は、ともに一夜を明かした。私たちの身分は嘘で塗り固めたままだったが。

使えない地図をカバンにしまう。
ナギ様は私たちをリカルットへ案内することを提供し、その礼としてリカルットまでも身辺警護をすることを契約内容として提示された。
元々、私たちの任務がナギ様の身辺警護であるがゆえに、断ることはなかった。
まぁ、ナギ様のご命令であれば、どんな契約内容であろうとも、断ることはしなかっただろうが……。

とにもかくにも、私たちは通常より相当外れた任務へ戻ることに成功した。
ナギ様が馬を軽快に走らせる様は、以前から知ってはいたが、いざ間近で見てみると衝撃のほうが大きい。
街組合の幹部以上となれば、移動は基本的に馬車だ。馬に乗ることはあっても、自ら手綱を握ることは少なく、前に操縦士を乗せて、彼らに馬を操らせる。
だから、仕方のないことふだが、街組合の重役たちはほとんどが馬に乗れない。

そもそも、どこかに移動するという機会も限られているため、馬と触れ合う時間など無いに等しい。
しかしナギ様は自身と馬の心を合わせ、上手く操っている。
速度を上げると、どうしても振動が大きくなってしまうのだが、それも自身の身体をバネのように伸び縮みさせ、それを馬の振動に合わせることで、最小限の揺れに抑えている。
これは馬に乗っている人の負担も軽減する上に、スピードも落とさないのだ。
騎士であっても、平均的なレベルまで到達するのに相当な時間を要するというのに、いとも簡単にやってみせる。

昔からそうだ。
この御方は、何をやっても常に我々の上を行かれる。
経験で勝っていても、知識はなぜか負けている。
それどころか技術も慣れも、とにかく生きてきた年以外で勝てる要素がほとんど無いのだ。

民の中で、それを完璧主義と呼ぶものもいる。だけれども、それは違う。
ナギ様の近くで見守ってきたからこそ分かる。いや、そういった者にしか分からないのだろう。
あの方は、完璧を目指しているのではない。

ただ、いつも、自分が出来ることを探し求めているのだ。

しおり