隠れ人ナイヴス⑧
リズムよく打ち鳴らされる甲高い音が僕を引き寄せる。
じりじりと熱い工房の中には、その音をたたき出している少女がいた。
少女は背中を少し丸めながら、目の前の鉄と向き合っている。こちらの気配には一切気が付く様子がない。
それほど集中しているのだろう。
少しして、一段落したのだろうか。先ほどまではうるさく響いていた音はピタリとやみ、少女は打った鉄をじっと見つめている。少々首を傾げたので、もしかしたら上手くいかなかったのかもしれない。
それから工房の入り口で一連の様子を眺めていた僕を見つけては、慌ててカウンターまで駆け寄ってきた。
「ごめん!全然気づかなかった」
「気にしなくていいよ」
歳は僕と同じくらいだろうか、髪は結ってまとまっており、服は黒く汚れている。顔はゴーグルのために見えないのだが、容姿は全体的に細く、先ほどまで鉄を打ち続けていたとは思えない。どこからその力が溢れ出ているのだろうと不思議になるくらいだ。
「あんまりここは人が来ないもんだからさ、ずっと集中してしまうんよ」
苦笑の中にほんの少しの寂しさが見て取れる。
「ところで何か用かな?剣?それとも修理?」
「修理を頼みたい。こいつなんだ」
そう言って、僕は腰に携えていたナイフをカバーごと取り、少女の前に置いた。
少女はそっとそれを受け取り、カバーを外し刀身を覗き見る。
じっくり何周もゆっくりと見ていく。おそらく刀身に入った傷や擦れ具合から劣化を判断しているのだろう。
「うーん、このナイフ結構使い込んでるね…。ここまで使い込んだ君に言うのは少し失礼かもしれないけど、これは交換の時期かなぁ…」
「旅を始める前からずっとこのナイフなんだ」
「なるほどね~…もちろんしっかり研いであるからあと少しは使えるけれども」
「そうか…刀身だけ変えることは出来るか?」
「そうだね、柄の部分だけ残して、刀身は新しく打ち直したほうがいいかな。…新しく作るとなると、えぇーと…10枚だね」
ロヴェルの宿に2泊するくらいだ。値段は張るが、良い品には良い値段がするのは当たり前であるし、それに僕は躊躇る必要はない。
今後の旅で必ず力になってくれるしぃ以外の相棒なのだから、そのためなら躊躇することはない。
「10枚ね…はい」
布の袋から硬貨を取り出し、ポンと置く。
「え、相場より高いのに出す…の?」
「こういう個人経営の店が周りより高くなるのは仕方ない事だと思うよ」
「そうだけど…、じゃあなんで君は私の店に来たの?」
「ここに並んでいる剣は質が良いからだよ」
「あ、ありがとう…」
ほんのり顔を紅潮させた少女は硬貨を受け取り、隣に置いてあった帳簿にメモをする。
「2日後には完成しているから、それ以降に取りに来てね」
「わかった」
工房を後にして、僕はまた路地を行く。
少し歩くと、背後からまたカンカンという甲高い音が響き始めた。
あそこに会った剣はどれも"本物"だった。それは鉄を使用しているだとか、デザインが良いとか、そういった単純なことではない。
素材にこだわり、打ち方にこだわり、そして売る相手もこだわる。
最初から最後までこだわり通した逸品が並べられていたのだ。
最初は見習い、もしくは経験の浅い新米の鍛冶師だと勘違いしていた。
しかし、工房の中にいたのは、紛れもない本物の鍛冶師で、それは尊敬に値するべく存在が佇んでいたのだ。少女がそのことに気付いているのかは定かではないが、きっといつかは名が上がるだろう。
名前を聞き忘れていたが、2日後もおそらく聞き忘れるだろう。しかし遠くない未来にまた聞けるだろうから、それまでの少しのお楽しみということにしておく。
後日、僕は少女から新しいナイフを受け取った。
元の柄にピッタリとはまり、真新しい輝きを放っている。刀身には鍛冶師のサインが刻まれ、まさに一級品であることが見て取れる。
腰に携え、次の街へと向かう。
その足取りは昨日よりほんの少し軽かった。