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それぞれの思惑2

 見回り中は、前回の休日の研究について思い出しながら考えていく。
 形を与えながら侵食していくのはいいとして、問題は侵食するまでの時間。それと隠蔽か。
 魔力に影響を与えるには自分の魔力を使用するのだが、それを遠地に送る際に察知される可能性が高い。それから魔力を魔法へと精製するのだから、その時間があれば十分対策は立てられるだろう。その辺りも考えなければならない。
 時間と隠蔽。この二つさえ何とかなれば、晴れて貫通魔法は完成となるだろう。
 まずは時間だが、これはとりあえず後回しにしておくとして、まずは隠蔽だ。こちらが上手くいけば時間を稼ぐ事も出来るかもしれない。
 隠蔽と考えてまず思い浮かぶのは、やはり欺騙魔法だろう。
 魔力や魔法を隠す魔法なだけに、最適な魔法ではある。ただ、どう運用するかを考えなければならない。

「運用方法、か」

 欺騙魔法も魔法である以上、発現した時に察知される可能性がある。なのでその辺りを考えて発現しないといけないな・・・。
 しかし、発現を誤魔化すことは中々に難しい。特に相手が格上となればほぼ不可能になってくる。少し格上程度であれば何とかなるのだが。
 まあそれはともかく、問題はそこから考えなければならない事か。発現時が一番見つかりやすいから・・・魔法の特性上、発現後は何とかなりそうだしな。

「・・・うーん」

 見回りはもう慣れて身体に染みているので、無意識でも問題ない。意識を研究に向けながらでも問題なく行えている。部隊員との会話もほとんど無いからやりやすい。
 そんな中で発現を誤魔化す方法について思考していく。

「・・・・・・」

 しばらく熟考していくと、ふと別の考えが頭に浮かぶ。

「誤魔化すのではなく、はじめから無ければいいのか?」

 最初から存在しないのであれば、察知も出来ない。それは当然の事ではあるが、盲点だったところ。
 つまりは、最初から欺騙魔法を発現させていれば解決するという事。維持するのに必要な魔力は微々たるものだし、制御もそこまで難しいものでもない。はじめの頃は意識して維持しなければならないかもしれないけれど、それも直ぐに無意識で維持出来るようになると思う。

「そうか、そうだよな」

 方針が定まったところで、早速欺騙魔法を発現させる。欺瞞するのは自分の魔力。これにより、たとえこの場で魔法を発現させても分かりにくくなる効果もあるので、同格かそれ以上でなければ気づかれる事はほぼないだろう。
 もう少し隠蔽率を上げたいところだが、今のところはこれでいい。更に上の魔法は制御に慣れてからでいいだろう。それに、今欺騙魔法を発現させたが、それに気づいた者は誰もいないようだ。つまりは人間界においては気にする必要はないということなのだが、対峙する相手がその程度までとは限らないのだから油断は出来ない。
 とりあえず、隠蔽はこれでいいだろう。あとは隠蔽率の高さと効果範囲を考えれば十分だ。
 そして、次は時間。魔力で魔法を侵食していく時間をどう稼ぐかと、どう短縮するか。
 単純に侵食させる魔力を増やせばいいというものでもないが、密度を上げれば少しは侵食速度が上がっていく。ただ、その分見つかりやすくもなるので、その辺りの加減もしなければならない。いくら欺騙魔法を使っているといっても限度がある。それに相手に近づけば近づくだけ、自分から離れれば離れるだけ見つかりやすくなるからな。
 そういう理由から、時間の短縮も大きくは難しいか。やはり時間を稼ぐ方向で考えた方がいいのか? しかしそれだと当初の目的と違ってくる、か?

「・・・・・・ふむ」

 時間の短縮。その方法について何かないかと考えているうちに、新たに閃くものがあった。
 形を与えた後に内部を侵食していくのだが、それは大きさによって時間が変わってくる。それに応じて稼ぐ時間も変わってくるのだが、考えようによっては侵食する規模が小さければ、その分侵食するのに必要な時間が少なくて済むという事になる。
 では、最初に小分けした領域を侵食していき、それを最後に統合して一つの魔法として創り上げればどうだろうか?

「・・・・・・」

 それを行った場合の結果を脳内で試してみる。するとどうだろうか。小分けした分、個別には侵食速度は驚くほど速い。それを統合するのを考慮しても、大きく区分けして魔法を完成させるよりも早いようだ。
 制御と操作が少し複雑になるが、十分可能な範囲。それに小分けしている分、存在が薄く広くなるので、存在が薄くなって隠密性も上がる。加えて欺騙魔法も機能するので、隠密性はかなり上がる事になるだろう。

「・・・・・・これでいけるかも?」

 脳内での想定ではだが、上手くいった。隠密性と時間についても同時に解決できそうだし、あとは欺騙魔法の制御を完璧に出来るようになれば完成だろう。
 次の休日までには創り上げたいところだな。これは早速次の休日が楽しみになってきた。早く討伐まで終わらないかな。





 脳内で研究を進めながら従事した見回りが終わり、討伐任務の日。
 今回も討伐日数は三日。短いが、しょうがない。期間の延長もそれなりに時が経てば慣れたもので、気にならなくなった。
 討伐期間中もやることは変わらない。敵性生物を探して討伐しながら、脳内で研究していく。
 欺騙魔法の常時発動も見回りの間に慣れてきたので、隠蔽率をより強化した魔法にする為に発現し直した。
 常時制御下に置くということを考慮したうえでの隠蔽率の強化ではあるが、隠蔽率を上げた為に制御が難しく、何とか常時制御は出来ているも、気を抜くと形が保てずに霧散しかねない。隠蔽率が高いということは、周囲の魔力との境界が曖昧になっているということなのだから。
 しかしおかげで、弱い相手ならボクの魔法は直撃するまで存在に気づかない。隠蔽率が高いということは、そういう事だ。
 奇襲にはもってこいなのは当初の予定通りだし、実地でも先程上手くいった。ただ問題なのは、監督役が驚いていることだろうか・・・まあいいか。短い付き合いだし、直ぐに進級して次に行く訳だし。
 常時発動を維持するための訓練も兼ねているので、このまま続行しておこう。
 周囲を探る魔力視で自分とその周辺を観察すると、自分の姿は今まで通り確認出来る。ここを隠蔽してしまうと、疑ってくださいと言っているようなものだからな。
 代わりに、ボクの周辺は目につくモノは何も無い。周囲と同化させているのだから当然だが、これは魔法を発現しても同じ。ただ、強力な魔法を発現した時のみ、微かに揺らぎが生じてしまう。
 その綻びを見つかっては意味が無いので、あまり強力過ぎる魔法の使用は躊躇われるな。やりようもあるが、それよりは小分けしてから統合した方がずっと楽だし確実だ。あれは制御と操作次第では、模様魔法並みに強大な魔法を単体で発現出来る可能性も秘めているからな。模様魔法に次ぐ新たな魔法の誕生だ。それも多分だが、ボク独自の魔法。
 それ故に結構集中して研究しているのだが、まだまだ研究は始まったばかり。こちらはまだ実際には使用したことないんだよな。さっきから敵性生物を倒すのに行使しているのは、従来通りの普通の魔法。
 まだ思いつきの段階なのにいきなり本番で使うのは抵抗があるというのもあるが、それ以上に相手が弱すぎて小分けしても大した量ではないし、それ以前に小分けする必要もないぐらいに時間が取れるので、試す価値がないのだ。
 しかし改めてそう考えると、ボクが想定している相手が強すぎるというのが判るな。現状では小分けしての攻撃でも時間が足りないうえに、たとえ間に合っての全力攻撃でも倒せないほどなのだから・・・。

「もう少し煮詰めていかないとな」

 威力は勿論の事、隠密性に発現までの時間。それらが上手くいくように状況を持っていく流れも考えなければいけないし、簡単じゃない。まずは威力・隠密性・時間の三つに集中しよう。その中でも、最初は時間。隠密性は現状で一旦横に措き、威力はそもそも魔法が完成しなければ意味がないのだから。
 魔力の侵食や統合までの時間の短縮を目的に思考していく。実際にそれをするのは、クリスタロスさんのところの訓練所でなので、それまでにある程度は形にしておきたいところ。
 まずは侵食だが、これは小分けしたことで大幅な短縮になった。それに同じ濃度の影響力の魔力でも、規模が小さいと侵食速度が変わってくる。
 それらを思い出して、今以上に侵食速度を上げるのは難しいと判断する。というか、やりようがない。影響力を上げたら、いくら存在を薄くして欺騙魔法を掛けていても直ぐにバレてしまう。

「うーーん。存在の隠蔽・・・局所的に隠蔽率を上げてもその動きでバレそうだし、そこだけ魔法を使っても同じ事。存在を抑えながら影響力を上げるのは不可能だし・・・うーーん、やっぱり難しい」

 影響力と存在の大きさは比例する。影響力が上がれば、それに対する存在の強さも上がってしまう。これは絶対で覆らない。なので、存在の大きさを覆い隠せるほどの隠蔽力が必要になってくる訳だが、それは術者に近いほど簡単になるが、離れればそれだけ難しくなる。魔法の発現と同じだ。
 存在の強さを隠すのは、強い者なら誰でもやっている。でなければ、例えば死の支配者の存在など、世界中どこに居ても感じられるようになっているだろう。
 それと同じ事をボクもやっているが、意外と簡単に出来る。しかし遠距離で同じ事をとなると、途端に難しくなるんだよな。

「やはり魔力との距離か。離れれば影響力の低下が生じるのも致し方ないか。遠距離で影響力を維持するなんて無理だからな」

 魔力に距離は関係ないとはいえ、それは魔力側の理。こちら側の理はまた別に在るのだ。
 考えれば考えるほどに不可能という結果しか出てこない。ならば、現状が条件に沿った最大の結果ということになる。
 では、統合までの時間だが、これは侵食後に行うので侵食が完了するまでは何もできない。近づけすぎても見つかりやすくなるからな。
 なので考えるのは、侵食が終わった後から魔法を発現させるまでの時間の短縮。出来れば知覚出来ないぐらいの速度で統合して魔法を組み上げたい。

「えっと、そうなると・・・分けた段階で組みやすくすればいいのか?」

 最初から形を様々に変えて、それを合わせるだけにするとかにすればいいのだろうか? しかしそうなると、可能性として、断片から全体像を推測されるということも・・・いや、流石にそれは考え過ぎか。どれだけ細かく分けると思っているんだ。いい考えが浮かばないからか、少し弱気になっているな。
 頭を振って気弱な考えを振り払うと、今しがた思いついた考えを検討する。
 現在考えている方法は、魔力を小分けして侵食した後、それらを統合して一つの魔法を構築していくというものだが、先程の考えでは、その小分けした魔力を一つの魔法の断片として作り変え、それを最後に適切な配置で組み上げて、目的の一つの魔法を構築していくというモノ。
 適切な配置に小分けした魔法を配さなければならないが、これに関しては問題ない。それが問題ないのであれば、構築する時間が短縮されるので、問題はないような気がする。

「・・・・・・ふむ。問題は、ないか」

 頭の中で検討して、問題なしと判断する。そうと決まれば、この案を煮詰めていく。
 小分けした魔力を一つの魔法の断片として作り変えなければならないが、これは形を与える際にそれに適した形にすればいい。侵食も目的に沿って行えばいいし。
 運用に関しても今までとあまり変わらない。多少手間が増えるが、全体としてはそこまで大きく増えた訳でもないし、それどころか時間の短縮に繋がっているので文句なしだ。
 ただ、何かしら問題点を上げるとすれば、融通が利きにくいという事か。
 最初に構築する魔法を決めて、それに向けて小分けした魔法を構築していくのだから、最初にどの魔法を構築するのか決める必要があるし、更には動き出した後は変更も大変だ。
 最初に構築する魔法を決めるということは、系統や魔法まで最初から決まっているという事なのだから。
 それ以外に関しては、概ね問題なし。
 管理や侵食する手間が少し増えた分、最後に魔法を構築する手間が減っているのだから。それに融通が利かなくなった分、時間は短縮出来た。

「魔法の構築にはあまり時間は掛からないし、その一瞬で状況が目まぐるしく変わる可能性は低い。つまりはこちらも問題なしという事だろう」

 そう自分に言い聞かせて頷くと、次は脳内で思考錯誤していく。
 元々小分けした魔力を侵食しながら制御していく予定だったのだから、それを魔法の断片に変更するのみ。
 一つの魔法を分解した形になるので、管理する形は多様になるも、そこもまぁ、問題はないな。
 あとは所定の位置に配して魔法を組み上げるのだが、これは魔法の断片同士が惹かれ合って所定の位置に半ば自動で配されるので、大した手間でもない。こちらはそれを後押しして、配置速度を速めるだけだ。

「うーーん。大体そんな感じか?」

 今一度考えを洗い直してみると、魔力の侵食に色付けが加わった事で侵食速度がやや上がる分、それの存在感が増してしまうのが問題か。
 ならば少し影響力の強さを弱めるべきか? それともほとんど変わらないからと開き直ってそのままにしてもいいな。
 欺騙魔法の効果を上げるのは・・・今は無理か。なので現在取れる手段は、影響力を弱めるか開き直るかの二択。
 影響力を弱めた場合の侵食速度は、調整すれば以前と同じ水準ぐらいには出来そうだ。ならば、その方がいいのかもしれない。
 その辺りを考慮して、再度脳内で試してみる。

「・・・・・・うーーん」

 結果としては、以前の時よりはやや早く構築が済んだ。それは喜ばしい事だが、影響力を無視した場合は、当たり前だがもう少し早く済んで余裕があったんだよな。

「しかし、相手が格上だとどうしてもな・・・」

 死の支配者辺りが相手では、増した影響力を誤魔化しきれないのは確実だろう。現状でも、誤魔化せたとして、その時間で魔法を構築出来ればいいな。程度なのだから。

「でも、森辺りまでなら問題なさそうなんだよな」

 あまりにも上を見過ぎて想定しているから厳しいが、視線を下げて身の丈に合ったものにしてみれば、影響力が多少上がったところで何の問題もない。もしかしたら上位の個体でも、魔法に当たらなければ存在に気づかないかもしれない。
 そう考えると、やはり上を見過ぎていたのだろう。もう少し視線を下げてから、徐々に上げていくことにしようか。

「身の丈にあったところから始めるか」

 そういう訳で、折角平原に出ているので大分安全性に考慮したうえで、今考えている方式を試してみることにする。といっても、いきなり実戦ではなく、敵性生物を探しながら魔法の構築を実際に試してみるだけだが。

「・・・・・・ふむ。構築までは出来るな」

 視界の中で魔法が組み上がっていく。安全を重視したので速度は遅いが、手順はなぞっているので問題はない。あとは組み上がった魔法をどうするか、だ。このまま消すのは勿体ないような気がする。
 それにしても、こうして魔法を組み上げてみても、監督役の兵士や周囲の生徒、それに警邏をしている兵士に敵性生物まで含めて誰も気づいた様子は無い。欺騙魔法の効果は絶大だな。こういうのを見れば安心出来るが、ここで立ち止まる訳にもいかないんだよな。
 とりあえず、相手してくれそうな敵性生物とは少し距離があるので、勿体ないと思いつつも魔法を消滅させた。
 ここは手順通りにすれば魔法の構築が出来るという事が判っただけでもよしとしよう。





 敵性生物を発見しては速攻で倒す。構築する魔法はいつも通り基礎魔法の中でもよく使われる魔法。相手する敵性生物は変わっても、やる事はいつも通り。
 そうして平原での討伐任務はいつも通りに過ぎていく。新たな魔法の構築が結構上手くいったので、満足いく討伐任務だった。討伐数は予定通りにしかいかなかったが、目標は達成出来たから良しとしよう。
 そして、今日は休日。構築した新たな魔法の研究をする為にも、早速クリスタロスさんのところへと向かう。
 真夜中に宿舎を出た後、空が白んだ頃に無事に駐屯地の外に出る。
 そのまま人気の無い場所まで移動して、転移装置を起動させた。

「いらっしゃいませ。ジュライさん」

 いつものクリスタロスさんの優しい声に迎えられ、場所を移して雑談を始める。前回から今回までの話だが、特に変わった出来事は無かったな。
 それでも話してみれば結構時間が経つもので、早朝に来て話し始めて、今は昼前。クリスタロスさんは聞き上手なようで、毎度似たような話なのに、ついつい話が弾んでしまう。まぁ、話す側としても楽しい時間だったので文句は何も無いのだが。
 話が終わると、訓練所を借りて場所を移す。
 訓練所に到着すると、まずは罠の様子を確認する。
 安定しているようで、大きな変化は無い。このままなら数年は放置していても大丈夫だろうが、何が起こるか分からない以上、やはり経過観察は重要だ。

「安定性は問題なくとも、後は威力や隠密性だよな。まぁ、今のままでも見つけにくいが、威力は現状ではそこらの種族なら一撃で殺せる程度だからな・・・ドラゴン相手だと、当たり所がよかったらそれなりに重傷は負わせられるだろうが、流石に一撃必殺とまではいかないか。安定性を重視している状態では、最大限に威力を上げても変わらず。威力を追及しては、安定性と隠密性が失われるか。ままならんな」

 罠に組み込む魔法にもよるのだろうが、模様魔法では現状知り得る魔法は三次応用魔法程度まで。あまりにも威力が足りていない。
 もっとも、様々に組み合わせられる模様魔法を普通の魔法と同列に語るのは愚かしい事なのだが、それでもある程度の参考にはなる。
 新たな模様の発掘を急ぎたいが、中々見つからない。自分でやってもあまりいい案が浮かばないし、考えた模様を描いてみても発現さえしてくれないからな。口惜しい事に。

「他の方法を探すのは・・・この新しい魔法をどうにか転用できないかな?」

 相手の魔法を貫通させてから、小分けした魔法を組み合わせて一つの魔法とする貫通魔法。防御さえすり抜けるので強力な攻撃だが、それを転用出来ればかなり強力になるだろう。ただ、そのまま転用したとしても微妙なところ。
 そもそも、現状考えている方法では、身体の表面を覆う防御魔法には対処が出来ない。魔法を貫通させても魔力をそのまま攻撃に転用出来ていないので、僅かな隙間で魔法の構築までの時間は稼げないし、そもそも対象と近すぎて防御魔法との間で魔法の構築が出来ない。構築する前に相手の魔力で塗りつぶされそうだし。
 そんな魔法を転用したとして、踏んだ足を魔法で防御していたら狙うのは不可能だし、それ以前にいきなり構築して魔法を放つ時点で貫通魔法の意味を成さない。たとえ同じように離れた場所で構築したとしても、対象との距離感が不明では調整のしようがない。対象を術者が認識して発現する訳ではないのだから。
 通常使用にしても、転用出来たとしても課題は多い。まだまだ出来立てなのだからしょうがないといえばしょうがないが。

「可能性の幅が大きいということにしておこう」

 これから研究して育てていく魔法なので、そういうことにしておく。

「さて、それじゃあ早速研究を始めますか」

 様子を確認した罠から離れると、誤射しないように背を向けて立つ。

「まずは的となる人形を創るか」

 離れた場所に、前回同様に土人形を出現させる。
 地面から生えるように出現したそれは、ボクと背丈は同じぐらいの人型で、片手をこちらに突きつけて立っている。頭部は在っても、土を固めただけなので顔は無い。

「さて、それじゃあ魔法の構築をしていくか」

 平原では安全性重視であったが、今回は実戦を想定して速度と威力に気を配る。勿論隠蔽するのも忘れない。
 素早く魔法を構築すると、そのまま土人形目掛けて射出する。魔法が当たった土人形は、その部分が大きく抉れて風穴が空いた。

「威力は結構でるな。次は土人形の周囲に防御魔法を展開させて、と」

 土人形を貫通していった魔法を消滅させた後、土人形を修復してから、土人形を中心に直径五メートルほどの半円形の結界を展開させる。
 それらの準備を済ませると、早速先程と同じ事を行う。といっても今回は結界付きなので、まずは結界に魔力を通すところから始めなければならない。
 ボクの影響を少し受けた魔力を混ぜた魔力で結界への浸透を開始する。こうしなければ、結界の内側へとボクの影響力が及ばないので、これで結界の内と外を繋ぐ線が出来る。
 そうした後に、その線を伝って結界の内側の魔力を操作していくのだが、ここでちょっと嬉しい誤算があった。
 常に周囲に欺騙魔法を展開していた影響で、結界内にもその影響が及んでいた為に、浸透した魔力の隠蔽率が上がっていた事。それとは別にボクの魔法が結界の内側で発現しているということは、それだけ影響力も結界の内側に存在しているという事なので、魔法の構築速度が上がった事。
 勿論今回は訓練なので、結界も土人形も自分で発現させたので影響力は本番よりも大きいだろうが、それを抜きにしても、これは嬉しい誤算であった。
 予想以上に早く魔法が構築されると、そのまま土人形に向けて攻撃魔法を放つ。魔法が命中すると、土人形の上半身が吹き飛んだ。
 どうやら構築速度だけではなく、威力も上昇しているようだな。
 しかしこれ、同格で通用するか微妙といったところか。
 術者に近いほど相手の影響力が増してしまうから、相手によっては影響力を低下させられてしまって、構築速度が鈍くなってしまう。この辺りも考えないといけない。
 格上過ぎるとこちらの影響力そのものが押し潰されかねないから、距離感も大事になってくる・・・この辺りはすっかり失念していたな。参った。身体の近くで構築するのは難しい。やはり貫通魔法は魔力のままでなければきついか?
 とりあえず現状の魔法を完成させる事に注力する。この魔法も同格ぐらいまでは有効な魔法なのだから。

「同格・・・ちょっと上までならいけそうか? 接近して魔法を構築するには同格より下でなければ厳しいだろうが、ある程度離れた位置でなら問題ない。でも、通じるギリギリ辺りの相手なら、身体の表面に防壁ぐらい築いてそうだしな。ボクも常時展開しているし」

 現状の貫通魔法が通じるギリギリ辺りの相手を想定して考えると、中々に厳しい。威力を上げれば護りを突破できるかもしれないが、その方面で考えた方がいいのだろうか? もしそうであれば、小分けする数を増やすなどして全体の魔力量を増やしたり、個別の魔力の密度を上げるなどして質を上げるという手が在る。

「まぁ、今は現状の魔法に集中だ。同格以上なんて早々遭遇しないのだから」

 という訳で、魔法の構築速度や制御の正確さを上げていく。
 その度に吹き飛ぶ土人形を修復しながら、時には土人形の数を増やしてみたりする。
 相手は攻撃や防御、回避もしない人形なので、しっかりと手順を確かめながら魔法を発現してみたり、少し無理して威力を上げてみたりと、思いつくままに色々と試してみる。ただ安全性はある程度考慮しているので、全てを試すまではいかないが。
 それでも結構な進展があったので、最初よりも魔法の構築速度や威力も上昇した。勿論しっかりと隠蔽しているので、現在想定している同格程度の相手でも、そう簡単には見つからないだろう。
 防御魔法の突破はまだ微妙なところだが、それも直に解決しそうだ。
 やはり実際にやってみると色々な発見があるな。これからもどんどん研究していこう。
 そうして貫通魔法に進展があったところで時間が来る。もう日も暮れた時間なので、後片付けをして訓練所を後にする。今回は土人形を使った戦闘訓練も兼ねていたので、後片付けに少し時間が掛かった。
 訓練所を出てクリスタロスさんのところまで移動すると、お礼を言って転移装置を起動させる。
 駐屯地から離れた人気の無い場所に戻ると、周囲を確認してから駐屯地を目指して進んでいく。
 駐屯地に戻ると、次は宿舎を目指して進んでいく。足早に移動しても、出入り口から宿舎までは距離があるので、それなりに時間が掛かってしまう。
 宿舎に到着した時には、大分夜も更けていた。
 日付が変わってそこまで経っていないので、自室に戻って上段のベッドに登ると、着替えを済ませて眠りにつく。また明日からは退屈な日常の始まりだ。





 心臓の音がやけにうるさく鳴り響く。だが、それも致し方ない事だ。

「ありえない、ありえない。何なんだあいつらは!!?」

 ありえない事が起きた。あってはならない事が起きた。そしてそれを目撃してしまったからには、早く報告に戻らねば。
 混乱する頭で、気ばかりが急いてしまって足が思うように動いてくれない。先程から何度ももつれそうになってしまっている。

「落ち着け。落ち着け俺!」

 自分の荒い呼吸とうるさい心臓の音を聞きながら、俺は先程目撃したことを思い出す。
 俺は魔族軍の偵察部隊に所属しているが、担っている任務はドラゴンどもの監視。
 観測者を自称するやつらは、魔族領がある付近で最も危険な存在だ。
 別に何処かを侵略する訳ではないが、個体の強さで言えば魔族を容易に超えるほどで、二三匹を同時に相手取って正面から戦えば、魔族軍とて勝利がおぼつかないほど。
 そんなドラゴンの動向の監視。かなり地味な任務だし活躍はあまり望めないが、それでもかなり重要な任務だ。
 それを理解しているが故に別段不満も無く、俺はその任務を忠実に遂行していた。
 日々ドラゴンどもの動向を監視しては報告する日々をどれだけ送っていただろうか。流石は最強の種族と、遠くから監視するだけでもその強さを実感していた俺だが、そこで新たな任務を拝命した。それはドラゴンの王が住まう、最も高い山の頂上付近の監視。
 俺は緊張しながらも、離れた場所から日々その任務をこなしていた。
 そうしていると、稀にドラゴンの王を目撃する事があった。金に銀に青に赤に黄にと様々な色に輝く身体をした美しいドラゴンで、その存在感も圧倒的。一目で勝てないと芯から理解出来たほど。
 しかし、しかしだ。そんな圧倒的な強さを誇るドラゴンの王が、先程謎の者達にあっさりと殺されたのだ。
 本当に呆気ないほど簡単にそれが行われたので、一瞬理解が追いつかなかったほど。
 あれが何で何処から来たのかは分からない。しかし、これだけは断言出来る。あれは絶対に相手にしてはいけない部類の存在だと。
 だからこそ、早く戻って報告せねばならない。対策も無しにあれと当たれば、容易に国が亡ぶ。あまり多く情報はないが、それでも知っているのと知らないのでは違っ――。

「そんなに急がなくともいいではないか」

 耳元で声がした。安心できるような低く落ち着いた男の声。俺は慌ててそちらに顔を向けようとして――。

「すまないな。今回は我らが神に奉納する宴の合図。故に他に目撃者は必要ない」

 ――――――――――――。

「貴方方には別の合図を――って、はぁ。相変わらず脆いものだ。ちょっと触れただけで首と胴が離れるのだから。それに、その程度でもう動かなくなるなんてな」

 呆れたようにそう零すと、それはもう興味無いとばかりに、暗転していく意識の中で俺に背を向けて去っていった。

しおり