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結人の誕生日とクリアリーブル事件2⑲




同時刻 路上


人が通らない道に、二人の影が申し訳なさそうに映し出されている。 互いに話すこともあまりなく、先刻からずっと気まずい空気がこの場に流れているだけ。
この雰囲気を作ってしまった原因は、既に少年は分かっていた。

―――藍梨さんは・・・クリーブル事件の真相を知らないからな。

そう――――藍梨は何も知らされていない。 今後もきっと、結人の意志により彼女には真相を伝えないままでいるのだろう。 それはもちろん、不安な思いをさせないために。
クリアリーブル事件が始まった原因は真宮にあり、悠斗が入院してしまったのも真宮のせいであり――――その本人は今、藍梨と一緒に並んで道を歩いている。
真宮と藍梨は小学校からの知り合いで普段なら他愛のない会話でこの場を繋げるのだが、今の真宮にはそういう行為が容易にできなかった。
何かを話して気を紛らわせようとは思うのだが、思うように言葉が出てこない。 そんな時――――真宮の代わりに、先に藍梨が口を開き言葉を発した。
「みんな、バラバラになっちゃったね。 大丈夫かな」
「あ、あぁ・・・。 そうだな」
「・・・」
折角話題を作ってくれたのだが、素っ気ない返事をしてしまいまたもや会話が続かなくなる。 
“何をやっているんだ自分は”と責めるが、この状況は何も変わらない。 こういうことになるのなら、いっそ藍梨に全てのことを話してしまおうか。 
そうすれば、この気まずい状況から抜け出せるのかもしれない。 だが逆に考えると、彼女を不安にさせてしまってより気まずくなる可能性もある。 
だったら楽しい話題を繰り広げてこの場を和ませた方がいいのだが、真宮は今の自分の立場からしてそういう軽口を叩ける状態ではなかった。
―――これから、どうしよう。
互いに気まずく行く当てもないまま、時間がだけが過ぎていく。 だがその空気を打ち破るように、もう一度藍梨はそっと口を開き真宮にあることを尋ねた。
「真宮くん、最近元気?」
「え?」
「いや、最近元気がないなって」
その問いを聞いて思わず藍梨の方へ目をやると、寂しそうに俯く彼女の姿が目に入る。 真相を話しても話さなくても心配させてしまっていたことに、再び自分を責めた。
「俺は大丈夫だよ」
「本当?」
「おう。 心配かけちまって、悪いな」
真宮は藍梨を不安にさせないよう、必死に笑顔を作り言葉を返していく。
「そっか、私は平気だよ。 もし何かあったら、みんなにちゃんと相談するんだよ?」
―――相談・・・か。
“相談”というワードを聞き、頭の中に思い浮かぶのは“結黄賊の副リーダーを降りる”というものだった。 だが既に、真宮の心にはその答えが決まっている。
―――ユイたちに何度相談しようが、俺の気持ちは変わらない。
そう――――心に決め付けていた。 

二人が少しの会話で緊張が解れた頃――――真宮たちにも、事態が進展する。

「よぉ」
「ッ・・・!」
俯いていると、その声に反応しゆっくりと顔を上げ相手を見る。 刹那、全身には冷や汗が流れ落ちた。
―――どうして・・・ここに。
「久しぶりだな、真宮」
真宮にとって、目の前にいる男は見覚えのある人物だった。 いや、その程度ではない。 少なからず、この男とは同じ場所で同じ空気を吸っていた。
こんなタイミングで遭遇したことを恨みながらも、真宮は相手を睨み付け言葉を放つ。

「お前か・・・俺の仲間をハメたのは」

そう、この男はかつて真宮と一緒に行動を共にしていた男だった。 彼は――――クリアリーブル。 他に言い方を変えるのならば、結黄賊のみんないわく――――偽真宮。
気を失って拘束されている真宮から服を奪い取り、偽真宮として結黄賊の中に紛れ込んでいた張本人だ。 コイツのせいで、仲間は大変な目に遭ったと聞かされている。
そして――――偽真宮は、その問いに対し鋭い言葉で返してきた。

「お前が、結黄賊を“仲間”だと言えるのか」

「ッ・・・」

何も言い返すことができず、悔しい気持ちを持ち合わせたまま口を噤む。 彼が言っていることは、真宮は十分に理解していた。
一度結黄賊を裏切ってしまった自分が、結黄賊のことを“仲間”だと言えるのか。 この一言が、真宮にとって強く心に突き刺さる。
そして何も言えずに黙り込んでいると、男は少し視線をずらし口元を緩ませながら呟いた。
「やはり、ソイツはお前の女だったのか」
偽真宮の目が藍梨に向いたのと同時に真宮は二人の間に立ち、彼女を守ろうとする。 そして意識をそらすよう、違う話題を口にした。
「俺に何の用だ? 何の用もないのなら、早く去ってくれ」
藍梨をこれ以上クリアリーブル事件には巻き込みたくないためそう口にしたのだが、男は彼女のことにはあまり気にしていないようで淡々とした口調で用件を言っていく。
「お前と決着をつけにきたんだ」
―――決着?
その言葉を聞き、呆れた調子で返事をした。
「悪いけど、俺とお前じゃ勝つ方は既に決まっているだろ」
既に勝ちが確定したというような発言だったが――――次の瞬間、偽真宮は両ポケットに手を突っ込みあるモノを同時に取り出した。

「そりゃあな・・・。 でも、お前に勝つためには手段を選ばないぜ?」

そして――――それがナイフだと把握した瞬間、思わず声を上げる。
「ッ、お前正気かよ!」
「別にお前ら結黄賊をどうこうするつもりはない。 今は俺の勝手な判断で、勝手に行動を起こしているだけだ」
相手の揺るぎない覚悟を聞き、真宮も意を決した。 そして顔は男に向けたまま、後ろにいる少女に向かって声をかける。
「藍梨さん」
「え・・・。 待ってよ、一人では逃げたくない!」
次に言われる言葉を予測し、真宮が発言する前に藍梨はそう口にした。 共に僅かに震える手で自分の服を掴んでいることに気付き、思わず後ろへ振り返る。
そして苦笑しながら、優しく言葉を紡いだ。
「いや・・・。 確かにここは『俺を置いて逃げて』って言いたいところだけど・・・」
「?」
「俺から少し離れて、見ていてくれる? 俺が目に届く範囲でさ」
「え・・・?」
少し混乱している彼女をよそに、真宮は顔を男の方へ向け直し言葉を続けた。
「ここで藍梨さんを放っておくと、後で俺が・・・ユイに怒られちまうからよ」
その言葉を聞き、藍梨は頷いてこの場からそっと離れた。 少女が少しずつ遠ざかっていくのを背中で感じつつ、気を引き締める。

―――これで・・・いいんだよな。


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