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不穏と無謀6

『はい。先日からご主人様が遠距離魔法を試されている件でしたら、しっかりと把握しております』
『そ、そうか』

 いくら途中で説明したとはいえ、そこまでは話していないのだが、相変わらずのプラタに改めて驚きつつ、折角知られているのであればと、どんな感じだったか感想を訊くことにした。

『それで、ボクの遠距離魔法はどうだった?』
『素晴らしかったかと』
『そう? 精神干渉魔法を使用したんだけれど、そちらの方はどうだった?』
『そちらも大変素晴らしかったです!』

 プラタは興奮気味に話す。
 遠距離魔法はそこそこだが、精神干渉魔法だけは本当にうまくいっていたのだろう。それが解っただけで十分だ。

『そっか。上手くいっていたようでよかったよ』

 第三者からの評価は貴重だ。それも外部から分かりにくい精神干渉魔法で評価されるというのは中々ない事。それだけでかなりの価値があるのに、その相手はあの魔力を司る妖精だ。ならばその評価は正当な評価だろう。
 それに、慣れないことをして疲れたからな。褒められると余計に嬉しいものだ。しかし、やはり本当に精神干渉魔法を使っていたのを把握していたのか。

『でも、遠距離魔法は疲れるね。まだ慣れないや』
『十分実戦でも通用するかと』
『そうだね・・・普通の攻撃魔法ならいいけれど、少し凝る魔法だときついものがあるね。まずは世界の眼に慣れるところから始めないと』

 ボクは世界の眼を制限付きでなければ使えないので、その辺りを改善しなければ遠距離魔法は威力が出せない。やはりまずは世界の眼か。長いこと後回ししていたツケがここにきて効いてきたな。あの時一応の形を作っただけで満足するべきではなかったか。

『ご主人様でしたら直ぐにものに出来るかと』
『そうだといいけれど』

 プラタは完璧に使えているうえに、範囲がかなり広い。比べるのも失礼なほどの差だが、目標にはなる。しかし、その域に達するのは無理だろうことは何となく理解している。根本的に処理能力が違い過ぎるんだよな。
 それから少し世界の眼について軽く話を聞いて、会話を終える。
 その間に稼いだ討伐数はあまり多くはない。ギリギリ目標に足りないぐらいなので、もう少し頑張らなければ。
 さて、プラタとの話も終え、遠距離魔法や精神干渉魔法についての考察や今後の課題も判ったところで、次の事を考えるとするか。
 次に考えることは研究についてだ。その派生として、少し魔法について考えてみよう。
 今回考えるのは、混合魔法について。その前提として魔法の相性について。
 まず、魔法の系統に相性というものは、存在していながら存在しない。というのも、魔法が完成する直前と魔法が魔力に戻る間際のみ属性が影響するので、その時だけ相性というものが存在していた。ただし、魔法が完成している間は相性は無く、魔法はただの魔力の塊と化している。
 この状態では、相性は無くとも一応系統の特性が付与されている。しかし、それは対人対物には効果があるものの、対魔法では効果は発揮しない。
 では、魔法同士がぶつかり合った場合はどうなるかだが、その場合は魔力量や密度によって勝敗が決まる。この魔力量と密度だが、簡単に言えば魔力量は攻撃力で、密度が防御力に相当する・・・のだろうか? 場合によるが、大体そんな感じか。
 まぁ、そう簡単に説明してみたものの、魔法同士の衝突で重要なのは、魔力量よりも魔力密度の方であったりする。
 魔法同士の衝突の際は、互いの魔力を削り合っていき、先に魔力が枯渇した方が消滅するという訳なのだが、その際に魔力密度が高いと魔力が削られにくくなるのだ。
 その為、魔法の発現はいかに魔力を籠めるかではなく、いかに魔力を圧縮変換していくかが重要になってくる。
 しかし、これも一定以上の強さからは、ただ密度を上げればいいという訳ではなくなっていく。というのも、密度が高すぎると魔法が対象に衝突した際に、解けずに貫通してしまうのだ。
 爆発や凍結などの何かしらの強い影響を相手に与えようと期待している場合は、貫通ではなく、ぶつかった瞬間に魔法が解けて属性を発現させる必要が出てくる。なので、何らかの手段でその辺りの調整が出来ないような未熟者は、無闇に魔力密度を上げればいいという訳ではないということ。
 それでも妨害された場合を考えれば魔力密度が高い方がいいのだから・・・という感じで、色々と考えていかなければならない。
 ・・・あれ? ちょっと話が脱線しているな。一体何についての話だったか。

「うーん・・・」

 考えている内に段々と脱線していってしまったので、何についての話だったか思い出そうと記憶を遡っていく。

「ええっと・・・ああ、もしかして?」

 記憶を遡る。今回は別に現実逃避という訳ではない。
 少しの間考え、何について考えていたのか思い出す。

「魔法の混合についてだったか」

 その事を思い出したところで、次についてだ。
 魔法の相性については先程考えた通りだが、これを念頭に混合魔法について考察していくと、まず混合魔法は発現時に気を付けなければならない。相性がいいのであればいいが、そうでない場合は魔法の発現前に減衰してしまうことになるのだから。
 次に発現後だが、ここも少し工夫が必要であろう。そのまま多層で魔法を発現させていても、互いに喰い合うだけだ。同じ人物の魔法ならばその辺りは軽微ではあるも、ない訳ではない。なので、その工夫が重要になってくるのだ。
 混合魔法で最後に重要なのが、魔法が解けた際に出てくる相性問題。
 相性が良い魔法同士であればこれを利用すればいいが、そうでない場合は、ここでも工夫を施さなければ最後に威力を失ってしまう。
 魔法を混在させるだけでも難しいが、複数系統を混在させた魔法の難しさは、発現時から発現後まで全ての部分に広がる。故に使い手がかなり少ない。
 まぁ、そこまで必要ではないというのもあるが。
 そんな難度の高い魔法だが、やはり模様の魔法では結構簡単に行使することが出来る。
 解析した結果、どういう理屈か模様魔法だと相性による相克が少ないというのも判った。
 それは逆に相性が良い場合の増加も少ないということでもあるが、個人的には減衰が少ない方が何倍も重要だと思う。
 それとは別に、発現中の魔法の特性は模様魔法でも変わらず機能するようであった。こちらは増減はあまり無いと思う。
 どうやらこの特性を利用した仕掛けが模様魔法には多いようで、詳しくは分からないが、落とし子の居た世界とこちらの世界を繋いだ模様魔法にも多用されていた。
 あの模様が様々な系統で混成されているのは、この特性を利用して何かしらの機能を活用しようとしていたからのようだ。ただ、それがどう働いていたのかまでは解らない。
 どうもこの元にした召喚の模様魔法は、模様魔法だけで完結せずに、外部から何かしらの補助を行っていた様子が窺えた。完成度がそこまで高くはなかったからな。
 模様で魔法を発現させる場合、この辺りも考慮した方がいいのだろう。そうすれば、より完全なモノになってくれる事が期待出来る。多分。
 そんな風に色々と考えると、まだまだ研究の余地ばかりだ。それはいいのだが、一つの模様でさえ本当の意味での完成は遠そうだな。
 とりあえず模様で魔法を構築する場合は、相性はそこまで重く考えなくてもいいだろう。しかし、全く考えなくていい訳ではない。それよりも特性についての方が重要ではあるが。
 この辺りを調べれば罠にも生かせるだろう。あちらの完成も急ぎたいところ。
 模様について考えている間に結構時間が経ったようで、気づけば周囲が暗くなっている。集中し過ぎたと反省しつつ時間を確認すると、気づくのが遅れたためにちょっと危ない時間であった。休憩無しで移動速度を上げて進めば、期間内には南門に辿り着けると思うが、微妙なところかもしれないな。

「・・・その時はまぁ、いいか」

 期間内に帰り着けるように努力はするが、それで無理であれば諦めよう。遅くなっても、その分が休日と同等の扱いになるだけだし。この辺りは派遣されているとはいえ、学生だからの処置だろう。
 要は南門に滞在する期間が若干伸びるだけなので、大きな損失は無い。なので、急ぎはするが何が何でもという訳ではなかった。もしもそうなら転移すればいいが、むしろこの場合の責任は、監督役で付いている兵士に在ると言ってもいいような気もする。
 無論、時間管理も出来ない本人の責も在るのだが。
 そんなどうでもいいような事を考えて軽く現実逃避している内に、夜が明ける。今日中には南門に到着しないとな。

「・・・んー。しかし、敵が少ないな」

 現在の討伐数に若干の物足りなさを感じてはいるものの、今は戦っている暇も無いからな。全体としての討伐数はなんとか足りているので、今回はこれで満足するとしよう。討伐回数はもうそんなに多くはないので、そろそろ先行して討伐数を達成しておきたかったのだが、無理なものはしょうがないか。
 平原を休憩無しで急ぎ進んでいく。
 監督役を気遣う余裕はないが、今回の監督役はまだ大丈夫そうだ。平原に出てまだ一回も休憩を挿んでいないのだが、中々に根性がある。
 その事に内心で感心しつつも、移動に集中する。
 周囲に戦えそうな敵も居ないようだし、場所が悪かったのかな? まぁ、居ても戦う余裕はないのだが。周囲の目を気にせず攻撃していいのであれば問題ないのだけれど、流石にそれは控える。そこまで追いつめられてもいないし。
 そんなことを考えながら進んでいると、真夜中に南門に到着した。少し前に日付は変わっていたが、どちらにせよ討伐の後は休日なので問題ない。急いで宿舎に帰るとするか。

「・・・・・・ふむ」

 足早に駐屯地内を進みながら、ふとこのまま駐屯地の外に出てもいいのではないかという考えが頭に浮かぶ。
 別に宿舎に戻らなければいけない訳ではないので、この場合は、こんな時間でもクリスタロスさんの方が問題ないかどうかだろう。早朝や夜でも問題なく受け入れてくれるので、大丈夫だとは思うが・・・やめておこう。
 とりあえず少し時間を潰すためにも、一度宿舎に戻って直ぐに駐屯地の外を目指せばいいだろう。それで早朝近くまで時間が掛かるだろうから、このまま宿舎を目指すとするか。





「くけけけっ! 何だか妙な気配がするねー」

 深い森の中で黒味の強い褐色の女性が、愉しげに声を上げた。突然声を出した女性に、周囲に居た者達は驚きに動きを止める。

「・・・み、妙な気配、ですか? アルセイド様?」

 そんな中、なんとか我に返った一人の男性が、遠慮気味にアルセイドに声を掛けた。

「妙な気配、妙な気配。これはなんだ? くけけけ。これは、これは、敵意かな? くけけけ」

 アルセイドは男性の声など耳に入らぬのか、おかしそうに笑いながら、カクカクとした奇妙な動きで周囲に眼を向ける。

「て、敵意ですか!? 誰ぞ侵入を!?」

 声を掛けた男性は、アルセイドの言葉に緊張した声を上げて周囲を見渡す。

「敵意、敵意? 何処からだ? 遠い遠いまだ遠い。でもでもそんなに遠くない?」

 そんな周囲などお構いなしに、アルセイドは歌うような調子で言葉を紡ぐ。
 そうして暫く愉快そうにしていたアルセイドだったが、急に感情が抜け落ちたように暗い雰囲気で無言になると、深い森の中を彷徨うように浮かびながら移動を始める。
 そんなアルセイドの後ろでは、言葉を聞いたエルフ達が慌ただしく動き出していた。





「・・・ふむ。少々効きが良すぎですかね?」

 暗い空間で遠くを眺めながら玉座に腰掛けている女性が、思案するように呟いた。

「これは超越者が弱すぎるというのもあるのでしょうが、私の力が想像以上に上がっていたということでしょうか?」

 玉座に深く腰掛けながら視線を手元に向けると、女性は少しの間自分の手を見詰める。
 そこで正面から誰かが近づいてくるのを察知した女性は、視線を正面の闇に向けて暫く待つ。
 暫く待つと、正面から暗褐色で爬虫類を思わせる艶やかな肌を持つ一人の女性が姿を現す。
 現れた女性は、玉座に腰掛ける女性から離れた場所で立ち止まると、その場で跪いた。

「監視、お疲れ様。それで、どうでしたか?」

 女性は軽い調子で労を労うと、発言を許可する。

「はっ! 巨人族の暮らす森を監視しました結果、森の奥の開けた場所に大きな岩を集めておりました」
「何の為か分かりますか? 貴方の推測でも構いません」
「では、私の恐察では御座いますが、門を造っているのではないかと」
「門、ですか・・・それは巨人族が自主的に行っているので?」
「おそらく入れ知恵した者が居るかと」

 女性の報告に、玉座に腰掛けている女性は、少し考えるような間を置く。

「・・・その何者かは判明しているので?」
「確実ではありませんが」
「構いませんよ」
「可能性が最も高いのは、ソシオ様かと」
「そう思った根拠は?」
「更に森の奥にソシオ様がいらっしゃいました」
「そう・・・相変わらず予想通りの行動しかしませんね」

 玉座に腰掛けている女性は、呆れた言葉と共にため息を吐いた。しかし、直ぐに考えるように跪く女性を見下ろし、口を開く。

「勿論監視は継続していますよね?」
「はい」
「そう。なら今は様子を見ましょう。もう少し表に出てくれれば潰せるのですが、まだ弱いですね」

 今後について思案した女性は、口元に小さな笑みを浮かべる。

「我が君の意思には反していませんが、私の邪魔をしたいという意図は理解出来ますね。しかしそうだとしても、そこに手を出しますか。愚かなことです。どれだけ頑張っても時間が掛かるでしょうに」

 嘲笑うような雰囲気を隠そうともせずに女性はそう口にすると、虚空に目を向ける。
 そのまま暫くの間沈黙すると、女性は一つ頷いた。

「確かに居ますね。隠れている・・・という訳ではないのでしょうが、そう思われても致し方ない場所に居ますね」
「次はどういたしますか?」
「そうですね。まぁ、監視を継続しているのであれば、そちらは今はいいでしょう。次はエルフですかね」
「エルフ、ですか? それは何処のエルフでしょうか?」
「人間界の南の方に住んでいるエルフですね。どうも超越者達の心に干渉したのが効きすぎてしまっているようで、軽く暴走状態になっているようです」
「・・・それだけで格上のエルフに攻撃するものなのですか?」
「ええ。超越者達の現在の飼い主の意向もありますが、腕試しには手頃ですからね」
「なるほど。それで、エルフの監視を行えばよろしいのでしょうか?」
「そうですね・・・とりあえずその辺りの監視を。戦端が開かれましたら、状況に応じてエルフに加勢しましょう。必要があればですが」
「畏まりました」
「しかし、あの地の狂った精霊は少々面白いですね」
「確か、アルセイドと呼ばれている精霊でしたか」
「ええ。どうもあの精霊は、超越者の変化に気づいたようでしてね」
「ほぅ。それは面白そうですね」
「ええ。あの察知能力は少し興味深いですね」
「では、そちらも一緒に監視致します」
「ええ、頼みます。精霊にしては強いとはいえ、それでもやはり弱い・・・まぁ、その辺りはしょうがないですね。それでも異質なのには変わりありませんから」

 気楽な調子で跪く女性にそう伝えると、玉座に腰掛けている女性は手振りで立ち上がるように促す。

「直にこちらはこちらで動きますので、そちらの監視は任せました。必要であれば、超越者達を監視させている二人を使っても構いませんので」
「畏まりました」

 恭しく頭を下げると、女性は玉座に腰掛けている女性の前を辞する。
 去っていく背中を見届けた女性は玉座に座り直し、ひとつ息を吐いた。

「さて、これで超越者の方はいいでしょう。私達はそろそろトカゲでも狩りに行きますか。その後は代替わりさせれば多少は見栄えもよくなるでしょうし。始まりとしても手頃な相手ですね」

 女性が玉座の後方に目を向けると、闇の中に全身が鎧のようなモノで覆われている男性が静かに立っていた。

「出撃の準備は整っております」
「そう。では・・・そろそろ世界を動かすとしますか」
「畏まりました。では、これより出撃致しますか?」

 男性の言葉に、女性は僅かに考え頷く。

「急ぐ必要はありませんので、ゆるりと殲滅してきなさい」
「はっ!」
「ああ、少ししたらトカゲの代わりを派遣しますので、そのつもりで」
「畏まりました」

 恭しく頭を下げた男性は、そのまま闇の中へと消える。
 それを見届けた女性は正面に目を向けると、小さく笑い声を漏らした。

「ふふ。ようやく始められますね。まずはくだらない楔を取り除くところから始めなければ」





 休日の過ごし方は何処に行っても変わらない。
 駐屯地から離れた人気のない場所からクリスタロスさんのところへと転移で赴き、雑談して研究する。しかし、こちらは退屈というのとは無縁で、楽しい時間だ。
 最近は研究も進展が見られるので、特に面白い。
 訓練所で実験している罠の方は順調で、最初に改良して以後、安定している。といっても、数ヵ月どころか最低でも数年は安定して欲しいところだが。
 まぁ、視た感じ魔力による浸食はほとんどみられないので、数年ぐらいは問題なさそうではある。やはり局所的でも時間を経過させる魔法を修得できないものだろうか? 研究には役立つと思うんだよな。悪用したりしないから、どうにかならないものか。
 ・・・ま、そう上手くはいかないよな。時間を操る魔法なんてあまり聞かないから。状態保存系統で少しあるぐらい。それも不完全なものだ。

「んー・・・それでも、そこを調べていけば何か進展するかも?」

 不完全ながらも時を止める魔法なのだから、もしかしたら時を操る方法にでも行き着くかもしれない。それはそれで可能性が広がるので、研究の対象として考えていてもいいだろう。
 とりあえず解析の済んだ模様を組み直しながら、最適化を行う。それとは別に罠のことも頭に思い浮かべる。大分余裕が出来てきたが、やりたいことは山とあるから追い付いていない。
 しかし、異世界とこちらの世界を繋ぐ模様の最適化に何の意味があるのだろうか? この模様を使うことはないしな。いや、解析までしたからついでに最適化までしてみようと思っただけなのだが。
 つまりは自己満足でしかなく、意味は無い。現在の知識での挑戦だ。
 魔法の特殊効果が模様に及ぼす影響についても考えないといけない。それで新たな扉を開けるかもしれない・・・何となくだが。
 ただ、その辺りの調査をするには実際に模様を描かなければならない。その為には、別の模様魔法の方がいいだろう。
 特殊効果を調べるのだから、まずは同系統だけで確認した方がいいか。しかし、どの魔法にしようか。ボクが使える模様は限られているんだけれど・・・。

「んー。攻撃魔法は除外するとして、防御魔法の方がいいか? 影響の調査なら停滞時間が長い方がいいだろうし」

 模様で発現する魔法と通常の方法で発現する魔法では、細かいところも異なる。なので単純に魔法を発現させれば調べられる訳ではない。とはいえ、魔法の特殊効果は然程違いは見られなかったが。もっとも、試した数が多くは無いので微妙なところか。
 そういう意味でも、情報収集の為に試すのは必要か。規模を小さくすればそこまで大変ではないだろう。
 脳内でどの魔法をどの程度の規模で描くかを考えていく。
 ここは障壁でも試すとするか。でも、障壁はそこまで魔法による属性効果が発生しないんだよな。

「・・・まぁ、そんなことも言っていられないか」

 早速土の上に魔力を籠めた指で模様を描いていく。障壁魔法の模様については、シトリーが収集した情報の中に結構あるので、困ったりはしない。
 系統別でも対応しているので、まずは火の系統の障壁から。

「何かしらの系統を前面に押し出した障壁というのも珍しいけれど」

 得ている情報を一部書き換えて火を纏う壁を発現させると、それを眺めながらそう思う。普通は属性を隠す為に抑えるか、無属性で創り出す。まぁ、無属性の障壁はかなり難しいんだが。
 そんな中にあって、これでもかと属性を前面に出した燃え盛る壁に、ちょっと感慨深いものを覚えた。
 暫くそうして火に包まれた小さな壁を眺めつつ、土の上の状態について観察していく。
 火の系統の特性は、その見た目通りに熱なのだが、本物の火と比べれば温度は低い。それでも長く触れていれば火傷することもあるので侮れないが。
 ただ、今回は魔力量や密度が低いので、周囲の気温より少し高めぐらいでしかない。人によっては触れれば熱く感じるかも? という程度。
 そんな温度だからという訳ではないが、模様周辺には何の変化もない。ま、周囲には土と岩しかないのだが。
 少し離れたところで観察しているこちらまで熱も伝わらないし、当然か。

「やはり下に紙でも敷くべきだったか?」

 その方が変化は確認出来ただろう。まあ今更言ってもしょうがないので、次の模様を描くために、火の壁を消すことにする。
 風の魔法で模様を消して、少しずれた場所に次の模様を描いていく。次は水系統の障壁だ。

「これはまた、涼しげだな」

 発現した水の障壁を眺めながら、そう感想を漏らす。向こう側が見えるほどに透明度の高い液体が壁になっているような姿は、涼を誘うものだろう。
 しかし、これも見た目は涼しいものの、実際は魔力の塊に過ぎない。水系統の特性は熱を奪うというものではあるも、氷の魔法ほどではなく、近くに居てもほとんど気づかないぐらいである。
 今回のような小規模では、直接触れてみても本当に何も感じないので、あまり意味が無かった。なので、さっさと模様を消して次の模様を描くとする。基礎魔法だけでもまだ風と土の系統があるのだから。
 水の障壁を発現させていた模様を風の魔法で吹き消すと、火の障壁に続き水の障壁もあっさりと消失する。
 見た目は水の壁ではあったが、実際は魔力の塊でしかないので、模様を描いていた土が濡れるようなことはない。
 次は風の障壁を発現させる為に、土の上に模様を描いていく。
 模様が完成して数瞬後に風の障壁が発現する。規模が小さいので一瞬で発現するが、巻き込まれないようにするにはコツがいる。これは何度も試している内に自然と身についた。
 しかし、もっと発現までを短くしないと、罠としてはいまいち役に立たない。時間差で発動するようにするのも意味はあるが、それはそれで扱いが難しくなる。
 まあ今はそんな事はいいとして、発現した風の障壁とその影響を確認していく。
 風の障壁は、その場に薄っすらと色が付いたような風の渦が発生している感じではあるが、弱い風が緩やかに渦を形成しているだけなので、全く脅威には思えない。むしろ中に入れば涼しそうだなという感想が浮かんだほど。
 周囲への影響に関しては、特にない。
 風の系統の特性は停滞。実際は風魔法の近くでは動きが気持ち遅くなる程度だが、使いようによってはとても強力な特性だろう。しかし、例によって規模が小さいので何も感じないが。
 とりあえずの確認後、大して何も起きていないので模様を消して次の実験に進むが、そこで規模が小さいのでこれに意味が在るのかどうか疑問が湧いてきた。
 まあいいか。次は土の障壁だ。さっさと描くとしよう。
 地面に土系統の障壁を発現させる模様を描いていく。完成すると、模様から土の壁が出現した。
 今までの障壁の中で最も堅牢そうで、障壁というよりかは防壁のようだ。火の壁も捨てがたいが、あれは見た目が何か危ない。見た目だけだが。
 土の壁を確認した後、特性の影響について確認してみる。
 土の魔法の特性は、魔力の搾取。土系統の魔法に近い存在の魔力を吸収してしまうので、対魔法に対してとても優秀だ。ただし、やはりこれも規模の関係で大したことはないが。
 まあもっとも、基礎魔法の特殊効果なんてたかが知れている・・・もの凄く高密度高魔力だと話は変わるだろうが、そんな無駄な事をするぐらいなら、もっと上位の魔法を発現させた方がずっと効率がいい。
 今回は規模が小さすぎた為に大して意味は無かったが、実はこの特性、魔法によっては複数持っているので、魔法の組み方によって特性が変えられる。それは模様魔法でも同じようだが、このことはあまり知られていない。というのも、ある程度の知識と力量が無ければその事に気がつけないからだ。
 また、その逆に特性を抑えることも可能だが、これもあまり知られていない。とはいえ、別の特性に変える方法よりは知られているだろうが。
 まぁ、そんな事は今はどうだっていいので、確認を終えた土の壁を消す。

「規模を大きくした方がいいのかなー?」

 確認の為ならそうなのだが、大きいとそれだけ場所を取るし威力も大きくなるからな。それでも、確認の為にはやはりその方がいいのかもしれない。

「少し大きくしてみるか」

 そうして少しずつ大きくして、必要最低限の規模を手探りで見つけていかなければならない。ま、元より次はそれなりに大きくしてみるつもりだったが。
 そう思い時間を確認する。まだ少し時間に余裕があるな。
 模様を描いていた部分を綺麗に掃除すると、次は大きめに模様を描いていく。描く模様は火炎の障壁。火系統に風系統を組み合わせた応用魔法だが、単純に火系統魔法の上の魔法という認識で問題ない。
 それなりに大きめの模様だが、規模は前回までの小規模の魔法四つ分ほど。大体直径一メートルほどの円形か。
 円形の他にも模様の形は四角形などもあるのだが、その辺りは威力や効率にはあまり関係ない。描き方は変わってくるので、使いやすい方でいいのだろう。
 さて、描いた模様から炎の壁が発現する。熱そうに燃え盛っているが、やはり魔力の塊なので別に本当に燃えている訳ではない。
 特性は火の魔法と変わらないが温度は変わるので、少し離れた場所に立っていても僅かに熱を感じるような気がする。それでも火傷するほどではないと思うが・・・直接触れたら軽く火傷ぐらいは負うかもしれない。まぁ、熱湯ぐらいの温度はありそうだしな。
 炎の壁についてはそれでいいが、それが模様にどう影響を及ぼすのかを確認しなければならない。一つ上の魔法で、規模も大きくしたので何かしらの影響があるかもしれないと期待しながら模様の方に目を向ける。
 外から見た感じ、特に変化は見られない。しかし魔力視で視てみると、微かにだが、模様が歪んでいるように視えた。

「・・・むむ?」

 本当に僅かなのだが、その変化に首を捻る。その変化が何を表しているのかは今の段階では判らないが、確かに変化しているな。
 折角変化したので、暫くそのままで推移を見守る。短時間で何かしらの変化が起きるとも思えないが、何かしらの予兆でも捉えられれば儲けものだ。
 そう考えつつ、離れた場所で風の層を敷いて腰掛け、腕輪を設定して観察体制を整える。
 静寂が場に満ちる間、音が聞こえてきそうなほどに燃え盛る炎の壁が訓練所内を明るく照らす。

「それにしても・・・」

 松明のように周囲を照らすその炎の壁を眺めつつ、魔力消費について確認する為に模様の方に改めて眼を向けてみると、魔力反応による魔力の増幅とその炎の壁による魔力の消費は、ほぼ拮抗していた。正確には、魔力連鎖による魔力生成よりも炎の壁の魔力消費の方がやや上回っているが、それでもこのまま放置していれば炎の壁が魔力切れで消滅するのは数ヵ月先だろう。工夫すれば一年ぐらいは伸びるかもしれない。
 これはいつかしっかりと拮抗させて、永遠に発現させるのに挑戦してみてもいいな。難しそうだが、もしかしたら火の魔法ならいけるかもしれない。

しおり