あらすじ
「選ばれし戦士よ 奮いたて。忌まわしき異教徒に奪われし、聖都を奪還せよ。
神の名を騙り、神の名を奪う、そして我々の父と子より与えられた
豊かな大地 清らかな水 そしてキリストの血と肉を再び我らの手に。」
教皇ウルバヌス2世は老いて衰弱した体に鞭打ち、神に祈った。
すると、数千にものぼる、王侯貴族の子弟が一様に吼えた。
「神の御心ままに。」
神託は下された。
百年以上の歳月をかけ、人の手で積み上げられた、一つ一つのレンガが
まるで人々の心と魂に、呼応するかのように打ち震えていた。
騎士たちの着る 鋼鉄の鎧と鋼鉄の盾、鋼鉄の剣が、そして鋼鉄の槍が、
光り輝き、聖堂に高く美しい金属音を奏でていた。
西暦1095年 フランス・オーヴェルヌのクレルモン・フェランにて
イスラム帝国を屠る為、イエスキリストの聖なる騎士団がエルサレムへと向かった。
熱狂していた。フランス各地から集まった群衆は、魂が枯れんばかりに。
当時、イベリア半島はイスラム帝国の勢力圏であり、フランスとの国境に
位置するノエル村は、イスラム商人と香辛料などを取引する市場があり
普段は大変な賑わいを見せている。しかし、イスラムへ聖騎士団が向かった翌年
イスラム教徒は危険を察し、近づくことはなかった。しかし、愚かなユダヤ人は
いつもどおりに商売を始めていた。
はじめは些細な祝いの祭りであった。聖騎士団の圧倒的な進軍に酔いしれていた
フランス民衆は、高らかに喝采を上げ、踊り狂っていた。
中世において、飢えて死ぬものも少なくなく、働くと言うことの対価は
食べると言うことである。娯楽なども祭りくらいだ。
一人の男が立ち止まって見た。そして言った。「異教徒がいるぞ。」
「敵だ。」「敵だ。」祭りといっても、戦争で異教徒を滅殺する祭りだ
誰ともなしに、褐色の肌の異教徒 ユダヤ人を引きずりまわし、言った。
「裏切り者のユダがいるぞ。」「サンヘドリンの手先だ。」
人々は手にパンを伸ばす棒を持ち、鎌や、ナイフで滅多刺しにした。
ばらばらに引き裂いて燃やし尽くした。そう、ヒンノムの業火に
投げ入れたのだ。
ユダヤ人の受難、ナチスによるホロコーストへの始まりの詩であった。
原初の地で、イスラムの民と轡を並べた、ミズラヒ12万と
スファラディム30万の民は、必死の抵抗もむなしく、天へと昇った。
聖地エルサレムが占領され、老若男女すべてを蹂躙し聖絶された。
それはこれより3年後であった。幸い、教皇ウルバヌス2世の耳に
この知らせが届くことは、ついになかった。
かつてのギリシャ・ローマ帝国、ヴァチカンによるエルサレム帝国
の誕生した瞬間であった。
「オラバ、オラバはいるか。この書簡を持って、メッカまで走ってくれ頼む。」
オラバはイスラムで最も足の速い男であった。砂漠地帯を横切るため
馬だけでなく、足の速さも重要だ。「わかった、何があろうとも届ける。」
遥か彼方から来た、漆黒の戦士よ、我らの命運は そなたに託そう。
それから1ヶ月もたたず、周辺のイスラムの村落はすべて壊滅
一人残らず、皆殺しにされた。聖絶されたのだ。
旧約聖書時代に遡る、2千数百年前、大いなるチグリス河と
ユーフラテス河の湖畔にて誕生したメソポタミア文明。
そしてそれを発祥とする暗殺を生業とするアサシンギルド、
東方マニ教、グノーシス教団、その正体は12使徒の末裔であった。
ペルシャ帝国の裏の顔である。王位継承に破れ、国を追われ、
奴隷階級となったが、この時代、斥候、諜報を任務とし
イベリア半島に赴いた彼らは、後の世で、シオニズム運動と呼ばれる
ものの起源となる、「シオンの組織」を創設した。
魂の地、聖地エルサレムを蹂躙され、同胞を罪なくして殺された、
彼らユダヤ人は兵士、「ソルダ」であった。
イスラエル建国へと到る、千年のシオンによる戦いがここに始まった。
アメリカ独立戦争の後、和睦の使者としてルイ・ブルボンに送られた
王女マリーアントワネットの死を掌り、その真相を知るものも、また
ここにいたのである。深淵の闇の中、イエスの妻マリア そしてその末裔も
ここにいた。ペルシャの支配下ケノボスキオンの地より、正統後継者なる者、
皆等しく、原初の地への回帰を求め、この地に降り立った。
そう、裏切りのパウロへの 「復讐の刃」として、
そう、そして、「我が子らへの、死神として。」
ソフィア・コレイオンより。
産業革命期、土地に縋る地方貴族と農民は対立し、その農民を支援したのが
この組織、シオン組織であった。いわゆる共産主義である。その支援を受け
誕生したのが、コーサノストラであり、マフィアだ。
これに対し、新興産業に基づき労働者から搾取する資本家、
これに反旗を翻す目的で設立されたのが、左派キリスト教社会主義である。
救世軍、赤十字社、赤軍として戦争を創造し、戦場を駆る高貴なる鷲であった。
教会は巨大な諜報網であり、お互いに民衆を監視させた、連座させた。
教会による告白とは、報酬を伴っており、密告であり、
しかして、貧しきものの日々の糧 唯一の行き場所、救済者であった。
日本にも日本人を奴隷として売りさばき、ドアに十字架の印で知られる
イエズス会。上杉謙信、伊達政宗、高山右近、明智光秀などがいる。
彼らの目的は生産効率が悪い小麦と言う、キリストが与え給う
粗末な一切れのパンを求める、貧しいヨーロッパに全世界の
富と食料を集約することにあった。
珍しいものを持って行き、支配者と取引した。
高価な奢侈品が、多くのアジア・アフリカ・アメリカの一般民衆の
日々の糧を奪っていった。戦国が到来し、イエズス会の略奪と支配
それにより、暗黒の時代が到来した。過酷な飢饉に人々は口減らしの
名の下に第三市民階級として、奴隷として売られていった。
「被告、ジェニファー・ペインを5シリング7ペンスの窃盗の罪により
極刑に処す。」裁判官は、彼女ケルト人特有のにおいを忌み嫌うかのように
ハーブの香りを大きくその胸に吸い込むと、ゆっくりとこう告げた。
この当時、英国国教徒以外は公職につけず、当然この判事もWASPだ。
また、再審請求権もなく、聖職者を名乗れない。
運悪く、アメリカ大陸への奴隷切符を手に入れることできなかった
彼女を待つのは、過酷な死だ。
彼女の不幸を嘲笑うかのような、面白半分で見物に来る観衆の注目の中
18歳の少女は、2児の前で焼き殺され、刑場の露と消えた。
今日、この日は、1761年10月17日。
ジェニファー・ペインの亡骸は、身寄りの無いものの集う、パプテスマ
と言う新興の再洗礼派の教会へと埋葬された。
幸い2人の子供は、その教会の孤児院が引き取った。
下町の一角で死刑執行を目撃した、知り合いの老女は涙を流しながら
「ジェニー、子供を食べさせることすらできずに、パンを盗んだだけで
殺されてしまうなんて。」そう言って、嗚咽をあげていた。
この町だけでも、一週間に50人以上の万引き法での死刑が行われていた。
そう、法が法であるがために。
ヘアリング商会、大英帝国でもっとも大きな資産を持つ
企業である。良い悪いにかかわらず、どんなことでもする。
よく言えば便利屋、悪く言えば極道である。
通常なら、ストリートランナーの手に負える相手などではない。
相手は巨大権力であり、こちらは街を走って回るただの民間人だ。
見ない振りをして、いや実際に見なければいい。それだけだ。
しかしこの組織も、ロンドンだけで百以上の古物商から苦情が来る。
おまけに時計会社は最高にぶちぎれている。
「何だ、この時計は。」「このくそったれな時計はなんだ。」
懐中時計を買った富裕層も、自分の全財産をはたき、
あるいは借金して購入した労働者も、懐中時計が壊れる。
資本家も、労働者も時間が守れず。工場がとまり、不当な残業が増える。
ロンドン中が大騒ぎだった。
古物商や質屋は、詐欺だと訴えてくる始末だ。あまりの保証金額の
大きさに、英国最大の商会も、非常に困っている。
組織員の何人かは死刑だろう。
マンチェスターで5万カラット受け取った無能な、ハンスはすでに河の中だろう。
最も確かめもせずに時計会社に渡したことにも問題がある。
あまりに多く作りきれないので、スイスに輸出までした。
スイスの異変に気がついた、ユダヤ貴族がハッペンハイムに
使者を送ったが、そいつも河の中だ。
しかし問題がある。ストリートランナーのスパイを取り逃がしたのだ。
名前はわからないが、異常なほどの剣術体術の使い手だ。
とても素人とは思えない。
しかもなぜか、味方であるはずの、ハーシー卿が、
その女を調べようとすると、「ぶち殺すぞ。」と錯乱する始末。
あの様子では、逆らえばこちらが消されるだろう。
謎の水死体がテムズ川の岸に上がった。
ストリートランナーが呼び出され、パトリシアとボードウィンが
出っ張ってきた。「よぉ、自警団の紅一点が遅刻とわね。
ボードウィンが軽い口調で言った。
パトリシアは、半狂乱でとめるハーシーを説得しようとしたが
あきらめるしかなかった。強制的におとなしくさせて
何とかこの時間にやってこれたのだ。
パトリシアは普段は肉屋=ブッチャー、をやってたが幼いころ貴族出身の
カヴァネスを仕事とするものに、 育てられたためインテリではあった。
その為、こうやって、ストリートランナーとして、警察のような仕事もやっていた。
「野盗にでも襲われたんだろう、上流で争って飛び込んだってところか。」
この時代確かに野盗や殺人は珍しくない。
命の価値が低いからだ。だが、剣術に長けたパトリシアから見て
それは素人が斬りつけたように、到底見えない。プロだ。
暗殺者の斬りかたに近い。ボードウィンには言うべきでは無いだろう。
ボードウィンが不思議そうに、ある男を見つめていた。
そしてその少年に言った「なんだい、あんたらは。」
「我々は、フリーメーソンの調査団、ハッペンハイム家の要請を受け
やってきました。あなたがたの手に負えるものではありません。
おひきとりを。」少年は言った。
ボードウィンはいらいらするこの少年に言った。
「何の根拠でそういうんだ。」
「この服を見てどう思いますか。」
「単に金持ちなんじゃないか。」
「泥だらけですが、ここを見てください。家紋でもなく
デザインで複雑な刺繍がされている。服まで剥ぎ取る野盗は
珍しいですよね。貴族階級は重要な暗号を運ぶとき
服の刺繍に託したそうです。何らかの機密保持のため
重傷をおっていながら、河に飛び込んだ。死を覚悟して。
そう考えます。」
「ふ~ん、だから貴族の服はゴテゴテしてんのか。」
「王族が他国に嫁ぐとき、服は調べられるか、取り上げられます。
お分かりいただければ、けっこうです。」
ハイヤーハムシェルはボードウィンにだけ立ち去るように言った。
ボードウィンは説明に納得したのか、迫力に押されたのか
帰って行った。ハイヤーハムシェルは河の水で手についた泥を
流しながら言った。
「私は、田舎者のハイヤーハムシェルと申します。
少々お話をお伺いできないでしょうか。」
「以前、大量の宝石を持って、医者を訪ねてきたものがいるのですが、
姿をくらましました。彼の妹さんはいらゃっしゃいます。
身の安全は保証しましょう。」
ハイヤーハムシェルは事情が知りたかった。
「私はあなたと初対面では無いですよね。」
「そうですね、マンチェスターのゲットーでお会いしました。
5万カラットの宝石袋をいただいたときです。」
「ほう、隠そうともしないとはね。どう考えても死刑ですよ。
まあ、いいでしょう。事情がありそうですし。」
ハイヤーハムシェルは続けた。
「彼らが何者なのか、目的は何か、ぜひ知りたいですね。」
「お断りします。私たちアイルランド人がこうなったのは
あなたのお仲間、ギデオン家の初代当主が原因と言われています。」
パトリシアも譲る気はなかった。これは自治組織の存続にかかわる。
かつて、南海バブル事件において、たしかに投資した地方貴族は敗け
都市資本家のホイッグは勝利した。労働者を搾取する資本家
ホイッグ、そのイメージはぬぐえないだろう。
しかし、イングランド銀行の所有者たるハンタギュー公爵家が
指一本動かすことがなければ、何も為せはしないのだ。
それを、この女は理解していなかった。同じカソリックそれゆえ
己が目を曇らせていた。だが、ハイヤーハムシェルにとって
それは自明の事だった。
「率直に申し上げて、故オックスフォード卿は嵌められたのです。
ハンタギューそして、神聖ローマ帝国にね。なぜ、ハンタギューが
ハイルドギースを国内から掃討したか。」です。
「オーストリア継承戦争には、2人の英雄がいました。
一人はフランスのプリンツオイゲン。もう一人は
大英帝国のジョンチャーチル。彼らは、オスマン帝国の
野望を阻止すべく奮戦した。しかし、ルイ・ブルボン側は
コレを良しとせず、ジョンチャーチルを閑職へ追いやり、
アン女王の信頼していたコクピットグループを解散させました。」
「アン女王は失意の内に・・・、そしてハノーヴァ朝が誕生し
宮廷ユダヤ人ハッペンハイムに乗っ取られた。」
「まあ、しかたありませんよね。オックスフォード卿は
我々、ユダヤ側の人ですから。」
パトリシアは絶句した。
少し落ち着こうとしたが、話が衝撃的過ぎて
頭が回らない。
しかしこれだけは言った。「協力するには条件があります。」
「幼い子供たちが数十人、新大陸に奴隷として密貿易で
売られていこうとしています。監獄船は悲惨です。
助けてください。ご存知かもしれませんが、ハイルドギース騎士団は
精鋭の優秀な騎士を育てるため子供のころから育てます。」
「じつは、今回の事件の発端はケルトの仲間割れか
それに近いこと、そう考えればつじつまは合います。
内部犯でなければ、少しづつも売れた。我々に売るかもしれない。
現金を持たないのに、宝石と妹を残して消える。
すぐ逃げるべき理由があった、と言うことでしょう。」
「わかりました、協力しましょう。」
ただ、ハイヤーハムシェルはそういうと
いくつかの言葉をつむぎぶつぶつと言い出した。
「ヴァセロンの時計にもやはり、 傷物の宝石の時計があった。
これは偶然にしてはできすぎ、ヴァセロンの所有者はヴァチカン、
コミティーの所有者はモンタギュー、と推測されます。
産業革命にとって、時計は命、ブルボン・ローマともに血眼に
なるわけですね 、かれらは、新大陸の交易で、宝石=懐中時計を金銀に
交換している様子。」
「パトリシアさん、あなたとマンチェスタのゲットーで一緒だった
彼、殺されました。おかしいですよね。単なる野盗では
報復がこんなに迅速なはずは無い。内部犯ですね。」
マイヤーはそういうと最後にこう言った。
「とりあえず、作戦を立てましょう。ゲットーにご同行願えますか。」
豪雨の雨 深夜。
「ここに閉じ込められているのか、浮浪児は。」
ハイヤーが言った。
「はじめまして、フランクフルトの貧民に生まれ、彼らと同じく親を殺され
8歳にして、哀れオッペンハイムの下僕の、ハイヤーハムシェル。違うかね。
浮浪児がどうなるか知らぬわけでもあるまい、慈善だよ慈善。
親も無い、家も無い、金も無い。こんな大英帝国に彼らは何も求めていない。
ハイヤーハムシェル、かつての君と同じだ。」ハーシーは言った。
8歳のころがフラッシュバックして、ハイヤーハムシェルは
少し動揺した。
「君たちがやっているように、強い憎しみを持った同胞を
教育し仲間にしている。彼らの未来を摘み取ったのは君たちではないか。
だから新世界へ。」
「行ってどうする。同じことが繰り返されるだけだ。」
ハイヤーハムシェルは怒鳴った。
「そんなことはない、奪われる側から、奪う側になれる。」
何か回りくどい。ハイヤーハムシェルは違和感を覚えながらも、
トラウマから思考がとまる。
「まるで君じゃないか。祖国奪還はオックスフォード卿のご遺志。」
ハーシーは言った。
「これが、ヴァチカンの陰謀だとわからないのか。彼らは
ノルマン王家の存在など認めない。」
ハイヤーハムシェルはかろうじて答えた。
「違うな、ひとつになろうとしている。大英帝国と言う強大な
敵を得てひとつになろうとしている。
ルイ、そして ハプスブルグが。聖イエスキリストのご遺志だよ。
消えるのは貴様たちだ。」
ハイヤーハムシェルは準備していたものに火をつけた。
爆音と共に、監獄船は動き出した。
だが、ハーシーの姿はどこにもなかった。
何かがおかしい。
進め 進め このボロ船が。
子供たちを救出するとハイヤーハムシェルは言った。
「まだ新世界へ行きたいか。」
子供たちはうなずいた。
「そうだな、自由市民としてなら行かせてやろう。」
ハイヤーハムシェルは言った。
数日前 ゲットー
「狭い上 ろくなおもてなしもできず申し訳ない。」
ハイヤーハムシェルは言った。
「いえ、お構いなく。それよりなぜ私にそんな情報を。
単なる親切とは思えません。人質ですか。」
パトリシアは聞いた。
「いえ、私個人としてはハイルドギースは真の敵ではない。
ローマカソリックこそ真の敵。この国に再び平民の王を
テューダー朝、若しくはクロムウェル。それが理想です。」
ハイヤーハムシェルとしても茶番に付き合うのはいやなのだが
ケルト社会、ハイルドギースの中心人物、彼女とコネは作るべきだろう。
そう考え道化になることにした。
「そこで計画ですが、子供は反乱など起こさず、教育して
長く使役できます。いい環境にいるでしょう。高値でしょうから。
おそらく船の上部にいます。しかし、私は監獄船そのものを
動かして、奪ってしまおうと考えています。各個を回収するより
効率的でしょう。」
「彼らも必死に追ってくるでしょう、そこで雨にぬれた帆に
火薬と小麦粉を混ぜたものを吊り下げて爆風を起こします。」
「故に決行は雨の日です。」