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結人の誕生日とクリアリーブル事件2⑥




結人は湯船から出て身体を拭き、先刻伊達に手渡された服を自分の身に纏った。 伊達の方が結人よりも少し背は高いが、大して身長差もないため彼の服を着ても違和感はない。
タオルを手に取り髪を軽く拭き、ある程度乾いたところでそのまま風呂場を後にする。 
来た道を戻ろうとして、伊達の部屋を目指し歩いていると――――突然目の前に、一人の女性が現れた。
「あ・・・。 先にお風呂、ありがとうございました」
偶然出会ったのが伊達のお母さんだと分かると、拭いていた頭から手を離し“気を付け”をした状態で礼を言う。
すると彼女は『いいのよ』と言って、結人に少し時間があるかどうかを尋ねてきた。 『大丈夫です』と答えると、その流れで部屋に案内してくれる。

そこは先程みんなと過ごしていたキッチンとは別の、もう一つの小さなキッチンだった。 家に台所が二つあることに驚くも、結人はお母さんに促され近くの椅子に座る。 
彼女はテーブルの上に二つの飲み物を置き、結人と対面するような形で椅子に座った。 いつもと違った雰囲気を纏われ、自然と身構える。 
そしてお母さんは少し寂しそうな表情をしながら、そっと口を開いた。
「結人くんは・・・直樹のこと、どう思ってる?」
「え・・・。 直樹くんは、すげぇいい奴ですよ。 人思いだしみんなには優しいし、何よりも一緒にいて楽しいです」
突然の問いに驚きながらも素直に答え終わると『そう、よかった』と言いながら優しい表情を見せてくる。 そして続けて、言葉を発した。
「じゃあ・・・この家に来て、どう思った?」
「家・・・っすか? そりゃあもう立派な家で、羨ましいくらいですよ。 こんな広い家なのにどの部屋も凄い綺麗で、毎日住んでもいいなーって」
その答えを聞いたお母さんは、またもや微笑む。
「ありがとう。 そう言ってもらえて嬉しいわ。 結人くんは・・・直樹とこれからも、ずっと友達でいてくれるわよね?」
最後の言葉に少し恐怖心を覚え思わず息を呑むが、その答えと同時に理由も聞き出した。
「もちろんですよ。 あの・・・何か、あったんですか?」
尋ねると、お母さんは少しの間を置いてゆっくりと言葉を綴り出す。

「直樹・・・私が直樹の友達と関わると、凄く嫌がるのよ」

「・・・」
それは、結人でも気付いていた。 結人が伊達のお母さんと話していると、必ずといっていい程、伊達は話に割って入ってくる。 もしくは、二人の会話を近くで聞いている。
その理由を知るのは今がチャンスだと思い、結人は重たい空気の中必死に声を絞り出した。
「あの・・・それは、どうして何ですか?」
そして、伊達のお母さんは――――過去の出来事を、丁寧に語り始めた。
「私はね・・・小さい頃、家が大きくて他の子とは違うっていう理由から、いじめられたことがあるの。 私の実家は、今住んでいる場所とは違うんだけどね」





数年前 


直樹が小学校高学年くらいの頃だった。 当時の彼は今と性格は変わらず、人懐っこくてとても明るく友達もたくさんいる方だった。
そしてある日、学校を終えた直樹は家に着いて早々、お母さんのもとへ走っていき言葉を発する。
「母さん! 明日、友達二人を家に呼んでもいい?」
「ええ、いいわよ」
「やったぁ!」
この家は直樹が産まれる前から建っており、一度も引っ越してはいない。 
友達の家とは少し離れていて距離はあるのだが、その時のお母さんは直樹の友達が家に来ることを心の底から嬉しく思っていた。 

そして――――翌日。 
直樹は昨日言っていた通り、放課後友達を家に連れてきた。 
よく遊んでいるゲームはリビングに置いてあり、かつ友達の面倒も見なくてはならないため友達を一階の方へ通す。
お母さんは友達に向かって『飲み物とお菓子を持ってくるから、待っていてね』と言い、居間と繋がっているキッチンへと向かった。
そして、それらの準備をしている間――――リビングの方から、直樹の友達二人の会話が聞こえてきたのだ。

「直樹、すっげぇな・・・!」
「本当にここ、直樹の家なのか・・・?」
「え? そうだけど・・・」
「何か、僕たちとは全然違うっていうか・・・。 な?」
「うん・・・。 直樹はこんな大きい家に住んでいるのに、それに比べて小さい家に住んでいる僕らが、ここにいてもいいのかなっていうか・・・」
「・・・?」
「その前に、直樹と友達でいて・・・」

―バンッ。

片方の友達の言葉を遮るように、伊達のお母さんはリビングにある机に大きな音をわざと立てるようお盆を置いた。
その音にビクリ、と身体を震わした友達らに向かって、母は自分の思いを遠慮なく吐き出す。 それもとても残酷で――――何の感情もこもっていない、冷めた口調で。
「こんなことを言うのも悪いんだけど、直樹をそうやって特別扱いするのなら・・・もう、家には来ないでくれるかな」
「え・・・。 何を言ってんだよ、母さん」
「直樹も、友達選びには気を付けた方がいいわよ」
何一つ表情を変えないお母さんを見て怖くなったのか、友達二人は荷物を手に取り『お邪魔しました』と口早に言ってリビングから飛び出した。
「じゃあ・・・またな、直樹」
「また明日」
「え、ちょ、まっ・・・」
直樹は友達を止めに行くが、彼らは遠慮して家から出て行ってしまった。 そして玄関から戻った直樹はお母さんの目の前まで行き、強い口調で言い放つ。
「母さん! どうしてあんなことを言ったんだよ! 折角今日、友達が家に来ることを楽しみにしていたのに・・・ッ! 母さんなんて最低だ! 
 もう二度と、母さんなんかに友達を会せたりなんてしない! もう僕には関わらないでくれ!」
そう言われて以来――――お母さんと直樹の間には、壁ができてしまったのだ。





―――そうか・・・だから伊達は、俺をお母さんに会わせること、俺を家に来させることに対して、あんなに拒んでいたのか・・・。
結人は今までの話を聞いて、その結論に至る。 そしてお母さんは続けて、言葉を発した。
「私は直樹に、私のような苦しい思いをさせたくなくて、あんなことを言ってしまったのだけれど・・・。 それに関しては、本当に反省しているわ。 
 でも何度直樹に謝っても、聞いてはくれないの。 だから・・・結人くんに対しても、私が変なことを言ってしまわないかと思うと不安で・・・」
今にでも泣きそうな顔をしている彼女を見て、結人は安心させるよう優しく言葉を紡ぎ出す。
「大丈夫ですよ、お母さん。 その・・・俺のダチにも、直樹くんと同じで・・・お金持ちな奴がいまして。 
 理由はお母さんとは違うんですが“お金持ち”っていう理由で、いじめられていた子がいるんです。 確かに俺、ソイツの家に初めて行った時、凄いなとは思いました。 
 でも彼に対して、憎んだりはしていなくて・・・逆に、もっと仲よくなって友達になりたいなって」
「・・・え?」
そこで結人は、お母さんに向かって微笑んだ。

「これは、直樹くんとも一緒です。 初めてこの家を見た時はすげぇ感動して、直樹くんと友達でいてよかったと改めて思いました。
 確かに比べちゃうところがあるかもしれないけど“同級生でいい奴”というのには変わりありません。 
 だから直樹くんが自ら俺から離れて行かない限り、俺は彼を裏切ったりしませんし悪いようにも思ったりしません。 それ程俺は、直樹くんのことをいいダチだと思っていますから」

その言葉を聞いた後、彼女も優しく微笑み返した。
「ありがとう。 本当に結人くんが・・・直樹の友達で、よかったわ」


「遅いぞユイ!」
「悪い悪い、迷子になっちまって」
お母さんと話し終えた結人は部屋へ戻ると、早々伊達が声を張り上げてくる。 
そしてこれは後から聞いた話だが、小学校の頃にお母さんが怒ってしまった友達二人というのは、今伊達と同じクラスでいつも行動を共にしているあの友達二人のことらしい。
“あの事件でこの3人の関係が切れなくて本当によかった”と、結人は心の底からそう思った。
「ったく。 遅くて心配だったから風呂場まで行ったけど、お前いなかったし。 マジどこへ行っていたんだよ」
「はは・・・」
お母さんと一緒にいたキッチンの横を伊達は通らなかったことが奇跡に感じつつ、結人は彼に向かって今の気持ちを素直にぶつけた。
「伊達」
「ん?」
「・・・俺を家に泊まらせてくれて、ありがとな」
照れ臭そうに彼の目を見て礼を言うと、伊達は険しい表情をして視線をそらしながら返していく。
「はぁ? 今更何を言ってんの。 つーか、そんなことより」
「?」
そして少しの間を置くと結人の方へ一気に向き直り、力強い口調で言葉を放った。

「ユイ! 俺に喧嘩を教えてくれ!」


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