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第六話 この世界の情勢(2)とMPG模擬戦(1)

開発途上国間で勃発した戦争の、戦後復興目的で派遣された日本からのPKOは、後方支援が主だった従来の活動とはその内容が異なり、復興にあたってより効果的、即効性のある支援を目的とした、当時開発に成功した汎用型ロボットの運用と基礎開発技術の提供に加え、ようやく研究が軌道に乗り生み出された第一世代のイーロンがリーダーとなって指導にあたり、目を見張る効果を上げたのだった。

 また日本からの技術支援への評価が高まるにつれ、ビジネス拡大の好機と捉えた数々の民間企業が進出し、支援の後押しとなっていった。

 この段階に至り相互協力の元、PKO支援を進めていた米国より、イーロン技術の供与を求められた。
 これは日米安全保障協議委員会(SCC)の声明にある、(日米間のより緊密な装備・技術協力は,強固な同盟の基礎となる要素である)に基づき、日本側で完成させたイーロンの技術開発協力はこれにあたると主張した結果だった。

 しかし、イーロンの技術は安全保障とは関連が無く、あくまでも日本の化学発展の為に研究を進めてきたものであり、技術を供与する義務はない、と主張。米国政府の要求を跳ね除けた。

 日本政府はこの技術を国内の少子化問題に伴う、優秀な労働力の安定的確保を獲得する為の最も有用な対応策として捉え、また、技術の供与ではなく、生み出されたイーロンを用い、様々な海外での協力活動を通して、日本への求心力低下回復を目的としており、技術そのものの流出は国益に悪影響を及ぼすと考えていたのだった。

 結果、米国政府は世界、及び人類の更なる発展の為に、イーロン技術は最も重要なテクノロジーの一つであるとし、それを国益を理由に開発協力を拒む日本政府を非難。そして世界の主要国へもロビー活動を行い、圧力を掛け始めた。

 イーロンプロジェクトの存在が、世界一強固な同盟であった両国の関係に綻びを生む原因となっていったのだった……

          ※

 里香に連絡を取った際の反応は、如何にもな返答であった。(へぇ、面白そうじゃない。そういう事なら今日の訓練は勘弁してやるよ。スーツも持ってってやる。あたしも見学するからね)

「はぁ、……負けでもしたら、何言われるか……」

 言うだけ言って、一方的に切れた母親との会話を思い出しながら、祥吾は重い足取りでプラクティスグラウンドへ向かって廊下を歩いていた。
 健二と繁は、こんな時じゃないとMPGを間近で見るチャンスが無いという事で、先に格納庫へ向かってしまった。(あいつら、全く他人事だと思って浮かれやがって……)

 今回の模擬戦について、学校側の許可を取りつけるにあたり、杏はイーロンの立場を利用し、半ば強引に認めさせた経緯があった。
 学校としては、イーロンとは言え一生徒に規則を曲げられてしまったとあっては、今後に悪影響を及ぼしかねないとの懸念から、公には特別課外授業の一環とし、生徒の見学も認めざるを得なかった。
 イーロンvs一般生徒のMPG対決という響きは、この時期、退屈な長い冬を過ごさなければならない高校生にとって、恐ろしく魅力的に映ったらしく、昼までにほぼ全校生徒が知る事となり、名寄第一高の多くの生徒が見学へ詰めかける結果となった。

「お兄ちゃん……結局、杏の言う事聞いちゃうんだね……」

 下駄箱でブーツへ履き替えていると、結花が少し心配そうな表情を浮かべ祥吾の傍らへ近づいてきた。 

「ん? あ、ゆうも見にくんの?」

 祥吾の問いかけに、結花は首を振って否定した。

「圭子と約束があるから……」

「あぁ、そっ……」と納得した祥吾だったが、「あっ! 思い出した!今朝の話途中だったじゃん?」と真顔で聞き返す。

「あ、も、もう行かなくっちゃ! あ、あした説明するね! じゃ……気を付けて」

「明日じゃなくて、帰ってからでもいいんだけどなぁ……」

 慌てて2階へ駆け上がっていく結花を目で追ったが、焦ったように視線をブーツに戻し(やっぱりタイツ無しであのスカートは……兄として注意せねば……)と一人顔を赤くしながらブーツを履いているところに、メッセージの着信音が鳴った。(着いたぞ。早く来い。)

「やべっ!」

 祥吾はブーツのファスナーを上げながら、プラクティスグラウンドへ走っていった……

 名寄第一高には、学校前の道道を挟んだ広大なエリアにプラクティスグラウンドがある。 MPGの訓練は着弾してもほぼダメージの無い演習用の弾を用いて行うのだが、万が一近隣への事故が発生しないよう、グラウンドの外周はスチール製の壁で覆われている。
 グラウンド内部は障害物を設置してのMPG操縦訓練、市街地、山間部等を模したエリアでの模擬戦が可能になっており、格納庫やメンテナンス施設、コントロールルーム等、駐屯地とほぼ同様の設備が設営されている。

「遅い!」

 里香は祥吾が格納庫前に到着するや、開口一番叱責の台詞と共にパイロットスーツを乱暴に投げてよこした。それを祥吾は器用にキャッチする。

「のんびり見学してる時間なんてあるのかよ?どうせ、無理やり抜けて来たんだろ?」

 スーツを持ってきてもらった礼も言わず、祥吾は背一杯の皮肉で返す。
 しかし里香は祥吾にグッと顔を寄せて、「まさかとは思うけど、もし負けるような事があったら、しばらく私の機体の整備に回ってもらうからね。」と、息子の煽り文句を無視し、凄みのある声を向ける。

「いや、でもお袋。相手はイーロンだぜ? しかも俺の方は慣れない学校の訓練機なんだ。いくらなんでも分が悪いと思うんだけどな……」

「バカ言ってんじゃないよ。相手はお前がトップ、つまり私に教わってる事知ってて喧嘩売ってんだろ? 上等じゃないか。MPGはどうやって動かすのかみっちり教えてやりな」

 祥吾の言い訳をぴしゃっと斬り里香は一歩下がる。そして迷彩色のズボンのポケットからスティック状のプラスチックを取り出し、無造作に祥吾へ放った。

「ほら。あんたのラーンドAIのコピーだよ。一応昨日までの分。知っての通り持ち出しご法度だけど……この容量じゃメール添付って訳にもいかないし、クラウドなんて持っての他だしね」

「お前の相手もこれくらいは許してくれるだろ?」

 里香は不敵な笑みを作ったまま、親指で背後の格納庫を指す。里香が渡した外部記憶媒体には、祥吾が里香との訓練時に使用しているシェムカのAIデータがコピーされていた。

 MPGの操縦はパイロットが基本の操作を行い、そこにAIが補助していく事で、作戦行動に耐えうる機動が可能となる。
 そういう意味で技量が低くてもそれなりに操安出来てしまうのは、MPG構想のベースとなった技術が、AI補助の復興支援汎用型ロボットであった故であり、兵器への転用開発決定時、MPGを投入する事による得られる結果と、戦闘機パイロットの様に専門技術や知識を有する人材の必要が無い事で、コストパフォーマンスに優れた兵装になり得ると期待があった。

 開発が進むに従い、当初の計画通り、同じパイロットが同じ機体と実装されたAIを使い続ける事により、AIがパイロットの癖を学習し、記憶、補正を適切に行い、更に各機体のAI学習内容が高次並列化される事によって、各々のパイロットに技量に差があっても、最終的に引き出されるMPGの性能は高いレベルで平坦化される事に成功した。

 しかし、いつの時代も技術開発には想定外の事態がつきものであるように、MPG開発にも思いもよらなかった事象が発生する。

 AI学習内容の並列化において、不適切・不必要と判断された学習内容は、並列化時に発信元である機体のAIも含め、除外される様プログラムされていた。
 並列後、当該機体のパイロットにもテストの反省材料として連携されるのだが、一部のパイロット(里香も当然ここに属している)はこれを良しとせず、後のテスト時にも同様の機動を継続する。

 結果、並列化の際、該当機体AIの自己判断によって削除が拒否されるという珍事に発展。 本来であればAIの不具合という事で、リブートされる事象であったが、これらの一部機体が目覚ましいテスト結果を示すようになり、最終的に、開発チームはこれらの状況をこのまま観察する事となった。

 こうしてAIの補助により、パイロット技量の平坦化による効率的な運用を狙ったMPG開発は、皮肉にもAIの進化によって(期待できる成果は技量によって異なる)という従来の説が正しいと証明され、かくしてMPGにおいてもトップパイロット達が誕生していったのだった。


「おおっ! サンキューお袋!! ここまでは期待してなかったぜ」

 それまで不景気この上ない、という表情でぶすくれていた祥吾が、スティックを受け取ったとたん、欲しかったおもちゃを買ってもらった子供の様に態度を一変させ喜ぶ。

「浮かれるんじゃないよ。それをここのシェムカに上書きしたって、機体の方が追い付きゃしないだろうから、いつもの調子で動かすと弾喰らう前に機体の方がいかれちまうからね」

「あ、そういうもん?」

「全くおまえは……ま、基地の機体しか動かした事ないから、仕方ないんだろうけど……祥吾の機体、駆動系をおまえの癖に合わせてかなりカスタマイズしてるの知ってんだろう?それを考えて動かせよって事」

「そうか……なるほどね」

「たまには佐久間達の作業でも手伝ってみろ。そうすりゃ色々判る事もあるからな」
 
 里香はそう言うと、最後に「負けんなよ」とだけ残し、模擬戦を見学できるコントロールルームへ消えた。

「……よし!」

 祥吾は里香の消えたコントロールルームを見据えて、自身に気合を入れた。

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