独立した世界11
考えるも、直ぐに名案は浮かばない。それは経験上分かっていた事だ。直ぐに思い浮かぶことなんて、魔力で魔物を釣るぐらいだ。
それは別にいいのだが、近くに居る魔物は誰かと戦闘中のモノばかり。釣るにしても、結構離れた場所からになるので、ちょっと面倒くさい。それに、距離があるとバレる可能性が高くなってしまう。魔力を視るのは基本だからな。
流石に魔物をおびき寄せているのを視られるのは色々とまずいだろう。
かといってこのままでは討伐規定数に到達せずに、少し長めにここに滞在する事になってしまう。
「・・・・・・いや、しかし」
よくよく考えれば、今日は諦めても明日があるし、今回駄目でも次回がある訳で。それでも、せめて日数で割った平均分ぐらいは討伐したいところだ。
ならばどうするか。呼び込むことが難しいのであれば、視界を拡げて他の者が会敵する前に、こちらから接敵しなければならない。積極性こそ大事なのだろう。
そういう訳で、周囲の状況や位置関係を把握しながら、目的に合致した地点へと急いで移動していく。
移動する間も捕捉している対象達は移動するので、その辺りも予測していかねばならないが、まあその辺りは慣れているので問題ない。
そうして平原を足早に移動して、やっと目的の場所に到着する。周囲の状況も再度確かめた後、標的の敵性生物の居る方角へと進んでいく。
ほどなくして、遠くに視界で捉えていた敵性生物を見つける。それは手足と顔が妙に長細い人間のような存在であったが、大きな違いは、胸元辺りに縦に開いた大きな目が一つあることぐらいだろうか?
その目は、ぎょろぎょろと周囲を見回して忙しなく動いている。得物でも探しているのだろう。
そんな存在が六体ほど。羽を広げたような隊列を組んで平原を進んでいた。
「えっと、あれは・・・」
それを見て記憶を探っていくも、中々思い当たらない。しかし、生徒手帳に載っていたような記憶が蘇る。
普段制服を着ている時は、生徒手帳は情報体にはせずに衣嚢の中に仕舞っていた。もしくは背嚢の中。
相手はまだこちらに気がついてはいないようなので、警戒しつつも確認の為に生徒手帳を取り出し、急いで南側平原の敵性生物について調べていく。
そうして調べたところ、直ぐに多分これだろうという情報を見つける。
「ソーサ―? へぇ。火球のみしか使わないが、魔法使いなのか。その代わり、火球の威力はかなり高いみたいだな。まぁ、平原に出る魔法使いにとっては脅威というほどでもないか。しかし・・・」
生徒手帳には書かれていないが、どうみてもあのソーサーとかいう魔法使いの敵性生物は魔力視を持っている。そのうえで周囲を探っているのだから、何を探しているのか。もしかしたら、自分に相応しい相手でも探しているのかもしれない。それとも勝てそうな相手か。
そう思いつつも、未だにこちらには気がついた様子は無いのだから、魔力視の視界は狭いのだろう。
そこまで判れば十分なので、早速攻撃することにする。相手の情報の分析も済んだことだし、一撃で倒す分にも問題はない。
相手は火球が得意らしいし、ここは同じ火球で倒すとしよう。
「・・・よし」
流石に火球が得意なだけあり、火に多少の耐性があるようだったので、その辺りも計算に入れて敵の数だけ発現させた火球をそれぞれに放つ。
火球は放物線を描いて、ではなく、直線で一気にソーサーを襲う。瞬く間に距離を詰めた火球がぶつかって弾けた瞬間、ソーサーの全身を真っ赤な炎が包み込み、数秒で真っ黒になって消えていった。
敵の掃討を確認した後、次の獲物を目指して移動を開始する。既に捕捉は済んでいるので、あとは移動するだけだ。
程なくして、次の獲物を肉眼でも捉える。
次は何やら大きかった。何といえばいいか悩むが、袋の限界まで物を詰めたような、今にも弾けそうな身体に、同じように大きく膨らんだ手足がついている。顔の部分は身体に半ばまで埋まっており、目は無い。
身体から僅かに出ている顔の部分からは大きな口らしきものが姿を見せており、そこから何本もの触手のようなものが蠢いているのが見える。
そんな見ただけで生理的な嫌悪感を抱く異形の敵だが、強さはそんなでもない。触手部分に毒があるので近接戦闘では少々厄介ではあるが、触手は一メートルほどしか伸びないので、魔法使いにとっては脅威ではない。ただし、注意すべき点は二つある。
一つは強靭性。
他の敵性生物に比べて身体が頑丈なようで、簡単には倒れてくれないのだ。なので、攻撃を受けながら接近される恐れがあるので注意が必要だ。
二つ目は最後の抵抗。
この敵は一気に倒さなければ、弱ったところで自爆をするらしい。その際、自爆による衝撃よりも、それで飛び散る体液の方が問題で、その体液にも毒が含まれていた。それも触れたものを腐蝕させる厄介な毒が。
まぁ、二つ目は障壁でも防げるのだが、この毒が本当に厄介な点は、体液は直ぐに気化するのだが、それにも毒が含まれている為に、少しの間その辺りは毒の空気が漂う事になる。時間にすれば十分程度らしいし、毒自体は強いモノではないようだが、吸い込んだ場合は体調を崩して数日は嘔吐や下痢が続くらしい。水分補給をこまめにしないと、そのせいで命を落とすこともあると聞く。
そんな面倒な敵だが、対策としては遠距離から自爆させないほど手早く倒すことや、自爆する前に結界で囲んで被害を抑え込む事などが挙げられる。
今回ボクが行うのは、至極単純に一撃で屠ること。実に分かりやすくてやりやすい。という訳で、時間が勿体ないので早速攻撃に移ることにした。
相手の観察を行い位置もしっかりと把握したので、攻撃を開始する。相手は五体なので、先程と同じ火球を五個発現させた。
射出した火球が直ぐに相手にぶつかり、弾けて燃え上がる。炎が命を燃やし尽くしながら、体液も蒸発させていく。それは数秒の出来事で、敵は直ぐに跡形も無く消えていった。自爆させる猶予は与えない。
これで綺麗に討伐は完了した。周囲に被害も無く終えられたが、面倒な相手は困ったものだ。
討伐が済めば次の標的へと向けて移動する。積極的に移動していくことで、コツコツ討伐数を稼いでいく。そのおかげで、少しは討伐数が稼げている。このままいけば期間内に討伐規定数には到着出来るだろう。
それにしても、ある程度南に移動しないと、誰とも戦っていない敵性生物をほとんど見掛けない。時間的にもそんなに余裕がある訳ではない為に、これは少し困った問題であった。
それでも一日ほど南下すれば、誰にも取られていない敵性生物を簡単に捉えられるようになってくる。今回の予定は三日なので、狩りをする時間を少しは確保出来ている。
そういう訳で、討伐を開始する。時間もそんなにないので、サクサク進めるとしよう。
最初に標的にしたのは、植物と人間が混ざったような敵性生物。胴体は人間の様で、顔は植物の被り物をしているだけにも見えるが、蔦で編んだような手足をしている。
そんな敵性生物が五体。少し間隔を開けて移動していたので、視認できる距離まで近づくと、早速攻撃を開始する。
使う魔法は、やはり植物相手なら火系統だろう。そう考え、火球を五つ発現させる。今回は火球ばかりだが、火系統は生き物に有効だからしょうがない、使い勝手もいいし。
飛ばした火球はしっかりと命中すると、弾けて敵を炎上させる。数秒で消滅した敵を確認した後、足早に次の獲物へと移動していく。
次に見つけた敵は、炭化した大きな塊のようなモノであった。それが三体、浮遊して移動している。
手足のようなモノは無く、頭部も無い。球状というには歪で、鼓動するように形を変えている。意思が在るのかどうかは分からないが、たまに飛び出てくる、塊部分と同じぐらい大きさをした二メートルほどの棘のようなモノには注意が必要だろう。しかし、それは近距離で戦うのであれば、だ。
こういう敵には遠距離から魔法を放てばいいので、今回は風系統の魔法を発現させる。
細かな塵を混ぜて高速で回転させた三本の風の刃を手元に発現させたところで、しっかりと狙いを定めて、それぞれの敵へと風の刃を飛ばしていく。
「また綺麗に切断出来たな」
射出した風の刃は、抵抗を感じさせない切れ味で敵を真っ二つにする。地面に落ちたそれの切断面を遠くから見るに、生き物っぽい感じがした。贓物っぽいモノが見えた気がしたから。しかし、そこに生々しさはなく、見た感じ乾燥した何かが詰まっている様に思えた。まぁ、わざわざ調べにいこうとは思わないが。
時間も無いので、次がこの辺りで倒せる最後だろう。少し離れた場所に反応を確認しているので、そちらへと移動していく。
移動した先に居たのは、六足の細長い魔物であった。
六足で地面を這うように移動しているその魔物が三体。繋がるように縦に並んで進んできている。その様はまるで一体の細長い魔物にも見えた。
折角仲良く並んで進んでいるのだからと、威力を少し上げた先程と同じ風の刃を手元に一つ発現させる。あとはこれを射出して直線で切り裂くだけだ。
一気に切り裂くために狙いを定めて、射出する。
魔物めがけて飛んでいった風の刃は、先頭を進む魔物の中心を通って後方の魔物へと進んでいく。そうして魔物を切り裂きながら中心を進んだ風の刃は、見事三体一気に通過して消えていった。
魔物に先んじて消滅した風の刃に続いて、魔物が三体続け様に消滅していく。時間的にも丁度良かったので、消滅を確認後、そのまま南門へと向けて足を動かす。
途中で敵性生物を見つけた場合に相手をする時間的余裕はあるようにしているので、近場で見つけた場合は倒しておこう。少しでも討伐数は稼いでおきたいからな。
そう考えながら、進行方向への視界を広く確保する。残り時間を考えながら、寄り道出来るかどうかを考えながら行動しなくてはならない。
「それにしても」
人の数が多い。まあそれはいいのだが、それに比べて敵性生物の数が少なくなってきたような気がする。東側の平原よりも、競争率が高い気もするな。しかし、離れれば人の数が減るんだよな。ということは、南側の平原は遠くに行く人が少ないということになるのか。
「でも」
ナン大公国は実力主義だったはずだよな。それなのに遠くに攻めないのか。それとも今日がたまたまなのかな? 平原に出る日数が影響するのはジーニアス魔法学園生ぐらいだろうし。
そんな事を思いつつ、寄り道しながら進む。それでも一度しか戦闘は起きなかったが。でもまぁ、討伐数はそこそこ稼げたからいいか。
南門に到着して防壁の内側に戻ると、宿舎を目指して駐屯地内を足早に進む。既に日は暮れていたので、宿舎に到着するのは夜中か。
そんな事を考えながら騒々しい駐屯地内を進んでいく。耳が痛いほどではないが、とにかく声が大きい。喧嘩している訳ではないので、単に地声が大きいのだろうが、迷惑なものだ。
◆
討伐任務を終えた翌日。ボクはクリスタロスさんのところに来ていた。
いつものように出迎えてもらい、場所を移して雑談をする。最近休日の度に来ていて話す内容もそこまで多くはないので、早々に訓練所を借りる事にした。
そういう訳で、借りた訓練所で早速研究を始める。
まずは見回りの時に思いついた、欺騙魔法を併用した模様と魔法の組み合わについて試していく。
「えっと、まずは模様を描いて、そこに欺騙魔法を掛けて模様を誤魔化して、それとは別に魔法を組み込んでいく、と」
一つ一つ丁寧に、間違っても途中で混ざり合わないように気を配りながら、順番に気を付けて模様を描き、欺騙魔法を掛けてから魔法を組み込んでいく。
そうして下準備が済んだところで離れてると、少し様子を見て問題ないと判断して、仕掛けを作動させてみる。
仕掛けと言っても、今回は踏んだら起動するように組んでいるので、まずは模様に圧力を掛ける。これは加減した重力魔法を模様目掛けて発現すればいいだけだ。
そうして一定の圧力を加えたことで、模様に組み込んだ魔法が起動する。
魔法が起動した事により欺騙魔法が解除される。それを合図に、模様の連鎖反応が始まった。
連鎖反応が強まって魔法が起動するには数拍の間が必要なので、その時間を稼ぐために欺騙魔法を解除する直前に対象を拘束する魔法が発現している。それは影縛りと呼ばれている重力系統の魔法の一つで、文字通り影で対象を縛る。中々に強力な魔法ではあるが、今回は規模が小さく足を縛るだけなので逃げようと思えば逃げようはあるし、足が拘束されているだけなので抵抗だって容易に出来る。なので、これは模様の魔法が完成する一瞬の時間稼ぎに過ぎない。
そうした魔法の影響もあって反応が加速されたために、数拍の間で連鎖反応が一気に強くなり、とうとう複雑な線で刻まれた魔法が発現する。
発現した魔法は氷柱という二メートル以上の高さに達する氷の柱。今回は実験なので模様の規模が小さく、幅は一メートルほど。全体的に小さいが、それでも下から人間を刺し貫くには十分すぎる大きさだ。それに加えて、この氷柱の表面には紫電が走っているので、対象は刺し貫かれるだけではなく、感電してしまうというおまけつき。
「・・・今回は上手く言ったな。でも、連鎖が起きる前に魔法が干渉してしまう可能性もまだ残っているから、その辺りが課題か。それでも上手くいったのは事実だな!」
模様の魔法が発現しているのを離れた場所から確認しながら、喜びと共にそう口にする。
確かにまだまだ課題は在るも、それでも発現までこぎ着けたのは大いなる一歩であろう。なにせ、今までは失敗ばかりだったのだから。
「とりあえず、欺騙魔法で魔法と模様の干渉を防げるのは確認出来た。ただし、これも完全ではなかったな。観察していると、徐々に魔力が模様の方へと浸透していたようだし、あのまま行けば、そのうち勝手に起動して壊れるな。その猶予時間までは分からないが、現状の出来では罠にしては短期間で運用することを考えなければならないな」
つまりは使いにくいということ。設置型なのに短期間で意味をなさなくなる罠など需要は乏しいだろう。その辺りもまた、課題ということだ。
まあそれでも、やはり一度成功したという意味は大きい。不完全ながらもこれで成功例が出来たということなのだから。
「次は魔力の浸透よりも、魔力の干渉の方を先に考えなければならないな。そうなると、欺騙魔法の方を研究した方がいいのかな? いや、結局は同時の方がいいのかも?」
模様と魔法の関係は今まで散々研究してきたので、今回新たに加わった欺騙魔法についてまずは研究するべきだろう。もしこれで魔力浸透についても判明すれば、そこを利用して魔力反応を操作して、模様が壊れないようにするだけではなく、反応の後押しとしての役割も期待できる事だろう。
そう思い至ったので、早速研究を開始する。今日は朝早くから来ているので、時間はたっぷりとある。
という訳で、まずは適当な模様を用意してから、そこに欺騙魔法を発現させて、それとは別に魔法を組み込む。その後は観察して組み込んだ魔法から漏れ出た魔力が欺騙魔法をすり抜けて中に浸透していく様子を観察していく。
そうしていけば、模様がその魔力に反応してしまうまでの猶予も判るというもの。
「ふむふむ。魔力が魔法をすり抜けるというのも興味深いな。これは何かに使えるかもしれない」
研究の副産物とでもいえばいいのか、興味深い現象ではあるので、こちらもまたしっかり研究しておきたい。しかし今はそれよりも、魔法をすり抜けた魔力が模様に及ぼす影響の度合いの方を調べるのが先決だろう。とはいえ、その前に。
「魔力は魔法をすり抜ける。ではどうやって?」
魔力を元に組み上げたものが魔法だが、今回の場合は構成された魔法を魔力は貫通することが出来るということだ。全ての魔法に対して有効かは不明ではあるが、それは今は横に措く。それよりも今は、魔法を貫通する仕組みについて観察していこう。
とりあえず魔力視だけで観察していくと、欺騙魔法との境界付近に漏れ出た魔力がぶつかり、纏わりつくように溜まり出す。そのままそこに留まっていると、一部が欺騙魔法の内側へと滲みだしてきた。
「・・・ふむ。中に入っていくのは分かったが、それだけだな。もう少し拡大して見てみるか」
そのまま拡大視も併用して魔力が滲んでいる部分を観察していく。
しかし、結構拡大して見ているというのに、いまいちよく分からない。もっと拡大した方がいいのだろうか。
「そうだな、もっと細かく見た方がいいか」
そういう訳で、拡大視の倍率を一気に上げていく。そうして視ると、欺騙魔法の境界付近に極小の隙間が空いているのを見つける。そして、そこから魔力が微量ながら浸透していっている様子が確認出来た。
「ほぅ。これは興味深い」
今まで見ていた世界とは異なる世界に、興奮を覚える。その新鮮さに退屈も吹っ飛びそうだ。
調子に乗ってもう少し倍率を上げて観測を続ける。欺騙魔法の境界部分の隙間に比べて、魔力は少し大きい感じがするが、それでも魔力は形が変化するようで、染みるようにして中に侵入していく。
「この隙間は埋めることが出来るのだろうか?」
欺騙魔法に干渉してその威力を高めてみるも、それで隙間が埋まる事はない。なんというか、壁が厚くなったような感じにしか視えなかった。
「うーん、他に魔法に干渉する方法は・・・」
そこで色々考える。威力を高める、つまりは魔力量を増やしてみたが、効果はない。それであれば、逆に減らしてみてはどうだろうか?
「その前に、組み込んだ魔法の漏れ出る魔力の影響は分かったが、欺騙魔法の方は大丈夫なのかな?」
そう思い至り観察してみる。すると、欺騙魔法は漏れ出る魔力はほぼ観測できなかった。どうやら魔法の維持で消費出来ているようだ。漏れた魔力もすぐさま魔法の維持の為に消費されている。では、侵入してきた魔力は何故無事なのだろうか? そう思いはしたものの、それについては直ぐに思い至った。
「ああ、質が違うのか」
欺騙魔法と組み込んでいる待機状態の魔法では、同じ魔力でも質が違う。それ故に、欺騙魔法では上手く消費出来ないのだろう。なので、使い切る前に模様に到達してしまうということになる。
「・・・ん? それならば、隙間を無くすよりも、その侵入してきた魔力を消費出来るようにすればいいのではないか?」
例えば、欺騙魔法の内側に別の魔法を起動させておくとか。
発現している魔法であれば、それ自体から漏れ出た魔力は消費出来るからな。しかし、待機状態ではそうはいかない。今回の目的が罠である以上、起点となる魔法は待機状態にしておく方が好ましいのだ。発現していたら見つかりやすくなるというのもあるが。
そういう訳で、起点となる魔法を起動状態にしておくことが出来ない。悩ましいものだ。
「・・・・・・・・・・・・あれ? 模様に欺騙魔法を掛けてわざわざ組み込んだ魔法と隔離するぐらいであれば、待機状態の魔法の方に、漏れ出た魔力をすぐさま消費するような魔法をかけていた方がいいような? 欺騙魔法ならある程度までは誤魔化せるし、外部からの刺激に対して防御力がある訳でもないし・・・欺騙魔法の内側に発現させる魔法もそういう系統にすれば問題ないだろう」
少し見方を変えて思案する。それであれば、わざわざ模様の方に細工するよりも楽で確実になりそうな気がしてきた。漏れ出る魔力を抑えられれば、隠蔽率も多少は上がるだろうし。
「ということは、模様部分の欺騙魔法の場所を移すとして、内側に何を展開させるか、だ」
一つの魔法でなくとも、幾つかの小さな魔法を駐在させて、それに漏れ出る魔力を吸収させるという案もある。面倒ではあるが、罠ならバレては意味がないからな。
表面は欺騙魔法で覆うので、その辺りで誤魔化しつつ、余計な魔力を外に漏らさない。そうすれば、条件が整った状況では問題なく罠が機能するだろう。そうなれば、あとは魔法が起動した時に模様が反応しないようにするだけだが。
「ん? そこは魔法内で完結するようにすればいいのか」
魔法から漏れ出た魔力を魔法自身が消費出来るようにする。その仕掛けは大事だろうし、それをしっかり行えば後は問題ないだろう。この辺りの調整はもう慣れたものだから簡単だな。
模様の反応を止めていた部分を開通させる場合も魔力が干渉しないようにしよう。
「まぁ、それはそれとして」
反応の連鎖が始まったら魔力も干渉させて、反応の連鎖を一気に促すように組み込みたいな。さっきの実験でも数拍の間が必要だったし。ほとんど一瞬ではあったが、その一瞬で成否が決まることもあるからな。
「連鎖を促進しつつ、その一瞬は魔法で足止めさせる」
普通に考えれば、模様と魔法の組み合わせが完成している時点でそこまで難しいものではない。しかし、想定している相手が相手なだけに、出来ればその一瞬の間も取り除きたいところであった。
「むむむ」
正直、今までの模様の研究に比べれば驚くほど簡単ではあるが、しかし、直ぐに完成するようなモノではない。せめて一日は考える時間が欲しいところ。
「罠の起動との時間差、か」
そもそも、罠の発動と同時に模様の連鎖反応が起きる方法を現在模索してはいるが、もしも同時に起動できるのであれば、模様と魔法を組み合わせる意味はないだろう。
今までの見聞で集めた情報を元に色々と工夫していけば、起動部分も魔法に頼る必要が無くなるだろうな。
しかし、現在はそういった模様について心当たりがないので、魔法との併用しか方法はないのだが。その辺りの研究もしたいが、その前にこちらの完成が先である。
「とりあえず、魔法と模様の併用を可能にして、次は魔法の起動と模様の連鎖反応が干渉しないようにする。そこまでいければ罠は完成だろう。あとはその状態で長いこと保つことが出来るようになれば、設置型としても完成かな」
状態を長く保てて、設定した条件を満たせば容易に起動する。それが完成すれば、設置型の罠としては十分だろう。そこまで完成すれば、あとはその運用方法について考えればいい。
そういう訳で、早速一つ一つ問題を解決していく。その辺りはもう解決済みだし。
頭の中で構想を描き、それに沿って模様を描いて魔法を組み込んでいく。あとはそれを欺騙魔法で隠蔽すれば完成である。あとは微調整が少し残ってはいるが、大体そんな感じで完成だ。
規模は小さいものの、完成した模様を目の前に掲げる。設置型の罠ということで、試験的に紙に描いてみたのだ。
「ふむ。魔力を込めて描けばいいのだから、これでいいはずだが・・・あとは実際に起動してちゃんと機能するのかどうか調べるだけ。その後はこの状態での耐久性について調べるか。そこまで済めば、運用方法について思案してみるかな」
そうと決まれば、まずは実験を開始する。方法は先程と同じなので、さっさとはじめるとしよう。
まずは紙に描いた模様を離れた場所に設置してから、重力の魔法で罠を起動させる。その前に欺騙魔法の様子や、魔力が漏れていないかの確認を行う。その辺りは問題なさそうだ。余程魔力に敏感な者でなければ、これを見破るのは難しいと思う。
その確認を終えたところで、重力魔法を発現させる。それにより起動する魔法。模様の反応を阻害していた部分の解除が行われる。この部分は魔法で行おうと思っていたが、規模が小さい魔法ではあるものの、長期的にみれば模様の反応を促すことになりかねないので、諦めた。反応を阻害しているので、模様魔法が起動することはほぼ無いだろうが、一部だけ連鎖反応が強くなりすぎては、模様が壊れる事になりかねない。
なので、今は魔法ではなく、関係ない模様を介在させている。主に起点となる部分の周囲を反対属性で囲んでいるが、他にも何ヵ所か挿んでおいた。起点とはいえ、飛び地にも注意しておくのを忘れない。
それらで模様の反応を抑え込みつつ、条件が揃った時に起動する魔法と連動して、阻害している部分が消滅するように関連づけておく。
そうした阻害部分が魔法の起動と共に消滅し、模様の連鎖反応が始まる。そのまま連鎖反応が強くなるのに三秒ほど掛かった。今回は魔法による連鎖の促進が無かったので、起動までが遅い。
その間に拘束の魔法が発動しているとはいえ、ある程度の力量さえあれば三秒もあれば脱出は簡単に出来てしまうだろう。やはり連鎖反応を促すのは必須か。もしくは対象の拘束を強化するかだろう。
起動した模様の魔法の方は問題なく、前回同様に上々の仕上がりだ。もう少し強化したいところだが、現状の知識では今より若干上昇させるので限界だろうな。研究はまだまだ半ばだ。
まぁ、色々と思うところはあるものの、とりあえず完成したと言えよう。これを基に改良していくとする。あとは保存期間を割り出すために、もう一枚用意して様子を見るとしよう。
まずは今しがた発動した模様と同じ物を紙に描いたものを用意する。それを訓練所の一角に置いて様子を見ることにしよう。クリスタロスさんに許可をもらう必要があるが、多分大丈夫だろう。
そういう訳で、用意した模様を訓練所の一角に設置して、それは放置しておく。事後承諾になるが、帰りにクリスタロスさんに伝えて許可を貰っておくとするか。
そこまで終えたら一度時間を確認する。既に日が暮れている時間であった。
「そろそろ戻ろうかな」
時間的にはちょうどいいので、そうすることにする。軽く伸びをして気持ちを切り替えると、訓練所を出てクリスタロスさんの許に移動する。
クリスタロスさんの許に移動後、お礼を述べた後に時間経過による罠の状態の調査を行いたいので、訓練所に罠を設置したことを説明した。それと共に事後承諾ながらに許可を貰えないかとお願いすると、直ぐに快諾してもらえた。予想はしていたが安心した。
そうしてしっかりとクリスタロスさんに罠設置の許可までもらえたところで、再度お礼を言って転移装置を取り出すと、それを起動させる。
転移時特有の一瞬の浮遊感と空白の後に、無事に駐屯地から離れた人気のない場所に戻ったのだった。