scene:06 12.7mmでは貫けない
「オレがなりたいのは、ただのメイドじゃねえ。――武装戦闘メイド、だ」
マリナという名の
エリザには『ブソウセントウメイド』なるものが、いかなる存在なのか見当もつかない。けれど、この異世界の少女が言うのであれば、きっとそれは絶望を打開するに値する存在なのだろう。そう素直に信じられた。
だって、その不敵な笑みを見ただけで、
背中の焼けるような痛みを、一瞬だけ忘れてしまったのだから。
「わかった……
「ああ頼む。それで? オレはどうすればいい、
「エリザ――?」
エリザは思わず聞き返す。
今の今まで、この少女は決してわたしを名前で呼ぼうとしなかった。「あんた」だの「お嬢様」だのと、どこか他人行儀。それが急に名前を口にしたものだから驚いたのだ。
だが、当の本人はそのことに気づいていないのか、
「あ? どうした、何か気になるのか」
「……いえ、なんでもないの」
今はそれどころではない。エリザはマリナに「服を脱いで、胸を見せて」と指示。自身もどうにかベッドから体を起こして、マリナへと向き合う。
白木の身体を
エリザは自身の背中に手をやって、傷口を拭い、自身の血液を指先につける。
「少し、
「気にするな、やってくれ」
途端、「ぐ、」とマリナが
これで魔力
あとは、
エリザは意を決して口を開いた。
『――我は誓う』
途端、蓄魔石から魔導干渉光が
エリザの
やがてソレは混ざり合い、一つの魔力として練り上げられ、ある魔導式を発動させる。
『我は
――
――我が知恵によって
動き出すのは、冥界と現世を
死者の魂を召喚する対価として召喚者が果たさねばならぬ誓約。これを
『偉大に偉大で偉大なる盟約に従い、
我は
故に我らが
満ち足りた絶望なりて――――――!』
誓約は、成された。
やがて魔導干渉光がおさまり、目の前に『願い』を
だが、
「……え、」
その姿を見て、エリザは困惑の声を漏らす。
魔導干渉光が収まってエリザの目の前に現れたのは――――何の変哲もないメイドであったのだ。
よくよく見れば変化が無いわけではない。破れていたメイド服は修復され、頭に乗っていたメイドキャップはカチューシャへと変わり、そして鼻には丸メガネ。靴が編み上げブーツに変わっている所が、不思議と言えば不思議だ。
けれども、どこまでも普通のメイドでしかなかった。
「……それが、ブソウセントウメイド?」
「あー…………、」
恥ずかしそうにマリナは頭をポリポリと
「うん、まあ、その……。これは、オレが好きなメイドの格好だな、うん。『武装戦闘メイド』の姿には間違いない」
「それで? どうやって戦うの?」
「どうやって……?」
「うん」
「…………?」
「…………」
沈黙が流れた。
「え、ちょ、――
「ウソじゃねえよッ! 『武装戦闘メイド』はとんでもなく
「じゃあ、どうやって戦うのよ? 武器は? 持ってないの?」
「当たり前だ! 『武装戦闘メイド』が抜き身で武器なんか持ってるわけねえだろ! メイドだぞ!?」
「じゃあどこに持ってるのよ!」
「んなもん決まって、」
ゴトリ、と。
抗議しようと立ち上がったマリナの、
黒い棒状のソレは鉄と、木でも布でもない不思議な素材で出来ており、一見して鈍器のようにも見える。だがそれにしては持ち手となる部分と、打突部の区別がつかない。
そして何より不思議なのは――1メルト近い長さのソレが、メイドスカートのどこに隠れていたのかということだ。
エリザは
そしてメイド服には、特に魔力の消費が激しい箇所が一点。
明らかに召喚系の魔導式を使用した後と
マリナのスカートの中だ。
つまり順当に考えるなら、
この鉄の棒は、マリナが
「それ、は――?」
エリザは鉄塊を見つめたまま黙りこくるマリナに問いかける。
「スパスだ……」当のマリナも訳が分からないとでも言うように
「一体何の道具なの?」
「これは――」
エリザが問うとマリナは
「――オレの世界の、異世界の武器だ」
◆ ◆ ◆ ◆
『どこに行きやがった、あの小娘』
夜の
男は座禅を組み、何かを念じるかのように瞳を閉じていた。男が腰を下ろした地面には鶏の血で描かれた魔導陣があり、男の
見る者が見れば、それは『感覚共有』と『思考制御』の魔導式を二重展開していると気付くだろう。そしてその魔導陣が、男が
男は
今は、魔導式によって使役する魔獣と感覚を共有、魔獣の思考をも制御して遠隔から操っている最中である。
――エリザベート・ドラクリア・バラスタインという名の少女を暗殺するためだ。
男は〔感覚共有式〕よって送られて来る魔獣の視界に、公女の姿を探す。
メイドをおびき寄せ、公女のもとまで案内させたのは良かったが、その公女自身にしてやられてしまった。あの古城に1年間通い詰めていた役人の話では、古城の防衛機構は魔力の消費を抑えるために切られているというから安心して忍び込んだのに、肝心なところで役に立たない男だ。生きていれば殺してやりたいが、やつは既に魔獣の腹の中である。
『これで俺まで殺されたらどうしてくれるんだ……』
自身が仕える騎士のやり口を思い出した
と、そこで魔獣の嗅覚がある匂いを捉える。
公女様の血の匂いだ。
二階の廊下を進んだ先。城の中央部分にある部屋から漂ってくる。
公女の背中の傷はそれなりに重かったのだろう。騎士としての訓練を受けた貴族ならいざ知らず、公女として大切に育てられたお嬢様が、
やはり中に人の気配。
息を殺しているようだが、匂いまでは消すことができない。公女様が魔導神経を持つ貴族だったのなら、話は別だったろう。しかし、そうでない以上ここまでだ。
部屋の扉を体当たりで破り、飛び込んだ部屋には人影がひとつ。
だがそれは、
『メイド、だと……』
そこに居たのは、先ほどまで公女様と一緒にいた赤髪のメイドだった。
しかし、最初に見た時とは少し外見が変わっていた。逃げる際に汚れたはずのメイド服は新品のものに、頭に乗せたメイドキャップはカチューシャへと変わっている。加えてその顔には丸メガネがのっていた。
だが何より不可解なのは、メイドが床に座り込んでいること。
そして、メイドの前に置かれた巨大な棒状の鉄塊だった。
背の低い三脚に乗せられたソレは一見すると
メイドが、ニタリと笑った。
『――まさか、魔導具ッ!?』
そう直感した
そして爆音と共に鉄塊の先端から何かが、連続して放たれる。
途端、魔獣の魔導干渉域に絶対の自信を持っていた
――
それは直径12.7mm、タングステン弾芯を内包した
徹甲弾は魔獣の
――そう、金属が
数秒後。鉄塊が
そして
『
◆ ◆ ◆ ◆
「ウソだろッ!?」
一番驚いたのはマリナの方だった。
50口径の重機関銃の掃射が直撃して無傷など考えられないことだからだ。装甲車のような20mm以上ある圧延鋼板ならいざ知らず、せいぜい2mmのスプリング鋼にしか見えない
だが、あり得たのだから仕方がない。
マリナは気持ちを切り替え、背後へと跳躍する。襲い掛かってきた魔獣の
背後の爆音を感じながら、マリナは中庭へと着地。そのまま一階の窓から城の中へと飛び込んだ。そのまま魔獣から距離を取ろうと廊下を駆け抜ける。
『マリナさん、無事!?』
その爆音を聞いたのだろう。先に別の部屋へ隠れていたエリザから念話が届く。
それは確かにマリナを『武装戦闘メイド』へと変貌させた。
エリザによれば『願い』は、マリナのイメージが反映されたのだという。だからマリナの姿は、マリナが敬愛する『婦長さま』の姿へと近づいたのだ。
ヴィクトリアンのメイド服はそのままで、メイドキャップはカチューシャに。そして鼻の上には『婦長さま』と同じ、丸いレンズの
そして、マリナがイメージしていた『武装戦闘メイド』
そして彼女らは大抵、
故にマリナは『スカートの中からあらゆる武器を取り出せる』という能力を得た――らしい。
だが、それでもあの魔獣は倒せなかった。
ヒグマに襲われた時を思い出し、50口径の徹甲弾を連射可能なM2を選んだというのに、結果はこのザマだ。
「オレは大丈夫だ。――それよりもアレが着てる
『え、なに? ジュウキカンジュウ?』
「そこはどうでもいい! とにかく、あの魔獣とやらが着てる
念話の向こうで、エリザが慌てて記憶を探るような感覚が返ってくる。そう時間を置かず、マリナからの答えが返ってきた。
『
「オレの世界に魔導式なんてもん無えよっ」
『じゃあ多分もう一つの方ね。――〔結合強化式〕だと思う』
「んだそれ?」
『物が壊れないように魔力で強化する式よ。
「……なるほど。デタラメだな、魔導式ってやつは」
だが、それなら納得だ。
たとえアルミ板でも厚みが増せば徹甲弾を止めることが出来る。
つまりあの魔獣が着ている
逆に言えば、対それ用の兵器であれば貫けるということ。
つまり対戦車兵器ならば何とかなるかもしれない。
しかし――、
『? どうしたの、マリナさん。やっぱり
マリナの
それに対して「いや、違えよ」と否定し、マリナは説明する。
「アレを倒せそうな武器を思いついた。……が、当たらなかったらマズイと思ってよ」
対戦車兵器といえば、真っ先に思いつくのはRPG-7などのロケットランチャーだ。そしてそれらは屋外で使うことを想定している。屋内では使用者に爆煙が降りかかり
だが、俊敏に動き回る魔獣に屋外で弾頭を当てることが出来るだろうか。マリナはそれが不安だった。ただでさえ高速で移動する標的に当てるのは困難なのに、魔獣の動きは直線的ではない。
「ま、何とかするさ。とりあえず魔獣を外に
『いえ、待って。わたしが
「あ? なに言って、」
『いずれ魔獣はわたしの匂いを嗅ぎつけます。さっきはマリナさんがわたしが脱いだ服を持っていたから
「……それはそうだろうけどよ。エリザは
『エリザ、……』
なぜか少し
『大丈夫。
――だってわたしが殺される前に、マリナさんが倒してくれるんでしょ?』
「……ああ、」
念話から感じるのは、確かな信頼だった。
魔導式というのはつくづく厄介な代物だと、マリナは思う。
異世界に死んだ魂を召喚したり、50口径の徹甲弾を止めたり、――果てには感情をダイレクトに伝えてくる。
こんな信頼を寄せられて、裏切れるわけがない。
チクショウ。
「よし、
マリナが提示した条件に、エリザは得意げな念話を返す。
『ひとつ、あるわ』
◆ ◆ ◆ ◆
城の廊下を進みながら、魔獣は鼻をひくつかせる。
先ほどは、
それにしても先ほどの魔導具は一体何だったのだろうか。そう
と、
魔獣が公女の匂いを嗅ぎつけた。
公女が放つ血の匂いはまっすぐこちらへと向かってきていた。角の向こう、二階から一階へと続く階段からだ。
――馬鹿な娘だ、手間が省ける。
そして、飛び出してきたドレスへ魔獣は飛びかかった。
しかし、
『服だけ、だと?』
途端、横から階段を駆ける音が響く。見れば、キャミソールにドロワーズだけの公女が二階へと逃げていくところだった。
『またか!
魔獣を走らせ、男は公女を追いかける。
公女は一目散に二階の廊下を駆け抜けていた。貴族の娘のくせに足が速い。食うに困って農作業ばかりしていたというから、足腰が鍛えられているのだろう。いちいち腹の立つ娘だ。
しかし、魔獣の足から逃れられるほどではない。
公女は二階を駆け抜けると、その先にあるもう一つの階段を転がるように駆け下りていく。
何かある。
――なるほど、そういう狙いか。
あの階段の先にあるのは、正面エントランス。
そこには確か、大きな
そして思った通り、公女は正面エントランスへと飛び出した。
正面エントランスは一階から二階までの吹き抜け構造。二階から一階へと降りる幅の広い階段がある。公女はそこを一目散に駆け降りていった。
――瞬間、魔獣の眼前に巨大な
もちろん、魔獣には
「――な、」
魔導灯の向こう側で、公女が目を見開いている。それに対して
バレていないとでも思ったか。二度も同じ手を使いやがって。
魔導灯があると思い出した時点で、この手は読めていた。
魔獣の笑みを前にして、公女は
ふと、あることを思いつき
音響制御の魔導式を発動させるためである。
『――万策尽きたかね?』
魔獣の口から
公女は驚いたようだったが、貴族としての
「何者ですか? なぜ今、帝国がわたしを狙うのです?」
『帝国? ああ……』
公女の勘違いも理解できる。この魔獣『ティーゲル』は帝国が開発し、先の戦争で大量に投入されたものだ。この個体にしても、その内の一つを
だが、
『違いますよ。むしろ帝国があなたを殺してくれれば、俺は
「――なんですって?」
『不思議に思わなかったのですか? いくら政争に負けたからと言って、ただの公女が、国境警備の名目で、こんな辺境の城に
「……、」
『
「なぜ、そんな、」
『決まっている。――戦争を再開するためですよ』
公女が息を
それはそうだろう。この間までの戦争を止めたのは彼女の父なのだ。文字通り命と引き換えに勝ち取った停戦協定。それを無為にしようというのだから。
さて、もう一押しだ。
『しかし困ったことに、帝国は一向に
「誰です! 誰が一体そんな事を考えて!?」
『ふはは、……教えてあげません』
ガシャリ、と魔獣が床に転がる魔導灯を踏みつけ、公女へと歩み寄る。公女は一歩でも魔獣から離れようと後ずさった。しかし彼女の背後にあるのは壁。外へと続く扉へ逃げるには、魔獣の目の前を横切らねばならない。だがそれは自殺行為。
公女はもう、籠の鳥だ。
『さあ、死んでください。戦争のために。戦争を欲する者のために、
そして、
公女もニヤリと笑ってみせた。
服は血まみれのキャミソールとドロワーズだけ。転がるように逃げ回ったせいであちこち
なのに。
それなのに。
その笑みだけはまるで、
「いいえ、わたしは死にません。守るべき民がいる限り、わたしは死ねないのですから」
『はっ――――――ほざけぇ!!』
――その瞬間、正面エントランスの扉が開いた。
魔獣の視界に映ったのは、丸メガネをしたメイド。
そいつは肩に黒い筒のようなものを担いでいた。
間髪入れず、黒い筒の先端が〔爆裂式〕のような音を立てて
――またおかしな魔導具か!
その
『んな、』
直撃したソレは、爆裂式のようなものを発生させて魔獣を吹き飛ばす。ゴロゴロと大理石の床を転がって、魔獣の体は壁に
『ぐああああああああああぁぁああああっ!!』
感覚共有によって伝
『痛い、痛い痛い痛い痛い痛いいいいいなんだ! 何だソレは!? 魔導干渉域が、
「エリザ、耳を塞いで口を開け。俺の後ろに回るなよ、横でしゃがんでろ」
言って、メイドはスカートをバサリとめくると、その中から再び黒い筒を取り出した。
それを肩に担ぎ、先端を魔獣へと指向させる。
『だから……だからぁ! 何なのだソレは!?』
痛みで考えがまとまらない。
なんだそれは。
その黒い筒は一体何なんだ。
どうして
対してメイドは、仕方がないとでも言いたげに、ボソリと答える。
「パンツァーファウスト3――――
放たれた黒い弾頭に視界を埋め尽くされたのを最後に、
――――