独立した世界8
限られた条件下でだが、幾通りかの方法を脳内で検討していく。直ぐに思いついたものが主なので、実用性の乏しい思いつきばかりだ。
まあだからだろう。上手くいく方法には依然として辿り着けない。
そろそろ一日が終わりそうだが、進展はなさそうだ。もう南門へと向かわないといけないが、まだ時間はある。今日は休むつもりはないし、このまま歩きながら考えるか。
「各失敗点を洗い出して、そこから対策を組み込んで、駄目な部分への改良も施していくから・・・」
今まで考えたものを組み合わせ、学習した部分を改良していく。そうして組み直し考えていくも、やはり模様と一緒に組み込みたい魔法の魔力に記号などが反応して駄目になってしまう。
「んー・・・反応への対策は出来たと思ったのだが、これでも駄目なのか・・・何故だ?」
試しては失敗し、それを改良して試してはまた失敗する。そんなことを繰り返し繰り返し脳内で行っていく。
「どちらかを隔離すればなんとか反応しないで済むみたいだけれど、それじゃあ意味は無いし・・・うーん」
現状で実際に使うとなると、可能性としては、起動と同時に隔離している部分を破壊する方法だが、これでは模様が起動する前に魔法の魔力に反応して駄目になるだろうし、その影響で魔法の方もうまく機能しないと思われる。
つまりは新たな方法を思いつかない限り、模様と魔法を同時に起動して、尚且つ相互に干渉しないように組まなければならないということだ。
隔離は一時的なモノに過ぎず、実際に使う場合にはそれでは駄目。どういう風に組めば干渉しないかを再考しなければならないか。
「相互不干渉でありながら、相互で協力し合わなければならない・・・いや、協力はこちらで両者の歩みを調節して勝手に並び立たせればいいのか。ならば、相互に干渉しないようにすることのみに注力すれば、なんとかいける・・・かもしれないな」
罠の方は大体完成した。踏むと発動する仕掛けも一応考え付いたし、それまで連鎖を途中で阻害し続ける仕掛けも完成した。組み込む魔法も考え付いたしこちらも問題ないが、あとは無事に組み込むだけだ。
他の可能性としては、魔法で補おうと考えている部分を模様で何とか賄うという方法だ。正直これの方が確実だろうが、難点としてはどれだけ時間が掛かるか分からないというところか。既存の模様以外の記号などは知りはしないし、ボクではそういうのが中々思い浮かばないのだから。
「それでもいつかそちらも着手した方がいいのだが、さてさて、未来の希望に賭けるべきか、現在の可能性に賭けるべきか」
ある程度形になっている現在の方法を煮詰めていくべきか、それとも安定の為にもいつか着手しなければならない、何の手がかりも無い道を歩むべきか。
同時だと現状の歩みを緩めないといけないからな。死の支配者に効果があるのかどうかは別にしても、何がいつ起きるか分からない以上、完成は早い方がいい。
「そうだよなぁ。一応一つ形にした後に、もう片方にも手を出せばいいか」
どっちつかずではなく、現在研究しているモノを一度形にした後に、もう片方に手をつけた方がいいだろう。手札は増やしておきたいし、成果が何かの役に立つかもしれない。
そうと決まれば、全てを模様で賄う案は一旦横に措いておくことにする。今は魔法との併用を目下の目標として研究を進めよう。
「手札の補強・・・分かっている。この程度では何も解決しないのは。だが、戦術の幅は拡げなければ何もできずに終わるだけだ」
まるで自分に対しての言い訳のような言葉だが、それでも事実でもある。兄さんの背中を追っているだけであれば、絶望的な差は感じても、ここまでの焦りは感じなかったんだけどな。今まで色々な事が起きすぎた。
例えば死の支配者。あれはあまりにも規格外ではあるが、まだ手が届きそうな相手だ。だからこそ、焦ってしまう。それは多分、理解しているから。手が届きそうなのは今だけで、少しでも歩みが鈍っただけで背中さえ見えなくなることが。
「つまりは相手以上の成長が必須。・・・おそらく現状維持でも足りない」
ああ、まるで分の悪い賭けでもしているようだ。いや、実際そうか。それでも、兄さんの背中を追いかけている時に感じる絶望は感じない。感じるのは不安なまでの焦燥のみ。
「本当に、どうすればいいんだろうな。・・・何がしたいんだろうな」
今後は落とし子についても気にかけないといけなくなるだろう。そんな予感もしている。なんと表現すればいいのか分からないが、今のボクは、まるで世界の流れに遅れているというか、周囲が流れる中、一人だけ動きが鈍くなって上手く足が回らないような、そんなもどかしさがある。
どうしてこの位置に居ながら、ここまで無能なんだろうな、ボクは。惨め過ぎて涙が出てくるよ。流石に泣かないけれど。
さて、一通り落ち込んだら研究を再開させよう。今できることは、止まることでも振り返ることでもないのだから。
そんな思いで頭を切り換えて研究を続けると、南門へは夕方ぐらいに辿り着けた。
◆
「大分戦闘にも慣れてきたな!」
ナン大公国のやや南寄りに建っている、見るからに堅牢そうな巨大な建物の一室。最低限の家具しか置かれていない広いだけのその一室で、二メートルを超える筋肉の塊のような巨漢が、自信あふれる太い笑みを浮かべる。
「・・・油断は禁物だよ」
飾り気は無いものの、造りがしっかりとしている、見るからに高価な家具に手を置き、その造りでも確かめるように手を動かしていた、簡単に折れてしまいそうな細さの男性が、暗い声で巨漢に注意した。
「でも、実際ここらの魔物はもう敵ではないのは確かだわ」
柔らかそうな座布団の敷かれた長椅子に腰掛けた、身長百三十センチメートルあるかないかといった女性が、幼い声でそう告げる。
「・・・それでも、だよ。二人も聞いたでしょ? 平原の先の森には強いエルフが居るって。その先にはもっと強い存在も居るらしいし」
気を抜きすぎだという意味を込めて注意する男性に、女性は肩を竦めて、巨漢は笑みを深めた。
「更に鍛えられるとは、なんと喜ばしいことか!」
「・・・はぁ」
「まぁ、心配したところで森の中には入ることになるでしょう? 私達を使って攻める気満々って感じだったし」
「・・・あれは分かりやすかったからね」
「ええ。隠す気も無かったのでしょう? それに折角ですもの、エルフは一度見てみたいわ」
「・・・まぁ、それには同意するが」
「侵略は良心が咎めるかしら?」
薄く笑うような女性の声に、男性は白けた目で一瞥だけする。
「・・・分かりやすい挑発だねぇ。単に今は力不足だってだけだよ。何せ、この国が長年かけて森にさえ入れないんだから」
「ここの兵士は大部分がそこそこですもの。そんなこと気にするほどかしら?」
「・・・はぁ。少し強くなっただけで傲慢だねぇ」
「そうかしら? 事実じゃない。私達はそこらのとは違うのだから」
「・・・そこは否定しないよ。根本が異なるのだから。それでも、少しここら辺で強くなっただけじゃないか。トオルのように鍛える努力を惜しまない方がまだ好印象だよ」
「これと一緒にされるのは些か不快ですわね」
「ははっ! では、二人もこれから一緒に鍛えようではないか!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
巨漢の言葉に、二人は困ったような目を向ける。雰囲気から二人が巨漢の扱いに少々困っているのが見て取れた。そこに。
「そうだね~、君達はもっと鍛えた方がいいかもしれないね~」
「・・・!!」
「っ!」
「む!?」
突如として、存在しないはずの四人目が言葉を挿む。三人は警戒しながらも、突然の闖入者に息を呑んだ。
「貴女は誰かしら? いつからそこに?」
女性は立ち上がり警戒しながらも、動揺を悟らせないように感情を抑え込んだ、冷たい声を扉近くに居る四人目に投げる。
三人の視線が集中しているそこには、赤茶色の髪を肩に触れないぐらいの長さに切り揃えた、声を掛けた女性よりも背の低い一人の少女が、床から数十センチメートルほどのところを浮遊しながら佇んでいた。
少女はにんまりと口角を大きく持ち上げて歯を見せる笑みを浮かべながら、糸のように細めた目を三人に向ける。そこには敵意のようなモノは何も無いが、どこかがズレているような薄気味悪さがあった。
「ああ、これは失礼を。わたしはシスです。そして、いつからと問われましても、お三方の方が後からこの部屋に来られたのではありませんか」
最初の子どもっぽい喋り方から大人っぽい喋り方へと変えたシスと名乗る少女は、おかしそうな響きを言葉の端に乗せて答える。
「私達が後から? そんなはずはありません! この部屋には誰も居なかったはずです!」
眉を寄せて不快感を露わに女性が少女にそう告げるも、少女は何がおかしいのか、笑みを少し深めた。
「だから鍛えた方がいいって助言してあげたんだよ~」
「!!」
そこで少女は姿を消すと、一瞬で女性の背後に現れ、女性の耳元に口を寄せる。
「こんなに弱いんだから~」
女性は少女が消えた事に驚き、次いで耳元で囁かれたことで慌てて振り向きながら距離を取る。
「い、いつの間に・・・!!」
恐怖に頬を引き攣らせた女性の表情に、少女は笑みを浮かべたまま、満足そうに頷いた。
「わたしは君達よりも強いからね~。これぐらい造作もないさ~。でも、これで理解出来ただろう? 実力差が」
「・・・・・・っ」
少女の問いに、女性は悔しそうに奥歯を噛む。残った二人も多少割合に差はあるも、同じように驚愕と警戒と悔しさといった感情が綯い交ぜになったような表情を浮かべている。
「しかし、君達はこの世界を下に見過ぎだよ。異世界より訪れた超越者達よ」
「「「!!」」」
得体のしれない少女の言葉に、三人は驚きを強くする。しかし三人のその反応に、少女は不思議そうに首を傾げた。
「驚く事かな? 君達が異世界から来たなど、上の者達はみんな知っているし、わたしのような監視がいくつもついているというのに」
「監視? 何処に!?」
三人は少女へ意識を向けたまま、キョロキョロ周囲に目を向ける。そんな様子を、少女は実に滑稽だと言わんばかりの笑みを浮かべながら、悠然と眺め続ける。
「はは。この程度もまだ理解出来ないのか。それなのにそれだけ調子に乗れるとはね~」
少女の嘲笑うような言葉に、三人は周囲に向けていた目を少女の方に戻す。
「・・・本当に監視されているのかしら?」
疑いの声音で問うた女性に、少女は笑いを堪えるように肩を僅かに振るわせる。
「理解出来ないかい? そうかい。まあいいさ~。それにしても、本当にその程度なのかい? 超越者の諸君・・・いや、プレイヤーの皆様?」
「「「っ!!!」」」
薄く笑うような、試すような声音で少女が口にした言葉に、三人は先程よりも驚きを強く表に出す。外から少々の動揺も見て取れるほどに。
「はは。分かりやすいね~。でも、理解力が足りていない」
「・・・どういう意味かしら?」
少女の言葉に我に返る三人。そんな中、探るように発した女性の言葉に少女はゆっくりと目を開き、青白い炎に包まれた瞳を露わにさせると、憐れみの視線を三人に向けた。
炎の張り付いた少女の瞳に三人は一瞬驚きを浮かべるも、少女の憐れむ瞳に気づいた女性は、不機嫌そうに眉根を寄せた。
「ふふ。君達は現状を理解せず、周囲を見下し、自分達を特別だと思い込んでいる。勘違いだとも気がつかずに、ね」
口元に手を当ててクスクスと小さく笑う少女に、女性は不機嫌そうな表情のまま睨み付ける。
「どういう意味かしら? 何が勘違いだと?」
「ん~? そうだね、君達では一生かかっても理解出来ないだろうから、先に教えておいてあげるよ」
憐れみから一転して、少女は鋭利な笑みを浮かべる。それは愉悦さえ感じさせる冷たい笑みだった。
「ここはね、もう君達の知るゲームの世界じゃないんだよ~」
「なにを・・・」
「わたしがお仕えしている王が神と崇める御方によって、この世界は独立を果たした。だから、この世界は既にゲームではない。それでも、君達はやってこれる。・・・何故だと思う?」
「・・・貴女は何を言っているのかしら?」
「我らが神が道を残してくださったからだよ。そして、その道は一つではない。道を残す、流石にその残念なおつむでも、意味は分かるでしょう?」
「・・・いつでも閉じれるとでも言いたいのかしら?」
「はは。そうだね。でも、その程度の認識なんだ」
「何を言いたい?」
「あはは! 神は偉大だということだよ」
女性の問いに、少女はただ笑う。見た目通りの無邪気な笑みを浮かべながら。
一頻り笑った少女は、機嫌よく三人を見詰める。
「そういう訳で、君達は認識を改めた方がいい。少なくとも、ここでの死は本物の死だよ」
「「「ッ!!!」」」
そう言って嗤った少女に、三人は身を固くする。少女に敵意は一切なかったものの、そこには確かに死の危機が横たわっていた。いや、それは始めからそこに在ったものだったのだが、ただ単に三人がやっと認識出来たに過ぎない。
「あはは! やっとそこに立てたのか。よかったね、これでやっとハイハイが卒業できるよー」
パチ、パチとやる気の感じられないまばらな拍手を送る少女。
三人はそれに対して何かしらの行動も反応も出来ないでいた。そこに浮かぶ少女は先程までと何も変わらない。しかし、三人には既に別人に見えていた。
それを知ってか、少女は愉しそうに嗤う。
「さあ、これから君達は足掻かないといけない。今まで安全圏に居ると勘違いしていた君達がやっと現実を少し知ったのだから、訓練にも身が入るというものでしょう~?」
「・・・・・・」
「ああ、一応伝えておくよ。というよりも、これを伝えに来たんだからね~」
少女は笑みを引っ込めると、まだ身を強張らせている三人へと柔らかい雰囲気を向けて口を開く。
「直にこちらにわたしの先輩が居らっしゃるんだけれども、それまでに強くなっていてね? でないと、問答無用で消されかねないから」
「ど、どういう・・・」
もつれそうになる舌を何とか動かし、女性は少女に問い掛けた。
「簡単な話さ~。退屈なら消されるってだけなのだから」
「・・・その先輩というのは、どういう方なのでしょうか?」
少女へと、男性が恐る恐る問い掛ける。
「ん? そうだねぇ、問答無用で殲滅する素晴らしい方だよ~」
「・・・貴女よりも強いのでしょうか?」
「さぁね~。戦いには相性とか在るから正確には分からないけれど、同じぐらいじゃないかな~?」
「・・・そうですか」
「うん。こちらが相性的に有利で互角ぐらいだよ~」
「・・・・・・」
わざとらしく補足した少女に、男性は絶句する。相性で勝って互角など、実質格上という意味なのだから。
そんな男性の反応に、少女は実に愉しそうな笑みを浮かべる。
「あはは! この程度で驚かれてもねぇ~。上はまだまだ居るんだよ?」
「・・・なっ!!」
「あはは! 言ったでしょう? わたしがお仕えしている王が居ると、その上に更に神が御座すと。それ以前に、わたし程度では王の傍に侍ることさえ叶わないんだよ? これで理解できるかな? 上はどこまでも続いているんだよ~」
石像のように固まる三人に少女は愉快そうに笑うと、お別れだと手を軽く振る。
「じゃあね~。くれぐれも怠けないように。・・・ああそうだ、最後にこれを教えておくよ。現在君達は元の世界に帰ることは出来ないからね~」
「な!」
少女は最後にそんな言葉を残すと、空間に溶けるように消えていく。その最後の言葉に愕然としながら少女が居なくなるのを見届けた三人は、暫くその場から動くことが出来なかった。
◆
「・・・・・・何か御用でしょうか?」
人間界の何処かの森の中。
人気がまるでないその場所に佇んでいるのは、腰丈まで伸びた周囲の光を吸い込むような深い黒髪に、丈が長く縁が黄色の真っ黒な服で身を包んだ、白い肌の少女。
その少女は誰も居ないその場所で、抑揚の乏しい声でそう問い掛ける。
「ん~? 君には特に用は無いよ~。ただ、そろそろ挨拶ぐらいはしとこうかと思っただけ~」
少女の声に呼応したのか、空間から染み出るように背後に姿を現したのは、肩に触れない長さに切り揃えた赤茶色の髪をした、身長百二十センチメートルも無い小柄な少女であった。
「挨拶ですか?」
「そうそう~。ずっと見られていたから今更な気もするけれど、まだ当分はこの辺に居る予定だからさ~、一応挨拶はしとくべきかと思ってね~」
「そうですか。それはわざわざ御手間を御掛けしまして」
「構わないよ~」
黒髪の少女は後ろを振り返ることもせずに、言葉を続ける。
「それで、滞在理由を御伺いしても?」
「君達と同じで、超越者の監視だよ~」
「監視、ですか」
「そうそう~。ただ、君達の様に生態観察じゃなくて、こちらの意にそぐわない行動をしないかの監視だけれどもね~」
「そちらの意とは?」
「なに、この世界の治安維持さ~」
「治安維持・・・あまり似つかわしくない言葉ですね」
「そうかな~?」
「ええ。貴女方は世界を壊そうとしている様に見受けられますが?」
「ははっ! 掃除と言ってよ~。この世界はゴミが多くて困るよね~」
「貴女方は何を目指しているのですか?」
「さぁ? それは我らが王に御伺いすればよろしいのではないかな~?」
「以前御尋ねして、御答えを頂けなかったもので」
「じゃあ、君が知る必要が無いってことなんじゃないかな~?」
「左様ですか」
「そうそう~。君ぐらいの強さじゃ、脅威どころか障害にもならないからね~。教える価値が無いってやつだと思うよ~」
「・・・・・・」
「勿論、計画の役にも立たないと判断されたのだろうさ~。ま、我が王の深淵なる計画を、わたし如きが完全に理解している訳ではないけれど~」
そう言って赤茶色の髪の少女は小さく笑うも、黒髪の少女へと敵意も侮蔑も何も向けていない。それはまるで、言外にも気にする価値が無いと示しているかのような態度であるが、それで黒髪の少女が気分を害した様子は見受けられない。
「・・・・・・」
黒髪の少女は、ただ黙って背後の少女の言葉を耳にする。赤茶色の髪の少女だけではなく、黒髪の少女も理解していた。二人の間に横たわる差というモノを。それでも。
「それでも、君はあの人間よりは強いようだね~。以前ついでに顔を見に行ったけれど、大したことなくて残念だったよ~」
赤茶色した髪の少女の言葉に、黒髪の少女ははじめて振り返った。その少女の雰囲気に、赤茶色の髪の少女は愉しげに笑みを浮かべる。
「おや~? 気に障ったかな~? でも、事実じゃないか~。まだ君の方が強いことも、あれが大したことない事も」
「・・・そんな事は御座いません」
「そうかい? ま、成長の余地はまだあるようだったけれど・・・それを加味しても、やはり大したこと無いという評価は変わらないかな~。それでも、多少は同情するけれど~」
「・・・同情?」
「だって、あれが今居る立ち位置は、あまりにも分不相応だ。神と比べられる人間なんて悲惨なものでしかないよ~。だから同情するのさ。その狭い視野に浅慮や無知を。それとも、傲慢かな~?」
「・・・あの方は御自分の御立場を理解され、そのうえで努力しておられます」
「無様に足掻いている。の間違いだろう?」
「・・・いいえ」
「そうかい? 確か君はあれを主人としているんだったね~。なるほど。主人が主人ならば、ということか~」
赤茶色の髪の少女は愉快そうな口調でそう告げるが、そこには相変わらず侮蔑や敵意などは無く、愉しみ以外の感情はみられない。たとえ相手を怒らせたとしても、然程の脅威も感じていないという風に。
「・・・些か無礼が過ぎるのではありませんか?」
「おや、事実を言ったつもりだったが、それが無礼ととられたのなら謝るよ。この通り、事実を言ってすいませんでした~」
赤茶色の髪の少女は丁寧に頭を下げるも、その言葉はどう聞いても相手を煽っているとしか思えない。
「・・・・・・」
黒髪の少女は、最初からずっと無表情だし声も平坦なものだが、今は怒りの雰囲気を纏っているのが容易に窺えた。そこに。
「全く、何をしているのですか。貴方は」
新たな女性の呆れた声が届く。それは色気漂う年上のような声であった。
「!!」
その女性の声に、今まで余裕の態度であった赤茶色の髪の少女が緊張に僅かに身を固くする。
「貴方の性格は把握していますが、無用な争いは避けるように。それに、取るに足らない力であろうとも、そちらは旧王の一角、もしくはそれに準ずる方。多少でいいから敬意を払いなさい」
「も、申し訳ありません!」
そこらに葉や枝が落ちている森の中を音も立てずに歩いてきたのは、暗褐色で爬虫類の様な艶やかな肌を持つ女性であった。
「・・・・・・」
警戒しながらも、その女性を観察する黒髪の少女。
その女性の印象を一言で言い表すのであれば、強者であった。それも絶対的な強者。おそらく死の支配者ほどではないが、少なくとも強さの全容が辛うじて把握できる、眼前に立つ赤茶色の髪の少女よりも遥かに強く、どこまで強いのか皆目見当もつかないほど。
「この子が申し訳ありませんでしたね。出来ましたら寛大なお心で御許し頂ければと願います」
軽く頭を下げる女性。その挙措には細部まで気品が漂う為に、ただそれだけで絵になった。
「ほら、貴方も頭を下げなさい」
「も、申し訳ありませんでした」
女性に促されて、赤茶色の髪の少女も一緒に頭を下げる。
「・・・分かりました。赦しましょう」
それを見た黒髪の少女はあっさりと赦すが、彼女にそれ以外の選択肢は存在していなかった。
「よかった。貴方の寛大なお心に感謝を」
女性は安堵したような表情と共に、黒髪の少女に再度頭を下げる。
「・・・さ、戻りますよ」
頭を上げた女性は、数拍の間を置いて赤茶色の髪の少女へと声を掛けた。
「はい!」
女性の言葉に赤茶色の髪の少女は頷くと、二人はその場を去ろうとする。
「御待ちください」
そこに黒髪の少女が静かに制止の言葉を掛けると、二人は足を止めて少女の方へと顔を向けた。
「何でしょうか?」
「これから何をなさるのか御聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ふむ。そうですね、語るほどのことでもありませんよ。ただの監視ですから」
「監視ですか?」
「ええ。超越者の監視。貴方方と同じですね」
「・・・何の為にでしょうか?」
「警戒は当然では?」
「貴女方に必要なのでしょうか?」
「ええ。何事も知るところからですよ。それに、万事油断は禁物です。傲慢もしっかりとした情報の元に行われるべきでしょうから」
女性は嫣然として少女に目を向ける。
「貴女方は何を目指しているのでしょうか?」
「目標ですか? そうですね、世界平和でしょうか?」
嫣然としたまま、女性は黒髪の少女の問いに真面目な声音で答える。
「世界平和、ですか。その割には世界を荒らしているように見えるのですが?」
「争いは減ったと思いますが?」
「余力がなくなっただけかと」
「それで平和になったのでしたら、十分意味はあると思いますよ?」
「荒れ地が増えたことが平和なのであれば、そうなのかもしれませんね」
「何事にも犠牲はつきものです」
「それは奪う側の言い分では?」
「事実、我らは奪う側なのだからしょうがないではないですか。では、弱いのが悪いとでも言えば満足ですか?」
「そういうことを望んでいる訳ではありません」
「では何をお望みなのでしょうか? 如何に虚飾を施そうとも、事実は揺るぎないものですが?」
「これ以上の攻撃は控えて頂きたいだけです」
「はて? 私の知識では、貴方方が魔族を筆頭に様々な種族が行った過去の侵略に対して口出しした事例は無かったはずですが? ならば何故、我らにだけそう嘴を挟まれるのでしょうか?」
「規模が違います」
「少し前まで魔族は世界規模で侵攻していましたが?」
「それはまだ理解が及ぶ範囲の戦力で、という前提があります」
「なるほど。つまりは己が無能が露呈したので、隠蔽したいと」
「いいえ。そもそも、魔族は貴方方ほど破壊が目的ではありませんので」
「ふむ。いつ我らの目的が破壊のみだと? では、我らも力で蹂躙した後に統治すれば文句はないので?」
「・・・蹂躙ではなく、殲滅の間違いでは?」
「似たようなモノです」
「侵略と鏖殺を同義に扱うのは無理があるかと」
「そうですか? そこに旗を立てれば同じでしょう」
「・・・世界に旗を立てるおつもりで?」
「ん? これは異なことを仰りますね。そもそも、今の言葉遊びからして無意味な事です。何せ、この世界は既に我らが女王のモノなのですから、所有物をどうしようと所有者の勝手では?」
「そんなこと――」
黒髪の少女が咄嗟に反論しようとすると、女性は憐れむように目を細めて冷たく言い放つ。
「これは我らが神が御定めになられた事です。何か異存が?」
「神・・・なるほど。しかし・・・」
「はぁ。この世界がどんな世界だったかも理解せず、我らが存在している意味を解すことも出来ませんか」
まるで出来の悪い教え子に悩むように、女性は息を吐く。
「・・・どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味ですよ。私は貴方方旧王達に一定の敬意は払いますが、しかしそれは貴方方に対してではなく、流れた時間の方に対してです。その部分を除いた貴方方には・・・残念ながら価値は見出せませんね。単なる無知というのであれば、まだ子どもの方が価値がある」
「・・・・・・世界が変わった、ということは御聞きしました。しかし、何がどうというのは、恥ずかしながら理解していないのは確かです。ですので、御教えいただけませんでしょうか?」
「なるほど。まぁ、良いでしょう。といいましても、世界が独立しただけなのですが」
「独立、ですか?」
「世界の成り立ちぐらいはご存知ですよね?」
「はい。神が世界を創造したという話でしたら」
「ええ。それで合っています。その世界を独立させたのですよ」
「・・・この世界は何処かに付属していたのですか?」
「まぁ、そこから理解出来ないというのですから話にならないのですが」
「・・・御教え願えませんでしょうか?」
「知ったところでもう意味はありませんが・・・そうですね。超越者、貴方方が落とし子と呼ぶあの存在の居た世界と繋がっていたのですよ」
「!! そうだったのですか!?」
「ええ。それを我らが神が切り離して独立させてくださった。その結果として我らが居るのですから、まさしくあの方こそが我らの神!!」
法悦に浸るかのような表情を見せた女性へと、黒髪の少女は小首を傾げる。
「その結果、とはどういう意味ですか?」
「・・・そのままの意味ですよ。独立した事により、新たな存在が認められたということです」
表情を戻した女性は、黒髪の少女へと白けたような目を向けてそう答えた。