文化祭とクリアリーブル事件⑤③
―――いや、待て!
―――ないないない。
―――そんなのない!
―――だっておかしいだろ!?
悠斗は今、震える足を無理矢理前へ一歩ずつ踏み出しながら、未来の後ろ姿を必死に追いかけている。
彼は先刻出会った自称“お姉さん”という人にクリアリーブルのアジトを聞いた直後、その場所へ向かって物凄く早いスピードで歩き始めていた。
走っているのではない、歩いているのだ。 大股で、かつ足を運ぶ回転が速く―――― まるでその速度は、未来の今の気持ちをそのまま表しているかのようだった。
「未来!」
“その場所へ行ってはならない”という自分の気持ちから動かなくなる足を無理にでも動かし、彼の隣まで行こうとする。
「未来、待てよ!」
今の未来は、自我を忘れておかしくなっている。 彼の様子がおかしくなったのは、確かに結人がやられた後のことだった。
その変化には当然悠斗は気付いていたが、あえて何も口出ししなかった。 止めるのが無駄だと思ったわけではない。
ただ――――自分も未来と同じで、結人をやった犯人が許せなかったから。 だから彼の行動にはこれからも付いていこうと決めたし、その選択に悔いはない。 だが――――
―――今回のは違うだろ!
「おい、未来!」
やっとの思いで未来に追い付いた悠斗は、彼の肩に手を置き思い切り引っ張って自分の方へ振り返らせる。
「何だよ」
今の気分のせいか、未来からは物凄い怒気が感じられた。 だがそんなことには意に介さず、悠斗は自分の思いを素直に打ち明ける。
「どうして行こうとするんだよ! アイツが言ったこと、嘘だとは思わないのか!? もしアイツが、未来に嘘の情報を与えていたらどうするんだよ!」
―――そうだ、こんなのはおかしい。
―――未来はちゃんと、正しい判断ができるはずだ。
―――だから頼む。
―――・・・正気に、戻ってくれ。
だがそんな期待を簡単に裏切るように、未来は一瞬の迷いも見せず淡々と自分の思いを述べていく。
「今更何を言ってんだよ。 動かないよりかはマシだろ」
「・・・はぁ? 何を言って・・・」
この時、悠斗は未来の気持ちを察した。 彼から出ている凄まじいオーラと、彼の目から感じられる真剣な眼差しを見て一つの結論に辿り着く。
―――そうか、未来は・・・。
未来の今の感情は、焦りや怒りが混じり合ってどうしようもなくなっている。 そのせいで、自我が保てなくなってしまったのだ。
―――未来は・・とにかく今のクリーブル事件に、早く決着をつけたいと思っている。
―――そのためには、手段を選ばないというのか。
そんな気持ちを汲み取りながらも、彼に対する自分の思いを綴っていった。
「でも、俺は・・・。 未来に、怪我をしてほしくないんだ」
「・・・何だよ悠斗。 お前、怖いのか?」
「え?」
―――怖いって、何だよ。
言葉に詰まる悠斗を見て、未来は軽く溜め息をついた。 そして呆れた口調で、悠斗を見ながら言葉を放つ。
「じゃあいいよ。 お前はここで待っていろ。 俺一人で行ってくる」
「え・・・。 おい」
未来は悠斗の返事を待たずに、一人で再び目的地へと歩き始めた。 そんな彼の後ろ姿を見ながら、悠斗は自分の中で葛藤し始める。
―――今の未来なら・・・あの胡散臭い情報でも、何でも鵜呑みにできちゃうんだ。
―――そこまで未来は・・・追い詰められていたんだな。
これから起こることは、危険なものだと分かっている。 そう思っているのは悠斗だけではない。 きっと未来も分かっているはずだ。
にもかかわらず、彼はその危ない世界へと自ら足を踏み入れようとしている。 ただ――――仲間の敵を取りたい。 その、一心のためだけに。
―――でも・・・このまま未来一人で行かせるのはより危険だ。
―――せめて・・・俺が、隣にいてやらないと。
そう思い、一歩だけ足を前へ進める。 だがまだ怖気付いているのか、足はそこから先へ動こうとしない。 少しずつ遠ざかっていく未来の姿を見て、悠斗の気持ちは焦り出す。
―――どうして、怖がってなんかいるんだよ。
―――怖がってんのは・・・未来も、一緒だろ。
“怖いのは、未来も一緒” その思いが、悠斗の意志を徐々に変えていく。 更に足を一歩前へ出し、だんだん小さくなっていく未来の後ろ姿を見続ける。
―――そうだよ・・・未来は、小さい頃からただ強がっているだけなんだ。
―――『仲間を助けたい』とか普通に言っているけど、それは口先だけで本当の心は常に怯え怖がっている。
―――そんな未来のことを、知っているのは俺だけ。
―――だから俺が、そんな未来の傍にいてやらないといけない。
「未来!」
名を呼ぶ前に、悠斗の足は自然と前へ出ていた。 その勢いで呼び止め、彼を振り向かす。
未来は“コイツは何を考えているのかよく分からない”といったような表情をして、気だるそうな感じで口を開いた。
「さっきから何だよ。 悠斗はここにいりゃあいいって言ってんだろ」
不機嫌そうに口を開く彼に対し、悠斗はハッキリとした口調で言葉を放った。
「俺も行く」
「・・・は?」
突然意見が変わった発言を聞いて、難しい表情を浮かべる。 そんな未来に、今度は悠斗が優しく言葉を紡いだ。
「未来を一人で行かせるわけにはいかない。 ・・・俺、未来のことを見張らなきゃだし」
「・・・見張るって何だよ」
その言葉にはたくさんの意味が込められているが、わざとその問いには答えず違う言葉を苦笑しながら彼に向けた。
「それに・・・俺が止めても、どうせ未来は行こうとするんだろ」
悠斗の言葉を聞いて、彼は一瞬驚いた表情を見せるもすぐにニヤリと小さく笑い、こう返した。
「・・・分かってんなら、わざわざ止めんな」
そう言って、未来は再び目的地へと歩き出した。 そんな彼の後ろを追うように、怖い気持ちを抑えながらも悠斗は必死に足を前へ進めていく。
―――未来は・・・ハメられることを覚悟してはいるんだよな。
―――だったら俺も、その覚悟をしないとな。
そう思い、悠斗も気合を入れ直し前へ向き直った。 そしてお姉さんから言われた場所まで向かおうとしていると、未来はその方向とは違う方向へ足を進めていく。
「・・・? 未来? 言われたのはそっちじゃないだろ」
そう言いながらも、彼の後ろを素直に付いていく。 だけど今から向かう場所は、悠斗にも馴染のある場所だった。 もう一つの目的地へ着き、未来はある物を探し始める。
「・・・未来、どうしてここに来たんだ?」
今いる場所は、結黄賊の基地である正彩公園。 いつも結黄賊のみんなが集まっている場所だ。 だが今日はいつもと違い、ここには未来と悠斗しかいない。
いつもなら他の仲間もいて楽しく盛り上がっているはずの光景に、今はそれが目に映らず少し寂しい思いをする。
「これだよ」
未来は公園の脇にある草むらを手探りしながら、ある物を掴み悠斗の前に差し出した。 だがその物は、悠斗は受け取ることができない。
「え・・・。 どうしてこんなところにあんの?」
今彼が手にしている物は、丁度いい長さと太さの鉄パイプだった。 喧嘩をする時には欠かせない武器だ。
そんな凶器となる鉄パイプを自由に操りながら、未来は悠斗に向かって得意気に答える。
「この前、拾ってきたんだよ。 落ちていたからさ。 折角だから貰っておこうと思って、ここに隠しておいたわけ。 ま、本当に使う時が来るとはな」
そう言って、悠斗の目の前に再び鉄パイプを差し出した。 その行為を否定するように、黙って首を横に振る。
「それにさ」
「?」
鉄パイプを下し改まって口を開く未来に、悠斗は静かに彼から出る次の言葉を待った。 そして彼は、苦笑しながら自分の思いを吐き出していく。
「俺・・・本当は怖かったんだ。 一人で、行くことがさ」
「え?」
まさか未来からそんな発言が出るとは思わず、驚いて言葉が詰まってしまった。 だがそんな悠斗には気にも留めずに、彼は続けて言葉を紡ぐ。
「ぶっちゃけ・・・悠斗に止められた時、余計に怖気付いたんだ。 でもまぁ、俺の気持ちはそれでも変わんねぇ。 早く決着をつけたくて仕方がないんだ。
だからもう一度悠斗が俺と来たいって言ってくれた時、すげぇ嬉しかった。 悠斗が隣にいてくれるだけで、怖さなんて吹っ飛ぶからよ。 だから・・・ありがとな」
そう言って、照れ笑いをしてわざと視線をずらした。 いつも以上に素直な未来を見て、悠斗は思わず笑ってしまう。
―――何だ・・・やっぱり、未来は怖がっていたんだ。
―――素直にそう言ってくれて、俺は嬉しいよ。
「ッ、何だよ! そこ笑うところか?」
自分の気持ちをあえて口には出さず表情にだけ出てしまった悠斗に、顔を少し赤くしながら抵抗してくる未来。 そんな必死そうな彼を見て、もう一度首を横に振った。
「いや、別に。 何でもないよ」
そうは言っても、未だに笑い続けている悠斗を見て更に未来は機嫌を損ねていく。 鉄パイプを強く握り締めたまま、そして変わらず顔を真っ赤にしたまま悠斗に向かって言葉を放つ。
「・・・ッ、もう、何だよ! 早く行くぞ!」
それだけを言い捨て、未来はクリアリーブルのアジトへと向かっていった。 そんな彼の後ろを追うように、悠斗も再び歩き出す。
だが悠斗は未来とは違い、優しい表情で微笑んでいた。
―――やっぱり、未来はそうでいなきゃな。