文化祭とクリアリーブル事件⑤④
数分後 クリアリーブルのアジト前
「言われた場所まで、あともう少しだな」
悠斗が真剣な表情をしてそう呟く。 クリアリーブルのアジトまで残り数メートル。 次第に短くなっていく距離と共に、未来の鼓動も徐々に早くなっていく。
―――ハメられる覚悟はできているさ。
―――でもどうせ・・・俺らなんかに、敵いっこねぇんだ。
そしてアジトまでもう目の前だというところで、その場に足を止めた。 突然動きが止まった未来に、悠斗は不安そうな表情を見せる。
「え・・・。 何? どうかした?」
折角アジトに乗り込む決意ができたというのに、ここで足を止めてしまっては自分にまた迷いが出てしまうと感じたのか、焦りながらそう尋ねてくる。
そんなそわそわしている悠斗の方へゆっくりと振り返り、ポケットからあるモノを取り出して彼の目の前に差し出した。
「・・・」
悠斗は手渡されたモノを受け取り、意味が分からないといった表情でそのモノを見つめている。 そして不思議そうな顔をして、目の前にいる未来に口を開いた。
「これ・・・どこから持ってきたの? 未来のだろ?」
恐る恐る声を出したのと同時に、未来は再びポケットの中に手を突っ込み悠斗に手渡したモノと同じモノを取り出した。
「・・・?」
その行為にますます意味が分からなくなり、口を結び黙り込んでしまう。 今、未来が手にしているモノは――――結黄賊の象徴である、黄色いバンダナとバッジだった。
何も言えなくなっている悠斗に対し、未来は優しい表情をしてやっと口を開く。
「一応それ、持っておけよ。 中へ入ったら付けるからさ」
「え・・・。 どうして、未来は二つも持っているんだ?」
悠斗は一番疑問に思っていたことを、やっとの思いで口にすることができた。 確かに黄色いバンダナとバッジは、一人一つしか持っていない。
その問いに、未来は笑って誤魔化すようにこの場には合わない陽気な口調で答える。
「予備だよ、予備。 だからそんなに気にすんな」
―――まぁ実際、予め用意しておいたのは事実だ。
―――もしかしたら悠斗も来てくれるかもしれないと思い、俺は二つ用意しておいた。
―――・・・この準備が、無駄にならなくてよかったぜ。
未だに混乱している悠斗に、未来はバンダナとバッジをポケットにしまいながら言葉をかける。
「それ、まだポケットの中に入れておけよ。 最初から結黄賊ってことがバレちゃ、面倒なことになるかもしれないからな。 俺が付けたら、悠斗も付けてくれればいい」
その言葉に戸惑いつつも小さく頷き、彼もバンダナたちをポケットの中にしまった。 そしてその様子を見た未来は、残り数メートルの目的地へと再び足を進める。
それから少し歩いて――――またもや、未来の足は止まった。 その理由は悠斗でも分かり、物音を立てないようひっそりと身構える。
―――くそ・・・見張りがいやがる。
今はお姉さんに言われたアジトの目の前にいるのだが、その扉の前には二人の男が立っていた。
彼らはアジトを守るよう命令されているのか、そこから一歩も離れようとはせずずっとその場にたたずんでいる。
だが見張りが面倒なのか、男らは周りをきちんと監視しないで楽しそうに話で盛り上がっていた。
―――アイツら・・・クリーブルの手下か?
「悠斗」
未来は後ろにいる悠斗に向かって、顔を見ずに声をかける。 そして彼の返事も聞かぬまま、指示だけを出し男らに向かって走り出した。
「俺は左の男をやる。 悠斗は右だ」
その言葉を聞いた悠斗は、黙ってそれに従い未来と共に走り出した。 突然の登場に、男らは驚きながらも咄嗟に不格好な態勢で身構える。
「ッ! な、何なんだお前ら!」
そして――――彼らに反抗する隙を与える前に、二人をあっという間に無力化した。
未来は呻き声を上げながらその場に倒れて動けなくなっている男らを同情するような目で見て、手に持っている鉄パイプを力強く握り締めた。
「・・・行くぞ」
近くにいる悠斗に向かって小さな声でそう呟き、二人はアジトの中へと入っていく。
アジトの中は薄暗く、周りの壁は汚れお世辞にも綺麗で清潔な場所とは言えない内装だった。
そんな不気味なアジトをじっくりと観察しながら、二人は更に奥へと進んでいく。 そして次第に、男たちの声が僅かに聞こえてきた。
その声にすぐさま反応した未来は、怖い気持ちと戦いながらも確実に足を一歩ずつ前へ進めていく。 だがここで、一つの疑問が思い浮かんだ。
―――あ・・・れ?
―――もしかして、ここにいる人は少ないのか・・・?
足を前へ運んでいくにつれ、明確に聞こえてくる男らの声。 だが未来が予想していたものとははるかに違っていた。
クリアリーブルはとても人数が多いと聞いていたため大人数に囲まれることを想定していたが、今聞こえてくる声の限り数人しかいないと思われる。
そこで未来は、今日という日を改めて思い出し一人で勝手な結論を導き出した。
―――そうか・・・今日は平日で、高校生である結黄賊からは襲撃が来ないと思って、人が集まらなかったのか。
―――だったら、振り替え休日という今日の日に感謝だな。
「ッ、誰だ!」
―――やべッ・・・。
今クリアリーブルのアジトに潜入しているというのに別のことを考えてしまっていた未来は、思わず大きな足音を立ててしまう。
その音に瞬時に気付いた男らは、未来たちに向かって声を上げてきた。 思ってもみなかった状況に、緊張のあまり息を呑む。
―――こうなったら・・・アイツらの目の前に、とっとと出ちまうか。
「悠斗、行くぞ」
「あぁ」
未来と悠斗は覚悟を決めて、姿を現した。 突然の登場に、そこにいたクリアリーブルたちは一斉に振り返り、すぐさま戦闘態勢をとる。
そんな彼らの光景を見た未来は一瞬目を丸くするが、心の中では余裕が生まれていた。
―――・・・勝てる。
今目の前にいるのは、たった5人の男たちだけだった。 そんな彼らの中心にはこの中のリーダーなのか、椅子に仰々しく座りどっしりと構えている者が見受けられる。
二人の突然な登場にもかかわらず平然としているリーダーらしき者が、未来たちに向かって静かに口を開いた。
「・・・何だ、お前ら」
「・・・」
その問いに答えず黙っていると、ふとあることを思い出したのかいきなり声を上げてきた。
「おい・・・。 見張りはどうした!」
その質問に、声のトーンを低くし少しだけニヤリと笑いながらこう答える。
「今頃、お昼寝でもしているんじゃないっすか」
未来の言葉を聞き、リーダーは一瞬で顔をしかめ口を固く結んだ。 そして二人を不審な目で見るようにして、閉じた口を強引に開かせ言葉を紡ぐ。
「・・・お前ら、何者だ」
それを聞いた瞬間、未来はポケットから先程悠斗に差し出したのと同じモノを取り出し、自らの右腕に縛り上げバッジを止めた。
その様子を黙って見ていたクリアリーブルたちは、未来が取り出したモノを見て表情を強張らせる。
「・・・結黄賊」
未来と悠斗が同時に付けた、結黄賊を象徴する黄色いバンダナとバッジ。 その色を見て、リーダーは噛み締めるようにしてその単語を呟いた。
未来は右腕にバンダナを、悠斗は未来と反対で左腕にバンダナを付けている。 バンダナを付ける場所はみんなの自由で、幼馴染で仲のいい二人はわざと正反対の部位を選んだのだ。
バッジは強制、胸元に付けるのだが。 もちろん巻く時は、時間をかけないようささっと結べるように何度も練習した。
腕に付けるため片方の手しか使えなく、その手と口で器用に布を操り結び付ける。
その練習の成果が出たのか未来と悠斗は一瞬でバンダナを身に着け、自分たちが結黄賊であるということを目の前にいる彼らに堂々と明かした。
「お前ら・・・やけに人数が少ないな」
「あぁ?」
今もなお戦闘態勢を取っている彼らに向かって、未来は素直に思ったことを口に出す。
「今日は平日だからって・・・余裕ぶっこいていたのか?」
そう口にしてニヤリと笑った瞬間、近くにいた少年の声と低くて鈍い音が同時に未来の耳に届いてきた。
―バゴッ。
「ッ、悠斗! くそッ」
だが余裕をぶっこいて油断していたのはこちらの方で、話に気を取られていた悠斗は近くの男に殴られ、話に夢中になっていた未来は仲間である彼のことをすっかり忘れていた。
悠斗がやられたことを瞬時に把握した未来は、すぐさま視線を前へ戻し鉄パイプを突き出して自分も戦闘態勢をとる。
―――悠斗・・・あれだけ油断すんなって言っておいたのに!
―――どうして悠斗はいつも一番最初にやられるんだ!
―――だけど・・・相手から手を出してきたんなら、もうこっちのもんだな。
「悠斗、やれ!」
結黄賊のリーダーから喧嘩をしてもいいという命令は確かにもらってはいないのだが、何故か相手の攻撃を食らってから喧嘩を開始するというルールは守る未来。
結黄賊の規則を破るということを覚悟しながらも、悠斗はその指示に素直に従い二人同時にクリアリーブルの男らに向かって襲いかかる。
言うまでもなく、結果は――――結黄賊の勝利。 あっという間にリーダー以外の4人を無力化した未来は、残り一人であるリーダーのもとへゆっくりと足を近付ける。
その行動にやっと危機感を感じたのか、男は椅子から立ち上がり二人を警戒し始めた。 だが――――既に遅い。
―――これで・・・終わるんだ。
“これで終わる”ということを早めに実感してしまった未来は、顔をニヤけさせながら更に近付いていく。
「おい・・・。 止めろ・・・」
相手はそんな表情をしながら迫ってくる未来に恐怖を感じ、思わず弱音を吐き出していた。 だがそんなことには気にも留めずに、一歩ずつ足を進めていく。
そして――――リーダーらしき者の前で足を止め、次の一言を言い放った後、未来は相手の顔面に自らの拳を思い切りめり込ませた。
「俺の名前は未来。 ・・・結黄賊の、副リーダーさ。 何か用があんなら俺んところへ来い。 いつでも、相手してやっからよ」