5 ラブレター①
配達人のルールを覚えているだろうか?
一つ、配達人について詮索しないこと。
一つ、お届け物を回収に来るところを見ないこと。
一つ、この部屋を荒らさないこと。
一つ、郵便局など一般の配送業者が請け負ってくれるものについてはそちらを利用すること。
一つ、届ける【想い】は真摯なものであること。
一つ、相手を害するものは入れないこと。
一つ、この部屋や配達人に関して他言しないこと。
というあれだ。
これらルールは楓とお父さんが作ったわけだけど。
今日はそのルールがどうやって生まれたかを話そうか。
それは、義夫お爺さんとシロを見送った後のお話。
僕の力を、困っている人たちを助けるために使おうと決めたばかりの頃。
手紙、正確にはそこに込められた想いを届ける、と決めるのにそう時間はかからなかった。
それは、僕が風で飛んできた一通の手紙を拾う所から始まる。
『返して……』
僕が手紙を拾って読んでしまった時。
髪の短い、とても痩せたお姉さんが目の前に立っていた。
『見ちゃ……ダメ……それは』
今にも消えてしまいそうなほど色の白い、というか実際に体が透けたその姿は一目で死者だとわかった。
奪い返すこともできただろうに、ポロポロと涙を溢しながら小枝のような手を伸ばしてくる。
『それは、隠しておかないと……』
「どうして?」
見ちゃダメ、と言われたけど、僕はそれをもう見てしまっていた。
空色に雲の柄の綺麗な便箋。そこに書かれていたものは。
『親愛なる慎二様
あなたが今この手紙を読んでいるということは、もう私がいなくなったことに気付いたのかしら?
どういう経緯でこの手紙があなたの手に渡ったのかしら?
私を探しに来て? それとも人伝に?
何れにせよ、あなたがこの手紙を読んでいる頃、私はこの世のどこにもいません。
少しずつ家の中を片付け始めたのを、あなたは知らないでしょう。
私の様子がおかしいことには気づいていたようだったけど。
必要最低限のものだけを残して、友人たちにお別れを済ませたの。
あなたには決して伝えないよう、お願いしたわ。
私は病でこの世を去ります。全身に痛みを感じるようになった頃にはもう何もかも手遅れだったの。
食事を身体が受け付けなくなって、ずいぶん痩せてしまったわ。
でも、あなたは何も知らないでしょう。
ふくよかな人が好きだと知っていたから、あなたにだけは知られたくなかったの。
隠しおおせると思っていたわ。
だって、最後にデートをしたのは2カ月も前。
電話は週に一度だけ。
いつだって自分の話ばかりで、私の話なんて聞かなかったでしょう?
それでも、あなたが好きだった。私は何度も愛を捧げ。
いつだってあなたははっきりとは応えてくれなかった。
諦めようとすると、「振ってないよ」なんて引き留めて。
なんてずるい人。なんて離れがたい人。
でもこの名もない関係も、今度こそ終わり。
私はあなたからようやく解放されるの。
あなたは私がいなくなったことにいつ気が付くかしら?
あなたは私を探すかしら?
少しは悲しんでくれるのかしら?
私はあなたの心に棲めたのかしら?
最期にあなたの声が聞きたかったけど、決意が揺らぎそうだから。あなたに縋ってしまいそうだから。
だから、何も告げずに逝くわ。
よなら、大好きだった人。
嘘でも良いから、一言、「好きだ」と言って欲しかった』
それは、まるで詩のような長い長い遺書。
文章から、紙から伝わるのは諦めと執着。好き、だけど別れたくない。会いたい、けど見られたくない。そんな相反する想い。
お姉さんは、慎二さんという人を試しているのだろうか。
見つけてほしい、でも見つけてほしくないという葛藤。
「ねぇ、何でこの手紙届けないの?」
『知られたくないの。苦しませたくない』
「でも、見つけてほしいんでしょ?」
お姉さんがこうして彷徨っているってことは、きっとまだ「慎二さん」はこの手紙を見ていないのだろう。
つまりはお姉さんの死もまだ知られていないということで。
『返して、お願い』
「ダメだよ。だってこのままじゃ、お姉さんがあまりにも可哀想だ」
お姉さんの指が僕の首にかかる。
その指はあまりにも冷たくて。見下ろしてくるその顔は真っ黒に塗り潰されたようになっていて。
『返して。返して。返して。返して。返して。返して。返して。返して。返せぇぇぇえ!!!!』
その形相はあまりにも恐ろしくて。
僕は思わず手紙を突き返すと、お姉さんを突き飛ばし逃げてしまった。
その恐怖の原因は、殺意。これまで感じてきたのとは違う、明確に僕に向けられた黒い感情に僕は初めて触れてしまった。
「よく、無事だったね」
その夜、僕が見たもの、お姉さんの変化などを要に話した。
要が言うには、お姉さんは一般に悪霊と呼ばれるものになってしまっていたのだろうと。
死後49日を過ぎて彷徨う霊は、未練が強すぎて、生きている人に害を与える恐ろしい存在になるのだと。
「要、僕、あのお姉さんを助けたい。だって、泣いていたんだ」
一番好きだった人に知られないままこの世を去るなんて。やっぱり、悲しすぎるよ。
僕はパパとママを待ち続けた日々を思い出していた。寂しすぎて、狂いそうだった。
お姉さんは、寂しさでああなってしまったのだろうか?