(閑話)ディオ・リジェロ様観察日記 5
1オーラほど駆けたところで野営となりました。予定より1階層下の31階層です。
枯れたミスカンタスが広がる草原フィールド。風情がありますが、このまま野営をしては火事になってしまいます。
チェーザーレ様とリージェ様が草刈りをしてくれました。何らかのスキルでしょうか。リージェ様が腕を振るう度に広範囲のミスカンタスが刈り取られるのです。
あっという間に今夜の野営地が出来上がりました。流石リージェ様ですわ。
アルベルト様が竈に火入れを行う様子を、リージェ様がジーっと見ておられます。そう言えば、魔法に頼らない野営は初めてですね。
まるで会話を楽しんでいるようなお二人に嫉妬してしまいます。私だって、煮炊きは得意ですのに……。
調理を始めた時、何やら近づいてくる気配がありました。
飛び出すバルトヴィーノ様に続いて、リージェ様も行ってしまわれます。
ベルナルド様とアルベルト様が、私に結界で野営地を守りつつ夕食を作っておくようにと言い残して行ってしまいました。こうなったら、美味しい夕食を用意して待っておりますね!
襲ってきたモンスターはロクスタでした。その数は2000ほどでしょうか。野営地を囲むようにどんどん近づいてきます。
リージェ様が腕を振るうと、見る見るロクスタが光になり。その雄姿に見惚れてしまって串焼きを焦がしてしまったのは秘密ですわ。
ロクスタの大群に圧勝したあとは、酒宴が始まりました。
と言っても、皆さま高位冒険者でいらっしゃいますから、すぐに醒める程度にしか飲まないのだそうです。とてもそうは見えないお方が一名いらっしゃいますけど。
物凄い勢いで減っていくお肉の山。リージェ様がお肉を盗られまいと必死に口に入れております。頬をパンパンにして、まるで#栗鼠__スクイアットゥロ__#のようです。
ですが、口の中の物を飲み込む前に食べ尽くされてしまいましたわね。目に涙を溜めて肩を落としております。
「あの、リージェ様? 良かったらこちらもどうぞ」
「キュィッ! キュッキュ~」
お肉のゴロゴロ入ったスープを激しく尻尾を振りながら召し上がるリージェ様。ご馳走様と仰っているのか、私に頭を擦りつけてくるのがとても愛おしいのです。ついつい撫でてしまいました。
翌日はアルベルト様が30階層で一泊し、物資を補給すると仰りました。確かにこのまま駆け上るのでは食料が心もとないです。リージェ様のお好きなお肉が提供できません。
パン粥もお召しになりますが、明らかにがっかりされているのです。
ペアで探索に向かいます。私はアルベルト様に何か言われる前にリージェ様を抱えて出発しました。
ふふ、久々にリージェ様と二人きりです。
「二人きりは久しぶりですねぇ」
『そうだな』
浮かれていた気分に応える声がしました。
今、リージェ様からはっきりと声が!
「リージェ様! 言葉が!」
今、喋りましたよね!? はっきりと返事しましたよね!?
私の言葉を肯定するかのように頷くリージェ様。
やりましたわ! 私、とうとうリージェ様のお言葉がわかるようになったのですわ!
嬉しくてつい抱きしめてしまいました。優しいリージェ様はされるがままになってくださっています。
そのまま探索を続けていたら、バンブーが立ち並ぶ林に辿り着きました。
リージェ様に言われて入ると、突然地面を掘り始めました。そして、先端の尖った茶色い物を掘り出すと、私に食べろと渡してきました。
リージェ様のお話だと、これはタケノコという植物だと。リージェ様がとても美味しそうに召し上がるので、恐る恐る口に入れてみます。すると、バンブーの青々とした風味が口いっぱいに広がります。それは決して不快ではなく、淡白で柔らかな野菜といった感じです。
『……実は、俺様には前世の記憶があるのだ』
何故バンブーの食べ方を知っているのか、と聞いたらそのようにリージェ様が仰りました。その顔はどこか辛そうで。
『俺様は、前世では別の世界の人間だった』
リージェ様が語る異なる世界の話。それはにわかには信じがたいお話でしたけれど、そうでなければお生れになってから今まで一度も神殿から出たことがないのにバンブーを知っているという説明がつきません。
『俺様が聖竜ではないとわかって幻滅したか?』
そういうリージェ様は今にも泣きそうな顔で。例え聖竜でなくても、リージェ様はリージェ様なのですわ。
思わずリージェ様を抱き寄せたら、突然唸り声が聞こえました。
リージェ様をお守りしなくては!
ぎゅっと抱きしめて身を伏せます。しかし、リージェ様は私の腕を振り解いて私に体当たりをされました。
起き上がった時に目に入ったのは、血飛沫を上げて転がるリージェ様で。
「リージェ様ぁぁぁぁ!」
「キュィッ!」
リージェ様を失ってしまう絶望感に襲われた私が見たのは、仰向けのまま爪で
どうやら、もう虎は動けないようです。
「キュィッ! キュアァァァッ! キュゥゥッ」
「リージェ様、暴れないでください」
痛がって暴れるので傷に障ります。リージェ様が身動きできないように固定し、一度で直しきれない傷に回復魔法を重ね掛けしました。傷が完全に塞がったのを確認し、やっと周りに意識を向ける余裕が戻ってきました。
私達を襲ってきた虎は動けないままです。
リージェ様は虎の前に飛んでいくと、何やらくねくねと踊っておられます。何かの儀式でしょうか?
『さて、野営地に帰ろうか』
「はい!」
たくさんのタケノコに虎の肉まで手に入れて、リージェ様はとても嬉しそうです。
でも血をたくさん失ったばかりですから、私が抱いてお連れしますね。
野営地に戻ると、バルトヴィーノ様が燻製肉を作っておられました。
リージェ様は匂いにつられたのか、非常に興味津々です。
燻製に関しては私にお手伝いできることはありませんね。せめて、リージェ様のために美味しい食事をご用意しましょう。
タケノコの煮物と虎のお肉を使ったスープは、リージェ様だけでなく皆さまにも好評でした。
保存食を作っている間、リージェ様はあれこれ興味深そうに見ておられます。
堅パンにかじりついて、歯を傷めていらっしゃったのを見てしまいました。そっと戻して素知らぬふりをされていたのが微笑ましいのです。
翌日は17階層まで一気に進みます。
オークキングをあっさりと倒して浅層までやってきました。
まだ野営をする4オーラにはなっておりません。さすがに浅層までくれば私でも倒せるモンスターばかり。先を急ぎたいのです。
『体力を温存しながら進むのも大事だ。辿り着きました、倒れましたじゃ何の意味もない』
そう言われて、私は使命を思い出しました。私はこれから王都でたくさんの人を助けなければなりません。その私が倒れてはいけないのです。
リージェ様を立派な聖竜に、と思っていましたが、これではどちらが導かれているかわかりませんね。
リージェ様が、休憩を早めた分明日早く出立するようアルベルト様に提案されました。私のために……やはりリージェ様は優しくて賢いのです。聖竜でないから何だと言うのです? 私はずっとリージェ様についていくのですわ。
リージェ様に諭されて自身の身勝手さを知った私は皆様に頭を下げました。皆様笑って許してくださいましたわ。
これから暗黒破壊神を倒す旅に同行する勇者様も、皆様のような人徳のある方でありますように。
また一日駆け抜け、ようやくダンジョンの出口が見えてきました。リージェ様も嬉しそうに尻尾を振っていらっしゃいます。
そうですよね。初めての外の世界ですもの、気になりますよね。王都の救済が終わったら、美味しい物をたくさん食べましょうね、リージェ様!