第7回「書記官プラム」
城といっても様々あるし、そこが居住に適しているかどうかもまた千差万別だ。それにしても、スカラルドの魔王城の快適さは見事なものだった。僕は元の世界で死ぬ前に高級ホテルというものに泊まったことがないからわからないが、知識で持っている感じでは、「最高の空間を提供する」という意味でそれに近いのかもしれないと感じた。
僕が読書好きというのを聞いていたのかもしれない。ここには多種多様な本があって、リリがプラムを呼びに行っている間の暇つぶしには事欠かなかった。むしろ、ここでしばらく逗留したいと考えてしまったほどだ。
蔵書としては大半が人類国家では禁書になっているものだったが、中には人間が書いた本も交じっていた。また、僕が元いた世界の本も結構揃っている。プラトンの「国家」やマルクス・アウレリウス・アントニヌスの「自省録」に始まり、オグ・マンディーノの「地上最強の商人」や川端康成の「雪国」まであった。でも、ケッチャムの「隣の家の少女」やマンディアルグの「城の中のイギリス人」まであるのはどうかと思う。そういう意味では、佐島勤の「魔法科学校の劣等生」は癒やし枠に入る気がした。お、トマス・ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」まであるじゃないか。
それでも、やはり魔族が所有している書物の方が気になる。「感情教本」というフローベール的なタイトルのものに手を伸ばしたところで、僕は扉の外に誰かがやってきたのを感じた。
間を置かず、ノックの音がする。僕は入室を許可した。
「お待たせしました。彼女が……」
「ふん、それなりだな。少しは経済になりそうだ」
「プラム」
入ってきたのはリリと、眼鏡をかけた緋色の髪の少女だった。彼女がプラムだろう。一言目からこんな感じでたしなめられているということは、「問題児」であることに間違いはないようだ。
「アルビオンに比べると、とことん頼りないな」
プラムは眼鏡を指で押し上げた。とてもその動きがスムーズで、画になっていた。
「申し訳ないことです。彼女がプラム・レイムンドなのですが、王の前でもこのような感じでして」
「いいよ。跳ねっ返りの尻をひっぱたくのには慣れてる」
「やる意志も度胸もないくせに、言うことは一丁前だな」
プラムの目は実に攻撃的だ。それは僕好みということでもある。
「僕が本気かどうか試してるのかい」
「ああ、プラム、聞きなさい」
「この程度の挑発で怒るような安い男なら、すぐにでも縁を切れるじゃないか。その方が私たちにとって経済だ」
面白い口癖だ。とても経済だ。
「すみません。彼女はこういうやつなんですが、優秀な子です」
「黙ってろ、リリ。優秀かどうかは説明されるもんじゃない。結果で示すもんだ」
「面白い子だな。プラムか」
「名前を呼ばれるほど親しい間柄ではない」
それは確かに。僕だって見知らぬやつから呼び捨てにされたくはない。これは日本的な考え方かもしれないが、僕の中にしっかりと根付いた価値観でもある。
だからといって、僕が彼女を呼び捨てにするのをやめる理由にはならない。むしろ、嫌がっているならば、積極的に呼ぶべきだ。それが今の僕の選択なのだ。
「リリ、ありがとう。彼女とはずいぶん仲良くなれそうだ。君にも仕事があるだろうし、プラムとは二人でみっちり話したい」
「本当に優秀な子なので……」
リリはすっかり保護者である。裏を返せば、これだけ尖っているのに重用されていて、僕に専任の書記官としてつけるくらいなのだ。相当な力があるという期待を持ってしまう。
「私をあてがうということは、神は忍耐強いのだろう。さあ、さっさと自分の仕事に戻れ。私はこいつを値踏みする。それが実に経済だ」
プラムも同じ考えのようだ。賢いという見立ては間違っていないようである。彼女にはイライラさせられるかもしれないが、同時に退屈もしない気がした。人生が退屈でないというのは非常に重要だ。まして僕はこれから「強くてニューゲーム」をする立場にある。ワクワクを加速させてくれる存在がいるならば、幸いという他ないだろう。
「では、語り合おうか。たかだか数時間ですべてを理解できるはずもない。しかし、やらないよりはやった方がいいだろう」
かくて、僕はプラム・レイムンドという少女と向き合うことになった。彼女のことをもっと知りたいと思ったし、また彼女といれば刺激には困りそうにもなかった。
いいね。実に経済じゃないか。