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第6回「魔王の器」

 良い王とは何であるか。それは絶対的な存在感を醸し出しながらも、万民から尊崇される威厳と秩序を兼ね備えていることに他ならない。
 僕の前に立つ男、アルビオンはまさしく王の威風を備えていた。思えば小さいころ、園長先生や校長先生に抱いた気持ちと同じ感覚だ。それらはやがてまがい物の威厳であったことに気づくのだが、目の前の王が放つ威光は本物のように思えた。

「はじめまして。リュウだ。今は破壊神をやってる」

 アルビオンは緩やかな笑みを浮かべていた。その衣服と相まって、僕が思い出したのはマハトマ・ガンジーだった。顔や体つきは全く違うが、後世の人間から尊敬されるあの有り様は、まさしく糸車を回すのにふさわしいように感じられたのだ。

「ふむ。いい体をしていますね」
「いきなり体を褒められたのは初めてだよ。リリ、彼はいつもこういう感じかな」
「それは……」

 僕の半歩後ろに続いていたリリは言い淀んだ。

「遠慮なく言いたまえ、リリ。私は貴方が立派に任務を果たしてくれたことを誇りに思っている。それに、貴方の評価も聞きたいな」
「王は、褒めるのが上手なお方だと思います。しかし、思ってもいないようなお世辞を言う方でもありません」
「つまり、尊敬すべき人柄というわけだ」

 同時に、褒めるだけの太鼓持ちでないことは、彼の実績が証明している。アルビオンが魔王となって以降、彼ら魔族の支配領域は着実に拡大しているのだ。

「神にそのようにおっしゃっていただけるのは光栄です」
「初対面で神として崇められるのも、どうにもくすぐったいものがあるね」
「今にも懐を刃で貫かれそうな気がする。そんな感じですか」

 ふう、と僕は息をついた。本当に久しぶりに緊張を覚えたからだ。それを意図的に緩和させたかった。

「なるほど。魔王アルビオン、貴方と敵同士ではなくこうした形で出会えたのは幸福だったかもしれないな。そちらこそ警戒しなくていいのか。僕は勇者とともに旅をしていた男だ。今すぐにでも極大魔法を撃ち込んで、長く続いた戦乱を終わらせようとするかもしれないぜ」
「神が聡明な方であることは承知しています。私一人を殺したところで、何も変わらないことはお見通しでしょう。いや、むしろ事態が悪化することも」

 アルビオンの言う通りだ。この世界の戦乱は非常に複雑で、王を一人倒したところでどうなるものでもなかった。人間たちの多くは、僕と一緒に旅をしていたシャノンたちでさえ、アルビオンを倒すことで平和が訪れると信じていたが、彼らの権力の継承システムは完成されており、たとえ打倒にせいこうしたとしても、また新たな魔王が生まれるだけのように考えられた。少なくとも、僕にとってはそうだった。
 今起きている激しい戦いの波を終わらせるには、二つの道しかない。一つは人間の諸国家が魔族との共存の道を選ぶこと。もう一つは人間と魔族、どちらかが滅ぶまで飽くなき大戦を続けることだ。

「自ら進んで巨悪になるか。見上げた覚悟だ。ぜひとも友人になりたいな、アルビオン。僕のことも名前で呼んでくれ。今はまだ、神と呼ばれるほどには大層なことをしていない」
「では、リュウ。これから私とともに、より良く生きていただければと思います」
「そんなこと言ったら、魔王軍の勝利のためになんて働かずに、ソファに寝っ転がって本ばかり読んでいるかもよ」
「それならそれで構いません。私が目指すのは誰もがより良く生きられる社会。貴方がその旗印となっていただければ良いのです。すべては悪しき既成概念の破壊に繋がるのですから」

 僕は思わずゆとり破壊神になってしまいそうだった。あるいは実際にそうしたとしても、この男は喜んで受け入れてくれるだろうと確信できた。

「面白いもんだ。貴方……いや、君は、王というより母親みたいだ。僕としてはすごくいいことだと思うけど、国を統べる立場としてはどうなのかな。何しろ世界には悪人が多いんだ。気をつけた方がいい」
「ありがとう、貴方からの貴重な忠言だ。そうしましょう。では、リリ。プラムにもリュウを紹介してあげてください」
「かしこまりました」

 リリの声は凛としていて、とても聞き心地が良かった。彼女が近衛隊長としてふさわしい性質を持ち合わせていることは、たったそれだけで看破できた。

「プラムという少女が、『書記官』として貴方に付き従うことになります。もしもご不満のようでしたら言っていただければ、すぐに対処しましょう。でも、彼女はいい子です。ちょっとぶっきらぼうではありますが、優秀です」
「嬉しいね。胸襟を開いて語り合えそうだ」

 そうして、僕らは王城の中に入っていった。今この瞬間に強くなった風さえも、僕が未来に向けて歩むのを後押ししてくれているような気がした。

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