第5回「魔王にして救世主との出会い」
リリが転移魔法を唱えると、たちまち体が浮かび上がる。いよいよ魔王とのご対面というわけだ。
「リュウ様は我らの王についてどれだけご存知ですか」
「魔王にして救世主を自称している変人、と言ったら怒るかな」
「ちょっと怒ります」
リリの表情もちょっと怒っている風になった。美人な武人がこういう仕草をするというのは、なかなか見栄えがするものだ。まして体が服と鎧で隔てられている程度の近さなのだから、つい意識してしまう。
可愛い子といると、気分も高揚する。これは厳然たる事実である。ただ一方で可愛さとは容姿だけを言うのではなく、精神性も加味して考えなければならない。
僕の基準としては、どんなに見た目がいい子でも、自分の人生観を持っていないようなやつはその時点でアウトだ。何も考えずに生きている存在ほど腹の立つものもない。
「悪かった。だが、世界を変えるのはいつだって変なやつだ。常識なんてものに寄り掛かる凡人の目を覚まさせるのは天才の役割で、それは変人の中からしか生まれない。魔王アルビオン。常に純白の鎧を身にまとった男。魔族の中でも最も有力なアズィズ第三支族の出にして、あらゆる文物に通じた知識人。人間社会で彼の著作は禁書だから読んでないが、断片を見たことはある。率直に言って、いい文章だった」
「王は戦いに勝利した後のこともお考えですから……。今の世界には成熟した文化が足りないとお考えです。自分と違ったものを認めず、新しいものも受容せず、既得権益にすがりついている一部の人間から、本当に救うべき多くの命を解放する。それが私たちの目指すものです」
「人も獣もモンスターも共存できるだろうか。そこには言語や生活様式、食文化から生態系まで、ありとあらゆる面で隔たりがある」
「もちろん困難な道のりです。しかし、難しいからと言って諦めてしまえば、そこから社会の腐敗は始まります。……ご覧ください。あれが私たちの故郷、スカラルドです」
眼下に都市が見えてくる。巨大な城は人間が言うところの「魔王城」であり、そこに広がる街は魔族の住処だ。
しかし、実際のところ、魔王の統治下では魔族も人間も差別なく扱われている。これは人間社会では極秘事項として、語ることを固く禁じられている。人権や種族間の問題を解決する先進性において、魔王軍は人間国家よりも優れていると言える。
一方で「魔王軍」と形容している通りに、彼らは確固たる国家組織を有していないとされている。地球の歴史で言えば、「軍隊が国家を所有する」と言われたプロイセン王国に近いと言えるだろう。かの大王フリードリヒ2世を生んだ尚武の国だ。
とすれば、世界各地のモンスターたちが魔王に忠誠を誓い、「解放のための戦い」を続けているのも頷けようものだ。
もっとも、実際には獣じみた欲望でもって人間を襲っているのが大半である。これもまた現実だ。崇高な理念は末端まで行き届かないものだ。
「いつかシャノンたちとここに来ると思っていたが、まさかこういう形で訪れるなんてね。果たして、僕は歓迎されるだろうか。魔王がそのつもりでも、他の部下までそうだとは限らないだろう」
「残念ながら、その問いかけには肯定で返すより他にありません。しかし、リュウ様が破壊神としてのお力を示すことによって、旧弊を打破し、新世界を創造してくれる偉大な存在であると、彼らも気づいてくれるでしょう」
「やるしかないようだな。いいとも、そこは覚悟の上さ」
リリと僕は魔王城のバルコニーに着陸した。まるでヘリポートのようだと思っていると、ここは飛竜部隊が直接出入りできるようになっているらしい。確かに、出入り口も非常に大きい。巨人族だって悠々と通ることができるだろう。
その岩の裂け目にも似た出入り口から、男が歩んでくる。完全武装のサイクロプスを二人従えていた。純白の衣服に身を包む様は、さながら聖人が降り立ったようにすら見える。
「よくぞお出でになられた、神よ。我が名はアルビオン。貴方をお待ちしていた者です」
そうだ。
その通りだ。
このまばゆき白に身を包んだ男こそ、魔王アルビオンであった。