039 温泉騒動 2
温泉騒動 2
女将が お風呂好きのミキのために考えてくれた提案というのは、ごく普通に 温泉の貸切りであった。
ただこの世界、食堂の貸切り、居酒屋の貸切りなんていうのは、存在していたのだが お風呂、それも天然温泉の貸切りなんていうのは 存在していなかったのである。
一人のために、なかったものを新たに作り出す。人を笑顔にするために、出来る限りのアイディアを考える。それは かつての国の『おもてなしの心』それでは ないだろうか。
まぁ、ミキもこんな素敵な提案ならと 受け入れることにしたようですね。えぇ、我が儘を言うつもりは、なかったのですよ。半ば、諦めていましたし。無理を言って女将を困らせるというのは、なんか違う気がすると考えていたようです。
で、女将の提案を受けたミキは、今度は ミキの方から提案をもちかけるようです。
「女将、それでは わたしからも一つ提案があるのですが…」
「お時間の方、よろしいでしょうか」
「えっ、はい。あと一刻くらいなら大丈夫ですよ。」
「提案というのは、わたしのように 紛らわしい容姿のせいでお風呂には入れない者っていうのは、それほど多くはいないと思うのですけど。でも それ以外に、身体に酷い傷を負っていて それを人前で晒すのは ちょっと気が引ける人とか、あと顔が強面で その方たちがお風呂に入ろうとすると 他の方が 後ずさるとか…」
「あぁ、(チラっとヒサとタケの方を見てしまう女将)そうかもしれませんね」
「他にもですね、例えばなんですが 新婚さんで お二人だけでお風呂を楽しみたいとか。家族だけでお風呂を楽しみたいとか そんな可能性もあるかもしれませんよね?」
「おぉ~、なんというか それは 新たな当宿の形かもしれませんね。すごいです。お客さま」
「あっ!……ですが」
「予算の関係でしょうか」
「そうですね、今のお話を伺っていますと あらたに浴場を作った方がいいような…それですと 男女二つの浴場と貸切り専用の浴場、こちらは ひとつよりも二つ、三つと用意した方がいいですよね?」
「えぇ、仰るとおりだと思います」
「ですが、もし許されるなら わたしに少しだけお時間をいただければと…」
このときミキが 考えていたのは 今ある男女大浴場を貸し切ってしまうのは心苦しいし、それならば 浴場一つ自分が入るためだけに用意してしまえという…ある意味究極の贅沢をしようと考えていたようです。
そう言って女将を真正面から見つめるミキ、そのまっすぐな瞳に耐えきれず思わず
「はい」といってしまった女将を責めることなど誰にも出来るはずがない。
「では…まだこの時間ですと入浴されていらっしゃる方は おられませんよね?」
「ええ」先ほど 思わずハイと返事をしたもののちょっぴり不安になってきた女将である。
「この場所に、少し小さめの…そうですね 二、三人が入浴できる浴場を設置しても?」
「え、えぇ。それは かまいませんけど。見ての通り ここは もともと家の土地なのですが なんにもなくて。それで 宿の増築をしようとしていたんですけどね。地面からお湯が 吹き出してきましたので、まぁ その計画も今のところは流れていますので」
「では…」この場所に、小さな小家族向けの家族風呂を創造する為にイメージを増幅、集中させるミキ。頭に思い浮かべたのは、かつて訪れたことのある聖徳太子も訪れたことがあるという温泉地。その温泉地にある天然陶器の風呂をイメージする。
「クリエイト・天然陶器風呂」
「あそこの林になっている木をいくらか いただいても?」
「はぁ。どうぞ」女将は、何がおこっているのか 理解が追いつかない。
「では あの木を加工して、この天然陶器風呂の周辺を 囲んでしまえばいいですね。床は…やはり木の方がいいでしょうか。それよりも 小さな石をちりばめた方が?…そうですね。こちらは 木で作ってしまいましょう」
どんどん貸切り家族風呂のイメージが固まっていく。ミキの魔力も同時に高まっていく…そして ついに
「クリエイト・コテージ」
「完成です」
「あとは、こちらへ源泉からお湯をひいてくれば…もし。女将さん」
いまだ理解が、追いついていない女将は、固まったままである。
「女将さん、女将さん…そうだ!こう言うときは。『おかみさ~~~ん!じ・か・○ですよ』って叫べば良いってなにかで読んだことがあるような、ないような」
「はい、起きてますよ。じゃなかったです。一体、なにを、何をされたんでしょう。何が 起きているのでしょう?」
それを聞いたヒサと、タケ。
「「うんうん」」
「なにがなんだか」
「まぁ、こういうものだと 諦めてくだせぇ」
「それにしたって…あんな短時間で。そんな」
「それだけ女将さんが 提案してくれたことが 嬉しかったってことですよ」
「ですが…まぁ たしかに。やりすぎかも?」
そんな会話が、ヒサ、タケ、女将の間で交わされていることなど気付くこともなく、ひたすら貸切り家族風呂の仕上げに集中していたミキである。
「どうでしょう?こんな感じで仕上げてみたのですけど」
「えっと、あの、その…はい。すごく いいです」
「じゃなくって、なんなんですか この貸切り家族風呂?ですか…なんで」
「ダメ?でしたか」
「いえ、ダメじゃなくてですね。そういう話じゃなくて…」
「女将、諦めろ。この方は ある意味理不尽の塊のようなお人だ」
「はぁ、そうですね。ふかく考えてもしかたなさそうです。何よりあの嬉しそうな顔、うれしそうな瞳。もうあんなの見せられたら 何も言えないじゃないですか」と苦笑いな女将である。
「えっと、お客さま。ありがとうございます。でも ほんとによろしいのです?この貸切り家族風呂。」
ちょっとダメだったのかと心配そうな顔をしていたミキであるが、女将の言葉を聞いて 嬉しそうに 笑顔で
「はい、でもでも 一番風呂は、僕にしてくださいね」
そんなことを 言うのであった。
「はい、それは もう。いろいろ確かめてくださいね」
と、宿を預かる女将としての強かさをみせるウェスティナであった。
こうして始まった温泉騒動であったが、女将の貸切り風呂にするという提案から ほんとうに貸切り専用の貸切り家族風呂を作ってしまうことで 一応の決着が 着いたのであった。
「あっ!でも この新しく出来たお風呂のこと、お母さんに どう説明しようかしら?」とあらたな問題に気付く若き女将であった。