040 温泉騒動顛末記
温泉騒動顛末記
(やっぱり あの貸切り家族風呂のことやっぱりお母さんにも話しておいた方がいいわよね?それに お薬の時間だしね。ちょうどいいわ。)
「シーラさん、今日の母のお薬だけど、わたしが持っていくから」と女中頭のシーラに告げ、母親のいる居住区へと向かう。
「お母さん、いまちょっといい?」
「あら、もうそんな時間かしら。いいわよ、入ってちょうだいな。」
「はい、お薬。それで 具合の方は、どんな感じなの?」
「今日は、だいぶん楽だったわ。咳も出なかったしね。みんなのお陰ね。あなたには、随分と速い女将修行になってしまったと思うけれど。でも、なんとかやれてるみたいで、よかったわ」
「ええ、シーラさんを始めとするみんなに 助けられているわ」
「それで?」
「えっ」
「いつもは、シーラさんが 届けるはずのお薬を あなたが持ってきたのよ。何か、わたしに用があるのではなくて?」
「あ~、お母さんには お見通しですか?」
「そりゃぁね、何年あなたの母親をやってるって思ってるの」
「かなわないなぁ。」と一息つき
「うん、用っていうか 報告なのだけれどね。あの宿の裏の外風呂のところ。あそこって いまは 増築の話が流れてしまって 空き地になっちゃってるでしょう」
「ええ、そうね。まぁ、せっかくお湯だからそれを使ったお風呂にしましょってことに。それは あなたにも話したはずよね?」
「えぇ。それでね。そのまだ余ってる土地のところにね、もうひとつ浴場を、外風呂を作っちゃってもいいのかなって」
「外風呂をもうひとつ?」
「えぇ、もうひとつ」
しばし、熟考するウェスティナの母であったが
「そりゃ ゆくゆくは そんな形にしていくのも有りかも知れないけど…資金的にね」
「あぁ~、そうよね。普通は そうよ。ところで、あの今ある外風呂って どのくらいのお金がかかったのかしら」
「あら、あなた宿の経理の方はまだ手をつけていないの?」ちょっとお怒りモード。
(あちゃ~。やぶ蛇になったかも。)
「まだ全部なんてとてもじゃないけど無理ですってば」ウェスティナのその言葉に嘘はない。実際、少しずつではあるが 宿の経理の方も学習しているのである。
「そぅ?ならいいけど。確か 増築のための資金の半分くらいは 使ったかしら。」
「そ・そんなに?」
「えぇ、そうなのよ。で、増築の方は いまこんな感じで流れちゃってるけど いずれは なんとかしないと…うちの宿も 所々傷んできているから。増築は、しないまでも改装っていうか改築って言うか。そのあたりの資金は、必要になってくるのよ」
「そう?」
「だから折角のあなたのやる気に水を差すようで悪いのだけれど、新しい外風呂の話は もう少しあとになるわね」
「あぁ~、うん。そうする…」
(どうしよう、もう新しい外風呂出来ちゃってて しかも作った本人が『僕が入りたいためだけに作っちゃったんですから。第一 お金をいただこうなんて思ってもいません』なんて言っちゃってるなんて。でも ほんと、あのミキさんって人何者なのかしら。あれ全てを 魔法でやってしまうなんて。)
「あら、どうしたの。まだ何かあるの?まさかと思うけど あなた…新しい外風呂の計画が 没になったからってショックを?」
「うぅん、そんなことない。それはないのだけど…」(と、ウェスティナは そのとき閃いた)
「あとね、明日で良いのだけれど 具合がよければ お母さんに会ってもらいたい人がいるの」
「えっ!あらあら、あらあら、まぁまぁ。」
「もしかして それって?」
(そのときウェスティナは、今の話し方に 大きなミスがあったことを理解した)
「ち・違うわよ、もぉ!何勘違いしてるのよ。」としきりに弁明するウェスティナの頬がほんのり赤くなっていることに 本人は 気付いていない。
「あらあら、そうなの?年頃の女の子に 今みたいに話されるとそれは…ね」
「ミキさんは、そんなのじゃないって」
「そう、ミキさんって仰るのね。お名前からすると、男性とも女性ともとれるけど?」
「あぁ~、そこは 間違いなく男性よ。それも すっごく綺麗な」
「そう。そうなの。その綺麗なミキさんにあってもらって 目の保養と心の保養にでもなればいいかなって思ったのよ」
「ふーん。ほんとかしら?」
「あぁ~、もう。で 大丈夫?」と、強引に話の方向を変えるウェスティナ。
「もう少しあなたを 弄ってみたかったけど。これ以上弄っちゃうと あなたに拗ねられちゃうかもしれないわね。いいわよ。具合が良ければ」
「ほんと?よかったぁ」と 安堵するウェスティナに
「やっぱり恋人候補なのでは?」と思ってしまうお茶目な母である。
◇
(やだ、もぉお母さんったら。わたしが ミキさんと…ミキさんが 恋人なわけないじゃない。あんなワケのわかんない人…うぅん、ワケわかんないっていうより不思議な人ね。あんな凄いことが 出来てしまうのに 少しも横暴なところがなくって。そうね、傲慢でもないわね。お風呂に入りたいって気持ちが強すぎて諦めきられないってだけ。でも それだけで あんな凄いものを ほんの僅かな時間で造っちゃうなんてね。あっ!そうよ。ミキさんにも 明日の件、お願いしておかなくちゃ。)
そう独りごちるとウェスティナは、ミキのいるであろう二〇七号室のドアをノックするのであった。
「はーい、どちらさまで?」
「はい、当宿の女将ウェスティナにございます。」
「あっ!女将さん。少々お待ちを」
「どうぞ お入りください」
「では、失礼して…」
「あっ、ドアは そのままで…」
「ドアを閉めたまま、女将さんと二人きりなんて…あとで どんな噂が飛び交うかわかりませんもの」
「あっ!そう・ですね」
「それで。どういったお話でしょう?もしかして あの貸切り家族風呂の件です?」
「えぇ、あの…ですね。その件で、明日の朝、うちのほんとの女将 いえ、わたしもホントの女将に違いないのですけど…うちの母に会っていただけないかと思いまして…」
「やはり いきなり来て母に会ってくれな「いいですよ」んて」
「えっ」
「えぇ、だからいいですよ。僕がしでかしたことなので、僕からも女将…そうですねぇ。女将さんのお母さんのことは 大女将って呼ぶことにしましょう。で、女将さんのことは、若女将、ね。あぁ 話が逸れちゃいましたね。で、僕からも 大女将に お話させていただきましょう。でも お体の具合がよろしくないって伺っていたのですが?」
「えぇ、母の…大女将の具合が良ければって事でお願いできますでしょうか?」
「もちろんです」
「あと、もし母が変なこと言っても気にしないでくださいね?」
「え?」
「気にしないでくださいね」ともう一度強く言うウェスティナである。
その勢いに ここは 何も聞かず 肯くべきと判断したミキは
「わかりました」と答えるのであった。
◇
時は、変わって翌朝。朝食をすませたミキは 大女将と会うべく準備を整え、女将が呼びに来るのを緊張しつつ待っているのであった。
「お待たせしました。今朝は、母の具合も だいぶん良さそうなので 昨日の件。お願い出来ますでしょうか?」
「はい、どちらへうかがえばよろしいので」
「はい、宿の奥に居住区がございまして、そりらの方へ ご案内させていただきます」
「わかりました。では よろしくお願いします」
◇
「こちらが、大女将の部屋にございます。しばらくお待ちくださいね」
「お母さん、ミキさ・ミキさまをお連れしました。」
「は~ぃ。どうぞ。入っていただいて」
(中からは、少し間延びした柔らかい感じの声が聞こえたのだが その声に少しだけ違和感を感じたミキであった)
「いまドアを開けますね。…どうぞ、こちらへ」
「では、失礼しまして」
「初めまして、御宿に宿泊させていただいておりますミキと申します」
「まぁまぁ、あらあら。こちらの方が?」
とウェスティナの方を見る大女将である。
「えぇ、こちらの方が 昨日お話ししたミキさまです」
「あの、すみません。僕のことは ミキさまでなく 出来ればミキさんとか…いえ 自分で、さん付けにしろだなんて 何言ってんでしょうね。でも なんか『さま』付けは ちょっとむず痒くなるので。お仕事のこともおありとは 思いますけど出来ましたら…」
それには 大女将が
「では、そう呼ぶようにさせていただきなさい」
「では、ミキさんと呼ばせていただきますね」とウェスティナ。
「わたしも ミキさんって呼ばせていただいても?」と大女将。
「もちろんです、そう呼んでいただけると嬉しいです」
「まぁまぁ、とっても愛らしいお嬢さんですこと」
「っ!いえ 僕は こう見えて男なんですよ。」
「そうよ、お母さん。それで 昨日も…」
「あっ、昨日は たいへんご迷惑を…」とミキ。
「そんなことないですって、まぁ あの後いろいろ考えはしましたけど。」
「おふたりさん?ちょっと わたしを置いてけぼりにしないでいただけます?」と大女将。
「なにやら昨日、いろいろとあったみたいね?」
「えぇ、まぁ それも含めてお母さんにも 話を聞いていただこうと思って。で、どうせなら そのことに 一番関わったミキさんに 説明していただくのが早いかなって」
「そうなの?わたしは てっきりこちらのミキさんとあなたが…」
「では お話を 伺おうかしら」
さて この話 どう進展していくことやら…ですね