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セミが鳴く。
夏……夏……夏。
私は、大輔さんに手を引かれ大きな病院に来た。
私は、少し離れた場所から女の人を見た。
やせ細り……
そして、人形のオシメを替えていた。
「ママ?」
私は、お母さんのことをママと呼んでみた。
「理香?」
違うよ。
私、由香だよ?
「私――」
「理香!」
お母さんが泣いている。
「ごめんね。
ごめんめ。
ごめんね」
お母さんが、看護婦さんに体を支えられる。
そのまで泣き崩れる。
「理香……
ごめんね。ごめんね。ごめんね」
ああ、大輔さんが言っていたのはこのことだったんだ。
こういうことだったんだ。
「私、怒ってないよ……
だから、ママ。泣かないで……」
そう、お母さんの中に私はいない。
だから怒っても仕方がないんだ。
泣きたくなった。
だけど私は泣かずに笑ってみた。
するとお母さんの表情はとてもうれしそうだった。
「あのこれ以上はやめておいたほうが……」
看護婦さんがそういった。
「うん」
私はうなずく。
「じゃ、公園でクレープでも食べに行く?」
大輔さんがそういった。
なんでここでクレープが出てくるのだろう?
不思議だったけど私はうなずいた。
「うん」
そして、私は病院を出て公園へと向かった。