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公園にはクレープカーの前でぼーっとしている吾郎さんがいた。
不安そうに空を眺めている。
「あ……」
吾郎さんが言葉を漏らす。
「吾郎さん……いや、英雄さん?」
「いや、吾郎でいいよ」
吾郎さんが苦笑いを浮かべる。
「うん」
こんなとき、なんて言えばいいんだろう?
「じゃ、とりあえず一番高いクレープをください」
大輔さんが、そういった。
この人、空気よめないのかな?
「あ、はい」
「由香ちゃんと僕と吾郎さんの3人分ね」
大輔さんは指を3本立ててそういった。
「わかったよ」
吾郎さんは小さく笑うとクレープを作った。
大輔さんは私を抱き上げるて吾郎さんがクレープを作るところを見せてくれた。
「すごい!大輔さんすごいよ!
生地がふわっとやけていくよ!
あ!あのくるくる私もやりたい!」
私のテンションがあがる。
見たこともない機械でクレープの生地が焼かれていく。
楽しい時間は終わりクレープが3つ出来上がる。
私は、クレープをひとくちかじる。
しばらく無音の空間ができる。
「由香ちゃんごめん」
吾郎さんが謝る。
「え?」
「名前嘘ついていた。
そして君のことを傷つけた……
僕があんなことをしなければ君は――」
吾郎さんが目に涙を浮かべている。
「いいよ」
「え?」
「そんなことよりクレープ美味しいよ」
私の目に涙が浮かぶ。
なにもできない。
なにもしない。
なにもかも失う。
そんな気がした。
初めて食べる一番高いクレープは、少し涙の味がした。
「私ね。
4歳になったよ」
「うん」
大輔さんがうなずく。
「3歳までのことは忘れちゃうことが多いんだよね?」
「そうらしいね」
「だから、私。
4歳になったから大輔さんのこと忘れないかな?」
私はもう何も失いたくない。
「そうだね。
忘れられないくらい遊ぼうよ。
これからも……」
大輔さんが優しく笑う。
その言葉を聞いただけで。
私の何かが救われた気がした。
私の4回目の夏がはじまる。
私が生まれた証はこれから刻まれる。
いや。刻むんだ。
――終