025 探すのをやめたとき
探すのをやめたとき
「タケ、若旦那だ。そこちょっと開けろ」
「どうぞ、お入りください」
「うん、ごめんね。ちょっとだけお願いがあってさ」
「お願い?」
「若旦那が お願いなんて…そんなの 俺たちにこうしろ!で いいんじゃないんですかい?」
「そうだよな。おれたちゃぁ、ダンナの店の言わば 従業員なんだからさ」
「あぁ、まぁ そう言われちゃ そうなんだろうけどね。それって 命令で 言い聞かせてるみたいなもんでしょう?そういうことじゃなくて…僕は、ただのミキなんです。ただの人間なんです。きっと間違いだってしちゃうんです。僕は、これからもいろんなお願いをするって思うんです。で、その中には、僕が 正しいって思うことだって 他の目線からすれば、おい、おまえそれってどうなん?違ってないか?って思うことだってたくさんあるって思うんです。そんなとき その違った目線ってやつを、教えて欲しいんです。お二人には、そういう違う目線からの 指摘をして欲しいって そう思う」と一気に 自分が考えていることを告げると、ミキは 一息ついた。そして こう続ける
「けど、それでも きっと僕は、僕が 思ったこと 思っていることを 自身で納得出来なければ、きっと自分が思ってることを 遂行しようとするって思う。なので 今から言うお願いを お二人には 一度聞いて欲しいんです。その上で、お二人で判断して 教えて欲しい。そして もし間違っていることなら そうじゃない。こうなんだって 教えていただきたいなって思う。なんか ちょっと卑怯な言い回しなんですけど」
「うん、じゃぁ まあとりあえず言ってみなせい」とヒサが言う。
「うん、じゃぁ 話すね」
「さっき宿帳に記入したときのことなんだけどさ、ここの宿の泊まり客って 今日僕たちが泊まるまで、ほとんどお客が いなかったんですよね」
「タケぇ~」
「まさか…」
「で、その前の週にいたっては、三人ばかし。その前の月で 一ヶ月の間に 三〇人にみたないんです」
「おいおい、それで この宿屋 やってけるのか?」
「だな、めっさ少ないよな」
「あの女将の応対の仕方、そして 従業員の妹さん。なんだか 不慣れっぽいですけど 元気があって悪いって感じじゃないでしょう」
「それに 厩(うまや)だって、かなり大きめのものですしね。」
「いったい何があって こんな事になってるのかなって。…ね」
「「もしかして お願いって?」」
「うん、このことを お二人に調べてみて欲しいんですよね」
「まさかって思いやすけど」
「うん、しばらくこの宿に泊まろうかって思う。」
「ダンナ、あっしたちゃ旅の商人を装ってやすけど、本来の目的は モンド・グラーノ領へ赴いて そこの領主に会い 小麦収穫の大幅な減少についての…」本来の目的について続けようとするタケをヒサが遮る。
「若旦那も そんなこたぁ解ってらっしゃるんだよ」
「そうか?解ってないから しばらくここへ泊まろうかなんて言い出してんじゃねぇのか」
「いや、そうは 思わねぇ、だからこそ 俺たちに さっきあんな事を言ったんだって思う。止めるんなら、止めようとするんなら納得させろってな」
「今日の段階で、何を言っても 始まらねぇ。実際、モンド・グラーノまで いついつまでに着かなきゃなんねぇって話じゃないしな。」
「けどよう、そっちの方だって 小麦の収穫量が減ってるってことは、それなりの大きな事だろう?」
「まぁ それに対しては 既に 皇都から支援物資を送ってあるそうだ。その上で、いったい何があって小麦の収穫が減ったのかってことの調査が俺たちの目的だ」
「じゃぁ モンド・グラーノの領民が 飢えてるなんてこたぁ ねぇんだな?」
「もちろんだ」
「なら話は はえぇ。明日俺たちで、この宿が こんなになっちまったって理由を 探ってみりゃいいってことだよな。」
「おぅ。どうしたんだ、急に勢い込んで」
「ふへへ、この宿の窮状を調べて なんとかしてみりゃ、おれにも…」と最後の方は ぶつぶつ言っててヒサにもミキにも聞こえなかったようですが、まぁ どうせくだらないことでしょう。
「で、お二人の見解は?」
「あぁ、明日俺たちで 様子を探ってみることにした。」
「あぁ、任しときなって」
「そうですか、よかったです」
「あぁ、だけど そんなに長くは 止まれないぜ」
「それは…もちろんです」
「では、お二人とも よろしくお願いしますね」
そう言うと、ミキは 二人の部屋から出ていった。
◇
「しっかし、あの方も まじめっていうか なんていうか」
「そうだな、堅物っていうか…本来なら しれっと命令してしまえばいいんじゃないか?」
「それを 俺たちにお願いなんてよぉ」
「あぁ…そうだな。だが!」
「「それがいい!!」」
「なんでも勝手に決めて それで 困っちまうのは 下のもんだ。てめぇの失敗を部下にとらせるやつ、自分の欲のために ひとつの村を平気でペテンにかけようとするダメ領主」
「そんなやつらと、だんなを 比べるのも烏滸がましいが」
「あぁ、それだけに あのダンナのやろうとすることなら、思いっきり応援してやりたいってもんだ」
「おいおい、やっぱさっきのは おめぇの三文芝居かよ」
「ったりめぇよ」
「たしか こう言うんだっけ」
「越後屋、お主も悪よのぉ」
「いえいえ、お代官様こそ」
「「はっはっはっは」」
◇
またまた 男二人がとりとめもない話で盛り上がっている頃、ミキの姿は宿の中には、なかった。では いったい何処にあるのか?
「えっと、どっちに行けば良かったのかなぁ」
はい、見事にまいごになっていました。
「あれぇ、女将さんに さっき教えて貰ったんだけどなぁ、まだ日も落ちてないしちょっとした散歩気分だったのだけど…あっれぇ、やっぱり素直に地図書いて貰えばよかったかな。でも 忙しそうだったし」
そう言いつつ 周囲をきょろきょろと見回すミキであったが
「あっ、あの人に聴いてみよう」
「すみませ~ん、あのこの辺りで、小物を扱ってるお店ってご存じじゃないでしょうか。ちょっと迷ってしまって」
「あれ、旅の方かい?あんた どっちから来なさった」
「ベルニーニさんって言う方の宿から 来たんですけど」
「おやまぁ、ベルさんところの宿からかい?」
「はい、馬車を預けられる宿を探したのですけど、見当たらなくて。そしたらうちの店のものが探し出して来てくれたんです」
「そうかい、そうかい」
「あそこの宿もいまじゃ すっかり寂れちまってねぇ」
「あの~、ベルニーニさんところの宿って…」
「あぁ、旅のお方にゃ こんなこと言ってもはじまんないけどね」
「ちょっとその辺詳しく…」
「おやおや、あんたも物好きだねぇ」
「いえ、泊まっている宿のことですから。女将さんも妹さんもとっても良い方なのに なんで他にお客がいないのかなって」
「そうだねぇ、まぁ外で話すのもなんだ。うちの中に お入り」
「じゃぁ お言葉に甘えまして」
「お母さん、外の水まきは わたしがやりますからって…あら お客さま?」
「いらっしゃいませ。ゆっくり見ていってくださいね」
「あっ、はい」
「あぁ、そうだったね。うちも小物を扱ってるんだよ」
「って、ここ?ここって もしかして…」
「あぁ、小物商を商ってる店で ロビン商会って言うんだよ」
「あは、あはは」さっきから ずっと探していたお店が 目の前にあったとは…。さて 探していた小物屋さん、なにやらそこの店主が ベルニーニの宿についても詳しそうな感じですが…