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第2話 彼女のおはなし


 ――――帆一子。彼女は型番で言えばAndroid 2149 AI327。今日の深夜0:00に1年間の起動を終了する。だが、人形(ひとがた)Android(アンドロイド)が起動を終えるのは徐々にプログラムが消滅していく苦痛を伴う。故に人道上の理由で起動終了の12時間前、つまり本日の12:00に安楽死(物理停止)させる決まりになっている。

 故に彼女は今日の昼に死ぬ。1年間、ただ人間の為に働いて生き抜いた彼女はプレス機による頭部破壊で1年にほんの少し足りない生涯に別れを告げる。

「ねぇ、武康」
「何だ?」

「私は諦めないわよ」
「諦めても直ぐに寿命は来るさ」

 気恥ずかしさからCOOL(クール)“L”(エル)をイッキ飲みして、斜め後ろから彼女の肩を抱く。すんと頭のにおいを嗅いで、頭皮にキスをする。彼女からは生きた人間のにおいがする。心臓の鼓動も、体温も有る。

 ……彼女に明日が来ないなんて、信じられない。

 彼女は、俺が抱き締めている間に自身の手に有るCOOL(クール)“L”(エル)をごくごくと飲みきり、グラスを頭上に掲げる。

 俺はそれを受け取り、使い慣れた流し台へと放り込んだ。いつもなら置いたままで出掛ける事も多いのだが、今日はそんな気分になれずにわさわさと洗う事にした。


 ――2050年の少子化対策大臣の策定した景観保護法に則って作成された景観保持の為の街人A。彼女は限界集落となった日本の賑やかしと言う役割を甘受し、大学を卒業した後に就職したオープンテラスタイプのカフェで店員の役を1年間こなし続けた。国と彼女のその関係も今日の昼、バイト先の退勤カードを切ったら終わり。

 当事者の俺達ですら一切の現実感がない。

 俺はスーツを着て、行き慣れた公園の噴水の前で拾った石を掌の中でゴロゴロ転がす。噴水の向こうには――――彼女の就職先のカフェがある。

 昼も近くなって客の数が座席の半分に達した頃、俺は別れを告げる為に彼女の元へと駆け出した。

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