文化祭とクリアリーブル事件㊱
同時刻 沙楽学園 1年4組
「いよいよ明日、文化祭本番だな」
クラスのみんなが明日へ向けて準備を着々とこなしていく中、そんな彼らを静かに傍観している少年――――未来に向かって、幼馴染である悠斗が声をかける。
結黄賊のみんなと未来の関係は、相変わらず見えない透明の壁がそり立っていた。 透明だからこそ物凄く近くに存在を感じるのに“壁”によって相手の手を取ることはできない。
仲間はすぐそこに見えているのに“壁”はそんな結黄賊を、簡単に繋ぎ合わせようとはしなかった。 これは、みんなにとって一つの試練なのだろうか。
「俺たちも劇の練習する? 他の男子も呼んでこようか」
その中でも未来とは幼馴染で、今でも何事もなかったかのように普通に接している悠斗。 確かに二人の間にも“見えない壁”というものが存在していた。
だけどどんなに高い壁が現れようとも、どんなに分厚い壁が行く手を阻もうとも、この関係には変わりがない。
だからこの先、どんなに厳しい壁が二人の間に現れようとも、それを簡単に壊し再会することができるのだろう。
未来と悠斗の間には強い信頼というもので繋がれている。 他の仲間とは比べ物にならない程、強く、強く、とても固い信頼というもので。
そんな悠斗たちの間にどんな敵が来ようとも、絶対に二人の関係が崩れることはなかった。 そのことを互いに理解しているため、今の状態でもその関係を保てているとも言える。
もちろん喧嘩はしょっちゅうする。 だけどそれは全て、未来から悠斗に謝りいつも簡単に解決していた。 悠斗はそんな彼を、何一つ文句を言わずに許してあげる。
「・・・いや、呼ばなくていい」
「そっか」
悠斗は知っていた。 未来がみんなと喧嘩をする原因は、全て仲間を思って起こしているのだということを。 だから、そんな彼を責めるようなことなんてしなかった。
いや、寧ろ尊敬していた。 自分とは正反対の性格を持つ彼に、憧れを抱いていたのだ。 自分の意志をしっかりと持っていて、我が道を貫き通す未来。
それが全て人のためだと思うと、尊敬せずにはいられない。 悠斗は未来が幼馴染でよかったと、小さい頃からずっと思っていた。
「悠斗は劇の練習しなくてもいいのか」
「未来がしないなら俺もしないよ」
「相変わらずだな。 俺なんか放っておいて、好きにすりゃあいいのに」
自虐的に笑いながらそう呟く未来。 そんな彼を、放っておけるわけがなかった。 未来は思ったことがすぐ顔に出るタイプだ。
怒る時はちゃんと不機嫌そうな顔をするし、楽しい時はちゃんと笑ってくれる。 そして不安や心配事を抱え込んでいる時は、今みたいに苦しそうな表情をしてくれる。
だから未来の感情を読み取ることは簡単だった。 悠斗は自分の気持ちを素直に出せないため、その面でも彼に憧れを抱いている。
「俺が未来を放っておくと思うか」
「・・・はは」
悠斗がそう言うと、また未来は自虐的に笑った。 未来が今一人で暴走し出したら、彼の感情が静まるまで待たなければならない。
別に止めてもいいのだが、悠斗はそうしても無駄だということは既に分かっていた。 だから彼の発言や行動を無理には止めず、そっと見守り続けているのだ。
「未来、悠斗」
そんな二人に近付く一人の少年、夜月。 その声に反応し、二人同時に彼のことを見た。
「どうした?」
悠斗が未来の代わりに口を開く。 もちろん未来と夜月の間にも、見えない透明の壁がそり立っていた。 だけど今、未来たちに向かって気軽に話かけてきたのは表向きな言動。
そのことを互いに分かっていながらも、そんな壁を無理に壊そうとわざと何事もなかったかのように振る舞っていた。
「5組の劇のセット、壊されたって知っているか?」
その件については今日学校へ来た時、5組の教室の前はたくさんの生徒で群がっていたため、興味本位で未来たちも様子を窺っていた。
「あぁ、知っているよ。 5組、どうすんだろうな」
『どうすんだろうな』という未来の言葉には、色々な意味が込められている。
それは当然“セットが壊されたからどうするのだろう”という意味が正解だが、その場にいる悠斗と夜月にとっては“今ユイがいなくてどうするのだろう”という意味にも感じ取れた。
悠斗と夜月は互いにそう察したのか、彼の発言後しばし黙り込む。 そんな中、未来の携帯が突如震え出した。 そして教室内に先生がいないことを確認し、電話に出る。
先生たちは今、5組のセットが壊されたという事件で職員室に集まって話し合いをしていた。
「もしもし?」
『あぁ、未来か? ユイのクラスの物が壊されたんだろ!? ユイは、それをやった犯人は櫻井くんだと言っている』
「は?」
電話の相手は椎野からで、彼は今走りながらかけているのか雑音も入っており聞き取りにくく、かつ突然過ぎて何を言っているのか理解できず混乱する未来。
『今俺は学校へ向かっているから! だからみんなにも連絡して、櫻井くんを捜し出してほしい! これはユイからの命令だ。 真宮には物を作り直すよう、言っておいてくれ!』
「・・・分かった」
『あ、見つかったら必ず俺に連絡するように! じゃ!』
そして、一方的に切られる電話。 未来は耳からゆっくりと携帯を遠ざけ、ここにいる二人に向かって口を開く。
「ユイからの命令だ。 5組のセットを壊したのは櫻井らしい。 今からみんなにも連絡して、櫻井を捜し出すぞ」
「え? ・・・あぁ、分かった。 じゃあ俺、みんなに伝えてくるわ」
“ユイからの命令”ということで、文句を言わず未来の指示に従う夜月。 彼が教室から出て行ったのを確認し、未来と悠斗は5組の教室へ向かった。
「真宮!」
5組の教室には入らず、ドアのところから真宮に向かって声を上げる。 彼は今、黒板の前で一人立ち尽くしていた。
手には携帯が握られており、表情を見る限りとても大丈夫そうには見えない。 藍梨も友達と一緒にいて、不安そうな顔をしていた。
クラスのみんなは苛立ちが隠し切れず大声で怒鳴っている者もいれば、絶望感を漂わせ空気と一体化し静かにしている者もいる。
そんな光景に一瞬同情しながらも、未来は自我を保ちながら声を張って彼に言い渡す。
「真宮! 櫻井は俺らが捜す。 だからお前は、この場をちゃんと仕切れ!」
未来の声は5組の男子の怒鳴り声によりかき消され、あまり真宮の耳には届いていなかった。 だけど一応は聞き取れたようで、その言葉に反応する。
「でも・・・。 そんなこと、俺には・・・」
彼の発したその声はとてもか細く、未来の耳には当然届いてこなかった。
未来たちには知る由もないが、真宮はみんなの前で堂々と立てるタイプではない。 そのことは結人だけが理解していた。
副リーダーというポジションも結人のことを一番よく知っていて、かつみんなの些細な変化にも気付けるということから、その地位に就いただけだった。
もちろんクラスの学級委員や班長すらも、担当したことがない。 だからクラスのみんなをまとめ上げるなんて、真宮にとってはとても厳しいことだった。
だがそんなことを知らない未来は、ズバズバと彼に向かって物を言っていく。
「あぁ? 何言ってんのか聞こえねぇ! とにかく、お前が今ここを仕切らないでどうすんだ! ユイからの命令だぞ!
俺たちも懸命に捜すから、真宮も今やるべきことを懸命にこなせ。 分かったな! ・・・悠斗、行くぞ」
未来は真宮の返事を聞かずに、悠斗を連れて5組から離れて行く。
未来と真宮が話している間、他のメンバーはとっくに行動に移していた。
「誰か上の階も見て来い!」
「先輩のいる階なんて、流石に櫻井でも行かねぇって!」
「俺全ての男子トイレを捜してくる」
「じゃあ俺は空き教室!」
彼らはメールや電話を上手く使いながら、櫻井というただ一人の少年を捜し続ける。
今は文化祭の準備のため廊下には教室から出ている生徒も多く、みんなは特別に目立ったりはしない。
「誰か体育館も見に行った?」
「あ、体育館近いから俺が行く!」
「今昇降口にいるんだけど、下駄箱を見たら櫻井の外靴はあったよ。 つまり校舎内にいるっていうことかな」
「・・・」
「あれ、外にはコウが行ったよね?」
「・・・」
その連絡をもらい、コウからの返事がなく不思議に思った優は彼に電話をする。
「あ、コウ? 靴はあるから校舎内にいるって! だから早く戻って来て!」
『あ、そうなのか? ならもっと早く言えよ、結構走り回ったから疲れたわ・・・。 分かった、今から戻る』
その頃、他のメンバーには違う連絡が届く。
「椎野がもうすぐ学校へ着くって!」
「誰か迎えに行ってやって。 近い奴!」
「あ、じゃあ俺が行く!」
「おう、御子紫頼んだ!」
普通なら一番近い者はコウのはずだが、彼は優と電話をしていたためそのような連絡は知りもしなかった。
そして椎野が来たという連絡を聞き、御子紫は走って昇降口へと向かう。 そこへ着くと同時に、椎野も現れた。
「椎野!」
「あ、御子紫! 櫻井くんは見つかったか?」
「まだ見つかっていない。 みんなで手分けして捜しているんだけど」
「外は?」
「外はコウが捜してくれていたけど、外靴は下駄箱にあったみたいなんだ」
椎野は御子紫と今の現状の確認を取りながら上履きに履き替え、走って職員室へと向かう。
「じゃあ俺、先生のところへ行ったら外捜しに行くわ」
「は? だから櫻井は校舎内にいるって」
「それはまだ分かんねぇだろ! 悪い、俺の荷物を預かっていてくれ。 先生に挨拶をしたら、すぐに外へ向かうから!」
そう言いながら椎野は御子紫に自分の荷物を渡し、職員室の中へと入っていった。