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文化祭とクリアリーブル事件㊲




1年5組 


―――・・・俺なんかに、できるかよ。

結黄賊の仲間が櫻井を捜している頃、5組にたった一人残された少年――――真宮浩二。 まさに今、真宮の目の前には一つの試練というものが行く手を阻んでいた。
結人と先程まで繋いでいた携帯電話を片手に、黒板の前でひっそりと立ちすくむ。 足は、ほんの僅かだが恐怖で震えていた。 真宮は結黄賊の副リーダーだ。 
だからみんなにはしっかり者のイメージを持たれているが、実際はそうではない。
最初は言われて嫌々ながらやっていたものの、だんだんと慣れていくうちに副リーダーという役職が身に付いていった。
その勢いでいけば、自分のクラスだってまとめることができるだろう。 そして、今すぐにでも物を作り直しているところだ。
もっと言えば、隣に結人がいてくれたら一人でも言えることができたのかもしれない。 自分が発言して何かをしでかしたとしても、彼がきっとフォローに入ってくれるから。
だけど今隣には――――誰もいない。 違う言い方をすれば、味方がいない。 こんな状況で、この場をまとめることができるのだろうか。

―――でも・・・ユイの、命令なんだよな。

真宮にとって“結人の命令”は絶対だった。 他のメンバーとは違い、真宮は結人に対して強く忠誠を誓っていた。
だから当然、ここは彼の命令を従わないわけにはいかない。 真宮は一度、教室全体を見渡した。 そこで目の前に広がるもの。
まず一番最初に視界に入ったのは、結人の彼女である藍梨だった。 彼女は風紀委員である。 そのため文化祭の準備に入ると、委員会から呼ばれることも多々あった。
そんな藍梨を結人なしで行かせるわけにはいかないと思い、結人が入院している間ずっと彼女の傍に付いていてあげた。
他に、最近の立川はかなり物騒なため一人で帰らせるわけにもいかず、真宮の家に泊まらせたりもしていた。
もちろん副リーダーである真宮のことだから、彼女を家に泊まらせることに関して誰も口を出す者はいない。 そして藍梨以外に目が付くもの。 
それはクラスの委員長だった。 今は副委員長と話し合っており、その表情からは焦りが感じられる。 他に、男子は物凄く荒れていて、落ち着かせるだけでも難しい状態。 
女子は、どうすることもできなく泣いている者もいた。 そんな彼らの光景を見て、真宮は思う。

―――俺が今、みんなの前に出ないでどうするんだよ。
―――ユイにはたくさん迷惑をかけたんだ。 
―――だからこれ以上迷惑をかけないよう、せめてここにいるみんなはまとめないといけない。
―――・・・今の俺には、ユイのためにそれくらいしかできないだろ。

そこで左手に持っている携帯を強く握り締めた。 その行為は“ユイに見守っていてほしい”という願いからなのだろうか。
真宮は握り締めている携帯からパワーを感じ取り、目付きを変えて教室にいるクラスメイトに向かって大きな声で言葉を発した。
「みんな、聞いてくれ!」
その一言により、教室にいる生徒は一斉に静まり真宮に注目する。 そんな彼らの咄嗟の行為に一瞬動揺するも、力強く言葉を紡いでいった。
「今からみんなで、物を作り直そう!」
そう言った後、数秒の重たい沈黙がこの教室に訪れた。 だけどその静かさはすぐに消え、みんなは徐々に騒ぎ始める。 
そんな中、クラスの男子らが真宮に向かって声を上げてきた。
「何を言ってんだよ今更。 こんなでけぇの、今から作り直すなんて無理に決まっている」
「そうだ。 しかもクラスみんながこんな状態じゃ、作り直す気力すら出ねぇよ」
向かって飛んでくる言葉はどれも否定するものばかり。 だがそこで、彼らとは違う意見を言ってきた男子が一人いた。

「つーか・・・これをやった犯人、櫻井なんだろ?」

―――・・・え?

その一言で真宮の思考は一時停止し、様々な不安が沸き起こる。
―――どうして櫻井がやったと分かったんだ?
―――もしかして、櫻井がやったところを見ていたのか?
―――・・・それとも、さっき未来が言っていたのを聞いていたのか。
混乱を起こし何も言葉を発せない状態になっていると、他の男子が真宮の代弁してくれた。
「どうして櫻井だと分かったんだ? アイツがやったところ、見ていたのか」
「いや、見ていないよ。 だってほら、ここにいねぇのは櫻井だけじゃん。 普通に考えて、ここにいない奴が犯人だろ」
素人が考える当たり前な理由だと思いホッとするのも束の間、真宮には違う感情が沸き起こってきた。

―――櫻井が、標的にされる。

誰かが標的にされるのは、結黄賊のみんながとても嫌う行為だった。 誰一人、そうなることを望んではいない。
もし誰かが標的にされたら、みんなはその者を身体張って守っていた。 そう瞬時に察した真宮は、彼らに向かって言葉を紡いでいく。
「まだ本当に櫻井がやったっていうことは、証明されちゃいないだろ?」
「ここにいないことが、もう証明されてんじゃねぇか」
「何だよ、真宮は櫻井を庇うのか?」
思っていた通り、真宮の意見に反対する言葉たち。 誰もフォローしてくれる者がいない今、とても心が折れそうだった。
―――でも、こんなところで負けている場合ではない。
―――おそらく物を壊した犯人は、櫻井だということで合っているだろう。 
―――かといって、櫻井を標的にするのは許さねぇ。
そこで何とか自我を保ち、折れそうになる心を自らの気合で支え続ける。 そして先程から櫻井を犯人扱いしている男子らに向かって、強く言葉を放った。
「・・・櫻井を、責めないでやってくれ」
「は?」
一人の男子が鋭い目付きで睨んでくるが、その恐怖に震えながらも何とか耐える。 そして真宮の鼓動は、少しずつ早くなっていった。

「・・・櫻井が最近、劇の練習を頑張っているのはお前らだって知っているだろ。 
 劇の準備をしている時は真面目に台本と向き合っていたし、放課後も残って練習をちゃんとしている。 櫻井が今頑張れているのも、全てユイのおかげなんだ」

「・・・色折?」

鼓動が、より早くなっていく。

「あぁ、そうさ。 ユイに何度も励まされて慰められて、それでやっと今の櫻井がいるんだ。 お前らだって気付いていたはずだ、最近二人は一緒にいることが多いって。
 それも全てユイの優しさなんだよ。 どうしても主役をやり遂げてほしくて、自分の時間を削ってまで櫻井に付いていたんだ」

「それがどうした」

鼓動が、もっともっと早くなっていく。

「それで次第に櫻井はユイに心を開いていった。 最近櫻井の笑顔が増えたのも、ユイのおかげなんだ。 櫻井にとってユイは、人生を変えてくれた一番の恩人なんだよ」

「だから、それが何だって言うんだよ!」

大きな声で反発してくるクラスの男子。 その声に一瞬ビビりながらも、構わず真宮は言葉を続けていく。 

そして――――鼓動が、最大に激しくなる。

「でもユイは・・・入院、しちまっただろ。 その現実が、櫻井には重過ぎたんだ。 素直に受け止めることができなかった。 
 今まで自分のことを認めてくれていたユイが入院して、学校へ来れなくなって、櫻井は味方がいなくなったと思い込んでしまった。 ・・・明日、文化祭だろ? 
 ユイは昨日目覚めたけど、まだ文化祭に出れるのかは確定していない。 その事実が更に櫻井を苦しめたんだ。 きっと櫻井は、隣にユイがいないと駄目なんだと思う。 
 自分を傍で支えて助けてくれるユイがいないと駄目なんだ。 だからいっそのこと、劇自体を壊してしまえばいいと考えた。 
 そしたら主役という重い負担がかからなくなって楽になるし、ユイがいなくてもいつも通りの生活に戻れるから。 
 今劇のセットがこうなったのも、櫻井のこれらの思いからだと思う。 だからせめて・・・櫻井の気持ちを、少しでも分かってやってくれ・・・」

これが全て、真宮からの言葉だった。 思っていること全てを、クラスのみんなに伝えることができた。 だが胸の鼓動はすぐには治まらない。
自分の耳に直接聞こえてくる程、とても激しいものとなっていた。 呼吸もまともにできなく、凄く苦しい。 
大勢の前で自分の気持ちを打ち明けることなんて、この時が初めてだったから。 そんな朦朧とした意識の中、心の中で思う。
―――これで、みんなの怒りが少しでも治まってくれれば・・・。
だがここで、思いもよらなかった言葉が真宮の耳に飛び込んできた。

「どうして真宮は、櫻井のことが分かるんだよ」

「え・・・」

それに対してのいい返事が見つからず、思わず言葉に詰まってしまう。 だがその質問には、答えることができなかった。 だって――――

―――分かってしまうんだから、仕方ないだろ。

真宮は椎野と似ており、相手の思考、感情を読み取ることが得意だった。 いや、正確に言うと得意ではない。 嫌でも相手のことが分かってしまうのだ。
だが真宮はこの性質をあまり好んではおらず、たまに人のことを読み取り過ぎて苦しく思い悩んでしまうこともしばしある。
だけど結人は、そんな性質のことを『凄い』と言っていつも褒めてくれていた。 『結黄賊には必要な存在だ』と。 だから真宮は、自分に自信が持てた。
だがこのことを話しても、きっとここにいる彼らは信じてはくれないだろう。 だからどうにかして納得してくれる理由を考えようとしたのだが、何もいい案が思い浮かばなかった。
だけどこのまま黙っていても逆効果だと思い、素直な気持ちを彼らに向かって綴っていく。

「えっと・・・。 人の考えを分かってしまうのが、俺だから」

「・・・は?」

当然の反応だ。 だけどこれ以上、真宮は何も口にはしなかった。 今彼らに向かって説明しても、無駄だと思ったから。
―――やっぱり、俺一人では無理なんだ。
そう思った瞬間――――真宮にとって、救いの言葉が遠くから聞こえてくる。

「分かった。 俺は物を作り直すのに協力するよ。 ・・・でも色折くんは明日、本当に文化祭には出られるの?」

そう口にしたのは5組の学級委員長だった。 ここで結人の話が持ちかけられ、この場の空気は少しだけ流れが変わる。
「そうだよ、色折はどうすんだ。 アイツ、劇で重要な役なんだろ?」
「色折が来なかったら劇どころじゃねぇし、物を作り直すのにも意味がねぇ」
――――・・・ということは、ユイが明日来るならみんなは物作りに協力してくれるということか。
「真宮、そこはどうなんだよ。 色折は明日、学校に来れる可能性はあんのか?」
「色折の代わりなんて今更誰もできねぇぞ。 そこをハッキリしてもらわないと、俺たちは物を作り直すのに賛成はできねぇ」
結人が来れるのかについてはまだハッキリしていない。 だが今の彼の状態だと、来ることはほとんど不可能に近かった。

―――だけど、俺がユイを信じないでどうするんだよ。

そして真宮は、意を決したように彼らに向かって言葉を放つ。
「じゃあ逆に聞く。 もし明日、ユイが文化祭へ来たらどうするんだ」
「そりゃあ・・・」

「リハビリを頑張っているユイが明日この教室へ来て、今の状態を見たら何て思う? ・・・絶対悲しむだろうな、怒るだろうな。
 ユイはリハビリを頑張ってんのに、俺たちがここで頑張んなくてどうすんだよ。 
 今まで頑張ってきたユイのためにも、セットを全部作り直して明日ユイが文化祭に来るのを待とうよ。
 今俺たちができるのはそれじゃないのか? 他に何だったら、ユイのためにできるんだよ!」

真宮の正論とでも言える意見に、クラスのみんなは黙り込んだ。 それからしばらくして、再び学級委員長が口を開く。
「・・・そうだね。 色折くんが明日気持ちよく来れるように、セットを作り直そう。 まだ文化祭は終わってなんかいない。 
 役者のみんなもセット直しを手伝ってくれれば、十分に時間は足りると思う。 だから役者のみんなも、セット直しに協力してくれるかな」
その言葉に、クラスのみんなは次々に顔を縦に振っていく。
「真宮くん、俺たちを励ましてくれてありがとう。 真宮くんの言葉のおかげで、俺たちはこの絶望の中から救われたよ。 色折くんのためにも、一緒に頑張ろう」
「え・・・? ・・・あぁ、うん」
「よし、じゃあみんな! 早速セット直しに取りかかろう!」
委員長の一言で、クラスのみんなは一斉に動き始める。 先程真宮に反論していた男子たちも“色折のためなら仕方ないか”と呟きながら作業を始め出した。
―――これで・・・よかったんだよな。
最後は委員長のおかげでこのクラスはまとまったのだが、真宮は突然の動きに何が起きたのか分からずしばし黒板の前で立ち尽くす。
すると目の前に、突然藍梨が現れた。
「真宮くん! 結人のこと、言ってくれてありがとうね。 凄くカッコ良かったよ」
笑顔でそう言ってくれた彼女を見て、真宮の緊張は自然と解れていく。
「あぁ。 ありがとな」
この後少しだけ藍梨と言葉を交わし、クラスのみんながセット直しをしている中に二人も入っていく。

―――あとは櫻井とユイだ。
―――5組は無事にまとめることができた。
―――・・・あとのことは、頼んだぜ。


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