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『やぁ、元気かい?』
「……何でまだいるの? 成仏したんじゃなかったの?」
部屋で本を読んでいた僕を驚かせようとしたのか、突然本と僕の顔の間に割り込むように逆さまで現れたのは先日の依頼人、周竜樹さんだった。
よく見ると透けているし、逆さまで浮いていられるのは彼が幽霊だからだ。
本人が言うには三十三歳で亡くなったそうだけど、見た目はそれよりも若く見える。
この前夏樹を迎えに来たお兄さんは彼にそっくりだ。
どこにでもいそうな顔に人懐こい笑みを浮かべている。
要と楓を足して二で割ったような雰囲気でおじさんと呼ぶには少し若い。
いつでも人に囲まれてそうなタイプだ。生きていれば、の話だけど。
『最後にお礼を言いたくてね』
「僕はほとんど何もしてないよ。竜樹さんの言う通りに動いただけだし」
『それでも、だよ。君と出会えてなければ、家族と話す事すらできなかった。本当に、ありがとう』
夏樹達が良い方向に変わった、と改めてお礼を言われた。
竜樹さんとは、一ヶ月くらい前に出会った。
夏樹の後ろをずっとついて歩いて、夏樹が家に入った後はずっと家の前でウロウロしていたから、思わず声をかけてしまったんだ。
「ストーカー? 良い歳して女の子つけ回すとか恥ずかしくないの? それとも警察呼ばれたい?」
『違うっ! ここは僕の家だし、あの子は僕の娘だ! ……って、坊や、僕が視えるの?』
「視えるよ。って事はおじさん幽霊? 何で自分の家に入らないのさ?」
僕の問いかけに慌てて答えたその言葉にしまった、と思った。
そう、僕は幽霊が視える。
いつもなら幽霊か生きた人間かくらいは区別がつくのに、この時は間違えてしまった。
声をかけてしまったからには仕方がない、と話を聞く事にしたのがきっかけで。
僕にしか視えない相手と路上で話し込むわけにはいかないので家に来てもらって、色々話をした。
竜樹さんから自分のせいで家族に辛く当たられているという夏樹の事を聞いて、僕も何とかしてあげたいと思った。
僕と夏樹は、あまりにも似すぎているのだ。
きっと僕が要と出会わずに大きくなったら、夏樹のようになっていたに違いないと思えるほどに。
竜樹さんが言うには、可南子さんを変えるのは簡単。
竜樹さんのいう事は素直に聞くからだそうだ。
問題は、冬樹さんと夏樹。
冬樹さんは何かきっかけがないと、自分がしている事が酷い事だって気付かないだろうって。
ただ言って諭そうとしても、自分が間違っていると理解できなければ何を言っても効果がないそうだ。
夏樹も同様。
可南子さんや冬樹さんが夏樹自身に否定的な態度を取り続けるものだから、自分を守るために向き合うことを放棄してしまっているらしく。
夏樹自身が変わらない限り、可南子さんや冬樹さんが態度を改めたところで受け入れないだろうって。
一度攻撃的な態度を取られると、人間ってその人に対して身を守るために鎧を着てしまうんだって。
相手が態度を改めても、一度着た鎧はなかなか脱げないものだって言ってた。
良くわからないけど、このまま竜樹さんが何かを言っても無駄という事だけはわかった。
だから、一芝居打つことにした。
竜樹さんから二人がどういう性格で、どう言えばどう行動するか詳しく話を聞いて、今回夏樹が自殺しようとしていると見せかけるよう誘導していった。
『上手くいって良かったよ』
「そうだね」
結果は先日見た通りだ。
夏樹が自殺すると勘違いした冬樹さんが夏樹を探しに来て、泣きながら謝っていた。
それで夏樹も冬樹さんの謝罪を素直に受け入れていた。
「ん、あれ? でも夏樹の変化に関しては、僕は本当に何もしていないよ?」
『いや、してくれたよ。夏樹が辛い時、支えてくれた。何も聞かずに、傍にいてくれただろ? 夏樹には、受け入れてくれる存在が必要だった』
「それは、僕というよりほとんど楓だった気が……」
本当に、あのおっさん良い所ばかり持ってくよな。
『いやいや、君が色々と動いてくれたおかげだよ。ありがとうね、小さな配達屋さん』
「配達人な。……いくら竜樹さんがいたからって、今回の仕掛けは犯罪だからね? もうやらないよ?」
今回僕がやった事と言えば。
夏樹に配達人の話をして手紙を無理やり書かせた事。
夏樹の家に不法侵入して、その中から遺書っぽい手紙を回収した事。
夏樹の境遇や性格から、手紙を書かせれば誰宛てでも遺書っぽくなるだろうと竜樹さんは言っていた。
けれど実際に配達人のポストに入れられたのは遺書っぽくはなかった。
書いている所を見守っていた竜樹さんの指示で書き損じを回収しに行ったんだ。
それから、その手紙を冬樹さんの部屋に置いた事。
竜樹さんの遺品を可南子さんの部屋から回収して夏樹の部屋に置いた事。
竜樹さんが三人に視えるよう僕の身体を貸した事。
幽霊を僕の身体に受け入れている間、どういうわけかその幽霊と親しかった人には僕の姿ではなくその人の姿に見えるらしいんだ。
竜樹さんが竜樹さんの家に入るのは犯罪でも何でもないって言うから、鍵の隠し場所とか聞いてやったけど、やっぱり犯罪だと思う。
わざと頬を膨らませて見せると、ごめんごめん、と笑って言われた。
『ところで、君は何で配達人なんて始めたんだい?』
その言葉に、きっかけとなった出来事を思い浮かべる。
それは、まだ僕がこの能力を嫌っていた頃の事――。