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「おはよう、夏樹。こんなゆっくりで間に合うの?」
「母さんおはよう。大丈夫。いつもこのくらい」

 朝起きて、昨日の事は夢だったのではと思いながら下に行くと、エプロン姿の母さんが笑顔で挨拶をしてきた。
 食卓には昨夜と同じようにたくさん並べられたおかずと、昼食用のお弁当。
 慣れない状況にそわそわしながらも朝食と支度を済ませて家を出る。


「お、おはよう!」

 教室に入ると同時に、中にいたクラスメイト達に向けて挨拶をする。
 梨花以外の人ともちゃんと話せるようになりたい、という決意を実行したのだ。
 緊張で声が上ずってしまったけど、ちゃんと言えた。
 普段挨拶なんてしない私が挨拶したことで、クラスメイト達が驚いた顔をしている。

「おはよう夏樹。どうしたの? 何かあった?」
「おはよう、梨花。うん、あのね……」

 いち早く声を掛けてきた梨花に、この数日で起きた事を話す。
 梨花は兄さんだけでなく母さんもやり直したいと言ってくれた事を、自分の事のように喜んでくれた。

 七年前母さんに殺されかけた後、私を匿ってくれたのは梨花だった。
 それからずっと私たち家族の問題を一緒に抱えてくれていたのだ。

 雰囲気が変わった、とクラスメイト達も集まってきて帰る頃には普通に話せるようになった。
 楓さんの所で知らない人達と会話した事が良い経験になったのかもしれない。
 人と話す事はもう苦にはならなかった。


 放課後、香月君の家に行くと、何故か要さんと楓さんもいた。
 要さんは今日は初日だからね、と微笑んでいた。
 いないから来てくれって事だったんじゃなかったのか、という考えを読んだかのようなタイミングだ。
 楓さんは心なしかぐったりしている。

「あの、もしかして、昨日私が早く帰ってしまったからですか?」
「や、青野さんに付き合わされて朝まで飲んでただけだから」
「ほどほどにしておかないから」

 さすがに二日徹夜はきつい、と力なく笑う楓さんに要さんが呆れたような笑顔を向ける。
 要さんは香月君がいたこともあって早々に帰ってきたらしい。
 青野さんも、確か今日から撮影って言ってなかっただろうか。
 お酒の入った状態で仕事なんてできるのだろうか、と考えていると裾を引かれた。

「夏樹、どうだった? スッキリできた?」
「香月君。手紙書いたよ。うん、もう大丈夫」

 配達人ってすごいね、と教えてくれたことを素直にお礼を言う。
 良かった、と笑う香月君の笑顔につられて私も笑う。
 家や学校だとまだまだぎこちないけれど、ここだと自然と笑顔になれる気がする。

「配達人って、届けた証を置いてくんでしょ? 何かもらった?」
「証……これの事かな?」

 ここへ来る前に受け取ってきた写真の封筒を取り出す。

「写真?」
「夜の虹だって。見た人は幸せになれるらしいよ」

 見たい、と言う香月君の声に急かされながら封筒から取り出す。
 そこに写っていたのは、月の光にも似た乳白色に輝く帯状の曲線で。

「これ、虹?」
「月の光でできるから一色なのかな?」
「……一応七色あるけど夜闇の中だと視認できないみたいだよ」

 二人で首を傾げていると、要さんがスマホで調べて教えてくれた。

「滅多に見られないから、見ると幸せになると言われてるみたいだね」
「幸せになれって事か。これ以上の御守はないな。良かったなぁ、なっちゃん」

 父さんとどんなやり取りがあったかなんて知らないはずの楓さんが、父さんの願いを理解してくれている。
 父さんが私の事を想ってくれていると改めて感じられた。

「お兄さんとよく話し合えたかい?」
「はい。あと、母さんからもやり直したいって言われました」

 そう言った途端に楓さんと要さんは何故か顔を見合わせる。
 どうしたんだろうと思うより先に要さんが口を開いた。

「……良かったね、夏樹さん。ただ、頑張りすぎて、また元に戻ってしまう人もたくさんいる。だから、お母さんが無理しないよう、気を付けてあげてね。距離を置く事も時には必要になるから。その時はいつでもうちに逃げておいで」

 母さんのような人を要さんは何人も見てきたそうだ。
 良くなったように見えても、フラッシュバックと言って何かの拍子に戻ってしまう事が多いらしく、それを心配してくれた。

「ありがとうございます。兄さんも、母さんと二人きりにならないように言ってくれてます。三人で協力すればどうにかなるかと思いますが、もしもの時にはお世話になります」
「うん、いつでも頼ってくれていいよ」

 話の流れでバイトする事を兄さんが賛同してくれたと言うと、要さんから労働契約書と保護者同意書を渡された。
 女子高生が独身男性の家に行くというと色々言ってくる人がいるから、きちんとしとかなきゃって笑ってた。

 色々な話を済ませると、夕食の誘いを断り家に帰る。
 予想した通り、母さんが夕食を用意してくれていた。
 今夜も食べきれないほどたくさんのお皿がテーブルいっぱいに置かれている。

 会話はまだぎこちないけれど、それは仕方がないと思う。
 これから少しずつ溝を埋めていけば良いんだって兄さんも笑ってた。

 天国の父さん、見てくれてる? 会いに来てくれてありがとう。
 私たちはきっともう大丈夫。父さんのおかげで、ちゃんと向き合えたから。
 だから安心して、これからも見守っててね。



 ~夜空の虹・完~

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