第二話 感謝の気持ちを忘れずに
「――あら、おはよう、
リビングへ行くと、エプロン姿の母さんが、おたま片手に挨拶してきた。
で、俺はというと、返事を返すでもなければ席に座るでもなし、唯、ある一点をじぃっと見据えていた。
「ん? どうかしたの、陽太? 母さんのこと、じっと見つめたりして?」
「――へ? あ……。う、うん。な、何でもない! えっと、あ~、は、腹減ったぁ。お、俺、今日は、パンでも食おうかなぁ♪」
あくまでも何気ない風を装い、席へと着いた。
――あ、危ないところだった……。
あろうことか、俺は無意識にも、母さんの
いかん、いかん。どうにも、昨日の発言の真相が気になって仕方がない。
くそ、
ブツブツと独りごちる最中、ふとあることに気づいた。
「あれ? そういえば、琴姉は? さっきから、姿が見えないみたいだけど……」
「
そう言いながら、母さんがテーブルの上に皿に乗った目玉焼きやらを並べていく。
ふ~ん、珍しいこともあるもんだ。普段は、俺と一緒じゃなきゃ登校すらしたくないって駄々こねて大変なのに……。
やっぱり、昨日のこと、まだ根に持ってるのかな?
結局、昨日はあれから、まともに話も出来なかったしなぁ。学園に着いたら、それとなしに話しかけてみるかな?
「あんたものんびりしてないで、さっさと食べて出かけなさい。ったく、いつまで経っても洗い物が片ずかないったらありゃしない……」
やれやれ、飯ぐらいゆっくり食わせてくれよぉ……。
俺は、母さんに急かされる中、早々に食事を済ませると、学園へと向かった。
運が悪い日ってのは、得てしてこういうものなのかもしれない。
学園へと登校して、かれこれ四時間――。俺は、琴姉とは、未だ会えずじまいでいた。
登校時、いつものように正門で朝の声かけをしている琴姉を発見するも、ファンらしき生徒たちに取り囲まれていて、とてもじゃないが声をかけることが出来なかった。
止むを得ず、授業、授業の合間の休み時間を使って、琴姉の様子だけでも探ろうと教室を訪ねてはみたものの、これまた見事なまでの空振り。
う~~む、ここまで擦れ違ってばかりだと、正直、面倒臭くなってきた。
早く何とかしないと不味いのは分かっちゃいるんだけどなぁ……。
そうこうしている内にも、刻一刻と時間だけが過ぎていき――……。
キ~~~~ン~~~~コ~~~~ン~~~~カ~~~~コ~~~~ン!
はーい、皆さん、お待ちかねの昼休み♪
「お~い、陽太ぁ! 飯、食おうぜぇ」
授業終了のチャイムが鳴るや否や、悪友の
今から向かうことも考えたが……う~~~~む。腹が減っては、何とやらってね。ま、とりあえず飯を食ってから考えよう。
そんな俺の決断を後押しするかのように、土方が、机の上に袋の中身を広げていく。
野郎二人で囲む昼食――。ったく、色気も何もあったもんじゃない。
――が、悲しいかな、これが入学して以降、決して変わることのない俺たちのルーティンってやつだ。
中には、女子たちと仲睦まじく会話をしながら、ランチを楽しんでいる
残念ながら、俺たちはそんな高等スキル、到底持ち合わせちゃいない。
そんな彼らに向けて、
「……お前。ホント、好きだな、ソレ?」
「おお、俺の推しキャラ、☆五の『羊の皮を被った
……うん、ツッコミどころ満載のキャラだな。てか、結局、どっちなんだ?
巷でいうところの、『ソシャゲ』ってやつな。
俺自身はやったことないけど、最近はCMなんかでも何かと目にする『今なら、ガチャ〇〇連、無料!』ってな謳い文句でやってるアレな。
まぁ、ソレ自体は構わんのだが、問題はそのガチャの確率なんだよな……。
実際、
いやいや、あり得ねぇって! 体脂肪率でも一%はやべぇって。
だって、詰まるところ、九十九%出ないってことなんだろ?
それって、砂漠で一粒の砂を探すようなもんなんじゃ……。
九十九%だめでも、一%に望みをかけるなんて、お前はどこの世紀末救世主かって話だろ?
しかも、無料ならまだしも、
ゲームの世界で、現実の金を使っていくなんて、俺には到底理解出来ないね。
そんな考えが表情に出ていたのか、
「ま、お前みたいな『勝ち組』には、俺の気持ちは分かりゃしねーよ」
「は? 何だ、その勝ち組って? 俺は、別に彼女もいないけりゃ、リア充でも何でもないぞ?」
「ぶぁっかっ、おまえ!
「はぁっ⁉ な、何言ってんだよ、いくら綺麗だっつっても、自分の『姉』だぞ⁉」
「かぁ~っ、お前は全然分かってないわ。自分がどんだけ恵まれてるのか……。いいか、よく聞けよ⁉」
溜息交じりに、アメリカ人のようなオーバーアクションをみせる土方。
何故だろう? 何かムカつく。
その後、約十分間にわたって、
そして、トドメとばかりに、
「そ・れ・に、その弁当! それだって、どうせ琴葉先輩、お手製のもんなんだろ? その弁当を欲しがる生徒がこの学園にどれだけいると思ってんだよ⁉ 仮にその弁当が、ヤ〇オク、メ〇カリに出品されてたら、俺ぁ、十万出しても競り落としてみせるね! それをお前は、弟だというだけで、何の有難味なければ当たり前のように享受してるんだよっ‼」
「――ぐっ⁉」
まるで、どこぞのせぇるすまんのように、人差し指をドーンと突きつけてくる。
土方の熱弁に、あろうことか一部男子からは、喝采が上がっている。
ま、マジか、こいつら?
――こうして、俺は、圧倒的
でも、ぶっちゃけ、ムカつくが土方のいう事も一理あるか。
確かに、俺は、琴姉に甘えてたかもしれんな。ここ最近は、弁当を作って貰うのも当たり前になってたきらいがある。
今日にしたって、こんだけ怒っててもこうして弁当を作ってくれてたあたりは、マジ感謝だよな。
そう考えると、昨日の事も少し言いすぎちまったかも知んねぇな。う~~~む、仕方ない! 放課後にちゃんと話をしよう。それに、今なら、それほど怒ってないかもしれないしな。
ともあれ、今はせっかく作ってくれた弁当を無駄にしない為にも、じっくりと堪能させて貰うとしますかねぇ♪
琴姉に感謝の念を捧げつつ、何気なしに弁当の蓋を開けてみたところ、その光景を目の当たりにするなり、慌てて蓋を戻した。
「――――⁉」
「あん? どした? 飯、食わねぇのか?」
「へ? あ、う、うん。な、何でもない……。こ、これから、食うところだ」
俺がそう言うと、土方は興味なさそうに再びスマホへと目を戻していく。
――え? な、何だ、今の……? あ、あり得ないものが見えたような……。
……お、落ち着け、俺……。とりあえず一旦落ち着こう。み、見間違いさ、きっと、そ、そうに決まってる。
そ、そう! ゆ、
ね、寝不足で、げ、幻覚を見たに違いない! うん、きっとそうだな。
ひとまず、弁当箱から手を放すと、それこそ、暗示をかけるが如く、自らに言い聞かせていく。
――五分後。
ようやっと、平静さを取り戻したところで、改めて蓋を開いてみるも、その先には、
緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑緑……。
俺の目に映りこんできたのは、弁当箱全体に広がりを見せる圧倒的なまでの緑。
ち、ちきしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼ やっぱりかぁああああああああっ⁉ 目に良さそうじゃねぇか、こんちくしょぉおおおおおおおおおおっ‼
――……何、これ? てか、マジで、グリンピースしか入ってなくね⁉
試しに、箸であちこち弄ってみるも………………やはり無い!
茶色の弁当ってのは、よく耳にするけど、オール・グリーンの弁当なんてのは、滅多にお目にかかれねぇぞ。
『緑を添えて、お弁当に彩りを♪』なんてキャッチコピーの料理本を見たことあるが、断じてこういった意味じゃねぇ!
てか、こんなに大量のグリンピース……。どこで仕入れてきたんだよ?
「うわぁ、おま、それ凄いなぁ? どんだけ、グリンピース好きなんだよ?」
こちらの異様さを察したのか、気が付けば土方が弁当を覗き込んでいた。
「お、おう……。ま、まぁな。さ、最近、そ、その……や、野菜不足だったからな……」
「へぇ~、流石、琴葉先輩。やっぱ、弟の栄養面もちゃんと考えて料理してるんだなぁ」
そんな俺の言葉を受け、感心したような声を上げると、持っていた焼きそばパンを美味そうに――それはもう、実に美味そうに貪り食っていく。
「……ごくっ……」
うぅ、隣の芝生は青く見えるっていうが……くそ、俺の弁当の方が、青々しとるわっ!
くっ、グリンピースを入れるとは、確かに言ってたが、まさか、こういった手を打ってくるとは……。
俺は、改めて、琴姉の怒りの深さを思い知らされた気がした。