バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第一話 告白

  時は、放課後――。場所は、学園の屋上――。

 俺こと、結城陽太(ゆうきひなた)は、十六年の人生において、初の告白というやつを受けていた。
 今朝、学園へと登校すると机の中には、新聞やら雑誌やらの文字を切り抜いて作ったような、実に斬新な怪文書(ラブ・レター)が一通。
 色々な意味で驚かされたが、中を開いて読んでみた感想はというと……。

 なんて、いじらしい子だろう。

 余程、恥ずかしかったのだろう……。筆跡から自分の素性がバレるのを恐れ、かと言って、友人に代筆を頼むでもない。何故なら、交友関係を洗えば本人に辿り着いてしまいかねないからね。

 更に、居住地を特定されないように、日本中至るところの新聞、雑誌を使って切り抜きを行ってるのも見事の一言に尽きるね。これなら、ほぼ特定は不可能。それに、恐らくだが、この分では、指紋も完璧に拭き取られていることだろう。

 ああ、なんて、奥ゆかしくもいじらしい子なんだろう。
 うん♪ とりあえず、すぐさま警察に通報した方が良さそうだな。

 一瞬、マジで通報することも検討したが、非常に残念なことにこういった事をする人物に心当たりがないわけでもなかったので、通報だけは勘弁してやった。

 そして、あれよあれよと瞬く間に時間は過ぎ去り、現在、俺の目の前には、夕暮れを背に先ほどから何かに憑りつかれたかのように喋りまくる一人の女子生徒の姿。

 うん。まぁ、予想通りというかなんというか、九分九厘、間違いなく、この怪文書(ラブ・レター)の製作者だね、うん。
 まぁ、あとは口で説明するよりも、実際見て貰った方が早いか。

 では、どうぞ、3・2・1・ハイッ!

 夕日が雪原を紅く染めるかのように、その白く繊細な頬をあかね色に染め上げ、俺へのありったけの胸の内(想い)を言葉にしていく。

 俺の良いところ、俺の好きなところ――。

 それこそ、聞いている(こっち)の方が赤面してしまいそうだ。

 あらかた出尽くした後(きりがないので俺が止めた)、少女は、すっと瞼を閉じる。
 落ち着きを取り戻すべく、あえて一呼吸間を置きたかったのだろう。

 ややあって、(おもむろ)に開かれた、その瞳からは、何やら決意めいたものが垣間見えた気がした。

 緊張した表情のもと、窮屈そうに制服を押し上げるDカップ(推定)の胸にそっと手をあて上目がちに俺の目をじっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「あ、あの、わ、私……。ず、ずっと、前から……。ひ、陽太(ひなた)くんのこと……。だ、大好き、でした! お、お願いします、わ、私と、お、お付き合い……して下さい‼」

「――無理。それと、俺、今日見たい番組あるから、もう帰ってもいいかな?」

 間髪入れず、キッパリお断りすると、くるっと体を翻し来た道をスタスタと戻っていく。

 そんな俺の真横を一陣の風が吹き抜けていったかと思えば、今まさに、俺に告ってきたばかりの少女が先回りして行く手を塞いでいて。

「ち、ちょっと待ちなさいよぉ! 女の子が、顔真っ赤にして告白してるんだよ? 少しは、迷ったりしたらどうなの? てか、断らないでよぉ!」

 えぇ~、んな、無茶な……。

 上気した顔で、憤然とこちらを睨みつける少女に対し、逆にこちらから問うてみた。

「いや、むしろ、どうして付き合えると思ったわけ?」

「――⁉ ひ、酷い……よ。そ、そんな言い方……。ど、どうして、そんな意地悪、言うの?」

 俺の心無い言葉(?)を受けるや否や、少女はその美麗な顔を悲しみに沈ませた。

 う~む、これは、何も彼女だけに限った話でもないが、女ってのはどうしてこうも自分本位なのかねぇ?
 (こっち)気持ち(意見)は度外視で、その癖、自分の気持ち(主張)だけはキッチリ通そうとするし、ダメならすぐブチ切れるし……。
 世界が自分中心に動いてるとでも本気で考えてるのか?
 これが、逆の立場なら、キモいだなんだと言われた挙句、次の日には学園中に知れ渡ってて、それこそ、登校拒否(引きこもり)まっしぐらだぞ。

 そんな事を考えていた矢先、

「――っ⁉」

 何かに驚いたかのような表情を見せたかと思えば、束の間の静寂の後、青ざめた表情と共に、震える声で話しかけてきた。

「も、もしかして、わ、私が……と、年上、年上だから、ダメ……なの?」

 うん、期待を裏切らないというかなんというか、これまた見事なまでに的外れな事を……。

「いや、だからね、そういうことを言ってる訳ではなくてね……」

「――た、確かに、私は、ひ、陽太くんより、と、年上だよ……。そ、それに、生徒会長もやってるし、成績も常にトップだし、運動神経も抜群だし、スタイルも良いし、男子から月に四十回は告白されてるし、料理も得意だし、性格も良いし、校内でも慕われてるし――……」

 伏し目がちに少女が自らを省みていく。
 うわぁ~、すげぇ自慢。まぁ、全部、事実だから仕方ないけど……。でも、月に四十回も告られてるってのは初耳だぞ?

「こ、恋人がダメなら、そ、そう、ぺ、ペット……。もしくは、せ、『性奴隷』でも構わないっ! いえ、む、むしろ、そっちでお願いします!」

 尚も食い下がってくる少女。てか、生徒会長が性奴隷は流石に不味いだろ? 色んな意味で……。

「ど、どうしてぇ? こんなに頼んでも付き合ってくれないの? だ、ダメなところ、あったら、直すからぁ! せ、整形でも、特殊メイクでも、するからぁ!」

 うわぁ~、何、この少女漫画みたいな展開。てか、ホント、人の話聞かねぇなぁ!
 とはいえ、流石にいつまでもこの茶番劇に付き合ってるわけにもいかない。こっちにも、テレビ(先約)ってもんがあるんでな。

 止むを得ず、俺は、とっておきの言葉(カード)を切ることにした。

「――いや、だから、人の話を聞けって! どうしたもこうしたも。そもそも、『姉弟』で付き合うってこと自体、ありえねぇからっ!」

「――――⁉ ……っ……ひっ……。う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん‼ ひ、ヒナちゃんの、ぶぁかぁああああああああああああああっ! お、おまえのママ、でべそぉおおおおおおおおおおおおおっ‼ ぐすっ、あ、明日の……お、お弁当……ひっ……ひ、ヒナちゃんの、だ、大嫌いな、グリンピース、入れてやるんだからぁあああああああああああああああっ‼」

 これが、トドメとなった。

 この一言(カード)が相当堪えたのか、琴姉(ことねぇ)の大きな黒曜石の瞳はみるみるうちに潤んでいき、瞳に溜った涙は限界を超えたダムが決壊するかの如く溢れ出すと同時に、俺への悪口(?)らしきものを残し、腰まで流れる艶やかな黒髪を靡かせ、泣き喚きながら走り去っていってしまった。

 台風一過、とでもいったところか。

 放課後の屋上に、一人ぽつーんと残された俺は、天を仰ぎながら嘆息する。

 はぁああああ……。どっと疲れた……。にしても、琴姉にも困ったもんだなぁ。いつまで経っても、弟離れできないんだから……。しかも、グリンピースって……子供か⁉

 そんな姉の言葉に苦笑しつつも、夕日を背に受けながら琴姉が残していた軌跡を辿って、家路へと急いだ。

 その道すがら、ふとした疑問が頭を過った。

 ……てか、俺たちの母親って、でべそだったの?

 衝撃の真実(?)を知らされ、思っていた以上の動揺を覚える俺であった。

しおり