文化祭とクリアリーブル事件㉛
文化祭二日前 昼 沙楽総合病院 結人の病室
(ん・・・。 ここは・・・どこだ・・・?)
結人は今、真っ白な世界にいる。 自分の姿は色が付いてハッキリと見えるのに、周りには色なんてものはなく、ただただ白かった。
(俺・・・こんなところで、何してんだろ)
(何か、あったっけ・・・)
(うッ・・・いってぇ・・・)
思い出そうとすると急に頭が鋭く響き、右手で痛くなったところを優しくさする。
(つか、みんなどこにいんだよ・・・。 藍梨は・・・? 真宮は・・・?)
「ユイ―、今日も元気かー?」
(え・・・?)
「今日も来てやったぞ。 あ、空気の入れ替えでもしておこうか」
(その声・・・椎野か?)
(椎野、お前今どこにいんだよ!)
(俺の前に出てきてくれ!)
「そういやさぁー、未来がまた一人で行動しているっぽいんだよねー。 それで真宮が困っていてさ。 まぁ、大事にならなきゃいいんだけど」
(未来?)
(未来がどうしたって言うんだよ)
「なぁ・・・ユイ。 俺たち、やっぱり将軍がいないと駄目みたいだ」
(おい、椎野・・・?)
(さっきから何を言ってんだよ)
「・・・ユイは、いつになったら目覚めるんだ?」
(は?)
(俺は起きているぞ?)
(どういうことだよ・・・。 ここは、夢ん中なのか?)
(おい椎野、頼むから俺に気付いてくれよ!)
「まぁ、ユイがそんなに起きたくないって言うなら・・・」
(?)
その言葉を最後に、椎野の声は聞こえなくなった。 それから――――数秒後。
「・・・痛ッ!」
―ハッ。
―――・・・え?
結人はあまりの痛さに反応し、勢いよく目を開く。 すると目の前には、先程と変わらない真っ白な空間が広がっていた。
―――ここは・・・。
「ッ、ユイ!」
自分の名を呼ぶその声の方へ、視線だけをゆっくりと動かす。
「しい・・・の?」
「ユイ、大丈夫か!? ちょ、今すぐ先生を呼んでみんなに連絡してくる!」
―バタン。
そう言い終わるのと同時に、扉の閉まる音がこの空間に響き渡った。 だが未だに自分の置かれているこの状況が理解できず、身に起きた出来事を必死に思い出す。
―――ここは、病室か・・・?
―――・・・そうか、俺・・・階段から、突き落とされたんだっけ・・・。
―――俺を、落とした奴は・・・。
「うぅッ・・・」
やはり過去を辿ろうとすると頭が痛くなり、これ以上のことは思い出せなかった。 そして今の状況では何もできないため、真っ白な天井をぼんやりと眺めてみる。
―――・・・みんな、今頃何してんだろうな。
―――つーか、俺こそこんなところで何をやってんだろ。
―コンコン。
「結人くん! 痛いところはないかい?」
ノックが聞こえた後すぐにドアが開き、そこからは一人の医師と数人のナースが入ってきた。 椎野の姿はまだ見えない。
「あの・・・。 俺・・・」
「大丈夫、ここは病院だ。 結人くんの意識が戻って本当によかったよ」
そう言われるもまだこの状況が上手く理解できず、何を返したらいいのか分からないため黙り込んでしまう。 それから数秒後、椎野が病室へ戻ってきた。
「あぁ、真くん。 結人くんは自然と目覚めたのかい?」
医師が後ろへ振り返りながらそう尋ねると、彼は結人のもとへ近付きながら答えていく。
「あ、いえ。 ユイの腕を強くつねってみたら、起きました!」
―――?
「え? ・・・あぁ、そうか」
椎野から出たまさかの答えに言葉を詰まらせながらも、医師は結人の方へ向き直る。 そしてこの後、色々な検査を受けつつたくさんの質問をされた。
自分の名前や住所、生年月日など個人情報ばかりを聞かれては、その質問に丁寧に答えていく。 これはつまり、意識がちゃんと戻っているのかを確かめるためなのだろう。
「よし。 結人くんは異常なしだな。 安静にしているんだよ。 入院生活は、まだ長いからね」
その言葉を言い、ここにいる医師とナースはこの病室から静かに出て行ってしまった。
そしてこの場に取り残された椎野は、ベッドの隣にある椅子に腰をかけ微笑みながら口を開く。
「ユイ、よかったな。 ユイの骨は丈夫でどこも折れてはなかったみたいだ。 だから一応、全身打撲で済んだみたい」
「・・・」
そう言われるも、自分自身の怪我なんてどうでもよかった。 それよりも、他に考えることが今はあるのではないか。 そう思い、再び自分の頭で考え始める。
―――俺たちは結黄賊・・・仲間・・・真宮・・・藍梨・・・5組・・・劇。
―――・・・劇?
“劇”というワードが突然頭に浮かび、ベッドから勢いよく起き上がろうとした。
「うッ、痛ッ!」
「おいユイ、無理すんなよ! 全身打撲なんだから、急に動くのは無理に決まってんだろ!」
椎野はそう言いながら結人が起き上がるのを防ぎ、身体を支えてベッドに横たわらせてくれる。 こんなにも身体中が痛いだなんて、思ってもみなかった。
というより、こんなものを味わうのは人生初めてだった。 首だけならまだしも、腕を上げたりするだけでかなりの激痛が襲ってくる。
だが今はこんなことに負けている場合ではなかった。 そこで椎野に向かって、大きな声で言葉を放つ。
「でも俺櫻井との約束があるんだ! 今すぐ行かねぇと!」
「は? 何だよ約束って」
「頼む行かせてくれ! うッ・・・」
そう言って再び起き上がろうとするが、やはり身体は言うことを聞かない。 そんな結人を見て、椎野はもう一度身体を抑え付けベッドに横たわらせる。
「だから何の話をしてんだよ! ユイは今、何日だと思っている!」
「・・・は?」
そう言われ病室内を見渡すが、ここには時計もなくカレンダーもない。 だからそんなことは分かりっこなかった。 いや、それよりも――――
―――何日って、何だよ。
―――普通に、一日経っただけじゃないのか?
椎野の言っていることが分からず黙って次に出る言葉を待っていると、彼は口を開き静かな口調でこう言った。
「・・・文化祭、二日前だよ」
―――それは・・・つまり。
「・・・ユイは、5日間ずっと眠っていたんだ」
「ッ・・・!」
彼から出た思ってもみなかった発言に、思わず言葉を詰まらせる。 そして二人の間には、気まずい空気が流れ込んだ。
―――5日間?
―――何を言ってんだよ椎野は。
―――そんなわけがないだろ。
―――文化祭二日前って、今頃みんなは何をしているって言うんだよ。
―――それにクリーブル事件だって、まだ解決していない。
―――未来と夜月の喧嘩だって!
結人の頭には次々と過去の記憶が蘇ってくる。 だけどそんなに時間が経っていると知らされたら、身体には力が入らなくなってしまった。
―――今更俺がどんなに足掻こうとも、今の事態は変わりやしない。
―――・・・今の俺には、どうすることもできないのか。
そこで椎野の方へ視線を移すと、ふと一つの疑問が浮かんできた。
―――どうして他のみんなはここにいないのに、椎野だけいるんだ?
―――・・・あぁ、そうか。
―――椎野も今、入院しているんだっけ。
「・・・椎野は、明日退院か」
椎野の記憶も辿り自己解決をすると、彼は『文化祭前日には退院して学校へ行ける』と言ってたのを思い出し静かにそう口にする。
「あぁ、そうだよ。 明日の午前中退院して、そのまま学校へ行こうと思ってる」
そして、もう一つの事柄を思い出す。
「じゃあ・・・俺は、文化祭には出れないのか」
結人の身体は、思うように動かなくなっている。 全身打撲と言ったら、一ヶ月リハビリを続けてやっと元の状態に戻れるといったくらいだろう。
それなら明後日の文化祭なんて、今歩くことすらできない結人には学校へ足を運ぶだけでも無理がある。
今まで結黄賊のみんなとダンスの練習を頑張ったり、クラスのみんなで劇の練習を懸命にこなしてきた。 その努力が全て無駄になると思うと、ますます憂鬱な気分になっていく。
だがそんな結人を見かねたのか、椎野は精一杯の笑顔を作りこう言葉を返してきた。
「文化祭に出れるかについては、まだ決まっていない。 でもみんなと話し合って、ユイには外出許可を取ってもらおうと思っている。
・・・まぁ、今目覚めてばかりだし、取れるのかどうか分からないけど・・・」
気遣いながらそう言ってくれる彼に、何故か心が苦しくなる。 だがみんなも気にかけてくれていたと思うと、そこは嬉しくてたまらなかった。
だけどその反面、みんなには迷惑をかけて申し訳ないという気持ちにも心が覆われる。
―――・・・どうして俺が、こんな目に遭ってしまったんだろう。
―――藍梨は今、大丈夫なのかな。
―――他のみんなも、俺が入院したことによって別の事件を起こしていなきゃいいんだけど。
静かにベッドに横たわり心の苦しさを痛感していると、隣にいる椎野はいつの間にか小さな声でこう呟いていた。
「・・・もっと早く目覚めてくれたら、俺はユイを一人占めできたのにな」