文化祭とクリアリーブル事件㉜
数分前 昼休み 沙楽学園 空き教室
結黄賊は今、皆空き教室に集まっている。 昼食時は自然とみんな集合するようになっていた。 この教室には他の生徒は誰もいなく、結黄賊が占領している形となっている。
藍梨は基本友達と一緒に昼食をとっているが、たまにみんなと食べることもあった。 だけど今ここにいないのは結人と椎野だけではない。 未来の姿も、ここにはなかったのだ。
彼はここ一週間みんなとは一緒に行動せず、昼休みになっても顔を出してこない。 放課後は文化祭の準備を終えた後すぐに教室から出て行ってしまうため、声もかけられない。
放課後探して見つけたとしても、結局は口喧嘩になってしまうため引き止めることができなかった。 だから今、この空き教室にいるのは7人だけとなる。
来年は後輩もこの沙楽学園を受験したいと言っていたため、無事に合格することができたら今の昼休みはより盛り上がることだろう。
そして今ここにいるみんなは各自昼食を終え、それぞれ自由な時間を楽しんでいた。 コウと優は相変わらず仲がいいようで、今でも一緒にいる。
北野と御子紫も昨日見たテレビの話で盛り上がっており、その中に悠斗も加わっていた。 結人がまだ目覚めていないというのに、みんなは何も変わらない。
だけどこれは全て表向きの行動だった。 みんなはわざと、結人の話を持ち出さないのだ。 本当は心の中で、ずっと彼のことを心配していた。
「真宮。 さっきからぼーっとしているけど、何かあったのか」
先程『トイレに行ってくる』と言って教室から出て行った夜月が、戻ってきたのか隣の机の上に座りながらそう声をかけてきた。
夜月は全体のことをちゃんと見てくれている、結黄賊の中で兄的存在だ。 いつも後ろから見守っていて、いざとなったら助けてくれる。
だからみんなからの信頼を凄く得ていた。 そして今真宮に話しかけてくれたのにも、彼の優しさが感じられる。
「別に。 何もねーよ」
「ならそんな怖い顔すんなよ。 ・・・それとも何だ、疲れてんのか」
―――あぁ・・・俺、疲れてんのかな。
「何かあったら相談しろよ? 別にみんなの前でじゃなくていい。 俺でも椎野でも、誰か一人にでも悩みを打ち明けてくれるのならさ」
ここで椎野という名を出したのは、彼は人の気持ちを読み取ることが得意なためかしこまらず気楽に話せるから、という意味なのだろう。
そして結人の名を出さなかったのも、夜月なりの気遣いだ。
「あぁ、分かった。 ありがとな」
素直に礼を言うと、彼は優しい表情で頷いてくれた。 そして、みんなが真宮の味方であるということも十分に分かっていた。
~♪
「あ・・・。 やべ、学校なのにマナーモードにすんの忘れてた」
「真宮駄目だよー! ちゃんとマナーモードにしておかなきゃ!」
「ま、授業中じゃなくてよかったな」
突然携帯が勢いよく鳴り出し、慌ててポケットから取り出す。 その音にここにいる仲間は一斉に注目し、優と御子紫がそれぞれ突っ込んできた。
そんな彼らに対して適当に返しながら、電話の相手を確認する。
―――・・・椎野?
まさかと思い、名を見た瞬間すぐさまボタンを押した。
「もしもし、椎野か?」
この時真宮が発した“椎野”というワードに、ここにいる仲間は再び注目する。
『真宮か? ユイが今目覚めた!』
「え・・・。 マジ、で?」
―――ユイが、目覚めた。
『あぁ。 今先生を呼びに行ったところだ』
「そうか。 ・・・よかった」
『じゃあ悪い、俺もう一度ユイの病室へ行くから! 放課後みんな絶対に来いよ、じゃあ!』
―――・・・ユイが、目覚めちまったのか。
一方的に切られた電話を片手に、真宮はその場でしばし立ちすくむ。 その光景を見て、ここにいる彼らは静かに口を開いていった。
「椎野・・・何だって?」
「ユイに、何かあったのか?」
その彼らの問いに、真宮は顔を上げず俯いたまま小さな声でこう答える。
「・・・ユイ、目覚めたって」
「え、マジで!?」
「それ本当か真宮!」
「俺、1組へ行って報告してくる」
「ユイ、意識が戻ったんだ。 よかった」
「今日の放課後は、走ってユイの見舞いへ行こう」
「行く行く! 猛ダッシュで行く!」
夜月、コウ、御子紫、悠斗、北野、優の順で己の今の感情をそれぞれ綴っていく。 今の彼らの顔は、とても眩しい笑顔で満ちていた。
そんな仲間をよそに、真宮は一人空き教室から出て自分の教室へと足を運ぶ。
―――もうユイは、目覚めてしまったのか。
だがそんな彼らとは反対に、真宮は結人が目覚めたという喜びを素直に味わうことができなかった。 いや、確かに目覚めて安心はしている。
だけど、喜ぶことができないのだ。
そして自分の教室へ行き、すぐさま藍梨の姿を見つけた。 結人のことを想っていながらも、友達には笑顔で対応している。 そんな彼女を、少しの間呼び出した。
「どうしたの? 真宮くん」
「・・・ユイ、目覚めたって」
「・・・え? それ本当?」
「あぁ。 ついさっき、椎野から連絡が来たんだ」
「嘘・・・。 よかった、結人が目覚めてくれて本当によかった!」
藍梨はそう言いながら身体を少しはずませ、とても笑顔になった。
目の前で身体を使って素直に喜びを表している彼女に対し、真宮は無理に優しい微笑みを浮かべながら返していく。
「本当、よかったな。 放課後、一緒にユイんところへ行こう」
「うん! もちろん」
―――俺は、どうしたらいいんだろう。
結人と会うのが怖かった。 結人が目覚めることが怖かった。 目覚めるくらいなら“このまま意識不明の状態が続けばいいのに”とも思っていた。
だが彼が目覚めたという報告を聞き、藍梨は元気を取り戻したようだ。 この後彼女と少しの間会話を交わし、もう一人の男子生徒のもとへと向かった。
「真宮・・・くん?」
一人誰とも話さず真面目に勉強している櫻井に、迷惑がかからないようそっと近付く。
「ユイ、目覚めたってさ」
「え・・・。 ほ、本当・・・?」
「よかったら、櫻井も今日の放課後、一緒に見舞いに来るか?」
そう尋ねると、彼は一瞬暗い表情を見せこう返事をした。
「いや・・・。 色折くんのお見舞い、に、は、行きたい、けど・・・。 劇の練習・・・も、したい、から・・・」
「あぁ・・・。 そっか。 明後日だもんな、文化祭。 分かった、俺が櫻井の分までちゃんと見舞いに行ってくるよ」
「う、うん・・・。 ありが、とう」
―――どうして俺は、ユイに会うのをこんなにも怖がっているんだろう。
櫻井との会話を終え、今度は愛のもとへ向かおうとしたが彼女は今クラスメイトと楽しそうに話しているため、邪魔はできず声かけるのを諦めた。
そしてそのまま、4組の教室へと向かう。
―――もしかしたら俺は、ユイに怒られるんじゃないかとでも思っているのかな。
「未来」
珍しく悠斗と会話しておらず、クラスメイトの男子と会話をしていた未来に声をかけ呼び出した。
―――今の結黄賊は、みんなバラバラに近い。
―――互いに気まずくて壁ができ始めている。
―――そう・・・特に、未来との。
「・・・ユイが、目覚めたってさ」
未来を目の前に、結人のことを報告する。 だが彼は、真宮と一切目を合わさなかった。
―――こんな状況を見て、ユイは一体どう思うんだろう。
―――・・・きっと全て、俺のせいにされるよな。
「・・・そうか」
―――だから俺は、ユイに怒られるのが怖くて会いたくないと思ってしまうんだ。
―――でもこの他に、理由があるとしたら?
「未来も流石に今日は、ユイの見舞いに来るだろ?」
―――怒られるのが怖いというのは、本当の理由ではない。
―――じゃあ、そうでないとしたら・・・。
「・・・あぁ。 今日は、行くよ」
―――俺は、責められるのが怖いって、思ってんのかな。