第二百九十六話
王都。謁見の間。
大勢の貴族が集まる中、俺はレッドカーペットの上で跪いていた。隣にはメイ。セリナやアリアスもいる。すぐ目の前には、王が立っていた。
もう五分はこの姿勢である。
いい加減疲れてきた。けどそれを口にすることも出来ないし、姿勢を崩すことも許されない。
何せ今は授与式なのだから。
「……以上の功績を持って、グラナダ・アベンジャーを準男爵に任ずる」
「謹んで拝命致します。この身、この命。陛下と王国のために」
「その忠誠、期待している」
厳かな声で王は言うと、俺の両肩に儀式用の剣の腹を当て、その剣を横向きにして差し出してくる。俺は頭を垂れたまま両手で受け取った。
この剣が任命と拝命の証であり、貴族である証になる。
装飾されているだけあって無駄に重い剣を俺は腰に差す。
「授与の儀は以上である。此度のそなたらの働き、実に大義である。これからも余のため、国のため、民のため、忠義を尽くせ」
「「「はっ!」」」
王の重圧のある言葉に、自然と声が出た。
今回の一件で、アリアス、セリナは女男爵位に、俺は順男爵に。メイは俺の付き人なので、騎士爵が与えられた。
付き人は基本的に主人以上の爵位は与えられない決まりになっている。故に、メイは
ちなみに俺もフィルニーアの縁戚ではあるが、フィルニーアが貴族身分を退位しているので貴族ではない。
儀式が終わりを告げ、俺たちはゆっくりと退室する。
案内役の宮廷貴族に導かれ、休憩室へと案内された。貴賓扱いなのか、やけに豪華だ。
室内には良い匂いが立ち込めていて、食事が用意されていることが分かった。
「この後、パレードがある。故にここで食事を済ませ、お召し替えして頂く。忙しなくて申し訳ないが、我慢していただきたい」
「ええ、承知しました。ご苦労様ですねぇ」
着飾って、王族らしい佇まいのセリナが代表して答えた。
案内役の貴族は無駄のない所作で一礼して部屋を出ていく。
「と言うことね。ささっと食事を済ませてしまいましょ」
アリアスは軽く肩を竦めてからテーブルに向かう。赤みのあるレースを幾重にも仕立てたドレスが実に似合っているが、本人はあまり嬉しそうではない。
着なれているのだろう、動きに無駄はないが、それと動きやすいのとは違うからな。
湿らせているのだろうハンカチで口を拭ってメイクを取り、アリアスは料理の物色を始めた。
「ルナリーちゃんがいたら喜びそうですね」
「どれもこれも高そうな感じだもんな」
「ちょっと貧乏くさいこと言わないでよ」
「貧乏くさいも何も貧乏人だよ俺は」
アリアスが眉根を寄せながら抗議してくるが、俺は即座に言い返す。
現状、俺の収入は冒険者稼業一本だ。それもまだ新人の部類だから依頼料は安い。まぁ立て続けに大型の依頼をこなしたから貴族街にコスパ最強の屋敷構えたりしてるけど。あ、今回の依頼料もかなりの額になったはずだなぁ。
それでも一般の貴族に比べればまだまだである。
「あれ、そうなんですか? 確か、ウルムガルトさんを通じた商売が大成功したと思うのですけれどねぇ」
「ウルムガルトを通じた商売?」
俺はおうむ返しに訊いた。
確かにウルムガルトの店は一度助けたことがある。大きい商会のボンボンに求婚されて困り果てて頼られたからな。でも、その時は店の手伝いしかしてないし、俺が何かしら商品をプロデュースした覚えはない。
可能性があるとしたら……。まさか。
嫌な予感に狩られ、俺は魔法袋を開ける。
「キリア」
「呼ばれましたか?」
名前を呼ぶと、すぐに返事がやってきた。ちょうど物資の確認をしていたところらしい。
「訊くんだけど、最近お前ら何かした?」
「ああ、フィルニーア帽様がオルカナ様との研究成果を何かアレンジして、ウルムガルトさんに話しかけていらっしゃいましたね。確かそれがバカ売れしたと思いますが」
やっぱり。
そういうことするヤツって言ったら、フィルニーア帽子くらいしかいないと思ってたけど。
「何を売ったんだ……一体」
「魔力によって香りや色が変わるという虹色の石鹸です。一般人レベルの小さい魔力でも反応するので、かなりの反響だそうですよ。連日売り切れで、生産ラインが悲鳴を上げているとか。確か、郊外の専用工場を買い取って、大量生産の準備をしていると思います」
「か、買い取ったぁ!?」
「はい。既に予約でとてつもないことになっているとかで、連日てんてこ舞いの様子です。もうすぐ売り上げのロイヤリティが入ってくるようですが、ちょっとした財産になりそうです。後程収支報告書を作成しますので、ご確認いただけますか?」
「お前ら俺のいないところで何やってんの!?」
淡々と報告され、俺は混乱しながらツッコミを入れる。
「自分の食い扶持くらい、自分で稼ごうって腹だよ」
やってきたのは、フィルニーアのふてぶてしい声。フィルニーア帽子だ。
相変わらず王子の頭に乗りながら口をパクパクさせる。
「食い扶持って……お前ら食費かからねぇだろうが」
「そうは言っても屋敷を維持するためにはやはり経費が掛かってくるものですし、特にフィルニーア帽様は日々研究で物資を消費されるので……正直、ご主人様の在庫は空っぽです」
「いやそれはそれで何やっちゃってくれてんの!?」
「ちゃんとウン十倍にして返してやるさね。まぁそういうことだから」
「そういうことだから、じゃないからね!? お前らちょっと後で説教だからな!」
言葉のカミナリを浴びせてから、俺は魔法袋を閉じる。漏れたのは盛大なため息だった。
なーにやってんだ、アイツらは……。
頭痛を覚え、思わずこめかみを押さえる。
「とりあえず、食べましょう?」
すると、メイが綺麗に盛り付けしたお皿を持ってきてくれた。
そうだな、とりあえず後で説教できるんだし、その時に考えるとするか。今は飯だ飯。
俺はメイにお礼を言って皿を受け取る。程よく焼かれた肉はローストビーフだ。口に入れると、肉は柔らかくてジューシーだ。
「ん、高い肉だな」
「味付けも上品ですね」
「うん、美味しい」
簡単なケータリングっぽい感じなのに、一切の手抜きはない。さすが王城で出す料理って感じだな。
一頻り食べ、オレンジプラムのジュースで胃に流し込んだタイミングで、ノックはやってきた。
「失礼するぞ」
ドアが開けられる。入ってきたのは、柔和なイメージを持たせる壮年だ。老人一歩手前って感じだな。
だが、鷹を思わせるような鋭い眼光や、白髪なのに丁寧にセットされている所からして、かなりの切れ者を思わせる。派手と言うより荘厳なローブマントを纏っているあたり、高位の貴族であることは察せられた。
というか、王城にも関わらず護衛らしき騎士を取り巻きにしてる時点で重要ポストなのは間違いない。
僅かな緊張を抱くと、さっとセリナとアリアスが前に出る。
「「ご無沙汰してます、ヴァイオレット大公」」
完全な外向きの美声で言いながら、二人は恭しい貴族の所作で一礼した。って、ヴァイオレット大公!? この人が!?
慌てながら俺も二人に倣って一礼する。
まさか向こうから出向いてくるとは思ってなかった。
「うむ。随分と美しくなられたな、セリナ姫様、アリアス嬢殿」
「「ありがとうございます」」
二人が揃ってまた一礼する。こういう時、二人は上流貴族なんだなぁと思わされる。完璧すぎるだろ。
思う間に、セリナがさっとエスコートの姿勢を取る。
「どうぞ、今ちょうどお食事中です。よろしけれがご一緒してはいかがでしょうねぇ?」
「おお、せっかくのお誘いだ。受けぬ訳には参りますまい」
顔を綻ばせながらヴァイオレット大公は応じる。だがそこに一分の隙もない。
素早く且つ優雅な仕草でアリアスが皿に料理を取る中、ヴァイオレット大公は俺に視線を送ってくる。一見穏やかで何もない。だが、その奥の眼光は明らかに俺を値踏みしている。
すぐに俺は貴族式の一礼をした。
「ご挨拶が遅れました。グラナダ・アベンジャーと申します」
「とんでもない。こちらこそ挨拶が遅れた。丁寧なご挨拶痛み入る。私はヴァイオレット・ハンス。地方で貴族をしているしがない者故、そこまで畏まらなくて構わぬ」
珍しいな。ここまで自分をへりくだる貴族は。
ヴァイオレット大公は貴族でも最高位である公爵、そのトップだ。もっとふんぞり返っていても不思議はないのだが、その手のタイプではなさそうだ。たぶんだけど、表向きは優しさを見せつつも、裏でしれっと暗殺とか平気でするタイプだ。
基本的に王都の貴族連中は一部を除いて(もしくは性格の一部分を除けば)有能な連中が多い。その中で抜きんでるのだから、当然なのかもしれない。
「それよりも此度のご活躍、耳にした。素晴らしいの一言に尽きる。叙勲も頷ける話だ」
「恐れ入ります」
「うむ。ということで、固い話はここまでにしようか」
ヴァイオレット大公はにこやかな笑顔から、冷厳ささえ感じ取れる表情に変化する。
「君のことはハインリッヒから聞いているよ。信頼できる弟子として、ね」
おおっと、ハインリッヒさん、あーたなんて紹介してくれたんですかねぇ。
ヴァイオレット大公の威圧に内心で冷や汗をかきながら、真正面から見返す。ここで怯んだらダメだ。
「それは身に余るような評価ですね。ということは、事情はある程度ご存知ということで?」
「うむ。私からの依頼を完遂してくれれば、後見人に関する便宜を図ろうではないか。案ずるな、私が一言伝えれば首を縦にしか振らないさ」
そういうヴァイオレット大公は、強烈な視線を持っていた。
ようやく叙勲&色々と動き出します。
グラナダ、田舎村への復興へ本格始動です。