隠れ人ナイヴス④
しばらくの沈黙は、蒼髪の少女によって破られる。
「……道にでも迷った?」
僕の発した言葉は、その兵たちに若干の動揺を与えた。図星だ。
概ね、地図を持っていた兵が違う現場へ行ったとか、もしくは失くしただとか、そんな理由だろう。
まぁ、立派なリカルットの兵がそんなヘマをするとは到底信じがたいが。
「情けないが、その通りだ」
「そう。地図は?」
「あるにはあるが……。どうも古い地図らしい。まだリカルットが誕生してもいないころの」
見せられた地図をのぞき込めば、確かにリカルットらしき街の姿は書かれていなかった。永遠と広がる草原と森林。曲がりくねった道。
どれを照らし合わせても、現地とは一致しない。
「僕もリカルットへ向かっているんだ」
「ナ……あなたも、ですか」
「ついてくる?」
兵たちの目はまっすぐだ。迷子になったなど、普通はあり得ないが、ウソをついているとは思えない。
前もこんなことがあった気はするが、少なくとも旅の中ではない。遠い昔、それも僕の記憶がないころのことだろう。
兵たちは、その背の高い女の人を中心にひそひそと話し合う。
それもそうだ。見ず知らずの旅人の手助けを得るのだ。少なからず、リカルットの兵として、リカルットという名前に泥を塗ることになるだろうし、そもそもだ。
旅人がどこに連れていくかはわからない。幸い、この兵たちは目利きが良いようだが、それでも万が一ということもある。もちろん、これくらいの兵たちであれば、僕のような旅人を倒すことなど朝飯前なのかもしれない。
それでも、慎重になるのは理解できる。
「付いてくるならそれいい」
「……」
「違うなら置いていくだけ」
兵たちとの相談を終えたようだ。
「かたじけない」
「明朝、出発。今日はここで休憩」
「分かった。ありがたい。すぐに野営の準備をさせる」
「僕に構わなくていいよ」
馬の背に載せていた荷物からテントを取り出す。
手際よくそれを広げ、適当な木の棒を広い、それを支柱として建てる。支柱を覆うようにテントをかぶせ、簡易的な寝床を作る。
荷物から今度は寝袋を取り出し、そのテント内へ敷く。
一方、兵たちの寝床は完全な自然のものだ。
ちょっと冒険をするくらいの装備だったのだろう。木の根元に落ち葉を敷き詰め、せめてものクッション機能を付けただけで、特段テントや寝袋といったものはない。
雲行きを見れば、雨に降られそうなことくらい予測可能だ。
5人の小隊だ。一つ大きめのシートを屋根代わりにすれば、多少はしのげるだろう。
僕のテントもあと2人は入れる。寝袋はないが、そこは明朝までの辛抱。
寝床を作っている兵たちの傍により、木から少し離れたところに高めの支柱を建て、シートの端を木とその支柱に結び付ける。
簡易的だが、屋根は完成だ。シートはびしょびしょになるだろうが、一晩干せばいい。
「……これは?」
屋根を見た兵の一人がそうつぶやく。
「雨が降る。風邪をひいたら任務に支障が出るよ」
「なぜ、そこまで……」
「……雲行きを見ればわかる」
なぜそこまでしてくれるんだ、と言いたいのはわかっていた。それでも、僕にはその答えが見つからない。だから意味をわざとはき違えた。
そうすれば、引き下がってくれるだろうから。
本当に僕はなぜ兵たちを助けたのか、わからない。懐かしの風景が見えた気がするが、それも影響しているのだろうか?
しかし、その懐かしの風景さえも分からない。ぼやけすぎていて、何があったのかもわからない。
わからないことを知るのは困難だ。それならば、思うが儘に行動するだけ。
それが、助けるという行為に、たまたま繋がっただけなんだ。
寝床を作り終えた兵たちは、リーダーの背の高い女の人と1人を残して、狩りへと出かけた。
大した獲物は捕まえられないと思うが、それでも大丈夫だ。
僕にはちゃんと装備として、食べ物を持ち歩いているのだから。