隠れ人ナイヴス③
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私の胸で刻まれる二つの刻は1ミリの狂いもない。2倍の衝撃となって身体を叩きつける感触は、時に現実から意識を削がせる。
「アリス様……アリス様っ!」
「あ、あぁ……申し訳ない。私としたことが」
「……まだお気持ちが治まらないので?」
「いや、感傷に浸っていただけだ。それで、現ロスして相当な時間が経ったわけだが、……進展は?」
「はぁ……、えぇっと、方位を把握しようと試み、それに関してはすでに把握済みなのですが……。どうやってもこの地形と地図が合わないのです」
村の外へ出て、私たち親衛隊もリカルットへ向かっていた。
本来であれば、総司令官殿の旅路に並行して見守る予定だったが、リカルットまでの道を記した地図を時計屋の男を移送する隊に渡してしまい、すぐに迷ってしまった。
それに気づいたのは村から遥か遠くまで来てしまった時で、もう手遅れだった。
総司令官殿の護衛は愚か、自分たちの現在地さえロストしているのだから、任務は中断している。いまは一昔前に作られたと思われる手書きの曖昧な地図をもとに、現実と照らし合わせている。
ただ部下の報告を聞く限り、相当無理があるようだ。
それもそのはず、その地図が作られたのは、おそらくリカルットが存在していないころ。これまでに災害なんていくつもあったため、地形が変わっていても仕方がない。
もうそろそろ、方角だけを頼りに脱出する方法へと変えようかと思っていた。
隊がまとまって悩んでいると、遠くから藪をかきわけるガサガサという音が聞こえてくる。しかも、それは私たちのほうへ近づいてきている。
声を潜めて部下に命令する。
「……各自、武器装備。賊の部類だった場合は即時捕獲」
「「「了解」」」
音は大きくなっていく。それとともに、平和に慣れていた隊に緊張感が走る。その張り詰めた空気は音と比例して、どんどん冷たく、刺々しくなっていく。
そして、深い藪の中から人が現れる。
薄い蒼髪で小柄で、馬を引き連れた荷物をたくさん抱えた旅人。
凛とした表情から、その中に潜むずっしりとした構えが伺える。
そして、私たちは思わず声をあげてしまいそうになる。
身体が現れた時には、その方だと分かった。
いま目の前にいるのは、紛れもない。
私たち、親衛隊の護衛目標である……、この世界を統べる者といっても過言ではない。
街組合総司令官、ナギ。
その名を知らぬものは多い。しかし、この方によって、平和でいられるのは間違いない。
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何個目かの分岐を通り越し、少し疲れてしまった。
相棒の馬も速度が落ち、休んでくれと嘆願している。このジトーっとした目は、そう語っているに違いない。
「しぃ、適当なところで今日は切り上げよっか」
「バフッ……!」
喜んだのかしっぽを振りながら、さっきよりその歩みが速くなる。
しばらくして道から逸れ、藪をかきわけて開けているところを探しにいく。
思いのほか藪が高く、手綱を握っていくつもりだったが、馬にまたがって進んでいる。
馬の背の上というのは、結構高い位置にあるもので、たまに頭上スレスレを木々の枝が超える。たまに身をかがめたりしながら、少し進み、藪の背が低くなったところで、馬を降り手綱を引っ張っていく。
「……いるね」
この先に誰かがいる。
1人ではない。数人のグループだ。
それに、この空気感。まさに戦いが始まろうとしているかのような緊張が張り詰めているようだ。
少し警戒しながら、その方向へと向かっていく。
相手に自分が警戒しているという面持ちを悟られぬよう、顔は見えないが、堂々とした姿を保つ。
藪をかきわけ、顔を出す。そのまま身体も出し、一目見やる。
そこには騎士の格好をした人たちがいた。
私の姿を見て、若干驚いているようだが、そんな異端児を見るかのような目をしないでほしい。
たいして特別な人ではないのだから、……いや変人かもしれないが。そこは置いておこう。
騎士たちはすぐに各々の武器にまわしていた手をほどき、直立不動の姿勢をとる。
その中から、1人背の高い女の人が話しかけきた。
「失礼した。リカルットの兵のものだ」
「うん」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
お互いに警戒は解いているはずなのに、言葉は出てこない。
運命の出会いは、ウソによって、持ち越しとなっていた。