隠れ人ナイヴス②
一つ目の商品は手のひらサイズの時計だ。しかし普通の時計とは違い、筒状になっており、どうやら中を覗き込んで時間を確認する代物のようだ。これまた物好きがいたもんだが、実用性よりは装飾品や置物としての用途を所望することは不思議なことではない。
しかし、外に特殊なデザインがされているわけでもなく、むしろ小さめの木のコップと言った方がしっくりくる、この筒状の時計は、装飾品にも置物にもならないだろう。
配達先は店の立ち並ぶ道から少し外れた比較的静かな場所、その中の赤い屋根の平屋だ。
看板などは特に出ていないので、住宅として使われているようだ。
軽く3度、扉をたたき、人を待つ。
誰も来ない。
金属音が遠くでなっている程度で、中でなにかをやっている様子はない。
「あのー……?」
ゆっくり扉を開き、家を覗くが、まだ昼だというのに真っ暗で、人っ子一人いるような気配も感じられない。
「うちになんか用か?」
ふいに背後から話しかけられる。振り返れば、巨体の……おばさんが立っていた。髪は短く、筋肉が相当付いていたので、一瞬で女とは見抜けなかった。
「お届け物です」
商品と確認証を手渡し、印をもらう。そのやり取りを済ませて、さっさと立ち去ろうとしたのだが、巨体はそれを許さなかった。
次の配達先に向かおうとする僕の腕を強めに引き、どうでもいい話を聞かせようとする。
「どうかしら? この時計……、あらもしかして、時計だと分からなかったのかしらぁ、うふん」
どう考えても、時計屋から配達しているのだから、見なくても時計だとは誰でもわかる。しかしそんなことを口走ってしまえば、あのおじさんの顔に泥を塗ってしまうことになる。
時計の修理をしてもらっているだけなら、率直な感想をぶつけている所だが、いまは雇われの身だ。
相手が顧客である以上、僕は自制しなければならない。
「ねぇねぇ、坊ちゃん? どう、うちの新しい家族、チュッ! ンッチュゥゥゥ……!!」
吐きそうだ。
ここまで気色が悪い光景は初めてだ。これこそ、真の「キモイ」だ。
少々身の危険を感じ始めているが、ここで後ずさりしてはいけない。相手はああ見えて、客なのだ。信じたくはないが、一応客という扱いをしなければならないのだ。
(帰ってから愚痴ろう……)
心に決め込み、それから半刻にわたる、巨体の時計に対するラブコールを聞かされた。ねっとりとした執拗なラブコール……言葉攻めは、僕の身体のありとあらゆるものを周囲にぶちまけてしまいそうになるほどの攻撃力を持ち、襲い掛かる。
いや、すでに襲い掛かられたあとであるから、今更蒸し返してもただ吐きそうになるだけなのだが、僕は時計のもう一つの可能性を教えられた気がする。
それは「自慢するためのツール」だ。
この巨体がいう限り、この筒状の時計……コップは、自分のアイデアだという。オリジナルの商品を作り、人々に見せびらかすことで、自分が個性豊かでクリエイティブな有能であることを示す。
そう、そのための物的証拠として時計を使うのだと。
しかし、そのコップは明らかに無能さ満開だ。むしろコップとして使った方が実用性がある。
決して、ラブコールを言う相手でも、ディープキスをする相手でもない。最後の方は興奮が最高潮に達し、なにをいっているのか分からなかったが、一つ言えることは、それはもうすでに時計ではないことだ。
話の途切れを探し、やっと見つけた僕は強引に切り上げ、次の配達先へと向かった。
今度は鍛冶屋のようだ。
商品は……、砥石の付いた直方体の時計だ。
この村の職人には頭のネジが存在しているのだろうか。
多少の不安を抱えながら、僕は急ぎ足で道を駆ける。
□■□■□■□
おじさんの予言通り、配達は夕刻に終わった。
空になった袋と、印の付いた確認証を持ち、まっすぐ時計屋へ向かう。
「配達終わった」
「おぉ、懐中時計の方も出来上がっとるよ。……ほれっ!」
渡された懐中時計に瞳を覗かせれば、確かに時を刻んでいる。一瞬一瞬、確かな進み方で、その針は勇ましく刻み続けている。
「ありがとう。お代だが……」
「いらんよ、ほれ賃金から差っ引いといたかんな」
渡された袋には当初の約束枚数をはるかに上回る量の金が入っていた。30枚は超えている。
ずっしりと重みのある袋を手渡され、最初は裏があるのか警戒したが、それに気づいたおじさんが弁明を始めた。
「旅人をやっておるんやろ? 薄い蒼髪の子に渡してくれと、通りかかった商人に頼まれたんや」
「商人に?」
「あぁ、名前とかは聞いとかんかったわい。すぐに去ってしまってな……。まぁ金はあって困るもんじゃない、持ってき!」
「は、はぁ……」
状況整理が追い付いていないが、おじさんの言う通り、金はあって困るもんじゃない、もちろん有りすぎるのは、また別の意味で困ってしまうが、30枚程度ならむしろ有難いくらいだ。
誰かは分からないが、おそらくその商人とは会ったことがあるのだろう。誰かは分からないが、僕は心の中で礼を言い、カバンの奥底へしまい、馬と共に出発した。
たった半日程度の滞在だったが、そうとは思えないほど濃い時間だった。
胸ポケットに仕舞われた懐中時計はきちんと時を刻んでいる。神経を集中させれば布越しに、その微かな振動が伝わってくる。
すり替えられた懐中時計は、あの懐中時計よりも正確な時を歩ませている。
止まったあの懐中時計がまた僕の手に戻る日は、そう遠くない話だ。
きっと今も、時計屋の手の中で止まり続けている。
□■□■□■□
「街組合総司令官親衛隊、隊長のアリスだ。お前に少しばかり話がある。ギルドまで来てもらおうか」
「い、いきなりなんだ! なんもしてへんぞ!」
「そんな言葉はいい。私たちは見ているんだ、総司令官殿の周囲を隈なく、な」
様々なチクタクが鳴り響く店内では、親衛隊隊長のアリスが隊員たちに中年の男を外へ引っ張り出すよう命じていた。男の手に握られているのは、街組合総司令部の紋章が入った懐中時計だ。
傷の付かぬよう、丁寧にそれを取り上げたアリスは、虫けらを見るような目で男を見つめる。
「総司令官殿の懐中時計をどう盗んだのか。行動は把握しているが、自分ではっきり言ってもらおうか。……連れてけっ!」
男は両腕をしばられ、馬車へ放り込まれる。アリスと少しばかりの隊員を残して、その馬車はリカルットのギルドへと向かう。
「私にも同じものを与えて頂いたのだ。大切な宝を盗む者など叩ききってやる……!」
「……アリス様、我々も向かいましょう。馬車の周辺護衛とナギ様の簡易監視が薄くなっております」
「そうだな、よし各自、通常任務へ戻れ! 総司令官殿がリカルットへ着く前に男を移送する」
「「「ハッ!!」」」
威勢のいい返事とともに村の中を馬が駆けていく。迷惑にならないよう、人通りが極めて少ない道を辿り村の外へと向かう。
関門を出て、すぐにスピードを最高速へ引き上げる。風が強くあたり、暗くなるにつれ、その強さと冷たさが棘のように顔へ突き刺さってくる。
しかし、私には痛くは感じられない。私は総司令官殿をお守りすることが命よりも大切なことなのだ。規模の小さな親衛隊ではあるが、その隊長として、そして個人的な感情も含め、私にはやるべきことが常にある。
そのためならば、強く生きられる。
私の胸ポケットでは、時を告げる懐中時計が大切に眠っている。それはどの時計よりも正確に合わせられたものだ。
鼓動とリンクしない時の音は、今日も気持ちがいい。