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隠れ人ナイブス①

レウアからリカルットへの道は案外複雑で難関だ。いくつもの分岐と1つの大河を越えなければならない。また、分岐も2つ3つほどに分かれている甘ったるいものではなく、5つ以上に分かれ、一つでも間違えれば、全く別のところへたどり着いてしまうという鬼畜仕様だ。
だから、このリカルットへ向かう旅人や商人のほとんどは「道先案内人」を雇っていくことが多い。……多いというのは、行き当たりばったりな旅を好む者も多少いるという話で、現に僕がそうなのだが、リカルットへたどり着く確率は非常に下がる。
それでも道中、あまり金をかけたくはない。手持ちの金も旅であれば困らない程度ではあるが、誰かを雇ったりすればすぐに消えていく。
旅人は商人以上に金の使い方を知らねばならないのかもしれない。

「しぃ、今度はどっちかな」

頼れるのは相棒だけだ。もちろん相棒が道を知っているわけはないが、この馬が分岐の正解ルートを取る確率は非常に高い。確たる証拠などは存在しないが、過去の経歴からある程度信用している。
ただ相棒に頼るのは周りに誰もいない時だけで、もし道先案内人を付けている人を見かければ、即座に道を尋ねる。そのまま道先案内人の営業トークが始まるが、基本スルーだ。ちなみに決めセリフは「金を持ってないけど、ボランティア精神でやってくれるの?」だ。
必要な情報を相手に吐き出させるだけのことだ。いわゆる使い捨てである。

「……バフッ」

しばらくの思考の末、馬が示したのは右から2つめの道だ。道幅は通ってきた道よりも狭くなっているが、藪が濃くなっているような獣道ではなさそうだし、また当てずっぽうで行くような道を再度見極めていても時間の無駄だ。

「わかった。行こう」

馬に跨り、スピードを上げる。
吹き付ける風も段々と強くなり、今日の夜営地へと着々と進んでいる。

夕刻をすぎ、間もなく陽が落ちるころと分かれば、道から少し外れ、平らな場所を探す。木々が生い茂っているため、夜空はその隙間から少し覗かせる程度だが、地面は草地のため寝心地は悪くなさそうだ。
テントを出し、しなるポールを指定の位置をくぐらせ、テント自体を立ち上がらせる。伸縮性のある紐を4点ほどテントから地面へと張り、風などで飛ばされないように固定する。
寝袋を取り出し、中に敷く。旅の初めは頻繁に使っていた懐中時計に気づき、針を見るが、もう止まっている。
しかし、時間感覚も掴めてきたころなので、正直いまはもう必要ない。

枯れ枝を集め、火を起こす。勢いを増していく焚き火の横で、食材を切り始める。
今夜は簡単な料理にしようと思う。

バーナーに着火し、その上に底の深い小さな鍋を置く。近くに川はなく、仕方なく持ち歩いている水を鍋へ入れる。水面が鍋の半分の高さに達した辺りで、蓋に見立てた皿を被せる。
沸騰するまでの間、僕はルロ肉を10枚ほど薄くスライスし、青物もザクザクに切った。

蓋がパカパカを踊り始めたころを見計らい、青物を投入する。しばらく煮込み、ちょうどいいしなやかさになった所で、ルロ肉を1枚とり、熱々の湯へサッと2、3回通す。
灰色と赤色のコントラストをまとったルロ肉を青物と一緒に口へと放り込む。

これは書物に書いてあった料理で「しゃぶしゃぶ」というらしい。水を沸かすだけの簡単な料理で、本当は秘伝のたれに付けて食べるようだが、そんなたれは用意していない。しかし、たれを付けずとも、ルロ肉を青物の素材の味がしっかりとしているためか、美味しい。
そうして全てを平らげれば、もう夜もいい時だ。
日の出とともに起きる生活のため、そろそろ寝ることにしよう。

調理の片づけを終えた僕はすぐに寝袋へとくるまる。
寝袋の温かさは、僕を安心させる。

□■□■□■□

辿り着いたのは中規模な村だ。
敷地の周りは高い柵で囲まれ、街のような検問所もある。警備が整っている村であるから、おそらく何かを作っているのだろう。

検問所の列は街のように長いものではないが、それでも並んでいることは、それだけこの村の需要があることを示している。
村の名前など知らないが、それは少しの興味を持たせる。

「通行証の提示を」

胸の内側のポケットから通行証を取り出し、検問員に見せる。さらっと確認した検問員は僕の入村を許可し、僕は馬の手綱を引きながら、村へと足を踏み入れた。

その村は「職人の村」だった。
響くのはカンカンという高い音やゴォォォという低く振動する音。それが村のあちこちから飛び交い、奇妙なセッションを繰り出している。いい意味で言えば、賑やか。悪く言えば、騒音だ。
思わず耳を塞ぎたくなるような音の中をひたすらに歩く。職人たちの店が立ち並ぶエリアでは、おそらく営業の声が飛び交っているのだろうが、聞こえない。
思いっきり叫んでいるのは分かるのだが、なにを言っているのかは騒音に遮られ分からない。

仕方がないので店の近くを通り、自分からなにを売っているのか確認しにいく。
売り物は様々だ。旅人のために、テントや寝袋や食器、バーナーなどの調理器具、鞍や剣。商人には、馬車や鍵の着いた金属製の箱、荷崩れ防止用の金具や鉄線。
職人らしく、修理などもやっている。

眺め始めて、だいたい15軒目。懐中時計の店を見つけた。
もう使うことはないだろうが、手放すにはもったいない。時を刻むことを忘れた懐中時計を直してもらおう、と考えた。

「あの……」

頭にタオルを巻いたおじさんが奥から出てくる。口に工具を加え、耳には定規が挟まれている。
気難しい表情を浮かべながら、そのおじさんは対応してくれた。

「どした、坊ちゃん?」

「懐中時計を直してもらいたいんだが」

「見せてみぃ?」

懐中時計を渡すと、おじさんは小さな筒で懐中時計を調べ始めた。表も裏も横も、すべて隈なく調べる。
しばらくして小さな筒から目を離せば、怪訝な顔で僕を見つめてきた。

「坊ちゃん、これどこで買ったん?」

「……分からない」

そういえば、なぜ僕はこの懐中時計を持っているのだろう。買った覚えはない。
いつの間にか手にあっただけだ。

「そうか……」

「なにかあるのか?」

「あ、あぁ。いや、見たことのない懐中時計やったからな……」

「直せるのか?」

「それは任せろ! だいたい5枚くらいで直せそうだが、持ち金はあるんか?」

あると言えばあるが、どうしようか。そろそろ稼がないと危ない気もする。

「ないなら、ちょっと頼まれてくれんか? きちんと金は出すぞ」

「なに?」

「客に商品の配達をしてきてくれんか? 最近、仕事が多くてな……、配達する時間が惜しいんだわい」

「わかった」

「助かる。商品は5個だから、早ければ、夕刻には終わるはずや」

商品と確認証、そして配達先リストを受け取り、僕はその店を出た。懐中時計は配達している間に直してくれるらしい。
相変わらずうるさい村の中を、僕はまた歩き出す。

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