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文化祭とクリアリーブル事件⑲




数時間前 沙楽総合病院 病室


結黄賊のみんなが高校で授業を受けている間、病室のベッドで静かに横になっている少年が一人。 
窓から見える空にはたくさんの雲が広がっており、そのせいか気分も何だか乗ってこない。
そのため何とかして時間を潰そうと色々なことを考え始めるが、どれも悪い出来事しか浮かんでこなかった。 そんな些細なことに嫌気が差し、少年は一人溜め息をつく。
入院生活なんて思っていたよりもとても退屈で、外にも出られず何もすることがない。 授業は好きではないが、入院よりはきっとマシだろう。
友達に囲まれてずっと笑っていられるし、授業で先生に指名された時は面白いジョークでも言ってクラスのみんなを笑わせたりもできる。
そう考えると、つまらないと思っていた授業が何故だか恋しくなってきた。 

―――・・・なーんて、実際授業を受けたらつまらなくて早く終わってほしいなって、思うんだろうな。

そんなことを考えながら、自分自身に呆れたように自嘲の笑みを小さく浮かべる少年――――椎野真。
椎野は今、ベッドに横たわりながら何も描かれていない真っ白な天井をぼんやりと見つめていた。 何か新しい出来事が起きないかなと、少しだけ期待に胸を膨らませながら。
新しい出来事と言っても、悪い出来事ではない。 これ以上、悪い出来事が起き続けてもらっても、困るだけだから。

―――そういや・・・ユイの奴、大丈夫かな。 
―――様子をもう一度、見に行ってみるか。

ふとそう思い、ゆっくりとベッドから起き上がった。 昨日の夜もギリギリまで結人の様子を見ていたし、今朝も朝食が済んだ後、彼の病室へと足を運んだ。
だけど結人はずっと眠ったままで、椎野が傍に付いていても目を覚ますことはない。 12時からは昼食が運ばれてくるため、その時間にはいったん自分の病室へ戻った。
そしてそれから、約二時間くらいが経つ。 その間に結人に何か変化は起きていないかと思い、再び彼の病室へ向かうことにした。

「ユイー、入るぞー」
二人の病室の距離は、こんなに広い沙楽総合病院にしては近い方だった。 これは椎野にとっても凄く助かることだ。
彼からの返事がこないということで“まだ目覚めていないんだな”と思いつつ、ドアを静かに開ける。
結人の病室は椎野の病室よりも少し広く、真っ白なベッドが部屋の真ん中の壁際に置かれている。 その上に、綺麗な姿勢のまま結人は寝かされていた。
規則正しい呼吸を繰り返しながら寝ている彼の周りには、たくさんの機械が置かれている。 そしてその機械と結人が、何本かの細いチューブで繋がっていた。
彼の頭には包帯が巻かれており、かつ長袖の裾から少し見える手首にも見受けられる。 ということは、全身にはたくさんの包帯が巻かれ手当てがされているのだろう。
その他には、彼の着ていた制服とパーカーがハンガーに丁寧にかけられていた。 その下には結人が履いていた靴と学校のカバンも置いてある。
そんな静かな病室の中、風が通り抜ける音だけが僅かに聞こえていた。 その音の方へ視線を移すと、窓が少しだけ開いているのが見える。
椎野が昼までいた時は開いていなかったため、看護師が後から来て空気の入れ替えに窓を開けたのだろう。 そんなことを思いつつ、病室の奥の方へと足を進めた。
「流石に寒いだろ? 閉めておいてやるな」
明るめの声で結人にそう言葉を投げながら、冷たい風が入り込んでくる隙間を埋めた。 もう6月だというのに外はまだ寒い。 いつになったら暖かくなるのだろうか。

「ユイー! 大丈夫かっ」

彼が寝ているベッドの横に椅子を置き、そこに座りながら椎野は声をかける。 
いつ目覚めてもらってもいいように、彼に心配をかけないようできるだけ明るめの声で。
「ユイがいないとやっぱりつまんねぇよ。 だから俺と一緒に話そ?」
こんなことをしても、彼には聞こえていないと分かっている。 だけど、黙っている方が苦しいのだ。
「そういやさー、ユイ聞いてくれよ! 御子紫の奴、この間宿題を忘れたみたいでさー」
「その宿題を見せてもらうために、北野に頼んだんだって。 『宿題を見せてくれー!』って」
「北野は頭がいいからなー。 羨ましいぜ」
「あぁ、そんでさ? 見せてもらって、一応宿題の提出までには間に合ったみたいなんだけど」
「だから北野は聞いたらしいんだよ。 『ちゃんと提出はできたのか?』って」
「そしたらさー! 御子紫の奴『提出日は明日だった!』って言ったんだぜ!?」
「御子紫は宿題をやるのが嫌で、嘘をついて北野に見せてもらったのか・・・。 それとも本当に勘違いしていたのか・・・」
「いつも優しい北野でも、流石にその件に関しては怒ったらしいよ、ははッ」
二人もいるこの病室には、椎野の笑い声だけが響き渡る。
「あー、そういやさー。 未来はまだ藍梨さんのことが好きなんかなー?」
「まぁここだけの話、俺も藍梨さんに惚れちゃっているっていうことは内緒だが・・・」
「内緒だぞ、内緒! 今のは聞いていなくてもいいからな!?」
「いやでも、流石にユイには伝えておいた方がいいのかなって、うん」
「でもさ、ほら、俺はユイから藍梨さんを奪おうだなんて考えていないから! 微塵も思っていないから!」
「だから心置きなく藍梨さんと付き合ってくれ、な?」
「まぁー・・・。 藍梨さんに惚れている奴は、他にもたくさんいるだろうけどー・・・」
友達のことから藍梨のことまで一通り話し終え、区切りがいいところで口を開くのを止めた。 そしてその時、ふと我に返る。

―――・・・何をやってんだろ、俺。

そう思い、結人のことを見た。 あれ程楽しい話や暴露話を繰り広げたというのに、彼は椎野が来た時と何一つ変わっていない。
そんな結人を見てではなく、先刻までしていた自分の行為のアホさに再び溜め息をついた。 そしてベッドで静かに寝ている彼に対し、椎野は一人呟く。
「・・・ユイ、お前はまだ気を失ってんのか」
ここからしばらくは結人の寝顔を見ていた。 寝顔と言うより、彼の目を。 話す話題も尽き、何もすることがなくなった椎野は、彼の目覚めを大人しく待つことにした。
“いつになったら目が覚めるんだ、早く目覚めてくれ”と、心の底から願いながら。 

そして――――結人の様子を黙って見ていること、30分。 突然廊下の方から声が聞こえてきた。
「ユイ、入るぞ」
ノックの音と同時にその言葉が耳に届いた後、この病室のドアがゆっくりと開かれる。 その方へ目をやると、そこには御子紫を含めた沙楽学園の生徒が数人立っていた。
「おぉ、よく来たな! いらっしゃい!」
椎野は椅子から立ち上がり、両手を大きく広げながら笑顔で彼らを迎える。 
―――もう学校が終わったのか。 
―――入院生活の一日なんてつまらないと思っていたけど、何だかあっという間だったな。
今目の前にいるのは、御子紫、北野、梨咲、藍梨、櫻井といったところか。
「他の奴らは? 今日はこれだけ?」
今思ったことを素直にそう尋ねると、その問いには御子紫が答えてくれた。
「今はな。 未来たちとコウたちが『用事があるから今日は見舞いへ行けない』って言ったら、急に真宮が慌て出してさ。 『未来たちを引き戻すから先に病院へ行っていろ』って」
「まぁ・・・。 未来たちはきっと、動き出したんだろうね」
御子紫に続けて、北野が小さな声でそう口にする。 この時、椎野はふと思った。

―――どうして真宮は・・・そんなに未来たちを引き戻したいんだろう。

結黄賊がピンチになった時は、将軍の命令を聞かずに行動をする仲間が多い。 それは昔からそうだったし、真宮もそのことは知っている。
なのにどうして、今更未来たちを止めようとするのだろうか。 どうしても止めたい理由が、あるのだろうか。
―――真宮は・・・副リーダーとしての責任でも、感じてんのかな。
そこまで自己解決すると、これ以上考えることを止めにした。 特別な理由なんてきっとないのだろう。 この時の椎野は、真宮のことに関してこれ以上の追求はしなかった。
―――とにかく今は、ユイの様子を見に来てくれた御子柴たちを歓迎しないと。 
そう思い、彼らに向かって口を開く。
「今日はユイの見舞いに来てくれてありがとな。 ユイも今頃、きっと喜んでいるはずだぜー! ははッ」
そう言って椎野は、笑ってみせる。 そんな椎野に対し、御子紫が苦笑いをしながら突っ込んできた。
「どうしてユイの気持ちが椎野に分かるんだよ。 何様気取りだ」
「え、何様? 何様って言うと、イカサマ? え、俺イカサマ!? イカサマとか言って、俺を褒めても何も出ねぇぞー!」
「何馬鹿なことを言ってんだよ。 椎野、イカサマって意味をちゃんと分かっているのか?」
自分でも何を言っているのかよく分からない意味不明な単語を連ねて発言すると、御子紫は相変わらずの苦笑をしながら返してくれた。
あんな言葉でもちゃんと突っ込んでくれる彼に嬉しく感じ、笑顔で答える。
「はは、分かっているよ。 そこまで俺は馬鹿じゃねぇ。 えーと、高橋さんだっけ? 今日は来てくれてありがとな」
椎野と御子紫のつまらない漫才を見て少し呆れている学年一のマドンナ、梨咲に声をかけた。
「大丈夫よ。 結人は・・・この様子じゃ、まだ目覚めてはいないようね」
そう言いながら、梨咲はベッドの上で寝ている結人の方へ視線を移した。 それと同時に、悲しい顔をする。
「まぁ・・・な。 今朝から様子を見ているけど、変化はまだ見られない。 ・・・あー、えっと、櫻井くん? あのほら、5組の劇の主役をやるっていう!」
病室の隅に小さくたたずんでいる彼に、そう尋ねた。 結人からは櫻井のことについて少しは聞いていたため、彼の名が頭の中に残っていたのだ。
「あ・・・。 えっと・・・。 は、はい・・・。 櫻井、で、す・・・」
結人から聞いていた通りの口下手で、何故か安心する。 そんな櫻井に近寄って、彼の背中を軽く押した。
「・・・ユイに、もう少し近寄っても大丈夫だよ。 誰も怒らねぇし、心配する必要もないから」
その言葉を聞き、櫻井は少しずつ結人のもとへと近付いた。 そして頭に包帯を巻いている結人を見て、彼の顔は少し歪む。
そんな櫻井を見ているのが苦しくなり、自分が先程まで座っていた椅子に腰をかけている藍梨に声をかけた。
「藍梨さん。 ・・・そんなに、心配しなくても大丈夫だよ。 ユイはすぐに目覚める。 ユイはまだ、疲れて眠っているだけなんだ。 ・・・だから、もう少し待っていてほしいな」
悲しそうな顔で結人のことを見つめている彼女に、頭を撫でてあげたり背中をさすってあげたりしたかったが、それらの行為は許されなかった。
結人の彼女という肩書が、椎野に重くのしかかっていたのだ。 今にも彼女に触れようとしている右手を、自分の意志で無理矢理制御する。 
そんな自分に対し、椎野は今日3度目の溜め息を心の中でついた。  

そして結局――――ここにいないメンバーが集まったのは、梨咲と櫻井が帰ってからのこと。 その時には既に外は暗く、クリアリーブル事件が再び動き出していた。


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