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文化祭とクリアリーブル事件⑳




数時間前 都内某所 


真宮が未来たちを捜しに行き、椎野もいる結人の病室へ御子紫たちが到着する頃、彼ら二人は別行動していた。
制服のまま、立川という街を行く当てもなく彷徨っている。 天気があまりよくないせいで少し冷たい風を肌寒く感じながら、優という少年は口を開いた。
「俺たちはこれからどこへ行くー? いざ行動すると言っても、何処へ行ったらいいのか分かんないねー・・・」
そう言ってかったるそうに足を引きずりながら小石を蹴って歩いている彼に対し、その様子を横で温かく見守っている少年――――コウは、続けて口を開く。
「そうだな。 本当に何をしたらいいのか分かんねぇな。 ・・・未来たちは、今頃何をしてんだろ」

未来たちが動こうとしているのは確かだった。 放課後、ホームルームが終わって昇降口へ向かった時、彼らが走って正門をくぐって行くところをコウと優は見ていた。
今は未来と悠斗、夜月の3人で一緒に行動しているだろう。 夜月なら『動くな』と言って真宮の意見に賛成すると思っていたが、今回は違うようだ。
また結黄賊の情報係と呼ばれている未来のことだから、きっとクリアリーブルが集まっている場所や被害がよく出ている場所などとっくに突き止めていることだろう。
そうなると、自分たちのしようとしている行動が無駄のようにも思える。 そうならないために、彼らが行動しなさそうなことを行うのが、一番効率がいいとは思うのだが――――

「未来たちには負けないぞ! とりあえず、最初は情報収集からだ! クリーブルのことを知っている人を見つけて、質問攻めをする。 これはどう?」
先刻までつまらなさそうにしていた優だが、未来という名を聞いて急にやる気が出たのか、ガッツポーズをしながらそう言ってきた。
―――情報収集か。 
―――優の意見にしては、悪くないな。
「いいよ。 適当に、そこらへんにいる人から話を聞いていくか」
そう思い、コウたちは駅へ向かって歩き出す。 たくさんの人々の間を、上手く糸を縫っていくように順調に足を進めていった。
―――クリーブルに関わっていそうな不良らをターゲットにしていきたいけど、喧嘩を売られちゃ困るよな。 
―――そういや、クリーブルの集団は年齢層広いんだっけ。
コウは今まで結黄賊のみんなと話していたことを思い出しながら、クリアリーブルについて考えた。 年齢層が広いなら、不良らに関わらず情報収集ができる。
かといって小学生に聞くわけにもいかないし、お年寄りに尋ねるにも何だか腰が引けた。 ということは、年齢がコウたちと近い人に聞いていく方が妥当なのだろうか。

「・・・あ、コウ! あれを見て!」

「ん?」

急に話を振られ、優が指を差している方へ視線を移動させる。 
コウたちの目の前を横切って行く者は何人かいるが、彼が指しているのはその先にたむろっている集団のことだろう。
もしかしたら優はあの柄の悪そうな集団に話しかけたいと言い出すのかと思い、その行為を軽く否定する。
「何だよ、アイツらに話かけたいのか? 止めておけよ、アイツらに話しかけると」
「違うよ! ちゃんと見て!」
コウの言葉を遮りそう言ってくる優に、もう一度先にいる集団の方へ目をやった。 よく見ると、彼らの立ち位置や身体の正面が壁を向いていることから、違和感が感じられる。
―――・・・何だ、アイツら。 
―――誰かを囲ってんのか?
そんなことを考えながら、コウたちは集団がよく見えるギリギリのところまで近付いた。 するとそこには、柄の悪い男4人が制服姿の女子高生2人を囲っている光景が目に入る。
―――・・・ナンパか。
カツアゲや喧嘩じゃないということが分かり、心の何処かで一安心する。 だがそんなコウに対し、優は未だに険しい顔をしていた。 
それを見かねて、コウは彼のことを全て分かり切っているかのようにこう口を開く。
「止めに行きたいのか?」
少し呆れ口調でそう言うと、優はコウの顔を見てニヤリと笑った。
「?」
彼がどうして笑ったのか理解できず一瞬戸惑うが、しばらくするとコウの頭には嫌な記憶が蘇ってきた。 思い出したくもない過去を無理矢理引っ張り出され、小さく溜め息をつく。
「よーし! それじゃあコウくん、いってみよー!」
笑顔でそう言いながら優はコウの背中を押し、集団の方へ近付かせる。 そんなことをする彼に否定するよう、いつもよりも大きめな声で言葉を発した。
「待てよ! 止めるなら優が行きゃあいいだろ!」
「俺じゃあ説得力がないもの! だからコウじゃなきゃ駄目! ほら、早く!」
優自身が止めるのはどうしても嫌らしく、全力でコウの背中を押してきた。 そのせいで集団との距離が残り1メートルとなり、流石にコウたちの気配に男らは気付く。
「あぁ? 俺たちに何か用かよー」
真ん中にいる男が振り返り、面倒くさそうな雰囲気を醸し出しながらそう言ってきた。 ここまで来たらもうこの場から逃げられないと思い、コウは嫌々ながらも覚悟する。

―――・・・しゃーねぇな。 
―――いっちょ、自分を捨ててみるか。

そして意を決し、目の前にいる男らにではなく彼らの先にいる女子高生に向かって、笑顔で口を開いた。
「あれー? お姉さんたち、ここで何してんのー? もしかして今暇ー? 何なら、俺たちと一緒にお茶しなーい?」
両手を大袈裟に広げながら笑顔を絶やさないでいるコウに対し、コウのすぐ後ろにいる優は一人クスクスと笑っていた。
「彼女らは俺たちのもんなんよー」
イラつきながらそう言葉を放つ男らを無視し、更に女子高生に向かって話しかける。
「え、もしかして今暇じゃねーの? じゃあ家まで送ってあげようかー? ほら、最近の立川は物騒だし」
最後の言葉を苦笑しながらそう言うが、女子高生は男らに囲まれていた時よりも怖がっている表情をコウに見せた。

―――・・・まぁ、これが狙いっちゃあ狙いなんだが。

「聞いてんのかよー。 俺たちの話が聞こえていないってんなら、俺たちが直接相手をしてやってもいいぜ?」
そう言ってニヤリと笑い、コウに向かって勢いよく拳を突き出してきた。 だがその動作を軽く横へ受け流し、先程とは違い真剣な表情をしてその男に向かって口を開く。
「この女子高生たちはお前らを見て怖がってんじゃんよ。 いい年して、女の子の気持ちも分かんねぇの?」
「・・・くそッ!」
再び彼は突進し、コウに向かって拳を2、3発向ける。 だがこれもまた相手の攻撃を全て避け、もう一度言葉を続けた。
「こんなことで暴力を振るっているようじゃ、ナンパなんて成功するわけねぇだろ。 それに、ナンパは性格や言葉だけじゃなく顔も大切なんだよ、顔も」
男らを見下すようにして、最後の一言をわざと強調した。 

最後の一言は――――優いわく、コウだから通用するのだと。

男は何も言い返すことができなくなったのか、口を噤み黙り込んでしまった。 この静かになった場をどうしようかと困っていると、突然後ろから優の声が聞こえてくる。
「お巡りさーん! こっちです!」
彼がコウたちの方を指差しながら、顔を左へ向けてそう叫ぶ。 その発言に怖気付いたのか、男らは慌ててこの場から逃げてしまった。 
取り残されたコウたちは、しばし気まずい空気の中沈黙する。 そして数秒後、この状況をやっと理解し、コウは女子高生に向かって優しい口調で話しかけた。
「あ、君たち大丈夫だった? 何か、色々と変なことを言ってごめんな。 あぁ、あと警察は来ないから。 アイツらをここから追い出すために言っただけ」
警察を呼ぶなどという手段は結黄賊のみんなはよく使っているため、優の言動を自然とそう受け取ったのだ。
「あ、い、いえ・・・。 その・・・ありがとうございます」
目の前にいる彼女は顔を少し赤らめ俯きながら、そう礼を言ってくる。 そんな彼女を不審に思い、もう一度尋ねてみた。
「えっと・・・。 本当に大丈夫?」
この状況に更に困っていると、優がコウたちに近付き会話に割り込んできた。
「はいはーい! もう君たちは大丈夫だよね? 見た感じ、怪我とかはなさそうだし。 無事ならよかったよ、うん。 気を付けて帰ってね?
 本当に最近の立川は物騒で危ないからさ。 俺たちが家まで送ってあげてもいいんだけど、今日出会った男を家に近付けさせるのも怖いでしょ?
 だからまた、どこかで会ったらその時はよろしくね。 俺たちもこれから行くところがあるから、それじゃ!」
優は彼女らに向かって片手を上げ、そしてもう片方の手でコウの腕を掴みこの場から離れようとした。
「え? あ、おい・・・」
彼女たちのことが気になるが、優はどんどん前へ進んでいくため止めることもできず、素直に引っ張られるがままとなる。 そんな中、彼は少し怒りながらコウに向かって口を開いた。
「全く。 最後にあんなことを言っちゃ駄目だって!」
「え? ・・・あぁ、悪い」

ここで説明しよう。 コウが先刻やった、あの行動。 優いわく“ユイ真似作戦”。 これは女子が不良らに絡まれている時に使うものだ。
普通に止めに入っても男と喧嘩になるだけのため、結人の真似をして軽い口調で彼女らへ向かって口を開けば、大事にはならない。 まぁ、今回はなったが。
そしてこの作戦は優ではなくコウがやる。 優の容姿は可愛い系のため、あまり説得力がないとのこと。 そのため、コウが代わりにやっていた。
先程言った、喧嘩をしないために彼女らに向かって“ユイ口調”で話しかけるというのには、もう一つ理由がある。 優いわく、それはコウがカッコ良いから。 
コウ自身はそんなことは思ってもいないが、普通にナンパをすると女子はコウに一目惚れをしてしまうため失敗になるらしい。
だからそうならないためにああいう口調で話しかけ、軽い人間だと思わせておけば大丈夫だと彼は言っている。 
だから全てを総合し、コウが結人の真似をして作戦実行しているというわけだ。 これはわりといつも上手くいっている。
コウは結人みたいなキャラなんて自分に合わずやりたくないと思っているのだが、いつも優に無理矢理やらされていた。 

―――俺はもうやりたくもないから、本当に勘弁してほしい・・・。

「あーッ!」
「・・・何だよ」
コウが先程までしていた自分の行為に反省していると、優は突然立ち止まり大きな声を出してきた。
「さっきの男たちに、クリーブルについて聞いておけばよかった! なーんで聞くの忘れてたかなぁ・・・」
そう言いながら、優は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。 
だがコウは彼らに自分の恥ずかしい姿を見られたため、もう二度と会いたくないし聞かなくてもよかったと思っている。

そしてコウたちは振出しに戻りこれからどうしようかと考えていると、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「コウ! 優!」
「ん?」
その声に反応し後ろを見ると、こちらへ向かって走ってきている少年――――真宮がいた。 優も真宮のことに気付き、ゆっくりとその場に立ち上がる。
そして彼はコウたちのもとまで着くとそこで立ち止まり、肩で息をしながら力強く言い渡した。
「おい、お前らはこれから何をしようとしている。 何も言わないから、今すぐユイのいる病院へ行け!」
その命令に、優は当然反抗する。
「え、もう終わり!? まだ俺たちは何も動いていないよ!」
「なッ・・・! やっぱりお前ら、動こうとしていたのか! いいから大人しく病院へ行け!」
「嫌だと言ったら?」
優はどうしても行動したいらしく、負けじと真宮に食い付く。 だが彼のその問いに、真宮は迷わず言葉を返した。

「・・・嫌だと言ったら、お前らにはチームを抜けてもらう」

「え・・・。 そ、それは・・・嫌・・・」

その発言に関しては冗談だと分かっている。 優も当然分かっているはずだ。 だけど真宮が発したその言葉には、彼の表情から本当にそうさせるという意が感じられた。
―――・・・やっぱり、俺たちだけの行動じゃ駄目だったか。
「じゃあ、真宮も一緒に病院へ行こう」
「いや、俺はこれから未来たちを捜す。 だからお前らは先に行っていろ。 絶対だぞ! 
 後で御子紫に『優たちはちゃんと来たのか?』と聞いて、もしそこで来ていないとでも答えたら・・・」
「・・・分かってるよ」
渋々そう返事をすると、真宮はこの場から走って去ってしまった。 だが優は納得していないようで、何も言わずにしばらくこの場で立ちすくんでいる。 
そんな彼に向かって、このままここにいても仕方がないと思いコウは優しく口を開いた。

「ユイんところへ行こう。 未来たちならきっと、いい情報を集めてくれてるさ」

その言葉に優は小さく頷き、コウたちは方向を180度変え病院へと足を運んだ。


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