第57話 違うパン屋
こんな山積みになってるサンドイッチの台を、余裕で見下ろせるなんて巨人かと勘違いしそうになった。
テントの天井は結構高くしてるからぶつかっていないが、頭は僕の身長じゃ見えにくい。
威圧感は半端ないのに、ケイン君とアクアちゃんはとくに怖がってないようだ。
「おっじさーん、台にあるの全部売り物ー?」
しかも、失礼な呼び方までしちゃう度胸があるのがすごい!
が、店員さん?店長さんは気にせずにカラカラ笑い出すだけでした。
「細っこいなぁ⁉︎ 坊主……と隣のお嬢ちゃんもか? 坊主はともかく、お嬢ちゃんにはきつかろう?」
「む。私なら、そこのは余裕」
「ほーぅ?」
そう言えば、アクアちゃんの食べっぷりは見てなくても、最初店に来た時大量にパンを購入してくれたんだっけ?
「それだけ自信があるのなら、俺も強く言わないでおこう。で、何が欲しい?」
「……メニューの札とか、ないの?」
「ないなっ」
自信満々に言う店長さん?に、後ろにいた僕達はこけそうになった。
「なんでー?」
「俺の気分次第……のつもりだったが、この見た目のせいか挑戦者が少ないんだ」
小分けの商品もなく、どれもこれもが積み上げてるだけのサンドイッチ達。インパクトは凄いけど、正直食べる意欲が失われそうだ。
原因は他にもいくつかあるけど、今は『スバル』じゃない僕が言うことなんて出来ない。
「ふーん? なんでこんなサンドイッチが巨大なのー? あ、俺達この街初めてだからさ?」
言いにくいことを聞けちゃうケイン君凄い。
それと、さり気なく自分達を余所から来た観光客とも宣言したからか、お兄さんも苦笑いしただけだった。
「やはり創立祭だからなっ。印象は大事だろう? お前達のようにアシュレイン以外の街から来る観光客も年々増えている。今年はいい場所をくじで引き当てたんで、特大サンドイッチを売り出すことにしたんだ!」
「たしかに、印象は大事。とりあえず、早く食べたいから注文いい?」
「あ、ああ。構わないぞ?」
もっと説明したかったお兄さんの言葉を遮るかのように、アクアちゃんが割り込んだ。
お腹が空いてるのは僕もだけど、彼女も結構ぺこぺこだったみたい。
「……チーズって、ない?」
「すまんが、夏場じゃ溶けやすくて、腹壊す原因になるからやっていない」
「む」
アクアちゃんがガッカリするのは無理ないけど、お兄さんの言ってることは正しい。
僕のお店は冷房設備のような魔術を組み込んでもらってるので、店内で販売出来るがそれでも日持ちはしにくい。
それをこんな炎天下で売ってたら、味の劣化以上にお腹を壊しちゃうのは当然だもの。元々が、パンの生地のように『発酵』の工程と菌を利用した食品だから。
「せめて、出せるのはベーコンやソーセージに野菜だなぁ?」
「ここにあるの、見本?」
「ああ」
「わざわざー?」
ケイン君達が首を傾げるのは最もだが、食品サンプルがない時代はそれが普通な時もあったから、僕としては不思議ではない。
ただ、これだけの食材を見本としてたら……あとは廃棄行きだ。インパクトのためとは言え、少々やり過ぎな気がしてくる。
(ああ、いけない。この世界に来てからそんなに思うことはなかったけど……)
悪気はなくても、食べ物を無駄にする行為には同じ食品を扱う職業柄腹が立ってくるのだ。
『……スバル、どうしたの?』
むしゃくしゃし始めて来たら、エリーちゃんが小声で話しかけてきた。
だから僕も、小声で返すことにした。
『……ごめん、変な顔してた?』
『ちょっと怖かったけど、手の力が強くなったから』
『あ、ごめん!』
エリーちゃんと手を握ったままなのを忘れてた!
よく見れば、無意識に力を込めてて音が聞こえるくらいに握りしめてて……痛くないわけがないので一旦離しました。
『本当にごめんね!』
『いいって。それより、怖い顔してどうしたのさ?』
『あ、うん。職業柄と言うかなんと言うか』
嘘はつけないけど、後ろにクラウス君やジェフ達もいるので異世界用語抜きに説明しました。
『食材の無駄遣いが許せない……?』
『自分で食べるなんて無理だろうし、もう既にあれ全部廃棄するつもりみたいだし』
この距離から見ても、食パンの表面はカピカピになってるのがわかるくらいだ。
「む、それもいいけど……チーズがないなら私はいらない」
「俺も、美味しいとこの知っちゃってるからねー?」
こっちはこっちで話を進めてたら、ケイン君達は買う意欲を失ったのかお兄さんに堂々と言っていた。
「……それは、
その名前に反応しそうになったが、お兄さんは怒り出すどころか大きなため息を吐いただけだった。
「そうか。やっぱ、あそこが美味いんじゃ俺のところは無理か」
ケイン君達が答えてないのに、お兄さんは一人で納得し始めちゃった。
それと誰かに言いたかったのか、一人でさらに語り出した。
「俺んとこは南区だが……どーも、ここ数ヶ月売れ行きが悪い。元々そんな繁盛してなかったが、例の嬢ちゃんが北区のパン屋を復興させたのがきっかけで余計にな」
パン屋同士で喧嘩してないのって、僕の思い込みだったかもしれない。
実際の被害者がここにいたなんて、思ってもみなかったから!
「む、店長さんを悪く言うのは許さない」
とっさに僕が割り込んで謝ろうとしたら、何故かアクアちゃんに止められてしまった。
『アクアちゃん?』
『ゼストさんは黙ってて。ちょっと怒った』
そう言われてしまうと口出しし難くなり、ケイン君も止める気がないのか彼女と繋いでた手を離してた。
「店長さんのパンは本当に美味しい。技術もだけど、お客への接客も丁寧。あなたみたいに、食べ物を無駄にするような人じゃない」
「む、無駄ぁ?」
「こんな山積みにして、紙に包むでもなしに放置してたら食べる気にもなれない」
怒ってる。
僕にこっそり言ったように、ちょっと……いや、だいぶ怒ってる!
後ろにいるジェフ達や彼女の隣にいるケイン君は何故か笑ってるが、僕やエリーちゃんはぽかんとするしか出来なかった。
「多少乾く事は想定済みでも、あなたが言ったように……こんな夏場じゃ乾くのが早い。生の野菜なら特に」
「「っ⁉︎」」
店長さんもだけど、僕も驚いた。
食材について、そこまで気づけるのは普通料理人だけ。
冒険者稼業に勤しんでるアクアちゃんなのに、そこまで気づくことが出来たのに驚いたのだ。
「チーズもだけど、生の野菜は特にお腹を壊す原因になる。私は、そう言うのを隣にいるケインから教わった」
「俺の実家、料理屋なんだー?」
だから、パーティーの食事担当は大体俺って言い切ると、お兄さんもぐっと息を詰まらせた。
「最初は物珍しさと、射的屋のおっさんが言うから気になったんだけどー? アクアが言う通り、あんたは料理人として
「うっ……」
アクアちゃんに続き、ケイン君まで怒ってるのかまくし立てるようにお兄さんへ注意していく。
言い過ぎかと思う発言はあるが、もう取り消せません。
「だ、だったら、どうすれば……」
「普通でいいんだよ? あの店長さんだって特に難しいことはしてない。してるとしても、技術以外じゃ食材への気遣いくらいさ。俺、まだ数回しか行けてないけどあそこはすぐに気に入ったし?」
お兄さんをけなしてるわけじゃないにしても、二人の口撃は止まらない。
(なんで、こんな事に……?)
射的屋の店員さんに勧められて来ただけなのに。
それと、左右のお店からもどんどん注目されてしまって、なんだかお兄さんが可哀想になってきた。
『言ってあげなよ』
離してた手を優しく握られ、小声でエリーちゃんが僕に声をかけてきた。
『今は怒ってないんでしょ? 代わりにあの二人が憎まれ役を買って出てくれたんだ。ここで、フォローするのは君の出番』
ただし、名乗りはせずに余所者の設定を利用して見習いであることを偽ること。
その言葉に、僕はしっかり頷いてからまだお兄さんに注意してる方に振り返った。
エリーちゃんの手を離し、ゆっくり息を吸ってから二人の肩を軽く叩いた。
「そこから先は、僕にアドバイスさせて?」
「「ゼストさん?」」
びっくりして振り返ってきた二人に、僕はにっこり笑顔を見せた。